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2012年12月19日

 ■ 「心の中」

「心の中」

 美容に関しては鳥族こそが最先端であり、それは整形の分野においても変わることはない。整形――そう、体の「形」を「整」える。もともと鳥族は、見た目に反して手先の器用な種族だった。彼らは腕の代わりに翼を持っているわけだが、翼の先端についた細い指は、恐ろしく柔軟に動く。古来は織り手として、そして現代では先鋭的な美の追究の尖兵として、鳥族はひとかどの地位を魔導帝国内に築き上げている。
「さあ、言いなさい。貴方の何をどうしたいのか」
 女性は、鳥族の術士にそう問われて、彼女なりの答えを述べた。その気迫たるや、吹き寄せる熱風のよう。鳥族の術士はときおり頷き、短い質問を挟んで、客の希望という希望を残さず聞き出していった。そのたびにペンが走り、カルテに刻まれていった。女性の望む姿――というより、女性が自分のどこが嫌いで、どこに自信が持てずにいるか、そのどろどろとした自己嫌悪の写像が。
 24ヶ所に及ぶ不満点が列挙され、ようやく女性が全てを語り尽くしたとき、鳥族の術士は、大きく一つ頷いた。
「いいわ。貴方の望む形にしてあげる」

 手術室は明るく清潔で、得体の知れない器具は得体が知れないなりにきちんと手入れされているようで、女性は安心して手術台に寝そべった。手術を行うのは、鳥族の術士が一人と、助手が二人。仰向けになり、口にホース付きのマスクをあてがわれ、何かの気体を吸わされて――術士が話しはじめる。
「手術前に一つだけ教えてあげる。私、本当は好きじゃないの。『整形』という言い回し」
 女性は何か返事をした。返事がなくなれば、女性が眠りに落ちた証拠。それゆえ、意識がある限り、女性には返事をする義務がある。
「だってね、おかしいと思わない? 『形』を『整』えるから『整形』。整えるとは、正しい形に近づけること」
 返事。そうね、とかなんとか。
「一体この世の何処に、肉体の『正しい形』なんてものが存在するというの?」
 返事。
「それが存在する場所はただ一つ。それは――」
 返事は、なかった。
 鳥族の術士は眼を細めた。翼を、彼女の腕を大きく広げ、眠りに落ちた客の上に覆い被せるように掲げた。客の頬や腕に、そっと触れてみる。つねってみる。何も反応はない。確かに客が意識を失ったことを確認して、いよいよ術式が始まるのだ。
「安心して。手術は完璧にしてみせる。貴方は満足するわ。世界の女王にでもなったかのように。
 でも、予言しておきましょう。
 貴方は必ず、また私のもとを訪れる」

 女性の不満点は根こそぎ解消され、女性は完璧に満足のいく自己を手にいれた。そこに自己嫌悪の入り込む余地はなかった――当面の間は。
 ほんの数年後のことだった。予言通り、女性は再び鳥族術士のクリニックを訪れた。訪れた女性は美しかった。充分すぎるほど。手術は大成功であったし、数年を経て形が崩れるようなこともない。鳥族こそが最先端。鳥族こそが美の追究者。その技術は完璧である。
 にも関わらず、女性は蒼白な顔面を術士に向け、こう懇願した。
「お願い。もう一度。もう一度私を美しくして。不満点が42個もあるの」
 術士は頷き、もちろんこう答える。
「いいわ。貴方の望む形にしてあげる」
 すうっと細めた術士の眼差し。それが獲物を狙う猛禽の目であることに、果たして女性は気付いていたのだろうか。

THE END.


※この作品は、「即興小説トレーニング」http://webken.info/live_writing/にて書いたものです。
お題:鳥の整形 必須要素:1000字以上1500字以内 制限時間:30分

投稿者 darkcrow : 2012年12月19日 00:49

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