2013年02月06日
本当に、私は最低。
最低なのが運なのか、天気なのか、私自身なのかは議論が必要だけど、この事態の大部分が私のまぬけから引き起こされたというのは疑う余地のないところ。状況を説明しよう。1、今日は彼氏と久々のデートである。2、一晩中降り続いた雪で、今朝の街は一面の銀世界になっていた。3、そして私は、どっかでスマホを落としたことにさっき気が付いた。
最低だ。ほんと最低。新雪を踏み固める感触に舞い上がってる場合じゃなかった。うかれてへらへらしてる場合じゃなかったのだ。ポケットから滑り落ちたアンドロイドは、たぶん今ごろ、柔らかな雪のベッドに埋もれて、静かに眠りについていることだろう。見つけるのにどれほど時間がかかるだろうか。そもそも見つけることが可能だろうか。雪が融ければ出てくるだろうが、なんとも頼りない防水が、果たしてあの繊細なマシンを守りきってくれるだろうか――
あのスマホには全てが入っている。私と彼との思い出。繋がり。それらの全てが。
今も時々刻々、失われようとしているのだ。
いてもたってもいられなくて、私は雪道を彼と並んで歩きながら、上の空でもぞもぞしていた。一刻も早く探しに行きたかった。だが――彼の横顔を見上げる。彼がこちらを見つめ返してくる。私は気まずくって顔を逸らした。言えない。私と彼は違う高校で、しかもお互い受験生。最近あんまりにも忙しくって、もう一ヶ月も会ってなくて、ようやくスケジュールを合わせることに成功した、それが今日だったのに。
見つかるかどうかも分からないちっぽけなマシンを探しに戻りたい、なんて、私には言えない。
もし言ってしまったら、彼はなんて思うだろう。
私は鏡を見るのが嫌いだ。
人間は醜い。私も醜い。どんな美人だって、どこかに欠点を抱えている。そう自分を慰めながらも、私は自分の顔を直視できない。毎朝鏡に向かうのは、身だしなみを整えるためにやむを得ないから。可能な限り素早く済ませ、私は逃げるように卓上鏡を伏せる。それがいつものやりかた。
人間の価値はどこで決まるのか。多分秘訣は、自分をどれだけ変えられるかってところにある。誰だって綺麗なものが好きなのだ。相手の汚いところは見たくないのだ。だから、相手が望む形、好みの形にぴったりはまるように、自分自身を造り替えていく。自分を棄てて、相手に尽くす。それが愛と言うもの。
鏡に映る、起き抜けの間抜け面。こんな顔は、彼には見せられない。
だから今も、彼に迷惑は掛けられない。かけがえのないこの時間を、精一杯彼を愉しませるために費やしたい――
でも、あのスマホは。
あの小さな小さな四角形の板だけは。
去年。文化祭の準備のとき。余所の学校との交流イベントの準備に彼がやってきた。私も彼も同じ斑で働いた。あっというまに好きになって、なけなしの勇気を振り絞って、連絡のために必要だからってもっともらしく理由を付けて、彼の連絡先を初めて登録したのもあのスマホ。それから何日も暇さえあればポケットから取り出して画面を見つめて、メールを、着信を待ち続けたのもあのスマホ。あるときいきなり着信が来て、あんまり慌てたんで床に落として傷つけてしまったのもあのスマホ。イベントが終わった後の記念写真をみんなで撮ったのもあのスマホ。それからしばらくして――逢いたいってメールが、彼から届いたのもあのスマホ。二人だけで初めて撮った写真も。二人で見ただらしない格好のゾウアザラシも。装飾に何時間も掛けたクリスマスのデコメも。デートの行き先を登録したgoogleマップも。
みんな、あの中に入っているのに。
と。
私はいきなり手を握られて、ぎょっとして飛び上がった。いつのまにか、彼の右手が私の左手を包み込んでいた。信じられないものを、繋がった手と手を私は見つめ、そこから彼の腕をなぞり、胸を、首元を、彼の唇を、瞳を仰ぎ見た。
「どうしたんだよ。何かあった?」
――別に、何もないよ。
笑ってそういうはずだったのに。
私はバカみたいに泣いていた。
彼が多少うろたえながら、私にあれこれ問いかけてくる。その心地よい声の響きを、私は泣きながら聞いていた。どう説明したのかは自分でも覚えていない。ただ、しどろもどろに紡がれる言葉の断片で、彼は事態を察し、そして事も無げにこう囁いた。
「じゃ、戻ろう。いっしょに探そうよ」
「でも!」
「いい思い出ができたよな」
そう言って静かに笑う彼。
私は間違っていた。
その時私は、やっと確信したんだ。
――ああ、本当に惚れちゃった。
THE END.
※この作品は、「即興小説トレーニング」http://webken.info/live_writing/にて書いたものです。
お題:幸福な雪 必須要素:スマホ 制限時間:30分
投稿者 darkcrow : 2013年02月06日 00:29
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