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2013年02月25日

 ■ 「ふたりの問題」

「ふたりの問題」

 僕は彼女を柔らかな草の上に押し倒した。
 夜、村の灯りを見下ろす丘の上で、膝を抱いていた彼女は、抵抗らしい抵抗も見せず、されるがままに横たわった。間近に迫った土の匂いが、彼女のそれを混ざり合う。目の前にいるかけがえのない一個の人格が、この僕の手によっていとも容易く蹂躙されていく。暗い快感が脳髄から染み出して、全身をゆったりと満たしていく。
 僕は手を伸ばし、彼女の頬を撫でた。彼女は何も言わない。ただ、そっぽを向いて、緊張に身を強ばらせているだけだ。
 今まで何度も、触れたことくらいあったはずなのに。彼女の肌が、こんなにも心地よい手触りだなんて。
 僕は彼女の上に覆い被さった。守りたい、という思いが彼女の腰を抱く。押し潰してやる、という欲望が彼女に体をのし掛からせる。彼女が、甘えた声で喘ぎ――
 それで、僕に制御できる範囲はおしまい。
 あとは自分の体が繰り広げる熱狂のダンスに、巻き込まれ、翻弄され、一緒になって踊り狂っていただけだ。指が這う。股の内側、言葉よりなお優しく、吐息よりなお狂おしく、舌よりもなお執拗に。彼女が必死に声を殺しているのが分かる。僕が動き、その都度、予想も付かないところをくすぐられ、そのたびに彼女は背中を弓ぞらせ、我慢しきれなかった歓喜の悲鳴が夜と僕に火を付ける。
 僕の指が、彼女の内側を犯していく。

 ――そこまではよかったのだが。
「うわああぁぁあああ!?」
 僕は悲鳴を挙げて飛び上がった。
 飛んだひょうしに近くの木の幹で頭を打ち、混乱は頂点に達した。僕は逃げた。いくじもなく数歩も後ずさり、信じられないものを見るように彼女を見つめる。茫然と眺める。信じられないもの。ついさっき指先に触れた、なじみある、それでいて、あんまりといえばあんまりな、全くもって信じられないもの。
 半裸の彼女は草むらからそっと上体を起こし、はだけた襟元を恥じらってたぐり寄せる。その姿のいじらしいことといったら、いますぐもう一度飛びかかりたいほど。なのに。それなのに。
「え、なに、なん、え」
「……なんだよ」
 言葉にならない僕の言葉に、彼女は悔しそうに言った。
「おま、え、お、と……?」
「そうだよ」
 彼女は叫んだ。
「私、男だよ! 悪いかよ!!」

 悪いに決まっている……悪くなかったらこんなに驚いたりするものか。
 彼女は――敢えて彼女と呼ぼう、見た目は「彼女」以外の何物でもないもので、どうにも「彼」とは――肌も露わな悩ましい姿のまま、あっちをむいてすすり泣いている。僕はと言えば、全くいくじなく、彼女に背を向けてあぐらをかいて、膝に手を突いて、ただただ、じっと地面を見つめているだけだ。
 いくらなんでも、こんなことってない。彼女は幼なじみだ。小さい頃は一緒にお風呂に入ったこともあったはず。だがその記憶はあまりにも幼い頃のもので、彼女の――えー、下腹部――がどのような形状だったかなど、ついぞ思い出せなかったのだ。そんなところに注目していたわけでもなし。
 その僕の不注意、あるいは神の悪意が、どうしても答えを出さねばならない重大な難問を創り出した。
「私のこと……好きって言った」
 彼女が僕をなじる。
「嬉しかった。だから、あげても、よかった……」
 僕はただただ、頭を掻きむしることしかできない。
 そうだ。僕は彼女が好きだ。好きだと言った。それは本心。そりゃあ、恋の病からくる熱病的感情の迸りに、ただただ突き動かされていたのは否めない。だがそれは単なる衝動、その場の勢いなどではなく、僕は彼女を認めていたし、尊敬していたし、彼女の側にいたいとずっと思っていて、それはここ数年なんていうレベルではなく、それこそ十年来の想いで、それは嘘ではなく、だからつまり、つまり真実、心の底から、本当に、彼女が好きなのだ。
 でも。
 でも。
 彼女は男、男なのだ!! 厳然として、生物学がそう言っているのだ!!
 僕は何故、彼女を押し倒したのか。
 僕は何故、彼女と一緒にいたいと思ったのか。
 女だから?
 それとも、
 彼女だから?
 僕は――

 長いこと悩んだ末に、僕は立ち上がった。彼女にそっと、手を差し伸べる。
「聞いてくれ」
 静かに、僕は、結論を口にした。

THE END.

お題:近い土 必須要素:衝撃の展開 制限時間:30分

投稿者 darkcrow : 2013年02月25日 01:01

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