« せかいはひとつ | メイン | 「インシャアラー」 »

2013年01月03日

 ■ 「愛ゆえに」

「愛ゆえに」

 帝王とは支配を司る者。幸福を与え、贖いを求める者。

 国境近くのとある村は、いま一人の少女の話題でもちきりであった。美しい少女だ。髪は亜麻、肌は更紗、唇は桜花さながらで、微笑みは天使もこれほど愛らしくはあるまいと思うほど。なんとも幸運な少女である――きっかけは、王の御幸だった。領土の視察に行列を引き連れて訪れた王は、道の脇の畑に跪く村人たちの中に、少女の美貌を見いだしたのだ。王の命で丁重に迎えられた少女は、恐ろしい罰を受けるに違いないと、怯え、震えて俯いていた。だが王は感嘆の声を挙げたのみ。
「何と美しい。遍く天地にこれほどの美女は二人とおるまい。是非我が後宮に迎えたい」
 少女の両親はひれ伏してこれを承諾した。無論、一生かかっても使い切れぬほどの金銀が両親には与えられたに相違ない。そのお裾分けは村中に波及し、そういうわけで、へんぴな村はお祭り騒ぎに沸いた。

 ところが、少女には惚れた男がいた。どうということのない、近所の農家の長男であった。彼は充分に素晴らしい青年であったが、こと財力と権力に関しては大きく見劣りしたと言わざるを得ない。それでも彼は少女を愛していた。彼ら二人以外の誰も、まだ知らないことではあったが、収穫祭のたびにこっそり二人だけで宴を抜けだし、愛を交わし、将来を誓い合った程度の仲ではあった。
「二人で逃げよう。あんな爺に君を奪われるなど我慢がならない!」
 だが少女は恐れて首を振るばかりであった。
「私が逃げたら家族はどうなるだろう? きっと王は怒り狂うでしょう。支度金をだまし取った罪を問われるでしょう。こうなっては他に仕方がない――私はあの王の元へ参ります」
 いかに男が熱っぽく訴えても、少女の決心は揺るがなかった。娘の気も知らずにはしゃぐばかりの両親とて、彼らなりに娘の幸福を考えてしていること。それを捨てて逃げることは、心優しい少女にはとてもできないことであった。
 そういうわけで、少女は決心の通り、吉日を選んでよこされた輿に乗り、王都への旅路に就いた。

 取り残された青年は近くの山に登った。この山はたいへんに険しく、道は断崖絶壁の間を縫うように細くつけられているのみで、大勢で登るなど考えられない難所であった。それゆえ、ここには昔から山賊の一味が住みついていた。山の上にとりでを作り、街道を行く商人やらを時々襲い、相応の狼藉をして口に糊している連中であった。
 ところがこの山賊、近所の農村を狙うことは決してしなかった。山賊を養う食糧はそれらの村から供出されたものであった。つまり村人達は山賊に飯を食わせることで、自分たちの安全を買っていたのだ。また、何か荒事が――つまり、猛獣、魔物の出現、ならず者の流入、軍隊の狼藉、その他諸々――起きたときは、この山賊達が力を貸してくれるのである。
 そんなわけで、青年と山賊たちは顔見知りであった。特に今の山賊の親分は、青年よりほんの少し年上の見るからに強靱な男で、昔から青年のことを弟のように可愛がり、家族のように愛していたのだった。
 青年は山賊の親分に見えるなり、男泣きに泣いた。そして事情を訴えかけた。
 山賊は鷹揚に頷き、
「そういうことなら俺に任せろ。お前の嫁を奪う王など許しておくものか」
「では、輿を襲ってあの子を奪い返してくれるのかい」
「いいや、それでは角が立つ。まあ見ていろ」

 一方、王城の後宮には年若い王妃が住んでいた。彼女、美貌を買われて年老いた王の後妻として他国から嫁いできたのである。だが女の顔と体ばかりに目が行く好色な王のこと。しばらく妻を可愛がったかと思えば、その寵愛はすぐさま別の若い女のもとへ行く。まあ、気ままな生活ができるという意味では、王妃にとっても必ずしも悪いことではなかったが――
 それでも新しい妾が後宮に入るたび、それに辛く当たってしまうのは、やはり王を愛していたからなのだろうか。
 そんな彼女の歪んだ愛が、後宮の外に御幸したおり、ちょっとしたやんちゃに発展しても責めることはできまい。彼女はとある山賊に抱かれたことがある。最初は山賊に襲われ、金銀を要求されたのだ。その時、馬車に王妃が乗っていると知った山賊はこれを掠った。その夜、山賊の要塞で――
 王妃は強靱な山賊にすっかり魅了され、以後、何度となく御幸と称して山に向かい、山賊と褥を共にした。
 その山賊から手紙が届いたのだ。
 曰く、また新たな妾が後宮に入るぞ、と。

 さて、王は王とて、実は王妃を愛してもいた。頭が上がらなかった。ゆえに王妃を遠ざけたかった。
 その王妃に戻るなり詰め寄られて、それでも公然と浮気ができる夫がどれほどいよう?

 さよう、愛は帝王。いつの世も。

THE END.


※この作品は、「即興小説トレーニング」http://webken.info/live_writing/にて書いたものです。
お題:愛、それは帝王 必須要素:いま話題のあの人 制限時間:30分

投稿者 darkcrow : 2013年01月03日 00:23

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.dark-crow.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/288

コメント

コメントしてください




保存しますか?