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ラス戦前

※この作品は習作として長編のうちの1シーンを書いたものであり、他の日記小説との関連性はありません※

「椎也くん、聞いてる?」
 ユンに声をかけられても、椎也はぼうっと、何か考え込むばかりだった。
 ようやく逃げ込んだ六間博士の研究所でも、ユン先輩の特別授業は、欠かされることがなかった。今日も今日とて、研究所の一室を借りて、ユンと椎也はマンツーマンで授業をしていたのである。
 だが、椎也がこれでは。
「椎也くんっ」
 ユンが責めるように大声を張り上げると、やっと椎也は気が付いた。
「あっ? え? う?」
「はーっ……聞いてた?」
「あ、え、えーと……ごめんなさい」
 しょんぼりとうなだれて、椎也は謝った。せっかくのユンの授業も、このところ、ずっと上の空だったのである。だが、本当にしょんぼりしたいのはユンの方だった。
 ユンはショックだった。ユンは、母親として、あるいは教師、先輩として、椎也の信頼を勝ち得ているつもりだった。だが学園島を抜け出してからというもの、椎也の関心は少しずつ移ってしまっていたのだ。サンダーバードに。敵に。戦うことに――
 椎也はちゃんと成長している。だからこそ、ユンの教えたものを吸収してしまったからこそ、ユンへの関心が薄れたということもあるのだろう。それは分かっているつもりだ。しかし、それでもなお、ユンのショックは変わらなかった。椎也がユンを必要としなくなり始めていることに、ユンは強く打ちのめされていた。
 自然と溜息が出てしまう。
(自然と……なんて。人間でもないのに、へんなの)
 漠然とそう思いながら、ユンは無理に笑いかけた。
「……うん。もういいわ、椎也くん。今日の授業はこれでおしまい!」
「えっ?」
 椎也の顔が曇った。彼のことだ。自分の態度のせいでユンが怒ったのかと、不安がっていることだろう。
「あの、僕……ごめんなさい」
「いいの。そういうことじゃないのよ。学ぶことがなくなったら、授業をする意味なんてないでしょ?」
「そんな、学ぶことは、まだ……」
「無理しなくていいってば。興味をなくした態度が答えよ。
 そうね、私の授業も、今日で最後にしよ!」
「え!? え、えー!?」
 思いっきり椎也は慌てふためいた。
「そっ、そんな、あの……」
「気にしないの! 今では戦い方を勉強する方が大事、でしょ?
 そりゃ、ちょっとは寂しいけどさ……しょうがないよね」
 そそくさと、逃げるように、ユンは部屋から飛び出していった。椎也はその場に腰を浮かせて、ただ立ち尽くして、彼女の背中を見送るしかできなかった。さっきはとっさに、ユンをなんとか傷つけまいとして、言い訳をしようとした。だが、よくよく考えてみれば……
 確かに、ユン先輩の授業に興味を無くしている自分がいるのだった。
 それは分かった。仕方がないことも理解できた。しかし……
「ユン先輩……あんなこと、口で言うなんて……」

 研究所のドームには、展望台もある。椎也は手すりの前に体育座りをして、遥か遠く、夕焼けに染まった真紅の街を眺めていた。風がゆったりと流れていく。気持ちいい感じがする。夕焼けは、たとえようもないほど綺麗だ。そして胸の中には、寂しい気持ちが溢れている……
 やっと分かったのだ。気持ち。綺麗。寂しい。何もかも。ユン先輩に教わって――
「よお? どーした、椎也?」
 気が付いたら、後ろにサンダーバードが立っていた。上半身はだかで、異形のハイパワーアームを腰にあて、不思議そうな目でこっちを見下ろしている。椎也は後ろにのけぞって、上下逆さまに、サンダーバードの顔を見上げた。
「あ、先輩……あのー」
「なんだなんだ」
「話、してもいいですか?」
「ばっか、俺ァ先輩だぞ!」
「はあ」
「いいも悪いもねえだろ! 後輩の相談にはどーんと乗るのが男ってもんだ」
 どーん、とサンダーバードは自分の胸を叩いた。その途端、椎也は目をきらきらさせて跳ね上がり、くるりと空中で反転すると、サンダーバードに向かってきちんと正座しながら着地した。
「ありがとうございますっ!」
「よっしゃ。話してみ」
「はいっ」
 まさに膝を交えるという感じで、目の前にあぐらを掻いたサンダーバードに、椎也は話した。ユン先輩のこと。授業のこと。そして、自分が感じたこと。
 椎也にとって、ユンは特別すぎた。
 ユンは、いつだって椎也の上にいた。椎也を優しく見守り、時に厳しく叱り、導いてくれた。ユンの授業で教わったことは、それこそ数え切れない。喜怒哀楽の感情、愛情なんていう意味不明のものから、憧れ、拗ねること、嫉妬、何もかも、ユンが椎也にくれたのだ。
 ユンは椎也の目標であり、いつか乗り越えるべき壁だった。
 ある意味では、神さまみたいに思ってしまっていたのだ。
「でも……ユン先輩、寂しそうで……哀しそうで……」
 椎也の声は、次第にか細くなっていった。
「ユン先輩が、あんなこと言うなんて……弱音なんか絶対吐かない人だって、なんとなく思ってた……
 でも違ったのかもしれません。ユン先輩も、一人のアウトマットで……僕と同じ、弱い心を持つアウトマットで……」
 サンダーバードは、押し黙って、椎也の話をじっと聞いていた。口を挟むことはしなかった。椎也が自分の言葉で語っている。それこそ、椎也が心を成長させたということ。アウトマットとして前へ進んだことの証だ。それを邪魔しては、ならない。
「僕なんかのことで、ユン先輩が動揺しているのが、さっきは信じられなかった……
 でも、僕……考え違ってたのかも。僕にとってユン先輩が特別なのと同じように、ユン先輩にとっても僕は特別だったんじゃないかって。そう思って、それで……」
「それで」
 ようやくサンダーバードは口を開いた。
「どうする?」
 椎也は、静かに、だが真正面からサンダーバードの目を見て、答えた。
「僕、ユン先輩が好きです。だから僕、ユン先輩に勝ちたいです!」
 にやり、とサンダーバードは笑った。
「上出来だ」
 と、その時だった。展望台から見渡す街の上空に、黒い影が二つ、三つ。サンダーバードは弾かれたように立ち上がる。そのただならぬ気配を感じて、椎也もまた立ち上がり、空を睨んだ。
 来た! ルーディ・ラッカーの追っ手だ!
「よお、椎也」
 サンダーバードは戦闘準備を整えながら、椎也の背中を叩く。
「お前は勝つって言ったけどな。勝つってのは、何も真っ正面からケンカしてぶちのめすことだけじゃないんだぜ」
「はあ。じゃ、どういうんです?」
「護るってこともあるのさ! なんたって、惚れた女を護るのは男の仕事だからな!」
 椎也はこくりと頷いた。力強く。男の顔で。
「はいっ!」

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