ボツ!
それから、数日後の夜のことだった。
まだ、胸の中にあるもやついたものが全て消え去ったわけではない。だがいつまでも立ち止まっているわけにはいかなかった。前へ進まなければならなかったのだ。
だから今日、ガーランドは隊長室に足を運び、渋谷隊長に自分の考えの全てを打ち明けた。隊長室の黒い革張りの椅子に体を埋め、渋谷隊長は真っ白なヒゲを撫でながら、話をじっと聞いていた。深い皺の刻まれた柔和な顔に、次第に険しい色が浮かんでいった。
話を全て聞き終えると、渋谷隊長は古木の軋むような声で、ただ一言問いかけた。
「もう、決意したんですね?」
ガーランドは静かに首を縦に振った。それで終わりだった。渋谷隊長はいつものようににこりと笑うと、何も言わず了承してくれた。あっけないと感じるほど、簡単に。
隊長室を後にして、閉まるドアから空気圧の漏れるのを背中に聞くと、ガーランドの全身を、途方もない虚脱感が襲った。ふらつきながら廊下の壁に寄りかかり、ガーランドは深く溜息を吐く。体中にのし掛かっていた重みが、煙のように消えて飛んでいった。
なのになぜ――
いや、だからこそ――?
「ああ、そうだ……もう決めたよ」
暗闇の分隊室に、ガーランドの声だけが寂しく響く。
「だから、例の……うん。来週の水曜あたりなら行けると思う。ありがとう、リンファ……」
電話の相手に、一体何を言われたのだろうか。ガーランドは話ながら両の瞼を固く閉じた。涙は流れない。声色一つ変えない。ただ静かに電話を切って、ガーランドは革張りのソファに身を埋めた。
ルイスの定位置だったこの椅子。もうすっかりバネが古くなっていて、体重を掛ける度にキシッと小さな悲鳴を挙げる。ここでルイスが居眠りして、エミリィがそれを蹴り起こして。椅子から転がり落ちてもまだ寝ているルイスを見て、二人して笑った……
シーファ。
背後に気配を感じて、ガーランドは弾かれたように振り返った。
「シーファ!?」
彼女がそこにいた。
胸の前で腕を組み、精一杯に格好付けて、壁に背中を預け佇んでいる。その黒い瞳が、その内側の全く見通せない、色々な物がない交ぜになった混濁の光を放つ。
「姉さんと、話してたのか」
「あ……うん」
決まりが悪くて、ガーランドは視線を逸らした。