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2013年01月31日

 ■ 「情けない男」

 車のドアが閉まり、ちっぽけな空間に一人になって、おれは運転席のシートに体を沈めた。彼女は去っていく。こちらを振り返りもせず。人気もない、街灯もない、真っ暗な夜の闇に、その背中が溶けていく。おれは彼女が家の玄関をくぐるまで、じっとそれを見守っていた。ひょっとしたらきびすを返して戻ってくるんじゃないか――なんて甘い期待を抱くほど、前向きでも夢想家でもなかった。
 駐車場から玄関まではほんの10mほどの道のりだが、途中でへんなのに出くわしはしないかと、ただ、そう思って見ていただけで。
 それは、長いこと繰り返してきた習い性の残り香で。
 そんな心配もう必要ないんだと、理解するにも時間がかかる。頭が理屈で分かっていても、体は何も分かっちゃいない。とどのつまり、頭だって体の一部。つまり納得なんかしちゃいないのだ。理屈では分かってる、なんて言い訳して、何も出来ない情けない自分に理由を付けて――

 あの時。あの夜。付き合いだしてしばらくして、お互いを遠慮がちにまさぐりあった夜。手触りのいいコットンの上から、おれは彼女の脇腹に指を伝わせた。指の腹に返ってくる感触。彼女がくすぐったがって、おれの両膝の間で身を捩る。暗い歓びが体の中心で膨張し、もっと彼女を苛めたくなる。くすぐり、くちづけ、嫌がって俺の手のひらを押し戻そうとするその腕を、ちょっぴりだけ乱暴に掴んで、枕の横に押さえつけて。
 恥ずかしがる彼女の服を、なめ回すような丹念さで、ゆっくりと剥ぎ取っていく。まだ見慣れない白い肌が、俺の目の前に、無防備にもさらけ出されて――

 そこでおれは、ふと我に返る。彼女が震え、俺から顔を背けている。その頬は緊張し、恐怖かなにかのために引きつっていた。
 おれは、彼女を戒めていた手を放した。
 代わりにしたのは、そっと彼女の上に身を沈めることだ。のし掛かることも、自由を奪うこともしないように、優しく、優しく、体を沿わせ、腹と腹を、胸と胸を、ためらいがちに擦り合わせた。そして彼女の頭を撫でた。伝われ。そう念じた。伝われ。伝われ。
 彼女が俺の背中に腕を回し、精一杯に抱き寄せようとする。
 それがその夜、おれたちの間にあった最後の理性。
 その後にやってきたのは、ただ、獣性。

 一体どれほどの時間、ぼんやりと運転席で過ごしていたのだろう。
 俺は助手席のシートに、小さな何かが落ちているのに気が付いた。拾い上げ、目の前にぶら下げる。
 ちゃちなネックレスが一つ。俺がかつて贈ったもの。
 俺は溜息を一つつく。
 車のエンジンをかけた。


※この作品は、「即興小説トレーニング」http://webken.info/live_writing/にて書いたものです。
お題:静かなプレゼント 必須要素:セックス 制限時間:30分

投稿者 darkcrow : 2013年01月31日 01:44

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