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2008年01月07日

 ■ ACFA-NOTES:01 大鴉-Vogel-

ARMORED CORE For Answer

ACFA-NOTES:01 大鴉-Vogel-

 止む気配を見せない猛烈な風炎(フェーン)は、今日になって一層勢いを増したようだった。
 南の山脈を乗り越える間に湿気という湿気をかなぐり捨ててきた乾いた熱風が、覆う草すら生えない荒野を吹き抜けていく。こんな日には決まって、あの音が聞こえる。あれを表現する言葉があればいいのだが、とアクファは思った。擬音語……いのイチにダメ。荘厳なる形容詞の羅列……くどい。では端的な比喩。
 そんな馬鹿な、とアクファは首を振った。
 『あれ』は『あれ』だ。他の何と比べられる。
「せめて方向だけでも分かればいいのに」
 いつ崩れるともしれない切り立った崖のすぐそばにバイクを停めて、アクファは防塵マスクの奥で溜息を吐いた。ここなら多少は、風炎と塵も勢いを弱める。だがその好条件が、同時にあの音を反響させ、音の出所を不明にしているのだ。
 もう三日になる。この辺りでインテリオルとオーメルが戦っていると聞きつけ、居ても立っても居られず街を飛び出してから。
 もう諦めようと何度思ったことか。第一、戦いの現場を見つけたところで何が出来るというのだろう。何も出来はしない。ただ見ること。そして見たものを言葉にすること。アクファにできるのは、せいぜいそれだけだ。下手をすれば巻き込まれて命を失う。
 そんなことは分かっていた。分かり切っていたのだ。
 それでもあの音は、岩山に反響して――風炎の唸りに乗って――不気味に、魅惑的に響いてくる。
 アクチュエータ複雑系の唸り声。
 と。
 落ち込んだアクファの心を引き裂くかのように、閃光が彼の頭上を貫いた。

 アクファは大慌てでバイクを蹴倒し、自分も地面に伏せた。砂嵐も風炎も、くすんだカーキ色の空さえも、辺り取り巻くモノクロームの全てを青白の光が薙ぎ払う。なんたる色彩。なんたる熱量。鼓膜が破れそうなほどの不快なチリチリ音が岩山を数秒撫で回したかと思うと、最後に一瞬、一際大きな爆音を放ち、光は消えた。
 アクファは恐る恐る立ち上がった。あまりの熱気に吐き気がしてくる。まずい、と反射的に感じた。何かの有毒なガスが発生しているに違いない。なにしろ、こんなのは初めての経験だった。
 偏光ゴーグルの向こうには地獄のような光景が広がっていた。
 ついさっきまで岩山だったものが、低速レーザー砲弾の一撃で蒸発し、火に掛けた鍋のように沸き立っている。
 ぞくりとした。
 一歩間違えば死んでいた、そんな恐怖に対してではなく。
「『カノープス』だ……!」
 砲弾の色と威力を見ただけで、アクファには機種名まで判断できた。エナジーバズーカと呼ばれる種類の武器である。超低速に圧縮したレーザー光を束にして放出する、一種の線形加速器だ。
 その威力は山一つを吹き飛ばす、なんて噂していたが――まさか、噂そのままだとは。
 だが今大事なことは、そんな些細な驚きではない。アクファは弾かれたように、砲弾が飛んできた方向を睨みつけた。レーザー砲。そんなSFじみた商品を開発しているのは、世間広しといえどもメリエス社以外にあり得ない。
「インテリオル・ユニオン」
 呟くと、アクファは大慌てで倒れたバイクを立て直した。幸いエンジンは軽快に掛かってくれた。風炎の中をアクファは走り出す。もはや彼に見えては居なかった。周囲の光景も。唸る風の音も。彼を導くのはただ一つ。
 ――戦ってるんだ! ACが!
 その事実だけだ。


