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2013年02月24日
「彼の言い分」
俺は全てを睥睨する。
学問など所詮宗教に過ぎない、ということを認めようともせず、世界は今日も動いている。学問の根底にあるものをしっているか? 学問の大前提に曰く、「実験室で正しいと示されたことは一般に正しい」だと。大前提というのは、「証明はできないがそういうことにしておく」ということ。公理ともいう。
実験室とは「学問を行う場」ということ。
一般とは「世界の全て」ということ。
つまり学問はこう言っている。「俺たちが正しいと思った物は正しいんだよ。信じろ」
たとえば、こうだ。塩化鉄(Ⅲ)はベンゼン環直結のヒドロキシ基に反応して赤系呈色するが、ベンゼン環以外に結合したヒドロキシ基には無反応である。すなわちこの呈色反応はフェノール類特有であり、脂肪族、ないしベンジルアルコールに代表される芳香族アルコールとの判別に利用される。
しかし、この世の全てのアルコールがこの呈色反応を起こさないと誰に言い切れる? 有機化合物の構造は理論上無限に存在しうるのだ。さらには――そう。現れた色が、本当に赤であると、何故分かる? というか、そもそも「赤」とは一体何だ? 電磁波のうち特定の波長を持つもの? それを我々の視覚が常に「赤」と感じるという保証がどこにある?
物事を突き詰めると、結局、俺たちはいつも「証明できない何者か」にぶちあたる。そこで俺たちは選択を迫られる。
ごくごくシンプルな選択。
信じるか?
疑うか?
だが物事を疑うには莫大なエネルギーを要する。人に与えられたのは、平等なる1日24時間だけ。人の使いうるエネルギーは、口から採り入れた食物の分だけ。限られたリソースを、人は疑いに費やすことを嫌う。信じれば楽。何も気にしないで済む。全てを忘れ、他のもっと有益なこと――享楽と、遊興と、あとはセックス――に持ちうる全てを注ぎ込むことが出来る。
そうして人は考えることをやめ、現世の快楽に溺れ、堕落し、世界は少しずつ歪んでいく。中にいる人間には見えないほどゆっくりと。だが、確実に。
だから俺は決めた。この世の全てを睥睨すると。
俺は、目だ。
世界を監視するものなのだ。
「その子供じみた宗教観と世の中への不満、万能感と全能感、衒学趣味と検索エンジン、ほんの少しの煽動。ついでに時代が悪かった。そんな粋がってるだけのガキが、とんでもないことをやらかしうるだけの技術的素地を、時代が作っちまったんだな」
と、マスターは言う。
「どうなったんだい、そいつ……」
「どうもこうも、当人のやりたいようにやったさ。つまりな、屋外屋内の監視カメラ、ケータイカメラ、眼孔埋め込み型のアイカメラ、世の中はカメラでいっぱいで、そいつらはMPGによるクラウド演算網を通じてグローバル情報皮膜にアクセスしている。アクセスしてるってことは、逆アクセスも可能、だろ……」
「理論上はな」
「論じられるものは存在させられる。奴はそれをやらかした。この世の全てを、奴はほんとに監視下に置いちまったのさ、恐るべき執念によってな。
ところがそこに問題があった。監視のため、世界中に逆アクセスするってことは、世界中に足跡を残すってことでもある。そして世の中、魑魅魍魎、そのガキみたいな、とんでもない化け物がごまんといるわけさ。そいつらは、即座に試してみた。逆逆アクセス」
マスターはひょいと肩をすくめる。
「結果、とんでもないシステムができあがった。ガキが世界中を監視する。その情報は逆逆アクセスで世界中にばらまかれる。特権階級による監視社会なんて生ぬるい。世界全てが世界全てを監視する社会のできあがり。あらゆる不祥事はコンマ数秒で目ざとく見つけられ、祭り上げられ、抹殺されるか、さらし者にされる。たとえばだよ、ある男女がとっても濃厚な夜を過ごしたとしよう、持てるスキルの全てを動員してな。すると、次の朝にはもう世界中が知ってるわけだ。昨夜はお楽しみでしたね、てなもんだ」
「それが《われわれ》……」
「そう、俺たちが倒すべきもの」
にやりとマスターは笑う。
「くそくらえってことさ」
THE END.
お題:俺は目 必須要素:宗教 制限時間:30
投稿者 darkcrow : 2013年02月24日 01:29
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