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2006年04月26日
それから一ヶ月ほどが過ぎた。
「マスター、お昼御飯ができましたよ」
「あー、今行く」
日曜の昼、温かい居間で宿題と格闘していた久依子は、ノートを閉じて立ち上がった。ダイニングでは、エプロン姿の椎也がうどんを器に盛っているところだった。男のくせになよなよしている椎也は、エプロンがやけに似合う。
今日は、両親そろってお出かけだ。この一ヶ月、何かにつけて両親は出かけていたが、それでも何ら困らないのは、間違いなく椎也のおかげである。
イスに座ってうどんを啜りつつ、ふと久依子は椎也に目を向けた。椎也は向かい側に腰掛けて、ぼんやりと久依子を見つめていたが、久依子に見られて慌てて背筋を伸ばす。
「なあ、椎也」
「はい?」
「お前確か、父さんに玄関の金具の修理、頼まれてなかったか?」
「……あ! うっかり忘れてました」
がたん、とイスを揺らして椎也は立ち上がった。
「じゃ、ちょっとやってきますね」
「ああ」
出て行く椎也を見送りつつ、久依子はずるりとうどんを啜る。オートマトンが、うっかり物を忘れるか、普通?
時々やらかすミスが余りにも人間じみているので、久依子は、椎也のようなA級オートマトンの頭脳について調べてみたことがある。図書館で読んだ本によると、オートマトンの電子頭脳――電脳というのは、単分子情報素子、とかなんとかいうものが、順列組み合わせで、数百兆バイトの……数百京? ヘルツだったかな……つまり、コンピュータ的演算と、なんだか生化学的なオートマトンという……
……。
とにかく、すごいらしい。
人間並みの意識を持たないオートマトンとは、一線を画した技術が使われているのが、A級オートマトンらしい。あの人間くさい間違いも、そういうところから来るそうだ。
なんとなく、久依子は椎也の体に興味を持ち始めていた。なんだこいつ、というのがそもそもの始まり。もっと勉強すれば、たとえば椎也が壊れたときに、修理してやることもできるだろうか。
と。
玄関の方で、けたたましい物音が響いた。久依子は思わず、うどんを噛まずに吸い込み、むせる。お茶を飲んでうどんを胃に流し込むと、久依子は立ち上がり、玄関へ急いだ。
物が倒れたような音だった。椎也が間違って、下駄箱か何かをひっくり返してしまったのだろうか。間抜けな奴、なんて思いながら、久依子は玄関を覗き込み――
全身の肌が粟立った。
工具を握ったままの椎也が、玄関で、うつぶせになって倒れていた。
「椎也っ!?」
慌てて駆けより、久依子は椎也を抱き起こした。
「う……あ……」
だが、椎也の反応は鈍い。いつもなら、名前を呼べば、すぐさま「はい」と返事をする奴なのに。なんとなく、目の焦点も合っていないように見える。人間で言うなら、目を回して倒れたという感じだが――オートマトンが、なぜ?
いや、それよりも。電話しなきゃ、救急車……いや、違う! オートマトンの技師にだ。
背筋に不気味な悪寒を感じながら、久依子は椎也をゆっくりと寝かせ、弾かれたように駆け出した。
投稿者 darkcrow : 2006年04月26日 00:20
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