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2013年02月22日
「なけなしの、愛と勇気と本音を込めて」
女子王国と男子王国が事あるごとにケンカをするのは、せいぜい小学校の間くらいまで。中坊ともなると両国間の関係は冷戦状態へと突入する。互いにほとんど交流はないのだが、漏れ聞こえる微かな情報に神経をとがらせ、相手のことを少しでも深く知ろうとする。確定情報の足りない部分は推測と願望と畏怖が補う。そして時には、無闇と相手を過大評価してしまったりもする。
もう少し歳を重ねて高校生になれば、手のひらを返したように国交は正常化し、一転して互いの関心を惹くのに躍起になる。上手くいけば何か有益なものが締結できるだろう。条約というか。もっと生々しい関係というか。そういうのが。
とどのつまり、この歳になって、男女間で張り合ったりいがみ合ったりケンカしたりなんてのは、ほんとに体裁の悪いことなのである。
分かっちゃ居るが、やめられない。
午後が体育だから7組の教室はカーテンを閉め切り、8組の女子を交えてきゃいきゃい言いながら着替えている。男がいるときは好きこのんで下着を見せようなんて思わないが、女だけになると誰も気にしない。あけっぴろげなもんである。私は豪快にネクタイを放り投げ、シャツを脱ぎ捨て、なにやら上機嫌に、一つの机に近寄った。
体操服に袖を通しつつ、身を屈め、机の中をじろじろ探る。果たして私はそれを発見、机の中に手を突っこんで取り出した。
「ちょっと? 他人の机で何やってんの?」
「へっへー。生徒手帳ー」
私が取り出したのは、にっくきあの男の生徒手帳であった。奴は男子だ。着替えは8組でやるのがルール。つまり体育前の着替えの最中に限り、奴の机とその中の荷物は全くの無防備となる。この機会に日頃の恨みはらさでおくべきか。
「何の恨みがあって突っかかるんだか……」
おや。友人は、完全なる諦観とともに溜息を吐いたようだ。
「恨みだらけだっつー! 階段とこで殴られたろ、勝手に私の消しゴム触ったろ、定期で順位負けたろ」
「出会い頭でぶつかっただけ、落ちた消しゴム拾ってくれただけ、あんたが勉強してないだけ」
「こまけぇこたァいーんだよ!」
「あそ……も好きにして……」
「何してやろっかなー。なんか斬新な……あ、ぴーんときた!」
体操服に片腕だけ突っこんだ状態のセクシーなセミヌードの私が取りかかったのは、消しゴムで奴の手帳の住所録の電話番号を消すことであった。なんと斬新。彼の親友の電話番号を消してやる。家の事情がどうとかで、いまだにケータイ持ってない奴は、これで友情さえ保てなくなる。思い知るがいい。
にやりと悪魔のように私は笑い。
ふと気付いて、シャーペンを手に取る。
ためらいはほんの数秒。友人が不審に思うより早く、私はペンを走らせた。
奴の親友の番号を、全然違う番号に書き換えてやったのだ。斬新ないたずらだろう?
その夜私は、勉強もせず――いつもしてないという指摘はこの際控えていただきたい――部屋のベッドに転がって、ごろごろ、うだうだ、ただ時がたつのを待っていた。
時々腹筋で身を起こし、全然使い込まれてない綺麗なデスクの上に載せた、私のケータイを手に取る。古き良きガラケー。二つ折りの本体を開く。電源は入ってる。電波三本。マナーモードも入れてない。そして着信は、一件もない。
私は再び、ベッドに身を投げた。
なんでこんなことやってんだろ。
胸の中がモヤモヤして、そんな自分が嫌になって。こんなふうに、バカみたいに、ただ待ってる自分が大嫌いで。
と。
ケータイが鳴った。
私は何十センチか跳ね上がり、机の角に膝ぶっつけながらガラケーに飛びついた。画面を見る。心臓が爆発しそう。液晶表示に、友人の名前。
胸の中に溜まった可燃性ガスが、ぷしゅう、と音を立てて抜けていった。私は通話ボタンを押すなり、
「おかけになった電話はただいま出る気がございません。またお掛け直しクダサイ」
『おいこらふざけ……』
電話を切った。
バカみたい。ほんと、バカみたい。
カンタンなことなのに。たった数秒ですむことなのに。
その時、再び電話が鳴った。
私は画面に目をおとし……
今度こそ心臓が爆発した。
書いておいて良かった。私の番号。
※この作品は、「即興小説トレーニング」http://webken.info/live_writing/にて書いたものです。
お題:斬新ないたずら 必須要素:手帳 制限時間:30分
投稿者 darkcrow : 2013年02月22日 01:31
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