« 「ふたりの問題」 | メイン | 「虚無の寒空」 »
2013年02月26日
「滅び行くものたち」
宴は森の中で密やかに行われた。誰にも内証の秘密の宴、であるにも関わらず、訪れる客人は後を絶たなかった。鬱蒼と茂る木々に隠された白骨の如き白亜の邸宅。夜に灯る篝火は朱く、しずしずと滑り寄る馬車を照らし出していた。馬は黒く、顔に鋼鉄の面をかぶせられ、御者の表情は総じて陰鬱で、運ばれてきた高貴なる人どもの歩みはさながら通夜の如くであった。
「狂気、まったき狂気」
出迎えた執事が深々と頭を下げながら言った。
「踏み入れば二度と出られぬと、知りながらなお踏み入る、その覚悟をお持ちでございましょうか?」
「持たぬ、と言ったところで」
貴人は沈痛に首を振った。
「どのみち戻り得ぬのが、この宴というものであろう?」
「御意にございます」
執事はにたりと、満足げに笑った。それが悪魔の満足でなければ一体なんであろう。
館の主は、魔女であった。
なんと美しい女であったことか。身に纏う白絹が処女のように柔らかな肢体を包み隠し、隠されながらも蠱惑的な腰つきはかえって際だち、一歩あゆむたびに四肢は蛇の如く妖しく伸び縮みするのだった。この魔女は数々の魔法を修めたすさまじいまでの実力者であったが、中でも夜の魔術にはとりわけ秀でていた。それは愛の技。あまねく男女を夜に閉じこめ、声高に悲鳴を挙げさせ、ついには一時的な死に至らしめる快楽の指。魔女が男の手のひらをなぞるだけで、体が裡から破裂するかのような情熱が沸き上がってくるのだ。
「奥様」
執事が魔女の背後に忍び寄り、しわがれた声を掛けた。
「今宵の客人が揃いましてございます。若きから老いたるまで、男から女からどちらとも呼べぬものまで、その数は合わせて三十と二名」
「三名じゃ。三十と」
魔女が声一つあげるだけで、執事は老いらくの快感に打ちのめされ、身をぶるりと震わせた。彼ほどの老人に取っては、ただこれだけでも、身に毒なほどだ。
「三人一緒に愉しみたいという御仁が人組おられるゆえ。さ、そなたは杯を用意せい。客人に挨拶を済ませたら、余も美酒を愉しみたいのじゃ」
魔女がホールに姿を見せ、朗々と何事か語りかけ――思えばそれは魔術の呪文であったに違いない――宴は幕を開けた。狂乱の宴。愛の宴。集まった者共は、貴族、医師、学者、官僚、はたまた財為した商人、あるいは王者、一代の英雄。いずれも劣らぬこの世の成功者たち。その妻たち、あるいは愛人たち。それほどの地位ある者達が、今、肉の欲に己の全てを預けていた。ある女は贅を尽くしたドレスを派手に脱ぎ捨て一糸まとわぬ裸体を晒し、またある女は半ばまで脱いだ衣を引きずり歩き、はたまたある女はお堅く襟元を閉め、誰かが貞操の門をこじ開けて己を蹂躙しに来るのを待った。彼らは、彼女らは、肌を重ねた。擦り合わせた。艶めかしくも妖しく絡み合わせた。そこに何の理屈が必要であったろう?
愛。ただただ、愛のみが横たわる宴。
やがて――絶え間ない乱交の末、館は静かになった。
一人残った魔女は、美酒を啜った。
「愛故の死」
お題:愛と死の宴 必須要素:文を動詞の現在形で終わらせない 制限時間:30分
投稿者 darkcrow : 2013年02月26日 01:24
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL: