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2013年01月04日

 ■ 「インシャアラー」

「インシャアラー」
 その男は人差し指と中指を揃えて立てた。左手には聖典(アルクルアーン)。馬面、浅黒、頭にターバン、衣服は芥子色のぞろりとしたコートのようなもので、その意匠たるやデカダン趣味にも程がある。司祭(ムジュタヒド)と彼は呼ばれていたが、はてさて。宗教が消滅して随分長い時が過ぎたこの時代に、果たしてどれほど正確に信仰の秘儀を継承しているものか。
 あたしは肩をすくめ、ただ埃っぽいモスクに辟易するばかり。
「ねえ、言葉、分かる……。逃げたい、あたし、外」
「インシャアラー。全てはアラーの思し召し。あなたを襲う試練、あなたと私の巡り合わせ、その他諸々」
「ああそう。ご心配なくってわけ」
 あたしがアタッシェをテーブルの上に寝かせると、司祭の目がぎらりと猛禽の輝きを見せる。この時代、いかがわしいものは色々あるけれど、宗教ほどいかがわしいものはない。宗教の役目は救済。心の安寧。現代で救済といえば、金次第で何でもする商売ってことだ。その道のプロ。うさんくさいったらない。
 だが、それに頼らねばならないほど追いつめられているのも確かだ。
 コトの初めは、友達から届いた年賀状だった。この年賀状というやつ、《われわれ》では重要な行事とされている。自分と繋がりがある全ての個人に送付することが義務づけられており、これによって《われわれ》は人と人との関係を把握している。正当な理由なく年賀状の送付を怠った場合、まず調査があり、その上で注意があり、改善命令があって、処分がある。なぜなら年賀状ネットワークは、いざというときの連帯処罰に大きく貢献するからだ。
 その年賀状が友達から届いた。暗号化されたその内容を、ヒミツの合い言葉を使って読み解く。曰く、助けて、あのことがバレそう。
 その友達は――そう。女の子。友達だよ。a friendでなく、my friendってやつ。あたしとあの子は恋人同士で、とっても親密な関係だ。肌が合うっていうのかな。あの子の小さな胸をくすぐるのがあたしの好み。あたしのおへそを舐めるのがあの子の好み。何もかも分かってるんだ。一心同体ってところ。
 だが同性愛は《われわれ》にとって、許し難いルール違反だ。それがバレそうだという。つまりあたしたちには、死が差し迫っているのだ。
「聖典(アルクルアーン)には、同性愛についての記述が僅かに一つだけあります。同性愛は両者を罰すべし、と。しかし、如何様に罰せよとの言及はどこにもない」
 にこりと司祭は笑い、札束を数え終えた。
「つまり、神は同性愛は重い罪ではないと仰せです。罪は罪なれど、神は寛容。安全な外界への追放でも良いわけです」
「ありがたいね。あたしらの好き勝手に目を瞑ってくれるわけだ」
「インシャアラー。でも、忘れないで。外には多くの罪人がいる。みな、貴女と同じように、あるいは違うように、《われわれ》から弾き出されたものばかり」
 司祭の目は悲しいものを見つめるようだ。やめろ、と心の中で吐き捨てて、あたしは目を逸らす。そういう目は飽き飽きしている。単なる趣味の違い。ちょっとしたセンスのズレ。それを、さもかわいそうと言わんばかりに、上から見下ろすムカつく目線。
「女と女で子は為せない。貴女方は滅びるさだめ。それでも往かれるか……」
 あたしは鼻で笑って、
「あんただって50年もすりゃ死ぬさだめ。それでもあんた、生きていくかい……」

THE END.


※この作品は、「即興小説トレーニング」http://webken.info/live_writing/にて書いたものです。
お題:同性愛の年賀状 必須要素:コーラン 制限時間:30分

投稿者 darkcrow : 2013年01月04日 00:55

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