 ――潮時かっ!
 フォーゲルの判断は速かった。『カノープス』をかわされ、必殺の一撃が一転して絶命の危機に立ち替わった瞬間、フォーゲルは既に後退をコマンドしていた。コンソールラインを走る指が的確にキーをパンチしていく。《虻》とAMSが寓意を網膜に投影してきた。《お花畑》。条件反射がフォーゲルの体を突き動かす。
 モニタの中央では、真紅の体を風炎に晒す『バーレ・ジブリール』がじっとこちらを睨んでいる。向こうは小兵だ。旧イクバールの理念をそのまま形にしたような、美しい細身のボディがアクチュエータ複雑系の唸り声を挙げている。それはまるで雌豹の唸りだった。と思ったが、すぐにフォーゲルは訂正した。
 雌豹。そんな可愛らしいもんじゃない。
 相手は鋼だ。
 それ自身が意志を――猛烈な戦闘意欲と敵意を持った、鋼の塊だ。
 敵は強い。フォーゲルは敵を油断させようとあれこれ手を講じたが、全て無駄に終わった。どんなに自然に隙を見せようとも、敵は決して乗ってこなかった。うかつに踏み込んでくれば、容易く返り討ちにしてやったものを。
 ACという兵器の性質上、追う側は逃げる側より必ず不利。それを敵は、嫌と言うほど心に刻んでいる。
 フォーゲルはミリ秒たりとも『バーレ』から目を逸らさず、コンソールに指を走らせた。ぴくりとも動かない彼の視線を読み取って、情報は上手く視界を塞がぬよう、視線を逸らさず見られるよう、絶妙な位置に表示される。
 彼の『ヴェスタルファナス』は継戦能力の限界に達しつつあった。孤立無援はACの常だが、今回は少しばかりハードすぎた。UBDブレーンはとうにコジマ粒子化できなくなっていたし、超伝導サイクルコンデンサも伝導率を維持できなくなってきた。そしてなけなしの弾薬は、さっきのが最後の一発だ。
 ついでに、胃袋も空ときた。
「絶体絶命ってとこか」
 だが、とフォーゲルは思う。
 腹が減るようじゃ、まだ死に時じゃない。
 どうせ死ぬなら、飽きるほど生きてからだ。
 ――次がラストだな。
 冷徹にフォーゲルはそう読んだ。
 もはや、敵の油断を待つ余裕はない。
 指が走る。
《アームユニット・パージ》とメッセージが表示され、『ヴェスタルファナス』は右手の『カノープス』を放り捨てた。弾が残っているふりも、そう長くは続くまい。ならば余計なハッタリは捨てて――
 この一撃に全てを掛ける。
 必要な物は三つ。左腕のブレードと、クイック一回分の電力。
 そして、敵の懐に飛び込むだけの、シンプルな速度(ヴェロシティ)。
 それだけだ。

 崖の上に辿り着いたアクファは、瞬きも忘れてその場に立ち尽くした。バイクが彼の手を離れ、砂の上に横になった。目の前にACの頭部がある。イクバールらしい美しいシルエットを持つ後頭部が。その向こうでは、インテリオルが純白の巨体を風炎の中に浮かび上がらせている。
「決める気なんだ」
 インテリオルが『カノープス』を切り捨てたのを見て、アクファはごくりとツバを飲んだ。
 あと数秒。
 ほんの数秒。
 おそらくアクファの肉眼では捉えられないほど短い時間の間に、全ては終わる。

 漠として、世界が凍り――
 震える。
 踏み込みは同時。『バーレ』の赤と『ヴェスタルファナス』の白が、静止する世界の中でミリ秒単位の激突を果たす。震える大地すら心地よく、フォーゲルの指が疾走する。《蜂!》寓意が叫ぶ。《太陽!》フォーゲルの目がそれを捕らえるや、鍛え上げられた条件反射が『ヴェスタルファナス』の左腕を突き動かした。
「おおりゃあッ!」
 下から払い上げた光の刃が、真紅の胸板をわずかにかすめた。はずした! とフォーゲルが確信するより早く、『バーレ』が全てのエネルギーをクイック一回に注ぎ込んだ。瞬時、音速を超える真紅の巨体。音速突破の衝撃波が大地をかちわり、空を引き裂く。
 ――やらせるか!
 フォーゲルは正面からぶち当たろうと、必死にクイックをコマンド――
 と、画面に浮かんだ警告表示に目を見開く。
《子犬》寓意の隣にモニタの映像が拡大された。
 一人の少年がこちらを見つめている。『バーレ』の向こうの岩山の上に、茫然と立ち尽くして。
 こちらから突撃すれば、衝撃波が彼を粉砕する。
 ――どうする!?
 迷いは表層意識だけのものだった。条件反射が指を動かす。
「くっそお!」
 悪態を吐きながら『ヴェスタルファナス』は為す術もなく押し倒された。後頭部が地面に叩きつけられ、頭部カメラがダメになる。モニタがブラックアウトしてからサブカメラに切り替わるまでの時間は、僅か三ミリ秒にも満たないだろう。
 だがそれは永遠の時間。AC同士の戦いにとっては。
 モニタが回復し、フォーゲルがコンソールに触れるより一瞬早く、『バーレ』の腕が『ヴェスタルファナス』を蹂躙した。
《左腕損傷》モニタが回復するなり吐き出すそれは、死の宣告。

