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ボツ。

ちょっと違うのを書いてみたけど、いまいちなのでボツ。
もう少し練ろう。

 街が夜のとばりに包まれる。
 空に星はない。ただスモッグに包まれた薄暗い月があるだけだ。小さな星々は、みな地上から放たれる閃光に掻き消されていた。いくつもの巨大なビルが、まるで天を支える巨人のように立ち並び、夜の闇の中に、真っ直ぐな影を投げかけている。
 繁華街は眠ることを知らない。だが、そこから一歩足を踏み出せば――
 静寂。
 冷たく、すぅっと胸の奥に染みこんでくる、風のような静寂。
 闇は澄み切っていて、シンプルな直線で象られた、一つの結晶のようにそこに存在していた。清々しい夜だった。
 それを、しゅーっ、という真っ直ぐな音が貫いた。長い直線の道路を一台のタクシーが走っていく。オレンジ色に塗装され、頭の上に社名の入ったランプを灯した、丸みを帯びた車体。助手席と運転席のドアには、大きく『4』と書かれている。
 非人間的な静けさを持つ夜の中、そのタクシーは、不意に投げ込まれた松明のようにゆらゆら揺れて、路肩に停車した。
『お客さま、目的地に到着しました』
 タクシーの中から落ち着いた男の声が聞こえる。運転手のようだが、声色はどこか異様だった。抑揚に乏しい淡々とした言い回し。老人とも若者ともとれる、年齢を感じさせない声質。
 やがてタクシーのドアが開かれ、中から中年のサラリーマンが、ふらつきながら現れた。飲めもしないのに遅くまで飲んでいるから、顔は真っ赤。財布はからっぽ。それでも幸せそうに、サラリーマンは千鳥足で近くのマンションに入っていく。
 ばたん。
 思い出したようにタクシーのドアが閉まった。
 なのに、タクシーはいつまでも出発しようとしなかった。
 さっさと駅前あたりに移動して、次の客を詰め込んで、少しでも稼がねばならない。それはタクシーにも分かっていた。分かっていたのだが――
『今日こそ、僕は試してみようと思う』
 タクシーは、例の抑揚のない声で言った。誰にともなく……恐らくは自分自身に。
 運転手が、ではない。
 タクシーが。
『空を飛ぶんだ』

 ミッツは街を見下ろせる緑が丘の上にやってきた。
 この丘の展望台からは、道路を真っ直ぐに下ることができて、加速を付けるにはもってこいだ。観光スポットではあるが、この時間に人が来ることは、まずない。長年タクシーとして経験を積みながら、ミッツは『製造目的』の成就に最適な、この場所を見つけ出した。
 ミッツはタクシーである。
 21世紀も半ばを過ぎたこの時代、知性を持った数多くの機械が、人間社会に貢献していた。ミッツもその中の一つ。運転手の要らない『全自動車』というやつである。
『分かっているとも。普通、自動車は空を飛ばない』
 じっ、とミッツのカメラアイが、目の前の直線道路を見下ろした。ビームライトが夜を突き刺すように照らし出した。
『でも僕は飛ぶ』
 圧倒的な確信。
『行くぞ!』
 ミッツは走り出した。
 サイクルコンデンサが唸っている。モーターがヒィンと冷たい音を響かせる。矢のようにミッツは駆け下りて、制限速度も何もかも振り切り加速する。
 揚力とは何か? ミッツは研究したのだ。要するに、上側が膨らんでいて、下側が真っ直ぐになっている、そういう物体が高速で風を切って進むとき、気圧差によって物体は上へ押し上げられる。それが揚力の正体だ。
 とすると……見ろ! 車のボディは、揚力を生み出すにうってつけの形をしてるじゃないか! 上が膨らみ、下が真っ直ぐ!
 ミッツのスピードが140km/hを超えたとき、奇妙な感覚がミッツを包んだ。タイヤの空気圧が下がった……いや! ただ空気圧が下がるわけない。浮いているのだ。浮き上がろうとしているのだ。車体が持ち上げられて、そのぶんタイヤを締め付けていた接地圧が緩んだのだ! もう少し。あと少し。後ほんの少しだけ加速すれば……
 ぐんっ!
 ミッツの命令に応えて、モーターがさらにトルクを上げる。
 と、次の瞬間。
 ミッツの車体が宙に浮く。
 下に支えるものが何もない、空中に!
 だがしかし。
『……あ』
 飛んだんじゃなく、崖に飛び出しただけだと気付いたときにはもう遅い。
『ああああああ!』
 ミッツは為す術もなく、まっさかさまに落下した。

「まったく何を考えているんだか……」
 沈痛な面持ちで社長は言った。無理もない。
「ミッツ! 何やってんだお前は!?」
 どかん、と雷が落ちた。
 翌朝のことである。崖の下でオーバーヒートしたモーターをぶすぶす言わせていたミッツは、通りかかった車に発見され、あおぞらタクシーの車庫までレッカーされていった。飾り気も何もない、プレハブ建ての車庫では、先回りした社長が待ちかまえていた。へろへろになるまで着崩したスーツに身を包み、額に青筋浮かべながら。
『崖から転落しました』
 くそまじめに答えるミッツ。社長の青筋がぴくぴく震え、
「んなこた言われんでも分かるわい! なんで時速150キロで崖に突っ込んだのかと聞いとる!」

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