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2012年06月05日

 ■ ARMORED CORE V -形骸- (7)

      7

 よく働く蜂の巣教会ビーハイブの教義によると、“大きな26人の青緑”がパンケーキを食べようとして一斉に蜂蜜を垂らしたとき、皿からたくさんの蜜が零れ落ち、そこに生えた黴の中からこの世界が生まれたのだという。黴たちには、零れた蜂蜜を拾い集めて元の皿に戻す使命が与えられている。沢山の蜜を回収した黴だけが、死後にパンケーキの大陸と蜂蜜の海をエンジョイできる、と。
 故に働き蜂ワーカァは、甘い素子くいものを死にもの狂いで掻き集め、女王蜂クイーンに献上する。
「満足、誰も彼も満足。下の信者、上の信者、教祖、後ろの誰か」
 教会の表にホーヴァを停めたベイズは、まるで汚物を触ろうとするかのようだ。小型メクの信者が6本ある腕をキチキチ言わせて、満足げな顔で教会から出て行く。すれ違うときの挨拶がとても気さくだ。
「安らぎの家へようこそ。心に救済、世に平穏のあらんことを」
 たっぷり30秒は待って、ぼくはぼやいた。
「変なの。なんなんだい、これ……」
 信者がすっかり遠ざかるまで文句を言わなかったのは、トラブルを避けたかったのだ。教会の中には、さっきのと同じような手合いがひしめき合っていて、今にも門から溢れ出しそうなほど。ぼくは、これほど多くの人数がおかしな教義に嵌っているのが不思議でならない。
「宗教、教会、この世のカリスマ。救済の自己防衛性」
「何って……」
「カタルシス。信じりゃ安心。手前だけは救われる」
 ぼくは納得して、ベイズと一緒に教会の門を潜った。聖堂にはびっしりと働き蜂たちが詰めていて、奥には女王蜂が鎮座している。むにゃむにゃと何事かをみんなして読み上げ、最後に声を合わせて、
『世に平穏のあらんことを』
 それで集会はお開きのようだった。ぼくらは信者を掻き分けるようにして女王蜂に近寄る。女王蜂のカメラアイがチキチキいいながらベイズを一瞥し、次にはぼくをじっと見る。
「ようようよう、女王さま、蜂さま、こんちは。奥の人に会いてえ」
「まあ、不躾なお方。何者じゃ……」
「おれっちは、お友だちよ、奥のお方の。ベイズと言ってくれ」
「伝えました、そこでお待ち。のう、そちらのそなた。もっと近う、吾に近う」
 と、マシンアームで手招きするのはぼくだ。ぼくはぞっとして、身動き一つできない。なにしろ女王蜂の声色は、恋する乙女のそれだったのだ。
 女王蜂はほほと笑い、
「照れておるかや、可愛らしきこと。そなたは真白じゃ。世俗の毒に冒されぬ白。吾には解る。そなたならキングにもなれよう」
「ええと、あの、そのう。ぼくは、その、現実主義者リアリストなもんで」
「痴れ者っ。真の現実を知らぬ者奴っ。去るがよい、俗物。吾がまなこが曇っておったわ」
 いきなり怒鳴られたが、何を怒られているのかさっぱり解らない。ベイズに助けを求めても、ケラケラ笑っているばかり。やがて女王蜂は、唐突に、手のひらを返すように言った。
「お入り。奥のお方がお会いになります」

 奥のお方とやらは、口と頭のよく動く男だった。ベイズは彼を地球守り殺しアースセイバァ・キラァと気軽に呼び捨てる。お友だちというのは、まんざら嘘でもないらしい。
「地球守り、おいらの要求はな、一つだぜ。教えてくれや、企業の動きについて、知ってる限りを」
「本当に本物の馬鹿野郎だね、お前さんは。大人しくしてりゃ死ぬまで生きれるもんを」
「協力しねえなら、働き蜂どもにお前の正体をばらしたっていい」
 地球守りは呆れたように溜息の音を出した。
「戦闘と信仰のコツを知ってるか……」
「いや」
「先手を打つ。嘘だと思うなら、ベイズ、試しに話してみるがいいさ、あんたが言おうとしてることをよ。どんなに尤もらしく学をひけらかしたって、信者どもの誰一人、通じやしないよ。なぜなら、一度信じちまったからな。信じ込んでた時間の長さ、注ぎ込んだエネルギィと手間暇。そいつが信者にゃ何よりの宝物なのさ」
 彼の口ぶりは、まるで何十年も帰ってない故郷を懐かしむ老人のようだ。
「昔、地球回帰信仰アースライズを立ち上げた時は、AC一機分の稼ぎがせいぜいだった。そんときの経験が生きてるよ。今は、もっと上手くやれてる」
 どうしようもなく切なく苦しい感傷。どんなに懐かしんだって戻らない物はあるのだと、腹の底から解ってる男だけが醸し出せる懐古主義の臭いがする。
「それが、よりにもよって、あんたに絡まれるとはな。なあ、あんた、どうも、こりゃ大変だぜ……。企業コープスが夕べから滅茶苦茶に動き回ってる。あんたら、一体何をやらかした……」
「Ra:VENを殺した」
凝り性アーティスト
 ほら、やっぱり賛辞だ。ぼくは言い訳がましく補足する。
「向こうから襲ってきたんだ」
「ったりめえのこんこんちきだぜ、お若いの。だがそれだって、滅っ茶苦茶の糞味噌なことにゃ変わりねえ。なあ、ベイズ。旦那にゃ感謝してる。俺らが共食いインタネから分離パージできたのは、あんたのお陰さ。訳知りもね。だから知ってることは教える。金も少しは融通しよう。だが、俺を巻き込まんでくれ」
「する気はねえが、なるのは仕方ねえ」
「そんなら俺は孔に籠もるよ。形はいいんだ、どうだって。楽して女侍らして生きてけりゃあ、さ。訳知りみたいなザマは御免だ」
「何……」
「知らないのかい……」
「何を……」
「それで合点だ、呑気に構えてると思ったよ。なあ旦那、よっく聞け」
 そのときぼくは、遅ればせながら気づいた。地球守りがずっと邪険に見えたのは、単に彼が焦っていて――というより、怯えていたせいなんだ、と。
「ユーティライネンは死んだ。主任がったんだ」

投稿者 darkcrow : 2012年06月05日 02:57

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