へっぽこアドベンチャラー ボガー&ウルリカ
いきなりだが、ウルリカは剣を抜きはなった。
オランの町はずれ、「常闇通り」と呼ばれるスラムの入口。闇夜の中をこそこそ逃げる不届きな泥棒どもを袋小路に追いつめて、抜き身の刃を星光に照らし、斬りつけるかのように鋭く一声。
「そこまでだ、悪党」
――くぅうーっ! こーゆーのを一回言って見たかったぁー!
などと内心浮かれまくっているのだが、敵を目の前にしてそれを表に出すわけにはいかない。ただでさえウルリカの見た目は十代の女の子。キャッピキャッピと愉快にはしゃぐ姿など見せようものなら、一発でナメてかかられる。
日向と日陰を行ったりきたりのこの稼業、ナメられたらそこでオシマイなのだ。
ウルリカはきりりと眉をひきしめ、赤く輝く瞳で三人の泥棒たちをじっと見据えた。抜いたショートソードは真っ直ぐ構え、いつでも戦闘に入れる体勢を整える。
見たところ、泥棒たちは追いつかれたことに戸惑い、対処に悩んでいるようだ。追いつかれることを想定していなかったとは、そうとう脚に自信があるのだろうか。ちらり、と泥棒の一人が、ウルリカの背後……唯一の逃げ道を窺っている。
こちらを突破して逃げに走るつもりか? それとも……
――少し出方を窺ってみるか。
「盗んだ物を置いていけ。命まで取るつもりはない」
低い声を作り、さらに一言。さて、これにどう反応するか。
ずららん。
三人一斉に、広刃のえげつなーいナイフを抜きはなった。
――あちゃー……
ウルリカは頭を抱えたくなった。もちろん、実際にはやらない。
あんな大きなナイフで切られたら、痛いくらいでは済みそうもない。できれば戦いたくなかったのだが、相手が刃を抜いた以上、そういうわけにもいかないだろう。
相手に気付かれないよう、細く息を吸い込んで、ウルリカは覚悟を決めた。
「それが答えなら……行くぞ、悪党っ!」
靴底が石畳を叩き、赤い火花が夜を裂く。
弾丸のように駆けよったウルリカに、泥棒たちは慌ててナイフを突きだした。だが……
――遅い!
火花が一つ、二つ。ウルリカの姿が一瞬ぶれて見えたかと思うと、次の瞬間には泥棒たちの背後に回っている。泥棒が突きだした刃は、とっくに誰もいなくなった虚空をむなしく切り裂くばかり。
泥棒の一人が、思わず声を裏返して叫んだ。
「こっ、こいつ速いぞ!」
――あたりまえっ!
たんっ、と景気よく石畳を蹴って、ウルリカは僅かに間合いを放した。逃げた泥棒たちをあっさり追いつめたのも、この自慢の脚力があらばこそ。オマケに剣の技術も一級品! 頭も切れる! 寿命が千年! 誰もが見とれるこの美貌!
――なんて宣伝してる場合じゃないっ!
ウルリカが気合いと共に繰り出した一撃が、泥棒の背中を横薙ぎに襲う。
間合い、タイミングともに完璧の斬撃。泥棒は避ける動きすら見せられないまま、容赦ない刃の洗礼を浴びた!
……ぺちん。
「……ん?」
間の抜けた声を挙げたのは、斬りつけられた当の泥棒だった。
不思議そうに目をパチパチさせる泥棒に、別の一人がおずおずと問いかける。
「お……おい……大丈夫か?」
「あ、ああ……全然痛くねえ」
……………。
ウルリカは頭を抱えて絶叫した。
「ああああーっ!! これだから、ハードレザー以上の鎧は条約で禁止すべきだって日頃から主張しているのにーっ!」
「か、勝手なやつ……」
「おい、それよりも……」
泥棒たちがウルリカから間合いを放し、すっと目を細めた。ちょうど満月の灯りが差し込んできて、ウルリカの姿が照らし出されたのだ。
いかにも軽そうな革鎧に、極限まで細く加工されたショートソード、薄っぺらいスモールシールド。それらの装備に身を包むのは、抜けるように白い肌が煌めく、細身の美しい女性。耳はつんととんがり、切れ長の鋭い目や、流れるような銀色の髪が、戦士というより貴婦人をイメージさせる。
人間……ではない。
「エルフの女か!」
「なるほど……ひ弱いわけだ」
――う、うるせー!
