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2006年06月20日

 ■ ボガー&ウルリカ 「二人で歩く道」

 いつもの酒場のいつもの席に、いつもと違う笑い声。見たこともない料理や酒が、二人の前に山と積まれた。山モスピクのムニエルに、シャーレ牛のヴュイル風。季節のキノコはこんがり焼いて、珍味ボメボメにそっと寄り添う。コルクを開けたその瞬間から、鼻孔を刺激する甘酸っぱい銘酒の香り。
 舌の付け根のあたりから、じゅわっとよだれが吹き出した。
「……いた!」
 ウルリカは両手を合わせ、
「……だき!」
 ボガーはナイフとフォークで臨戦態勢。
『ますッ!!』
 二人は料理の山に飛びかかった。
「ん……まあああああああいっ!!」
「うおおお! うおおおおお!」
「モスピクの締まった白身はムニエルに最適! しかもより引き締まった野生の山モスピクを選ぶなんて気が利いてるわねっ! キノコの表面もほんのちょっぴりカリッと焦がしてそこに垂らしたソースがジュッと音を立てるこの火加減! マスターいい仕事してるっ!」
「ぬおおおおおおおおおお!」
 半狂乱の二人を気味悪そうに見守る他の常連客たち。が、二人の馬鹿騒ぎにも文句を言う者は一人もいない。というのも、今日はボガーとウルリカがコンビを組んで、初めて仕事を成功させた、その記念すべき日なのである。
 駆け出しの冒険者というのは、任務も失敗続き、その日の食費にさえ困るのが普通である。みんなそんな時代を経験してきた連中だけに、ここぞとばかりに騒ぐ二人を責める気にはなれない。むしろ温かい……いや、生暖かい目で遠巻きに見守っているのであった。
 と。
 その時、ふいに酒場のドアが開け放たれた。冷たくて気持ちいい外の空気と一緒に、商人風の男が一人、おどおどした様子で酒場の中に入ってくる。男はざっと酒場を見回すと、一番目立っているボガーたちに目を付けたらしく、音もなく二人のテーブルに歩み寄った。
「あのー……」
「あ、ちょっとボガー、こっちもイケるよ。切り分けたるから、皿だせ皿」
「肉だ肉! 肉なんて何ヶ月ぶりだあ!?」
「えーと……あのう、冒険者のかたですよね……」
「う、うめええええ! かーちゃん俺、今幸せだあああ!!」
「あーもー落ち着け! 服にソースついてるっての……ほら、これで拭く!」
「あの……」
「くううっ! そんでまたこのお酒が、た、ま、ん、ないわっ!」
「俺たちやれば出来たんだよなっ! これからはこーんなメシをいつも食えるんだよなっ!」
「あ……」
「そーとも、あたしらやれば出来た!」
「俺すげえ!?」
「あたしは!?」
「ウルリカもすげえ!」
「ふっふっふっふっそのとーり!」
「俺たちはすげえのだ!!」
「そうだそうだー!!」

