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2013年01月09日
何を思い、何を求め、何を手に入れ、何を憎み、そして、何を生け贄に捧げたのだろう。
全身のリフレキシヴ筋糸に送ったパリティチェック・リプライは惨憺たる有様だ。どこもかしこもが中度以上の損壊を報告していて、左半身に至っては37%が致命的エラーを吐いている。だが、と俺は妙に高揚した気分で思う。不思議と中枢はまだ無傷。俺は生きてる。だから動ける。戦える。
《Whisper:どうするのさ》
フロイラインは俺と一緒に朽ち果てた教会の壁に背を付けていたが、彼女の送る微弱な電波は、頭を擦り寄せるようにしていないと受信がやっとだ。タイムアウトぎりぎりのピンに応え、俺は愛の言葉を囁く。
《Whisper:Re:奴にはばれてないんだろ……》
《Whisper:Re2:確かにまいたけど、でも》
《Whisper:Re3:でも、はナシ。約束だったよな》
瞬間、二人の間に思い出がフラッシュバックする。そもそもが道具として生み出され、道具としてのみ社会に居場所を与えられ、自己を持つことも、物を思うことも、ものを想うことも許されず、死さえも無縁であった俺たちにとって――それは、人生で唯一の、甘い記憶。大切な過去。二人で過ごしたほんの僅かな時間。つまらないことに笑った、つまらなくない時の流れ。
ああ、と俺は溜息を吐いた。うっかり声に出してしまったことに気付いて、一人で苦笑いする。見ればフロイラインは不安げに俺を見上げていた。互いに見る必要なんてない俺たちだ。側にいれば全てを感じられる。位置、思考、感情、快感、その他の全て。なのに視線は俺たちにとって、どうしようもなく取り替えの利かない大切な絆として横たわる。
俺はフロイラインを抱きしめた。彼女もまた、されるがままに身を任せた。
髪の匂いを嗅ぐ。体中を駆けめぐって、俺の獣性を順繰りに呼び覚ましていくような、甘い動物的な香り。あの日、触ってみてと強請られた、あのさらさらした素敵な黒色の束。そっくり同じ、思い出の匂い。
俺は、何を思い、何を求め、何を手に入れ。
何を愛し、そして、何に生け贄を捧げようというのだろう。
「聞いてくれ」
《Whisper:声出しちゃダメっ》
「聞いてくれ」
俺は彼女の肩を、そっと両手で挟み込んだ。
「お前にはホント、ムカついてた。言うこと聞かねえし。ワガママばかり言うし。都合のいいときだけ甘えて来て。そのくせこっちが甘えると文句ばっかり」
「何だよっ」
「でもな、俺がホントに頼ったときだけは、本気で親身になってくれたよな」
彼女は何も言わない。
「ありがとう。愛してるぜ。幸せになれよ」
それでようやく、彼女は俺のやろうとしていることを悟ったらしい。
指先に触れるフロイラインの肩が強ばる。恐るべき引っぱり強さを秘めたリフレキシヴ筋糸が硬質化する。だが遅い。俺の意志一つで発動した非ユークリッドトンネルは、時空の彼方に穿った穴を経由させ、彼女の肉体を遥か1200km先まで転送してしまった。
後に残ったのは、俺一人。俺一人と、そして奴。
二人一緒に転送すれば、奴は時空の歪みをこじ開けて、どこまでも追ってくるだろう。だが彼女を転送し、俺がここに残っていれば――
奴は必ず、目の前の俺を始末しにかかるはず。
そう思った瞬間、俺は気配を感じて床を蹴った。一瞬にして音速の3.6倍まで加速した俺は、スローモーションのように煉瓦の壁をぶち割り遅い来る奴を視界に捉える。迫り来る腕。刃。俺は身を屈めるのみでそれを避け、空間を挟んで奴と退治する。
巨大な怪物。それが俺の敵。
「来いよ」
俺は笑った。
「今日の俺は一味違うぜ」
THE END.
※この作品は、「即興小説トレーニング」http://webken.info/live_writing/にて書いたものです。
お題:壊れかけの俺 必須要素:まいたけ 制限時間:30分
投稿者 darkcrow : 2013年01月09日 00:51
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