ただいま修行中!
※この作品は習作として長編のうちの1シーンを書いたものであり、他の日記小説との関連性はありません※
ぷちん。
と音を立てるわけもないのだが、指先にそういう感覚を残して、エビの背わたは切れてしまった。
見たところ、二十歳前後だろうか。若い男が、右手に爪楊枝、左手にブラックタイガーを握りしめ、呆然と手元を見下ろしていた。背丈は並だが、線が細いために、ちょっとだけ背が高く見える。さらさらの黒髪の下からは、純朴な童顔が覗いている。学生服の上から纏った白いレースのエプロンが、気持ち悪いくらい似合っていた。
彼は、名を六間椎也という。
「ありゃ」
しばしの沈黙の後、椎也は声を挙げた。殻と殻の隙間に爪楊枝を差して、上に引っ張れば、背わた……エビの腸にあたる部分を、抜き取ることができる。そう教わってその通りやったのに、背わたは引っ張り抜く途中で切れてしまったのである。
「だーめーよ。もっと丁寧にやらなきゃ」
言いながら、椎也の隣で器用に背わたを引き抜いて見せるのは、椎也より頭二つ分は背の低い少女である。セーラー服におさげ髪、ぷっくら膨らんだうす桃色の頬。田舎の中学生という感じだが、大きなポケットがついた綿の丈夫なエプロンは、既におばちゃんの風格すら漂わせている。
どう見ても椎也より年下の彼女だが、実は、二年も上の先輩である。名前を、「雲」と書いて、ユンと言う。
「いい? 背わたは風味が悪いから、ちゃんと取ってから茹でるの。そしたら、おいしいんだから!」
「へー。先輩、食べたことあるんですか?」
鼻先に持ち上げたエビをまじまじ見つめ、椎也が問う。
ユンはしばし手を止め考えると、
「……ないっ」
きっぱり答えた。
「ないのに、おいしいんですか?」
「そーゆーことになってるの! それに……食べた人だって……おいしいって言うし、たぶん……」
「なーるほど。……えいっ! ありゃ」
椎也はまた失敗したらしい。
椎也の手の中でこねくりまわされたエビは、もう背わたがブチブチに切れてしまっていて、爪楊枝で取るのは不可能である。これ以上頑張っても、エビに穴を空けるだけだ。料理に関してはシロウト、「これからの時代、男も料理できなきゃダメなのよっ!」と主張するユン先輩に引っ張られ、言われるままに調理場に立っただけの椎也にも、そのくらいは分かる。
しばし瞬きしていたが、椎也はやがて気合い一閃。
「とうっ!」
エビを三角コーナーに投げ込んだ。
「うわ!? 何してんの、椎也くん!」
「捨てました!」
「捨てましたじゃなーいっ!」
ユンが慌てて三角コーナーをのぞき込む。哀れ、エビちゃんは既に生ゴミの中。いくらなんでも、アレを人に食べさせるわけにはいかない……勿体ない限りである。
はあっ、と深い溜息ついて、ユンは椎也の胸板に、人差し指を突きつけた。背丈が違うので、椎也の顔を見ようとすると、ずいぶん上の方を見上げなければならない。それでも、ユンの鋭い視線は、椎也を圧倒する。
「椎也くんっ! もったいないおばけが出るわよ!」
「ええっ!? ホントですか!?」
「うそよ!」
「なあんだ」
心底ほっとした顔で胸を撫で下ろす椎也に、ユンはがっくり肩を落とした。なあんだじゃないだろ、なあんだじゃ。
「あのねえ……どうして捨てちゃったの?」
「背わた取れなくなっちゃったので、もうだめだと思いました」
「もうっ! そんなのはね……」
丸いほっぺたをますます丸く膨らませ、ユンは包丁とエビを手に取った。包丁で、エビの背に浅く切り込みを入れていく。その切れ目に指を入れれば、あっけなく背わたがほじくり出される。
「ね? こうすれば取れるのよ」
「おおー」
椎也は目を丸くして、歓声を挙げた。
「一つのやり方でできなくっても、簡単にあきらめちゃダメよ! 色々考えて、試してみなきゃ」
「なーるほど! 僕やってみます!」
「よっしゃ! その意気だ!」
「ういっ」
気合いを入れ直して、椎也はエビとの格闘を再開した。ユンは彼の横顔を見上げながら、料理と直接は関係ない、もっと根本的な問題を、椎也の中に感じていた。
(この子は、あきらめが早すぎるのね……)
と考えたとき、ユンの中で何かがひらめいた。