警部補ガーランドの最期 5
「そう……ですか」
それから、数日後の夜のことだった。
勤務を終えたガーランドは、隊長室に足を運び、渋谷隊長に自分の考えの全てを打ち明けた。隊長室の黒い革張りの椅子に体を埋め、渋谷隊長は真っ白なヒゲを撫でながら、話をじっと聞いていた。深い皺の刻まれた柔和な顔に、次第に険しい色が浮かんでいった。
「もう、決意したんですね?」
古木の軋むような声で、渋谷は最後の問いを発した。語るべきことを語り尽くしたガーランドは、押し黙ったまま、静かに首を縦に振る。深い溜息がどこからともなく零れた。
「そうですか……」
最後にもう一度重々しい声で言うと、一転して渋谷は明るい笑みを浮かべた。もちろんガーランドが抜けることは戦力的にも非常に痛い。だが渋谷はガーランドの入隊当初から、彼の溢れんばかりの希望と、挫折と、その後の苦悩を見守り続けてきたのだ。それだけに、ガーランドが自分の道を見つけて決断したことが、渋谷は嬉しかったのである。
「おめでとう、フィリップス警部補。これであなたの望む道に進めますね」
「ありがとうございます……申し訳ありません。今まで散々お世話になっておきながら、ぼくは裏切るようなことを」
「あなた、裏切るなんて思っちゃいけませんよ」
ぴしゃりと渋谷が釘を刺す。
「私たちは、あなたを喜んで送りだすんです。なのに、最初から弱気になられちゃあ、送りだした甲斐がいないというものでしょう?
胸を張っていなさい。気持ちを新たにして、新天地で頑張りなさい。いっそ、さすが空機出身だと言われるくらいになってくださいよ」
ガーランドは、瞼で涙に蓋をした。
不思議なものだ。いつも後から気付く。姉さんと暮らした日々。安藤と競い合ったあの頃。優しかったシャオシゥ。空機のみんな、シーファ……
半分足を踏み出しかけて、ようやく気付く。どれほどそこが居心地のよい場所だったか。自分にとって大切な場所だったか。いつだってそう。いや、違うのかな。ガーランドはふと思う。別れ際に温もりを感じられる、そんな人々に出会えたことが、どれほど代え難い幸せだっただろうか――
「……はい」
かすれた声でガーランドは答えた。
「必ず!」
でもその目は決意に爛々と輝いて。
渋谷は柔らかな笑みの中で、そっと頷いたのだった。