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2006年06月21日
山深く入れば入るほど、道は険しくなっていく。急斜面にへばりつくように作られた細い山道は、さすがのボガーにも堪えた。いや、やけに消耗しているのは悪路のせいではなかったかも。
心の奥にある後ろめたさが、ボガーの足取りを重くする。
「大丈夫かな、あいつ……」
俯き加減に独りごちたところで、ボガーははっと顔を上げ、ついで大きく首を横に振った。
「知るもんか、あんなやつ!」
無理してずんずん歩き出す。
そうだ。ウルリカのことまでかまっていられない。この位のことでへたばるなら、最初からこんな依頼を受けるべきじゃなかった。根性足りないし、甘えただし、その上拗ねて先に行けだなんて。付き合ってられない。そうだよ。
そうに決まってる。
なのに……
歩き続けるボガーの頭に、少ないけれど鮮明な思い出が蘇ってくる。
古代王国の遺跡に、宝探しに行ったとき。
『えーみなさま、右手をご覧ください。「だんじょん」でございます。それから左手に見えますのはワイバーンと言って、とても強……逃げろぉー!!』
また、森の中で道に迷ったとき。ウルリカは剣を地面に突き立てて、
『こうやって方角測んのよ。あとでやり方教えたげる』
ついこのあいだ、初めて仕事を成功させた、そのお祝いをしているとき。
『服にソースついてるっての……ほら、これで拭く!』
盗賊に向いていないかもしれないと、弱音を漏らしたときだって……
『あたし、役立たずを相棒にしたつもりはないから』
ボガーの足が止まった。
ボガーは自分のことをバカだと思っている。文字も読めない、どうしようもないアホなのだと思っている。自分なりに一生懸命勉強しているつもりでも、バカのせいで足を引っ張ってしまうことを自覚している。
だから長い間、仲間も作らず一人で泥棒をやっていた。
なのにあの時、ウルリカは――
風が、後ろからボガーの背をつついている。
彼の足が力強く地面を蹴った。
あー情けなや。
ウルリカは道ばたに座り込み、怪我した方の足を両手で胸に抱えていた。もう一歩も歩く気が起きなかった。こんなに疲れて、怪我までしたのだ。休んだって許されるはずだ。そーだそーだ。そーに決まってる。
岩棚の下の日陰にはいり、ひんやりした岩肌をお尻の下に感じながら、ウルリカはぼんやり空を眺めた。チチチチ……と小鳥が山の中から飛び立って、雲の中に消えていく。吹き抜ける風。まばらな木々がざわついて、ウルリカの長い髪がさやさや揺れる。
……つまらん。
「あー! つまらーん!! じっとしてるのは性に合わーん!!」
じたばたじたばた暴れ回り、その拍子に傷めた右足を岩にぶつける。
「っ……! ぐあ……!」
涙目で足を抱え込み、声にならない声を挙げつつ悶絶することしばし。
ようやく痛みが引いたのか、ウルリカは溜息を吐きながら背中を背後の岩に投げ出した。
「……やっぱ、ちょっと大人げなかったかな……」
そりゃそうである。
三日やそこらの旅で音を上げるなんて、冒険者としてはあまりにも貧弱すぎる、というのは確かである。まあそれは仕方がないにしても、子供みたいなダダをこねたのは、我ながら良くなかった。あれではボガーが怒っても無理はない。
彼に悪いことをした。
それに……エルフだからと貧弱さに甘えるのは、負けも同然だ。何に対する負けかはよく分からないが。
「よしっ」
気合い一発。
「やるか!」
ウルリカは両手と足一本ではい回り、何か使えそうな物を探し回った。やがて道ばたに生えていた枯れ木を見つけると、その太い枝にしがみつき、根元からひと思いに折り取ってしまう。
腰から抜いた広刃のナイフで余計な小枝を落とし、適当な長さに切って、ベースとなる杖のできあがり。そのままでは使いにくいので、脇の下に挟み込めるよう、短い枝でT字を作り、荷物の中のロープで結わえていく。
お手製松葉杖の完成、である。ウルリカはもともと森に住むエルフの一族。木材の扱いはお手の物だ。
松葉杖を腋に挟み込み、ウルリカは鼻息をふんっと吹き出した。そのまま勢いよく一歩を踏み出す。傷はジンジン響いているが、歩けないことはない。杖の調子も良好だ。
「待っとれよ……すぐに追いついたるっ」
二人は、ほどなくしてばったり出くわした。
「あ……」
「え……」
ボガーは、まさかウルリカが杖突いてまで歩いてくるなんて思いもよらなかった。ウルリカの方だって、ボガーが引き返してきているとは予想だにしなかったのである。しばし二人はお互いを呆然と見つめ、絶句し……
やがて。
「……さっきは、ごめん」
「いや俺も……悪かった」
お互い、決まり悪そうに。
ボガーはふいにしゃがみ込み、ウルリカに背中を見せた。それは半分照れ隠し。じゃあ、もう半分は?
「何よ?」
「おぶってやる。その足じゃ歩きにくいだろ?」
「い、いらん!」
「いいから乗れって」
「いらんとゆーとる! そんな恥ず……いやいやいや、みっとも……いやいや、とにかくいらないて言ったらいらないっ」
「つべこべ言うなら……こうだっ」
「え!? ちょっ……わきゃー!?」
で、結局。
ボガーは有無を言わせずウルリカを抱き上げたのだった。それも膝の裏と背中に腕を回し、優しく胸に抱き寄せる……そう、あの伝説のお姫様だっこである! これとおんぶと、どっちがいいかと半ば恐喝気味に詰め寄られ、やむなくウルリカはおんぶを承諾。
恥ずかしさに冷や汗だらだら流しつつ、ウルリカはボガーの背中に揺られていたのであった。
でも。
小柄なボガーではあったが、意外にその背中は広く、力強くて、こうしていると不思議に安心できるのも事実だったのだ。ウルリカはとうとう観念して、ボガーの首に回した腕に力を込めた。
「……ありがと」
ぼそっ、とウルリカは呟いた。
聞こえていたのか、いなかったのか……ボガーはいつもの調子で、
「ん? 何って?」
「こんな屈辱今日だけだっつったの! 明日は絶対自分で歩くかんね!」
「そうしてくれよ。俺だって毎日おんぶさせられちゃかなわん」
「こーんな美しいあたしをおんぶさせていただいといて、かなわんとは何事かっ!? ここはもう永久に抱きしめたいくらい言うのがスジってもんでしょーが!」
「一体どっちなんだー!?」
「乙女心はフクザツなんじゃーいっ!」
どこまでも続く荒れた山道に、二人の声が響いていた。
(終わり)
投稿者 darkcrow : 2006年06月21日 01:42
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