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2012年06月11日

 ■ ARMORED CORE V -形骸- (11~終幕)

      11

 ぼくは、《ウエソ》にとって疫病神らしい。ACが乗り付けるなり、車を身につけセットアップた客たちが蜘蛛の子のように散っていく。ぼくは膝を突いた。骨ケーブルを接続し、
「トリッガァ。ダブル」
「クレイモア……。ビーム……」
「違う。あんただよ」
 酒を拒絶する客に嫌味一つ言わず、トリッガァは話を聞いてくれた。ベイズが死んだこと。敵は主任ということ。滅びた人類のこと。共食いインターネサインのこと。分離パージのこと。そして何より、ぼくのこと。ぼくの言葉。ぼくと、ぼくの中にあるもの。
「解ったかい……」
「変なことを言う野郎だね。当のお前さんが何年もかけて解ったことを、この俺がすんなり解ると思うかね……。だが、ま、ひとまず解ったとしておこう、話に差し支えない程度には、な。で……」
「とぼけたって無駄だ。あんたがあいつの古い相棒なのは調べがついてる。ひょっとすると、分離パージだってあんたが手伝って――」
「誰……。誰なの、お父さん……」
 ACの足下から聞こえた生の声にぼくは愕然とする。見たことのないものがそこにいる。全体に白くぶよぶよとして、そのくせ中にはしっかりした骨格があるらしく、細い脚部で鉄骨パイプのように立っている。色とりどりのひらひらしたプラスティック布で体を覆っているのは醜いボディを隠すためか。センサ集合体クラスタからは何かのケーブルだろうか、糸のように細い茶色いものが何万本と生え、艶めきながらコアの真ん中あたりまで真っ直ぐに垂れ下がっている。
 丁度、そう――ACをそのまま2m弱まで縮小スケールダウンしたような。
「誰だい、それ……」
「誰なの……。これ、AC……」
 互いにとぼけた問を交わすが、答えを知るトリッガァは笑うばかりだ。白い奇妙なものは、ふわあ、と締まりのない音波を発しながらぼくの頭部を見上げている。
「フラン、俺の客だ。引っ込んでな」
「そうね、家の中は素晴らしく完璧に安全だもの。退屈で死んでしまわなければだけど」
「いずれ退屈なんてしてる暇もなくなるさ。そうなったとき、幸せに対する退屈の効能について、お前は真剣に考えることになるんだ」
「わあ。とっても素敵。その日が待ち遠しいわ」
 肩をすくめ――肩、確かにACなら肩にあたる場所だ――白いものは建物の中に戻っていく。ぼくはどうしてだろう、他の全てを忘れ、今はただ、カメラアイで執拗に白いものの足取りを追っていた。その歩きはよちよちとして、なんとも頼りなく、だのにどうして、何百万年もそうしてるかのごとく自信に溢れて。
「ねえ、ACのひと」
 白いものが振り返ってセンサ集合体クラスタの小さな黒い二つの玉を――たぶんカメラアイを――ぼくに向ける。ぼくの視界いっぱいに彼女が広がる。ぼくは戸惑い、それでも視線は鋲で打ち留められたよう。
「格好いいですね」
「どうも」
 間の抜けた返事をして、しばらくぼくはぼうとしていた。衝撃が走った。確信があった。ぼくは今、とんでもないものを目撃したのだ。意識をトリッガァに向ける。彼は悪戯に笑っている。
「あれは何……」
「思った通りのものさ。あれは希望。今は亡き旧き人々の。俺らには絶望。あるいは、俺らにとっても希望かも」
「守らなきゃいけない」
 ぼくは静かに言った。
 トリッガァはたっぷり時間を掛けて考え込んで、やがて、白骨ケーブル越しに、固く確かな意志を送ってくる。
「お前が守ってくれるかい……」
「守ってみせる」
「オーケイ、AC乗りレイヴン、契約完了。なら、報酬を払わねばなるまい。さあ、答えな、くそったれの若鴉。何が望みなんだ、お前は……」
「ぼくを鍛えてくれ。ぼくは――」
 答えはとっくに決まっていた。
「ぼくは、奴を倒す」


      終幕

 あれから何年も経ち、古い知り合いは少なくなって、トリッガァもこの世にない。ACのパーツを一つ一つ取り替えていくように、ぼくの周りの世の中は、少しずつ形を変えていく。無くしたものの代わりに得た新たな仲間、亡くしたものの代わりに抱いた焼け付くような意志。
 かつてぼくを突き動かした目的ベイズと、新たにぼくを動かし始めた目的フランと。
 たくさんのものがぼくを支えてくれ、そしてぼくは、ここにいる。
「実験は失敗でした。貴方たちは、この荒れ果てた大地に眠る幾多の者たちと同じ。自らを滅ぼすと知りながら、それでも争うことを止められない、卑小で愚かな存在」
「俺はそうは思わん。戦いこそが人間の可能性なのかもしれん」
 言っているがいい。
 人を見くだし、自分だけが世の中を憂えていると錯覚し、この世の全てを手のひらに載せていると信じて揺るがないくそったれども。
 汚染された空に、機械仕掛けの天使が翼を開く。
 ぼくは地を這う人の姿で、自分の武器に力を篭める。

「お前が思っているより、世界はずっとからっぽだ」
 光となったACぼくの背中に、懐かしい声が聞こえた気がした。
「だから、満たしてみろよ。お前が満たしたいって思うもんで、よ」
 ベイズはきっと、笑っている。

――Continued on the Armoded Core V.

投稿者 darkcrow : 2012年06月11日 03:41

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