 アクファは蒼白になった。自分のせいだ。その思いが彼を貫いた。
 どっちの味方をするでもなかったが、明らかに自分を庇おうとしたインテリオルの動きに、アクファは鉄の棒で殴られたような衝撃を感じていた。
 もしあのとき、インテリオルがクイックで突っ込んでいれば……音速突破の衝撃波は、崖の上から観戦していたアクファを引き裂いていただろう。だが彼が――彼女かもしれないが――インテリオルのリンクスが、無抵抗に倒されることを選んだから。
 だからリンクスは最後の武器を失い、今、アクファは生きている。
「あ……あ……」
 言葉ならぬ言葉が漏れる。
 文字通り。
 後悔は、後からやってきた。

「へ……」
 だが、フォーゲルは笑っていた。
 死を覚悟して――
「そうしみったれた顔するなよ。感謝してるくらいだぜ」
 否。
 フォーゲルは上に覆い被さる真紅の天使を見上げ、
「ようやく油断したな。可愛子ちゃん!」
 コマンド。

 アクチュエータ複雑系は俊敏に反応した。フォーゲルの意志を察知して。フォーゲルの意図を読み取って。
 残った……違う。『バーレ』が壊し忘れた『ヴェスタルファナス』の右腕が、白い股をまさぐった。そこのスペースに格納された、小型のレーザーブレードを抜き放つために。
 『バーレ』のリンクスは見誤った。彼ないし彼女にも見えていたから。崖の上にいる少年の姿が。だから確信した。フォーゲルが最後の最後で少年を庇ったと。自分の身を捨てて一人の無力な命を助けたと。
 もはやフォーゲルに戦意はないと。
 思い違いも甚だしい。
 フォーゲルが考えていたことは最初から最後までただ一つ。
 いかにして、敵の油断を引き出すか。
 それは成り、そして『バーレ』は怠った。『ヴェスタルファナス』の右腕を破壊しておくことを。
「終わりだ!」
 フォーゲルは叫び、指を走らす。
 青いレーザーブレードの一撃が、真紅に染まった『バーレ』のコアを、真っ正面から貫いた。

 アクファはバイクに飛び乗って、なだらかな道を選びながら崖の下へと降りていった。指が震えて上手く運転できなかった。あのインテリオルに乗っているリンクスは、どんな顔をしてるだろうか。今しがたまで命の取り合いをしていた男または女は、どんな表情を見せるのだろうか。そしてどんな行動を――足手まといになったアクファに怒り、殺すだろうか。
 身の危険なんかちっとも感じず、アクファは、イクバールともつれ合って倒れたインテリオルに近寄っていった。バイクから降り、上を見上げる。
 あのあたりに、コックピットハッチがあるはずなのだが……
 と、まさにそのあたりが、重い音を立てて装甲板を開いていった。何重にもなった装甲の奥から、男が姿を現す。黒髪で、痩せていて、顎には無様な無精髭が生えていた。正直に言おう。
 がっかりした。
 ちっとも、アクファが思っていたような人物ではなかった。
 そこらへんの、どこにでもいる、若くて軽薄そうな男だったのだ。
「よおー」
 リンクスはよれた洗濯物のように、インテリオルの装甲板に上体をぶら下げた。もうぴくりとも動きたくない、そう言わんばかりに。
「あのさ、この辺に……ドライブインか、レストランか何か、ないかな。食えるなら贅沢言わないから」
「二十キロ四方、山と礫砂漠しかないよ」
 がっくりとリンクスはうなだれた。あまりにも哀れなその姿に、思わずアクファは可哀想になって、自分のザックを揺らした。中でゴソゴソと何かが鳴っている。
「ぼくの保存食でよければ、少し」
 その一言でリンクスの顔に、ぱっと赤みが差した。さっきまでと比べれば、水死体と太陽みたいなもんだった。
「いいぞ! 友達になろう。おれはフォーゲル。しがないインテリオルのサラリーマンさ」
「アクファ。ACFAって綴るんだ。しがない作家志望だよ」
 かくしてフォーゲルは、アクファが出会った最初のリンクスとなったのだった。