ウルリカは精一杯に虚勢を張って、軽いはずなのに重い剣を両手で構え直した。
ウルリカは森に住むエルフの一族である。身のこなしが俊敏で、知性も高く、美貌と不老長寿を兼ね備える種族……と、そこまでは至れり尽くせりなのだが、ただ一つ重大な欠点を持っているのだ。
すなわち、筋力が極端に弱いこと。
……戦士としては、かなり致命的な欠点である。
おまけに……この美貌。これがまずい。
「おい、みんな」
「ああ、分かってる」
「思わぬお楽しみが増えそうだな……」
――ほらきた。
いやらしい手つきをしてウルリカに迫る泥棒たち。剣の勝負ならこんなチンピラどもを寄せ付けやしないのに、当ててもダメージを与えられないのでは、いくらなんでも分が悪い。戦いを続けても、いつかこちらが疲れて敗れ、そして……
……(想像中)……。
「逃げるが勝ちっ!」
ウルリカは青ざめて、一目散に逃げ出した。後ろから泥棒たちが待てーとかこらーとか言いながら追いかけてくるが、もちろん待つわけがない。
自慢の脚力をフル活用して逃げながら、ウルリカは、がっくり肩を落とした。
「とほほ……情けなや……」
同じ頃――
とある貴族の邸宅の、庭に佇む大きな倉。その扉の錠前は何者かによって開け放たれ、扉が僅かに揺らいで蝶番の軋む音を響かせている。倉の中、月明かりさえ差し込まない漆黒の闇の中で、何かがもぞりと蠢いた。
……盗賊。
動きやすい黒ずくめの服に身を包んだ盗賊のボガーは、やけに小柄な、丸っこい体を左右に揺らして、中を物色しているようだった。やがて大きな鉄の金庫に目を付けると、両手を底に引っかけて、その重みを確かめる。
指先にずっしりくる感覚。普通の人間なら、数人がかりでも持ち上がらないほどの重みがある。中身はいっぱいに詰まっていそうだ。
「よーし……2万は固いぞ、これなら」
ぺろり、とボガーは唇を湿らすと、
「ぬおおおおおおお!!」
気合い一発、鋼鉄の金庫を軽々と担ぎ上げる!
まるでちょっとした荷物でも運んでいるかのように、金庫を肩の上に載せ、ボガーは弾かれたように駆け出した。盗る物を盗ってしまえば長居は無用。さっさとこの屋敷から抜け出して、お宝の物色といこう。
……と。
倉から飛び出したボガーを、まばゆい白光が照らし出した。
「大人しくしろ、賊めっ!」
ボガーが息を飲む。
倉の入口は魔法の光に煌々と照らされ、周囲を武装した警備兵たちがぐるりと取り囲んでいる。その数、十人あまり。
――しまった! 見つかってたのか!
内心ボガーはほぞを噛んだ。たんまり蓄えているという貴族の財宝につられて盗みに入ったはいいが、結局このざまである。
「そうだ……暴れるなよ」
じわり、と警備兵が輪を縮める。ボガーは半歩後ずさり、必死に考えを巡らせた。絶体絶命のこの状況、切り抜ける方法は……
……………。
考えるのがめんどくさくなった。
「えーい! 力押しだー!!」
突如絶叫し、ボガーが警備兵に突進する。警備兵の方でも、まさか真正面から突っ込んでくるなんて想像もしていなかったのだろう。手にした槍を突き出す暇もなく、馬鹿力のタックルを喰らって2、3人の警備兵が吹っ飛んだ。
――よし! いまのうち!
