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へっぽこアドベンチャラー ボガー&ウルリカ 5

 ウルリカの腕力では、あの巨人の分厚い皮膚はとても貫けない。ウルリカ自身、それは百も承知である。
 しかし、足を止めるだけなら方法はある。
 ふっ、と力強く息を吐きながら、ウルリカは巨人の正面に回り込んだ。巨人は足下でちょろちょろしているウルリカのことなど、気にも留めずに進み続ける。エルフ一人では何も出来ないと高をくくっているのだろう。
 ――見とれっ! 吠え面かかしちゃる!
 奥歯を噛みしめ、ウルリカは刃を繰り出した。
 その一撃が巨人の股を浅く薙ぎ払う。朱墨で線でも引いたかのように、僅かに血がにじみ出る……が、それだけである。致命傷どころか、傷と言えるほどの傷ですらない。
 しかし、巨人の顔が痛みに歪んだ。
「ぐっ!?」
「ふふん。そんな傷でも、痛いことは痛いでしょ」
 足を止めた巨人の両目が、ぎらっ、と眼光を放ちながらウルリカを見下ろした。
 ――ひ、ひええーっ! やっぱ怖いっ!
 さすがにこの体躯で覆い被さるように睨まれると、ちょっとばかり恐ろしいものがある。しかし怖がっているわけにはいかない。ウルリカは額に冷や汗なんぞ垂らしつつ、精一杯に虚勢を張った。
「あ、あんたが逃げるなら、あたしはずーっとついてって、あんたを切り刻み続けてやるかんね!」
 ちっ、と巨人は舌打ち一つ。
 12本の腕を、一斉に振り上げた。
 ――来た!
 ウルリカは弾かれたように地を蹴った。12の拳が鞭のようにしなり、ウルリカの頭上に降り注ぐ。握り拳一つが人間の頭ほどもあるのだ。あんなものを一発でも食らえば、ウルリカなんて熟れすぎたトマトのようにぺったんこに潰れてしまう。
「そんなんなってたまるかー!」
 ほとんど悲鳴に近い叫び声を挙げながら、ウルリカは巧みに身を捻る。次々と遅い来る拳の雨あられを、ほとんど曲芸のような身のこなしでくぐり抜け、
「せっ!」
 地面に突き刺さった腕目がけて、再び剣を突き出した。
 もちろん、剣は巨人の二の腕をかすったのみ。それでも、巨人は岩の擦れるような呻き声を挙げ、一瞬動きを鈍らせる。
 嫌がらせ程度のつもりで繰り出した攻撃だったが、ウルリカが想像した以上の効果があったようである。どうやらこの巨人、あまり痛みに堪え性がないらしい。そういえばさっきのパンチも、腕が12本もある割には簡単に避けられた。
 ――あんまり戦いなれてないのかな?
 疑問に思いながら、ウルリカは後ろにステップ。いったん間合いを放して――
 と、ウルリカの動きが止まった。
 彼女の足を握りしめる、巨人の腕。
「しまった!?」
 あまりに腕が多すぎて、足下でじっと息(?)をひそめていた1本を、すっかり見逃していたのである。ウルリカは慌てて巨人の手を振り払おうとするが、人間離れしたパワーで握りしめられた手はびくともしない。
「つ、つ、潰れたトマトはやだー!」
 なんてふざけている場合ではない!
 動けないウルリカ目がけて、巨人が拳を振り下ろした。
 思わずウルリカは固く目をつむる……
 がしっ!
 が、振り下ろされた巨人の拳は、黒光りする両腕によって、間一髪で受け止められた。
「お……追いついたぜ」
「ドワーフの兄ちゃん!」
 ウルリカの前に立ちはだかったボガーは、激しく肩で息をしながらも、巨人の腕をしっかりと腋に挟み込んでいる。巨人がこころもち青ざめて腕を引っ張り抜こうとするが、ボガーはびくともしない。
 小さな家ほどもあろうかという巨人のパワーを、完全に抑え込んでいる!
「そいつをなんとかしてっ!」
「任せとけ!」
 威勢良く答えると、ボガーは奥歯を固く噛みしめて、
「どおおおおっせえええええええいっ!」
 あろうことか、そのまま巨人を投げ飛ばした!
 巨人に捕まれたウルリカごと。
「ぬひょぉー……」
 巨人とウルリカは放物線を描いて大通りの空を舞い、ギャラリーが蜘蛛の子を散らすように逃げ去ったあとの地面に、砂埃を巻き上げながら墜落した。
 まるで地震でも起きたかのような振動が、オランの街を揺るがして……
「あ。一緒に投げちまった」
 遅ればせながらボガーは気付いた。どすどすと足音響かせながら、砂埃の中に駆けよっていく。
「いや、ごめん、エルフのねーちゃん。ついうっかり」
「おーまーえーはー……」
 砂埃を切り裂いて、ウルリカは跳ねるように起きあがった。
「殺す気か! 来るの遅い! 助けてくれてありがとう!」
「え、いや、どれ?」
「言いたいことが溜まってたの! とにかく、今のうちにこの巨人をふん縛っちゃわないと……」
 辺りにもうもうと立ちこめていた砂埃は、風に吹かれてようやく消えつつあった。二人は巨人の姿を求めて、砂埃の中に目を凝らし……
「うひょえあぁぁぁあ!?」
 ボガーが悲鳴を挙げて飛び上がる。
 確かにそのあたりでノビているはずの巨人の姿は、どこにもない。
 その代わり……と、言えるのかどうか。
 素っ裸の女の子が一人、砂埃の下に倒れていたのだった。

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