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サンダーバード 2

 第三ハチノスの中央部には、トヨダの研究所もある。その地下、電波による盗撮ができないよう、念入りに静電遮蔽が施された電磁的密室の中で、一人のオートマトンが改造手術を受けていた。顔は若い男性のそれだが、見る者を威圧する険のある表情が、彼をカタログ上の年齢設定よりもずっと年上に見せていた。
 彼が八咫鴉(クロウ)、サンダーバードの同期にして、物心着いた頃からずっと張り合い続けてきたライバルである。
 ベッドの上に寝かされた八咫鴉は、胸の人工皮膚をすっかり剥ぎ取られ、その下の外骨格すらも脱ぎ捨て、内蔵を彷彿とさせる不気味な内部機構を晒していた。人間そっくりの顔の下で奇妙なマシンが蠢いているさまは、見ていてあまり気持ちのいいものではない。事実、気の弱い人間には、これを直視できない者も多いくらいである。
「あのね、八咫鴉……」
 剥がされた胸部外骨格を作業台に載せ、女性技師は責めるような調子で言う。だが八咫鴉は僅かばかりも気にしていないようだった。仰向けのまま首だけを起こすと、自分でも滅多に見ることのない内部機構を、物珍しそうに観察しているのである。
「本当にいいの? 危ないよ、これは」
「どう危ないのかな……」
 ちらり、と八咫鴉が女性技師に目を向ける。技師は外骨格を撫でながら、
「強度が持たない。スタートの瞬間バラバラになるかもしれないね」
「確実に、ではないのだな」
「100%でなきゃいいってモンでもないでしょが!」
 技師は八咫鴉にツカツカと歩み寄り、上からその顔をじっと覗き込んだ。八咫鴉はまっすぐに視線を返してくる。
「運が悪けりゃ……死ぬぞ」
「良かろう。死ぬ気でもなければ、奴には勝てん」
 呆れ半分に技師は溜息を吐いた。だが、残り半分は……嬉しかったのだ。
 この技師は名前を星島と言う。星島にとって八咫鴉は、プロジェクト立ち上げの段階から自分が中心になって造り上げた、記念すべき第一号オートマトンだった。苦労も多かった。意外なほどの我が儘さに腹が立ったこともあった。だがそれだけに、この反抗的なオートマトンが可愛くもあった。
 自分の息子のように可愛がってきた八咫鴉が、死をも厭わず戦いに向かう。ニッセンのサンダーバードに勝つため、命の保証すら捨てようとしている。
 なら……「母親」にできることは、笑って送りだす以外にないではないか。
「……分かった。好きなようにやったげる。まっ、空中分解したらその時は……ネジの一本も拾ってやるか!」
「そうしてくれ。約束だぞ」
 星島は悲しげに笑うと、早速外骨格のグラインドに取りかかった。砥石の上で自分の外装が火花を散らすのを八咫鴉はぼんやりと聞いていた。彼の意識はもはや研究所を飛び出して、レッドライドのスタートラインに立っていたのかもしれない。唸るエンジン。弾けるブースター。空気は鉄板のように固い壁と化し、音は単なる振動となる。超音速という、通常世界とは薄皮一枚を隔てた亜空間の中で、八咫鴉は奴と並んで飛ぶ。サンダーバード。この世にただ一人だけ、自分と同じ亜空間へ侵入しうる男……
 この時を待ち望んでいた。レッドライドで奴と勝負するこの時を。
 ハチノスの運動会に群がる企業という名の魑魅魍魎どもは、三者三様の欲望でその場を穢すだろう。自社製品の性能誇示に血道を上げ、神聖な勝負を薄汚い宣伝文句でもって飾るだろう。だがもはや、そんなことはどうでもよかった。やりたい奴らにはやらせておけばよい。
 どうせ奴らは、私たちの空間に入り込めはしない!
「……待っていろ、サンダーバード」
 小さい、だが情熱に満ちた声を、八咫鴉は爆発させた。
「貴様に勝つのは、この私だ!」

 そして勝負の日がやってきた。
 三日間に渡って開催される「運動会」の最終日。雑誌やテレビの取材も詰めかけ、ハチノス中が熱狂に沸き返っていた。各社ともこの「運動会」の中で存分に自社製品をアピールしただろうが、まだ、最後に最大のアピールチャンスが残っているのである。
 それが「レッドライド」。ルールは簡単、第三ハチノスの規定のコースを、とにかく速く通過しきった者の勝ち。移動方法は自由で、地上を走行するもよし、サンダーバードのように空中を飛行するもよし。コースに沿って水路も用意されているので、変わったところでは航行していく連中もいる。
 数ある種目の中でも最も単純なレッドライドは、毎年最大の注目の的となるのだ。
 TV局の飛行オートマトンが撮影する映像には、今ごろ東京のアナウンサーが解説を付けているころだ。
『さあついにやってまいりました、「レッドライド」。出走メンバーを紹介します。
 まずはゼッケン1番サンダーバード! 今年はニッセン・チームにEMOが協賛しています。本日の解説はオートマトン工学の権威、仁井正光氏です。いかがでしょう?』
 コースの先をじっと睨むサンダーバードの横顔が、画面に大写しになった。彼はビルとビルの間に張られたスタート・ポールの上に座り、両足と背中のブースターをぶらりぶらりと揺らしていた。ふと、サンダーバードがカメラの存在に気付いた。にやっと嬉しそうな笑みを浮かべると、カメラに向かって大げさなガッツポーズをしてみせる。バランスを崩して落ちかけたのはご愛敬。
『あ、いいですねー。緊張が見られません』
『リラックスしていますね。続いてゼッケン2番は、トヨダの……これは、ヤタガラスと書いてクロウと読むようです。去年の優勝チームですが』
 地上にいた八咫鴉は、カメラに写された丁度その時、ブースターを軽く吹かして空へ飛び上がった。撮影オートマトンはその姿を追い切れず、しばらくカメラを振り回してその姿を探し求める。
 やがて別のカメラに映像が切り替わり、スタート・ポールの上に……サンダーバードのすぐ隣に直立する、八咫鴉の姿を映し出した。
『この動きは鋭い。加速がいいですねえ。大分軽量化したんじゃないですか?』
『強度は大丈夫でしょうか?』
『そこは心配です。が、音速突破の衝撃さえ乗り越えられれば、かなりのアドバンテージになりそうですよ』
『えーそれから、ゼッケン3番のワームウッド。それから4番の石楠花、このあたりは今年が初出場の……』

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