NOTES:01 over.


※注※
 この作品は、ARMORED CORE For Answerオフィシャルサポーターに提供された資料を基に、木許慎の解釈による展開予想・設定考察・ビジュアルイメージを小説化したものです。その記述の多くは木許慎の予想・考察に基づくものであり、実際のゲーム内容とは矛盾する可能性があることをご了承ください。
 なお、全てのゲーム画像は開発中の物です。

※あとがき※
 12/28には一度公開したんですが、あまりにもあんまりだと読み返して感じたので、書き直しました。
 というわけで今回のテーマは「AC対AC」でした。次回以降、ACFAにおける新要素を順に取り上げ、短い話を書いていきたいと思います。
 次回、「NOTES:02 巨獣-Fortress-」。超巨大兵器アームズフォート。その開発意図、運用理念と弱点、機械の巨獣に人生掛けるおっさんの物語。

投稿者 darkcrow : 2008年01月07日 11:51

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コメント

文章は上手いと思ったんですが、NEXTの周りに居るってコジマ粒子中毒で死ぬんじゃあ?

投稿者 Anonymous : 2008年01月08日 03:22

 読んでくださってありがとうございます。

 コジマ粒子に関してですが、小説を書くに当たって、その正体について設定を作りました。飽くまでも俺の想像によるものですが、それは以下のようなものです。

 コジマ粒子とは、何らかの方法によって「不安定な釣り合い」のまま粒子化された「Dブレーン」である。(作中、「UBDブレーン」と呼称)
 Dブレーンとは、「超ひも」の端点となる空間(ソリトン)のことである。超ひもを構成しないまま存在しているDブレーンは、周辺のエネルギーを質量に変換し、超ひもを作ろうとする。
 簡単に言えば、コジマ粒子は「周辺のエネルギーを吸収して、何かの物質を作る」のである。
 そのため、コジマ粒子の層を通り抜けようとする銃弾や爆風は、そのエネルギーを吸い取られて威力を低下させることになる。しかし銃弾の速度が充分に速いと(スナイパー系・レーザー系)、エネルギーを吸収するより先に銃弾が突き抜けてしまうので、防御効果が薄くなる。
 また、コジマ粒子がエネルギーを吸収して作る物質とは、主に放射性の重金属原子である。つまり、PAが攻撃を弾いたときなどに観測される光は、生成された重金属原子が核反応を起こすときに生じるチェレンコフ光であると解釈される。
 つまり何のことはない、コジマ汚染とは単なる放射線被曝(いわゆる放射能汚染)なのだ。
 コジマ汚染が放射線被曝であるとすれば、チェレンコフ光の規模や、エネルギーを吸収したときに作られる質量の計算などによっても、それほど大規模な汚染にはならないと考えられる。対放射線の防護服を着ていれば充分に防げるし、単なる厚手の服だけでも、多少なら問題ない程度には防ぐことができる。
 もちろん、放射化された土地に長く住むことは深刻な問題を生むため、ネクストが暴れた「街」は、居住不能になるだろう。ただ、ネクストの側に寄れば即死する、というほどのものでもないのだ。

 ……というわけで、アクファは防塵用に厚手の服を着ておりましたので、それで汚染はある程度防がれている、と設定しております。まあ、ちょっと無理があると言えばその通りなのですが!(開き直った)

投稿者 木許慎 : 2008年01月08日 13:57

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投稿者 ThomasRoupt : 2023年09月29日 14:53

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投稿者 launk : 2024年08月14日 07:02

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投稿者 launk : 2024年08月15日 07:38

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