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2013年02月23日
「ちょっとだけ悪い子に」
暗いし、寒いし、くだらないし、それに中敷きがずれている。
靴の中で蠢くどうにも「ぴったりこない」嫌な感じに、僕はしきりに足をもぞもぞさせた。完全にずれてしまった中敷きが、変な感じに靴の側面とくっついて、気持ち悪いったらないのだ。僕は自然としかめっ面になる。こんな状態で、雪でも降りそうなほど冷える夜の山道を、懐中電灯だけを頼りにえっちらおっちら登って行かなきゃならない。
くだらない民話を聞きに、だ。
うちの村では、毎年旧正月には、長老の誰かが集会場に子供を集め、夜な夜な話を語って聞かせるという風習がある。毎年異なる民話、説話の類を。そう聞くと、なんだか楽しいイベントのように思うだろう? ところがどっこいしょ。民話のレパートリーはたったの3つしかなく、それをローテーションしているだけなのだ。結果、10歳を過ぎた辺りからこのイベントのがっかり感は劇的な上昇を見せ、中学生になるころには、「行かないと近所付き合いを気にする親がうるさくてかなわない」という、ただそれだけの理由で嫌々参加する行事と成り果てる。
そんなわけだから、僕は今年も例年のように、山の上の集会場を目指しているのだ。
ただ一つだけいつもと違っていたのは――隣にあいつがいるということ。
「おい」
あいつが口を開く。ここまでずっと無言だったのに。
「なんか喋れよ」
「なんだそりゃ」
僕は思わず本音を零してしまった。あいつはまた、こんな寒い、そのうえ山道を登らなきゃならないときに、精一杯のおしゃれをして――イナカ者なのでたかが知れたものだが――あまつさえ、なんだか化粧なんかしているようでもある。何を考えているやら、女子というのはよく分からない。
「なんか喋んないと、つまんなくない?」
「どうせつまんないイベントだもの。さっさと言って、ぼーっと聞いて、とっとと帰ろうよ」
僕は不機嫌に応える。なにしろ寒いし、くだらないし。そのうえ中敷きもずれていて。
ところがあいつは、立ち止まった。僕は怪訝に眉をひそめ、不可解な動きを見せたあいつの顔を懐中電灯で照らし出す。あいつがぷいと顔を背ける。
「どしたの?」
「言っとくけど」
「なに」
「親がな、どうしても、お前と一緒に行けって」
「こっちもだよ」
「暗くて危ないから」
「こんなド田舎の平和な村に、わざわざ出没する物好きな痴漢もいないだろうにね」
「もしいたら、どうする?」
「いないよ」
「もし」
僕は頭を掻いた。何が言いたいんだろう、こいつ。いかにもめんどくさそうに僕はあしらう。
「その時は逃げてよ」
「ふうん?」
「僕だって人を守れるほど強くないんだから」
「あそ」
「まあ通せんぼくらいはできるかなあ……」
「するの?」
「なにが?」
「通せんぼ」
「だから、そんな機会ないって」
「もし!」
「わかったよ、そんときゃ、やるよ」
「ふうん」
再びあいつは歩き出す。
僕もそれに続いて足を動かした。だがあいつの歩みは妙に遅く、まるで牛歩戦術――社会の教科書にあったよね、わざとゆっくり歩いて採決を遅らせるくっだらない国会戦術――のごとしだ。僕はもう、てきめんに苛ついてしまって、
「遅いよ!」
「別にいいじゃん」
ぽつりと、あいつはいった。
何だかその声が、寂しそうに聞こえて、僕はぎょっとする。
「ゆっくり行こうよ」
今度は僕が立ち止まる番だ。
「なんなら……寄り道……サボっても、いいし……」
夜風が、つう、と吹いていく。
あいつの肩まである黒髪が、風の中で踊った。僕の電灯の光を浴びて、髪はきらきらと輝きを放ち、僕はそれに釘付けになる。見えては隠れ、隠れたと思えば、彼女自身の指によって露わになる剥き出しの首筋。僕は息を飲む。半歩、近づく。僕の胸が、彼女の肩に触れそうになる。それほど近づいても、彼女は、逃げるそぶりも見せない。
ただ僅かに動じて――しかし、ただ静かに、風に身を任せているだけだ。
「サボったら、悪いよね」
「かも」
僕は電灯を消した。
ためらいは、永遠にも似て、一瞬とも思えて。空虚だが、恐ろしく充実した、冷たい夜。横たわるその時間の中で、僕はたっぷり考え、というより、思考らしきものの断片を頭の中で堂々巡りさせて、もういいや、と思えた頃に、やっと言いたいことが言葉になった。
「ちょっとだけ……悪いこと、してみる?」
「ん」
首を僅かに傾ける程度。彼女は頷く。
僕は、彼女の指に、自分の指を絡ませた。
THE END.
※この作品は、「即興小説トレーニング」http://webken.info/live_writing/にて書いたものです。
お題:今年の民話 必須要素:靴の中敷 制限時間:30分
投稿者 darkcrow : 2013年02月23日 01:40
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