そのまま警備兵の上を踏み越えて、ボガーは一目散に逃げ出した。その後を追ってくる警備兵たち。しかしその距離はみるみるうちに……
みるみるうちに……
……縮んでいく。
「う、うわあー!? 追いつかれる!?」
顔面蒼白で悲鳴を挙げるボガーに、警備兵たちは嘲りと驚きが半々に混ざった声を浴びせた。
「なんだこいつ、てんで足遅いぞ!」
「こんな足遅い盗賊なんて見たことねえぜ」
――ほっといてくれえっ!
ボガーは心の中で叫んだ。足が遅いのは仕方がないのである。
実を言うと、ボガーは人間ではない。ドワーフと呼ばれる妖精の一種なのだ。手先が器用で、人間離れした筋肉と生命力を持つ種族。体型はずんぐりむっくり、樽から手足が生えたような姿をしていて、肌は褐色、鼻は団子っ鼻。美しいとは自分でも思わないが、まあ、愛嬌があると言えなくもない。
が、肉体的には頑強なドワーフにも、欠点が一つある。
即ち……極端に足が遅く、なおかつ頭の方も、今ひとつなのである。
お世辞にも盗賊向きとは言えない。
「囲め、囲んで取り押さえろー!」
まずいことになった。一人の警備兵が号令を掛けると、他の連中がボガーを包み込むように広がり始めた。このままでは囲まれるのも時間の問題。何かで連中の気を逸らして、その隙に逃げなければ……
――そうだっ!
ボガーは肩にかついだ重みに気が付いた。突如足を止め、追ってくる警備兵たちを睨みつけると、
「どおおおおりゃああああああ!!」
かついでいた物を、そいつら目がけて思いっきり投げつける。
……かついでいた金庫を。
『うおおおああああ!?』
いきなり飛来した鋼鉄の塊。こんなものが当たったら、骨の一本二本折れる程度では済まない。蜘蛛の子を散らすように警備兵は逃げまどう。その隙を逃さず、ボガーは一気に屋敷の門から駆け出すと、闇夜の街に姿を消した。
……気が付いたのは、アジトに逃げ帰った後だった。
金庫がない。
「うわああああ! し、しまったあー!?」
月夜の空に、ボガーの悲痛な叫び声が響き渡った……
(続く)
「エルフファイター」ウルリカ (エルフ/女/148歳)
器用度18(+3)
敏捷度19(+3)
知力 18(+3)
筋力 5(+0)
生命力 9(+1)生命力抵抗力3
精神力20(+3)精神力抵抗力5
冒険者技能 ファイター2 シャーマン1
冒険者レベル 2 (総経験点=4000)
クリティカル値10
武器:ショートソード(必要筋力5)
攻撃力 5 打撃力 5 追加ダメージ 2
盾:スモールシールド(必要筋力1)
回避力 6
防具:ハードレザーアーマー(必要筋力5)
防御力 5 ダメージ減少 2
魔法:精霊魔法1レベル 魔力 4
言語:(会話)共通語 エルフ語 精霊語
(読解)共通語 エルフ語
「ドワーフシーフ」ボガー (ドワーフ/男/18歳)
器用度19(+3)
敏捷度 7(+1)
知力 6(+1)
筋力 19(+3)
生命力22(+3)生命力抵抗力 5
精神力21(+3)精神力抵抗力 5
冒険者技能 シーフ2 ファイター1
一般技能 クラフトマン5
冒険者レベル 2 (総経験点=3500)
クリティカル値11
武器:両/ヘビーメイス(必要筋力10)
攻撃力 6 打撃力20 追加ダメージ 5
盾:なし
回避力 3
防具:ハードレザーアーマー(必要筋力10)
防御力10 ダメージ減少 2
言語:(会話)共通語 ドワーフ語
(読解)ドワーフ語