プロット4~8
4)
炉心温度が上昇。原子炉二次冷却系で異常発生。配管内の圧力が低下している。上司、ヘタレに「初日からついているな、●●。実力を見せて貰おうか。この状況から何が推理できる?」「あ、え、ええと……圧が下がっているということは、二次冷却系のどこかが断裂した可能性が高いと思います。それも、圧力の低下が緩やかなので、恐らく小断裂……」「よろしい。その場合君ならどう対処する?」「漏れた分、冷却剤(ナトリウム)を追加しないといけませんが、配管内が高圧を保っていますので、容量の大きい低圧注入系が使えません。まずは低容量の高圧注入系で冷却剤を注入、二次冷却系の機能を回復させ、しかる後に断裂箇所の捜索、バイパス処理を……」だまって聞いていた先輩、口笛を吹く。上司も頷くが、表情は冷たいまま。「その通りだ。(先輩)、(ヘタレ)を連れて断裂箇所の捜索に向かえ」
5)
二人並んで急ぎながら、先輩、「見た目よりやるじゃねーか。よくお勉強してあるな」「……このくらい、当然のことです」「まあ、そうだ」謙遜にあっさり頷く先輩に、ヘタレは少しアテが外れた様子。実際は自信があったようだ。「しかし、な……お前の推理は間違っちゃいないだろうが……」「何か?」「二次系の小断裂だけで、炉心温度がああも上がるかなと思ってね」「まさか。これ以上何があるって言うんです? 一時系以上は原子炉容器の中、最大級の安全装置が働いてるんですよ。異常なんか起きるわけないじゃないですか。第一、これ以外に警報は出てないし……変な言い掛かりはよしてください」先輩、頭を掻く。「いや、まことにもっともな言い分で……」
6)
二次冷却系のパイプの断裂箇所まで辿り着いた二人。先輩、バルブを持って叫ぶ。「おーい! チャンネル4を開けて、チャンネル1を閉鎖しろー! 順番間違えんなよーっ!」「はーいっ、分かってますよっ! ……まったく……この僕が、バイパスより先に本線を閉めるわけないじゃないか。そんなことしたら爆発しちゃうくらい、小学生でも分かるさ。……終わりましたよー!」漏れ出ていたナトリウム、止まる。コレで終わりだ、と弛緩した雰囲気のヘタレ。
が、「警報が止まらない!?」上司から通信が入る。『二人とも! 炉心温度なおも上昇中よ、何やってんの!』「そんな! まさか、他にも断裂が……」と慌てるヘタレのもとに、自分の作業を終えた先輩がやってくる。「いや。(上司)、二次系の警報は止まったな?」『ええ……圧力も正常値に戻りつつあるわ。でも……思ったほど温度が上昇していない……』「温度が上がらない? ということは……」「一次系から熱が伝わってないってこった」落ち着いて分析する先輩に、ヘタレは青ざめる(ような雰囲気)。「おい、ボサッとしてないで行くぞ」「ど、どこへ……」「何言ってんだ、原子炉容器に決まってんだろーが。せっかくだから、滅多に見られない炉心の見学としゃれ込もうぜ」
7)
原子炉容器内に入った瞬間、ひやりとする。(窒素が充填されているため。)さらに、猛烈な青白い光が炉心から放たれていて、ヘタレがその光の強さに驚く。「チェレンコフ光!! こんなに激しく!! ……明らかに反応度が異常だ。どうして警報が出なかったんだ!?」チェレンコフ光について軽く説明。「警報のことは後だ。(ヘタレ)、中の物をくまなくチェックしろ。どっかに異常があるはずだ!」「は……はいっ」ヘタレ、一次冷却系のメインポンプに異常を発見する。「せ……先輩! これを!」駆けつける先輩。「一次冷却系のポンプが停止(トリップ)しています!」先輩、他のポンプもチェック。「ちっ……仲良くポンプが全部停止(トリップ)か!」ヘタレ、「ポンプが冷却剤(ナトリウム)を循環させなければ、炉心も一次冷却系も温度上昇する一方。反応度異常が起きるわけだ! 二次系の断裂も、一次系の異常な高熱が伝わり、一時的に超高温になってしまったため……」はっと気付くヘタレ。「ポンプを再起動しなきゃ!」既に試みていた先輩、首を振る。「……ダメだ。起動システムがブロックされてる」「え……」「誰かがウィルスを流し込むか何かしたんだろ」「一体誰が!? いや、それよりも……」必死に対策を考えるヘタレ。このままでは原子炉が暴走してしまう。
メインポンプの代わりに何らかの方法で冷却剤を流さなければならないが、予備の高圧注入系では容量が足りない。といってパイプに断裂はなく、温度も上昇しているため、異常な高圧になっており、低圧注入系ではパワーが足りない。
いい案が浮かばない。「仕方がない……諦めましょう、(上司)さん! 原子炉を緊急停止(スクラム)させましょう!」『緊急停止(スクラム)ですって? しかし……』「これはもう処置なしですよ! 遅かれ速かれ反応度事故を引き起こします!」『分かったわ……原子炉を緊急停止……』「待てよ」と、落ち着いた調子で先輩が止める。「(へたれ)、お前の言うことはいちいちもっとも。最終的にはそれも止むなし。だが……」壁に装着されていた緊急用の手斧を剥ぎ取る先輩。「諦めるのは、ちょいと早いぜ!」一次冷却系のパイプに向かって斧を振り上げる先輩。ヘタレ、「な、何を!?」
先輩は斧でパイプに穴を空けた。穴から高温の液体ナトリウムが吹き出し、先輩の左半身にかかる。その熱で表面の皮膚が焼けただれる先輩。上司驚き、『圧力が下がった!』ヘタレ、「……そ、そうか! 敢えてパイプを破壊して、冷却剤の逃げ道を作ったんだ! 圧力さえ下げれば、低圧注入系が使えるようになる!」炉心のチェレンコフ光が弱まっていく。炉心温度が下がっているのである。先輩、這うようにナトリウムの噴出から離れながら、「(ヘタレ)! バイパスを作れ! バルブを開くんだっ!」「了解!」ヘタレ、辺りを走り回ってバイパス処理をしていく。それに伴って、噴出していたナトリウムが治まる。
8)
なんとか応急処置が終わった後、ヘタレは先輩の姿を見て愕然とする。ナトリウムと反応したために人工皮膚が融け、中のメカニックが剥き出しになっている。また、高熱で体があちこち焦げていて、まともに歩けない様子である。
「先輩……」
「あンだよ。そんな顔すんなって。見た目ほど大した怪我じゃねーんだ」
ヘタレはその無惨な姿を見ながら、悔やんでいた。さっきはほとんど何の役にも立たなかった。原発の管理など誰にでもできる仕事、などと大口を叩いていながらだ。目の前で体をボロボロにしている先輩に、考えさせられることがあったのである。
「見ろよ」先輩、辛うじて動く右手で炉心を指さす。青白いチェレンコフの光が輝いている。ヘタレ、「きれいだ……さっきはあんなに乱暴に輝いてたのに……」「120年前の戦争で、あの光は30万もの人間を焼き尽くした。でも今では、あの光は人間の技術全てを支えてる。あの光はな……命の炎だ」「命の……炎?」「人を殺しもすれば、人を生かしもする。人間の手からはみ出しそうなほど大きな力。俺たちはそれを守ってる。俺はただの機械だが、あれを見てると……不思議と、生きてるって気がするんだ」沈黙するヘタレ。