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警部補ガーランドの最期 3(ボツ)

 ぐいっ。
「ほら、抵抗するな! 動けば痛いだけだぞ」
 ガーランドは捉えた屍鴉(キャリオンクロウ)の腕を掴み、御堂筋の真ん中にねじ伏せた。ヘルメットを外され空も飛べなくなった鴉ほど無力なものはない。鴉は悔しそうに顔を歪め、
「ちっくしょう! 空機の犬め!」
「はいはい」
「いだっ! いだだだだ! もー言いませんもーしませんっ!」
 関節さえ極めてしまえば、敵を無力化するのは容易い。特に力が強い方ではないガーランドでも、掴んだ腕を軽く捻ってやればこの通り。いかにも強そうな筋骨隆々の鴉が、為す術もなくねじ伏せられてしまうのだ。
 今日の仕事は、御堂筋でテロ事件を起こした過激な政治団体の検挙だった。ガーランドたち131分隊の仕事は、政治団体が雇った傭兵を無力化することである。空機の精鋭の力を以てすれば、何ら難しい仕事ではない。出動から僅か数分で、ガーランドたちは見事敵を蹂躙したのだった。
「隊長っ」
 と、そこへ青いフロートドレスが舞い降りた。腕部にいかついガトリング砲を装備した、アフラ社の『ワームウッド』……着ているのはウェイン・ルーベックだ。ウェインは荒っぽい挙動で着地するなり、ヘルメットを脱ぎ捨てて、爽やかな汗を飛び散らせた。
「ミュート班の方は片付きました。俺、手伝うように言われてきたんすけど……」
「助かるよ。とりあえず、こいつ押さえといて」
「了解! こいつ、無駄な抵抗はよせっ!」
「いでー! もう大人しくしてんだろ!?」
 ウェインは、血気はやって乱暴に犯人を捻る。ガーランドは苦笑しながら彼をたしなめ、一方で通信回線を開いた。
「こちらガーランド。ミュート、どうだ?」
『3名確保した。うち1名軽傷、1名重症。逮捕してもいいのか?』
「ちょっと待って……エミリィ、刑事の現着は?」
『交通状況サイアクーの、事件タハツーの、モロモロコミコミーのであと15分くらいかな~?』
「遅いな……現逮しちゃっていいよ、ミュート。重傷者は処置してやれ」
『了解した』
 さて、これで2班の方は終了。あとは、逃走した1人を追跡しているシーファとルイスの方だが……
 と思ったちょうどその時、耳元の通信機がシーファの甲高い声を吐き出した。
『ガーランド! 大変だっ!』
 きぃーん。いきなりの大声に、ガーランドは思わず耳を押さえた。といっても、ヘルメット越しでは何の意味もなかったが。
「どうした? マル追は?」
『捕まえた。それで、捻り上げていたらこいつ……』
 怪訝そうに眉をひそめるガーランドに、シーファはおずおずと、その報告をもたらしたのだった。

 作戦が終了し、制服姿に着替えたガーランドは、再び安藤のデスクの前にやってきていた。夕焼けの太陽が、安藤の背後で赤く輝く。安藤の顔は逆光で漆黒に染め上げられ、表情一つ窺うことができない。
 あるいは、本当に表情一つ変えてはいないのか。
「警察は動かない……ということか?」
 ガーランドは、ともすれば吐き出しそうになるもどかしさを、必死で喉の奥に押し込めていた。
 シーファが捕まえたキャリオンクロウは、こう証言した。自分たちはバロン・アンタイトルドに依頼されて動いたのだ、と。それを聞いた瞬間、ガーランドの背筋に悪寒が走った。目の前にぱっと道が開けたような気がした。ひょっとしたら、アンタイトルドに手が届くかもしれない、と思えた。
 だが……報告を聞いた安藤は、ただ首を横に振るだけだったのである。
「バカを言うな、動くに決まっている。だがそれは、奴を追いつめるための、遠大な流れの一つとして、だ」
 溜息交じりに答えて、安藤はぎいっ、と椅子を軋ませた。彼の体が、革張りの黒い椅子に、吸い込まれるように埋もれていく。椅子は彼の権力の象徴であり、同時に、彼を飲み込む巨大なもの……警察、あるいは国家という不気味なシステムそのもののようにも見える。
「今回の件だけでは、アンタイトルド男爵をつるし上げることはできん。証拠が弱すぎる」
「逮捕者の証言があるんだ。立件はできなくても、重要参考人として確保することくらいは可能なはずだ」
「相手が並の人間ならな……」
「安藤……」
 もはやガーランドの声には、すがるような色さえ浮かんでいた。それでも安藤は眉一つ動かさない。ただ呆れたように……いや、違う。諦めたように、沈んだ声を返すだけだった。
「奴は公家、国家そのものの株主さまだ。証言一つなんて、鼻息で吹き飛ばされるのがオチだな」
「やってみなけりゃ分からないじゃないか。そうだ、僕の友人に企業連合の重鎮がいる。EMOの小林健二、知ってるだろ? 頼めば圧力を掛けてくれるかも……」
「いい加減にしろ」
 安藤は静かに……しかし、ぴしゃりと言い放った。ぺらぺらと、うわずった声でまくし立てていたガーランドは、安藤の放つ完全な拒絶の気配に、口をつぐんだ。
「俺には俺の考えがあってやっている」
 吐き捨てるように、安藤が言った。
「報告は聞いた。黙殺するつもりはない。それで満足しろ、ガーランド。いくら焦ろうと……」
 安藤の人差し指が、真正面からガーランドを捉えた。
「今のお前は、ただの分隊長だ」
 ぎゅっ。
 音が、安藤の耳に届くほど、ガーランドは強く固く拳を握りしめた。
 骨が軋んでいた。ガーランドの芯にあるものが、激しい無力感に軋んでいた。
 それと全く同時に、彼の中で最後まで燻っていた躊躇いが、音を立てて燃え尽きていったのだった。

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