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2013年02月05日
成熟したオトナのカラダ。今が食べ頃なオトナのココロ。世の中全てをぶっちぎって、独自進化した社会学上のガラパゴス。
それが私。
私は滞りなくキーをパンチしながら、モニタのすみっこでせわしなくタイムカウントを続ける小さなウィンドウに目を遣った。こいつは全く素晴らしいアプリケーションで、出勤からの経過時間をミリ秒単位で正確無比に計測してくれる。そのうえフリーソフトでありながら、由緒ある《われわれ》のメガクラウドと接続していて、疑いようもなくはっきりと私の勤務時間を証明してくれるのだ。
契約書の上では、私は週に四十時間きっかり働けばそれでいいことになっている。ああ、誤解しないでいただきたいのだけど、私は別に会社のために尽くすつもり皆無の情けない大人ってわけではない。初めはそう、少々の時間オーバーにも、時には理不尽な休日出勤の要請にさえも、ちゃんと応えていた。だが企業というのは利益を追求するものだから――だって、商法にそう定義されてるんだもん――私のことを与しやすしと見るや、どんどん要求をエスカレートさせてくるのだ。
てなわけで、私は少々手の込んだストップウォッチを職場のマシンにインストールして、これ以上働くいわれはありませんが何か? という主張をやりはじめたのだった。自衛だ。飽くまでも、自衛策。
おかげで出世の道は断たれただろう。だがなんだっていうの。私は今の自分に満足しているし、今の生活にも不満はない。ごはんは美味しく食べられるし、月に二回はエステに行けるし、休暇前にはあびるほどバーボンを呑める。もちろんチョコを舐めながらだ! これだけ豊かに暮らしてて、文句を言っちゃあ罰が当たる。彼氏がいないのは玉に瑕。しかしまあ、そんな積極的に欲しいものでもないし。
つまるところ私は完結しているのだ。磨き上げられてこれ以上いじりようのない宝石みたいなもん。瑕疵のない私のカラダとココロと生活は、これから先、私が働けなくなるまでずっと安定して維持され続けることだろう。欠けることなく、損なわれることなく。
そう、それでいい。私は、成熟した立派なオトナ。
とか、本気で思ってたら、こんなことグダグダ言わんよなあ。
ネットの地層を掘り散らかして――昔は“海”なんて比喩されたもんだけど、今じゃ、やくたいもない細切れの情報が際限なく積もりに積もって、目的のおたからを見つけるには脂汗かきながら発掘作業をやらなきゃいけない状況。だから“地層”――私はそいつを発見した。
そこは哲学者バーと呼ばれていた。フレッドっていう変人がマスターをしている、場末の店だ。
場末の店、だった。
その店は既に存在せず、かつて店舗が建っていた場所はきれいな更地になっている。何があったのかは知らない(噂レベルのことしか)。だが、この店についての情報が今でもネットに出回っているということは、存在するということだ。
私と似たようなことを考えてる、ドロップアウトした人間のくずどもが、ほかにも。
私が訪れたのは、地の底。比喩表現抜きに。そこに至るには、まず《われわれ》のエレベータ・シャフトに乗る。コンソールのボタンを、ある特定の順番でパンチする。するとエレベータの電源が落ちる。そこで天井のパネルをこじ開け、中の非常電源をオンにする――
エレベータは、突如唸りながら、はるか地底へ向かって下りはじめた。
なんたる大胆。《われわれ》の施設を、自分たちの隠れ家に利用するとは。
たっぷり十数分待った後、私の目の前で扉が開いた。
「ようこそ。ここがニュー哲学者バーだ」
私を出迎えたそのいけ好かない男が、たぶんきっと、フレッドってやつに違いない。
「それで、お客さん。何がお望み……」
「何だと思う?」
私が逆に問うと、フレッドは肩をすくめた。その場所は確かにバーのような内装で、客の姿もちらほら見える。彼らが私の一挙一動に、神経を尖らせているのが分かった。私は進められた酒を啜る。バーボンのストレート。いつものやつだ。
「私はさ、今の自分に不満がないっていう気もするんだ。生きていけるし。まあ、不幸とは言えないし。でもさ、なんなんだろうね、この気持ち。言われたことをきちんとやって。人に気を使って。上司にぺこぺこ頭をさげて――
ううん、違うよ。人間関係が嫌とか、そういう子供じみたこと言ってるんじゃないの。ただね、もう今じゃ思い出せないけど、私、やりたいことがあったんだよ」
「聞かせてくれ」
「この世界の支配者になりたいの」
フレッドは大笑いした。他の客達も。ただ私だけがずっと真面目で。
フレッドは、言う。
「いいとも。キミを歓迎しよう。よろしく、ともだち」
THE END.
※この作品は、「即興小説トレーニング」http://webken.info/live_writing/にて書いたものです。
お題:今の成熟 必須要素:ガラパゴス諸島 制限時間:30分
投稿者 darkcrow : 2013年02月05日 00:21
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