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警部補ガーランドの最期 5

5枚分。全部書き上がったら一つに纏めます。

 夕暮れの風が、ガーランドを追い抜いていく。
 ガーランドは額の汗を拭くことも忘れ、墓標の前に立ち尽くしていた。枚方の山中に日当たりのいい墓地があり、その中に姉の墓はあった。墓前に備えた花束が風に揺れ、オレンジ色の感傷的な夕日をチラチラと照り返していた。
「姉さん、ぼくは――」
 それ以上の言葉が出てこなかった。
 口に出してはいけない、と思ったのかもしれない。自分でもはっきりとは分からないが、何か、意地のような物が、喉元で言葉を押しとどめたように思えた。この先を口に出すことは甘えになる。人に委ねてはならないことだから。誰にも……まして、答えることのできない姉になんて――
 きゅっ、と唇を結んで、ガーランドは墓標を見つめ続けていた。

「時任先生っ!!」
 ガラガラピシャンと戸を開けて、シーファは職員室に飛び込んだ。中にいた教官達が一斉に目を丸くする。無理もない。とっくに卒業したはずの警官が、私服姿で買い物袋まで抱えて飛び込んでくるなど、滅多にあることではない。
 ここは警察学校。今年の1月までシーファが訓練を受けていた、警察官の養成施設である。
「シーファ……タオ・シーファか?」
 一番手前の席にいた教官が、腰を浮かせて立ち上がった。始めこそ顔一杯に驚きの色を貼り付けていたものの、事態を飲み込んでくるにつれて、表情が満面の笑みへと変わっていく。
 白髪頭の、いかにも堅物らしい、60手前の老教官。彼は時任平八。シーファの訓練生時代の担任教官である。訓練中には笑顔など見せたこともない彼だが、お互いに教師生徒の関係から解放された今となっては、表情が崩れるのを隠すことはできなかった。手間が掛かる生徒だっただけに、シーファへの思い入れは深く、彼女が卒業後初めて顔を出してきたことが、時任は素直に嬉しかったのだ。
「どうした! 顔も見せないから、よほど仕事が面白いんだろうと思っていたが……タオ?」
 時任は、シーファのただごとではない様子に、やっと気が付いた。ランニングでは息を切らしたことのないシーファが、大きく肩を上下させ、真っ青な顔をこちらに向けている。一体どれだけの距離を走ってきたというのか。
 ふーっ、と大きなシーファの溜息が聞こえた。ようやく呼吸を落ち着かせたシーファは、背筋を伸ばして真っ正面から時任を見つめ、
「先生、お久しぶりです。その……単刀直入に行きます! 昇任試験の勉強って、何したらいいんですか!?」
「……な、なにい?」
 時任は思わず声をひっくり返した。
 若い警官が昇任試験のアドバイスを求めにやってくることは、さほど珍しくはない。職場の先輩や上司というのは、かつて同じ試験を受けた経験者ではあっても、教育の専門家ではないからだ。警察内部の事情に詳しく、かつ試験や教育にノウハウを持っているのは、警察学校の教官くらいのものなのである。
 とはいえ、よりにもよって、このシーファがやってくるとは夢にも思わなかった。そもそも昇進などに興味がありそうな子ではなかったし、ナメクジの次に勉強が嫌いという困った生徒だったのだ。
「昇任試験……お前がか? どうしたんだ、突然」
「どうしても昇進したいんです、巡査部長に」
「簡単に言うが、難しいぞ」
「倍率が高いのは知ってます」
「そうだな。例年、100倍から200倍にはなる」
「に!?」
 高いとは知っていても、まさかそこまでとは思わなかったらしい。だが事実である。警察官の七割が、生涯最下級の「巡査」のまま終わる、という事実からもその厳しさが分かる。一階級登って「巡査部長」になるだけでも大変なのだ。
 しかしシーファには、倍率が高いからといって諦めるつもりは毛頭無かった。どんな困難があろうと、必ず成し遂げる。もう、そう決めたのだ。
「……に、200倍だって、乗り越えて見せます!」
 時任は静かに椅子に腰掛け、腕を組んで考え込んだ。
 眉間に深く刻まれた皺の奥で、一体何を考えていたのか……やがて、時任は低く声を挙げた。
「地獄を見るぞ」
「覚悟の上」
 簡潔明瞭なシーファの答えに、時任はすっくと再び立ち上がった。
「分かった。私が指導してやる!」

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