へっぽこアドベンチャラー ボガー&ウルリカ 3
まあ……正直、盗賊向いてないんじゃないかと思わないではないが……
ふと、酒樽担いで店に入ったところで、冒険者らしいエルフの女が目にとまった。壁に貼られた冒険者募集の張り紙を、片っ端から舐めるように凝視している。いかにも身軽そうで、何かブツブツと呟いているのも、なんとなく頭が良さそうに見える。
見るからに盗賊向きなエルフの姿に、ボガーはじっと、羨望の眼差しを向けるのだった。
――いいなあ。エルフって。
「うーん……モンスター退治かぁ。これも一人じゃ手に余るなァ……」
そんなふうに見られているとはつゆ知らず、ウルリカはぼりぼりと頭を掻いた。
と、背後に変な気配。
「うわ……」
振り返るなり、感嘆の声を挙げる。両腕に酒樽を抱えたドワーフが、じぃっとこちらを見つめているのだ。なんで見られているのかという疑問よりも、酒が一杯に詰まった樽を軽々持ち上げる、すさまじいパワーへの感心が先に立った。
さすがドワーフ。その筋力は、他種族の追随を許さない。戦士になるために生まれてきたような種族なのだ。
――いいなあ。ドワーフって。
お互い同じことを思っているなんて、知るよしもない。
……と。
どばがんっ!
いきなり派手な音を立て、酒場のドアが開け放……いや、ぶち破られた。
ドアを破って吹っ飛んできたのは、ローブを纏った中年のおっさん。ちなみに、ウルリカの好みからすると、ちょっとばかり細すぎる。おっさんは、ボガーの背中にぶつかって、くたり、と床に崩れ落ちた。
「お、おい? 大丈夫か、おっさん?」
ボガーは酒樽を放り投げながらしゃがみ込み、倒れたおっさんを抱き起こした。微かに唸っているところを見ると、まだ死んではいないらしい。
「ふん……素直に渡せばいいものを」
酒場の入口あたりから、聞こえてくる低い声。ウルリカはそちらに目を向けて……
――うげげげげっ!?
思わず後ずさり、張り紙だらけの壁にぺたんを背中をくっつける。
――で、でかいっ!
下手をすると身長は4メートルを超えているのではなかろうか。筋骨隆々の巨人が、腰を曲げて店の中を覗き込んでいるのだ。しかも、その胴からは左右に6本ずつ、計12本の腕がにょきにょきを生えている。その姿はまるで、人間と蜘蛛と山の合いの子。
もちろん、こんな気持ち悪い生命体が、ただの人間なわけがない。
だったら何だと言われると、学のないウルリカには答えようがないのだが。
酒場の中にいた百戦錬磨の冒険者たちも、この蜘蛛巨人(他にどう表現しろというのだ)の登場に、さすがに浮き足だった。誰もが腰を浮かせ、口をパクパクさせている。それを嘲笑うかのように、蜘蛛巨人はすっと身を翻し、外の通りを走り出す。
「ま、待てっ! 誰か、奴を捕まえてくれ!」
焦った声で叫ぶのは、ボガーに抱きかかえられていたおっさんだった。そう言われても、報酬の約束もなし、相手が化け物では、動く冒険者なんて……
「分かった、俺に任せろ!」
いた。
ボガーは、叫ぶなり弾丸のように走り出した。いまどき、こういう直情型も珍しい。
残されたおっさんは、ローブの下でもぞもぞと動きながら、なにやらブツブツと呟いている。ウルリカの尖った耳がぴくぴくと動き、その言葉を捉えた。が、ウルリカの知らない言語らしく、さっぱり意味が分からない。
そして、おっさんの指できらりと輝く、異様な気配を放つ指輪。
「ふうん……」
ウルリカはにまりと笑うと、おっさんのそばにちょこんとしゃがみ込んだ。
「ねーねーおっちゃん。あんた……魔術師ね?」
ぎくりとして、おっさんがウルリカに視線を向ける。その目だけで分かった。
間違いない。このおっさんは魔術師である。唱えていたのは何かの呪文。指で光っているのは、魔法を使うために必要な「発動体」だ。
魔術師といえば、隠れ家には謎のお宝がどっさり、というのが定番である。ウルリカはできるだけ優しそーな笑みを作りつつ、おっさんの背中を撫でてやった。
「あたし、こー見えて足には自信あるんだけど」
「本当か? 頼む、どうしても奴に奪われた物を取り返したいんだ」
「んんー? どーしよっかなー?」
白々しく言いながら、手元でお金の形を作る。もちろん他の冒険者たちには見えないように、である。金になりそうだと感づかれたら、ライバルが増えてしまう。
おっさんはウルリカの言わんとすることを悟り、やおら大きく頷くと、
「2000出そう」
――わお。
ウルリカの服の中で、ぶわっと汗が噴き出した。これはまた、軽く相場の3、4倍にはなる額である。このおっさん、田舎に多い引きこもり型の魔術師で、金銭感覚がないのか。あるいは、それだけ「奪われた物」とやらが大事なのか。
いずれにせよ、ここは平然としているに限る。
「2500ね」
恐る恐る言ったウルリカに、あっさりおっさんは頷いた。
「それでいい。早く頼む!」
「お、オッケー」
――しまったー。もうちょいふっかけりゃ良かった。
なんという気前の良さ。予想以上である。内心では後悔しまくりのウルリカだったが、自分で言ってしまった以上は2500で受けざるを得ない。ま、これでも十分破格の報酬である。
すっくと立ち上がると、ウルリカは風のように店から飛び出した。
(続く)