「あのおっ!!」

 ぴたっ。
 抱き合い二人して拳を突き上げた姿勢のまま、ボガーとウルリカは硬直した。
「……あのう。依頼したいことがあるんですがね……」

 あちい。
 ウルリカは腐ったおさかなさんのような目で、ぼんやり青空を眺めていた。そこにはまん丸い、憎たらしいくらいに赤々と輝く灼熱の太陽が一つ。当たり前だ。あんなもんが二つもあってたまるか。一つでこんだけ暑いのに、二つもあったらエルフは乾物になってしまう……
 暑さと疲労のあまり、ウルリカは訳の分からんことで頭をいっぱいにしていた。
 歩いて一週間ほどの距離にある隣町まで、ちょっとした荷物を取りに行くというのが今回のお仕事。依頼料はそれほど多くはないが、隣町までの街道には盗賊もあまり出ないし、脅威といえば、せいぜいモンスターの群れくらい。それも滅多なことで出会うことはない。駆け出しにはぴったりの、簡単な仕事というわけだった。
 が、しかし……
「隣町までの山道は、想像を絶する険しさだったのだ……」
 思わずぽつりとウルリカはぼやいた。
「何言ってんだよ。こんなの険しいうちに入るもんか」
 大きく手を振り前を歩くボガーが、呆れ半分自慢半分に言った。この陽射しの中、危険な崖や段差、大小さまざまな岩が転がる荒れた山道を、ボガーは苦もなく歩いていく。さすがに体力オバケである。おまけに、ドワーフは元々山岳地や洞窟に住んでいる種族。山歩きはお手の物といったところなのだろう。
 それに引き替え、エルフは暗い森が出身地。陽射しにも弱いし、高低差の激しい土地にも弱い。街を出て三日も経っていないが、もうウルリカの足はガクガク震えている。ふくらはぎが痛い。つちふまず攣りそう。
「ねー、休もうよー」
 ウルリカは精一杯甘えた声を挙げた。
「ちかれたよー。足いたいよー。もー歩けないよー」
「あのなあ……」
 ボガーは不承不承立ち止まると、振り返って頭を掻いた。その目が、「何言ってんだこいつ」と如実に語っている。
「さっきも休んだじゃないか。こんなペースだと、隣町まで何日かかるか分かんないぞ。保存食にも限りがあるんだし……」
「だって、ほんとに疲れちゃったんだもん」
「もんとかゆーな。気持ち悪い。」
 ウルリカは赤面した。
「う、うるせー! ぶりっこの通じん奴は嫌いじゃ!」
 仕方なく、ウルリカは疲れをおして歩き出した。
 だが、慣れない山道で疲労した、エルフの貧弱な体である。疲れは本当に限界近くに達していた。ふざけたように見せていたのは、ボガーを心配させまいとしての、無意識の行動である。だがそのことに誰も……ウルリカ自身も気付かず、無理な行軍を続けてしまった。
 その結果。
 がっ、と鈍い音がして、ウルリカのつま先が岩に引っかかった。
「う……わあっ!?」
 情けない悲鳴を挙げて、ウルリカは岩だらけの山道にすっころんだのだった。

 転んだ拍子に、ウルリカはスネを強く打ち付けていた。ブーツを脱ぐと、ウルリカの白く細い向こうずねに、青紫色の腫れができていたのだった。戦闘用の丈夫なブーツを履いていたから、まだよかった。これが素足や服一枚だけだったりしようものなら、骨が折れていてもおかしくない。
「いつつつ……いったー!」
 悲鳴を挙げるウルリカのスネに、ボガーは手早く包帯を巻いていった。二人とも特に医学の心得はないが、包帯を巻いて抑えておけば、いくらかの応急手当にはなる。とはいえ……
「歩けるか?」
「うーん……ちょっと無理そう……」
 ひりひりするスネの痛みを堪え、ウルリカは額に汗を浮かべていた。
 まずいことになった。いかに怪我をしたとはいえ、これ以上行程を遅らせるわけにはいかない。受け取りの期日に遅れれば、最悪の場合報酬無し……ということもありうる。せっかくここまで来ておいて、それはあんまり情けない。
「ったく、しょうがねーなあ……」
 ボガーもさすがに苛つきを隠せず、冷たい声でいいながら立ち上がった。そりゃあ、ウルリカにだって彼の気持ちは分かる。正直に言ってウルリカは足手まといにしかなっていない。だがウルリカだって、彼女なりに精一杯やっていたつもりだった。だからなのか……ちょっと拗ねたことを、ウルリカは口にしてしまったのだった。
「……ごめんね。先に行っててよ」
「え?」
「このままじゃ期日に間に合わないっしょ? あたしは後から自分のペースで追いかけるから、ボガーだけでも先行っといて」
「……………」
 ボガーは沈黙した。ウルリカの言うことをどう解釈していいか迷っているらしかった。が、やがて聞こえるか聞こえないかの溜息を吐くと、ウルリカにぷいっと背中を向けて、山道を行ってしまった。
 その背中がなんだか冷たい。
 ウルリカは、舌打ちしながら石ころをけっ飛ばした。
 石ころは山道を転がり、大きな岩にぶつかって……砕けた。

(続く)

投稿者 darkcrow : 2006年06月20日 02:38

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