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2013年03月14日

 ■ 「塩の海に、たったひとり」

「塩の海に、たったひとり」

 もっともっと、考えてみるべきだったのに。

 ある時、ボクは死んだ。
 そこには何の不思議もない。ほっといたって人間は死ぬ。まして突進してきたトラックの下敷きなんかになれば、これはもうひとたまりもない。ボクは死んだ。ただ死んだばかりか、頭部はぐちゃぐちゃにひしゃげ、肋が何本か皮膚からはみ出して、四肢はねじ曲がって絡まり合い、まるで神に祈るかのように組み合わされていた。ボクはそんなボクの姿を、どこか遠い天から見下ろしていたんだ。
『あいや、すまぬ、すまぬ。これはちょっとした手違いで』
 導かれた天の国でボクを迎えた神は、思いのほか気さくで、愛嬌のある髭もじゃの顔を心底申し訳なさそうに曲げて言った。
『本来なら君は死ぬ運命ではなかった。まことに申し訳ない。全面的に当方のミスなのだ』
「はあ」
『何か言いたいことはないのかね? こんな至らない神を前にして?』
 ボクは顔を背けた。
「なにもないです」
 ないわけない。
「終わったことは、仕方ないし」
 仕方なくない。
「生きてたくなんかなかったし」
 生きてたかったに決まってる!
 死を望むのも、世界に絶望するのも、みんな生きていたいからだ。幸せになりたいからだ。全部希望の裏返しだ。それを誰より分かっているのも自分。誰より否定しようとしてるのも自分。ボクのこころは、あのねじ曲がった死体の四肢のように、歪み、絡まり、今や僕自身にさえどうにもできなくなっているのだ。
 ――どうせ、生きてたって。
 ボクを苛めるクラスの下衆どもの顔が浮かんだ。もう見たくもない顔なのに。思い出したくもない奴らなのに。
 人の苦しみをほんの少しも思いやれない、生きてても仕方がない連中なのに。
『成る程、あいわかった』
 神は言った。
『君にもう一度命を与えよう。生き返るのだよ。そして汝のなしたいようになすがよい』
「やりたいことなんて、なにもないです」
『違うな。君にないのは目的ではない。手段だ』
 言って、神はボクの前に一枚の紙切れを差し出した。同時に、羽根ペンとインクつぼ、小さな書き物机を持って、天使たちが集まってきた。
『これは契約だ。神と人は常に契約を交わしてきた。よいかね、君に一つ能力をあげよう。なんでもいい、好きな能力を考えて、その白紙の契約書に書き込みたまえ。遠慮はいらない。これは私からの好意。君へのお詫びの印なのだ』
 猜疑心の塊のようなボクは、神の顔を見上げた。その神々しいまでの笑顔にこころを動かされた。ボクは迷った挙げ句、ペンを取り、そして、震える手で、書き込んだ――

「おい!」
 いきなり呼びかけられ、ボクは目を開いた。
 遠い――音が、洪水のように耳に流れ込んでくる。悲鳴、ざわめき、近づいてくるサイレン。身を起こし、周囲を見回せば、そこはあの交差点で、というか事故現場で、ボクを轢いたあのトラックも側にいて、ビルの壁にめり込んで煙を噴いていたのだ。ところがボクは、ボクの頭はひしゃげてもおらず、四肢がねじ曲がってもいなかった。無傷の体で、歩道に倒れていたのだ。
「なんだお前。生きてたのかよ」
 声が聞こえる。ボクを呼んだのはこいつか。
 倒れていたボクを囲むように立っていたのは、あいつらだった。ボクを苛めるあいつら。どいつもこいつも、ボクの体の心配などしちゃいない。意地の悪いにやにや笑いをして、たったいま事故に巻き込まれたばかりのボクを、どうからかおうかという算段ばかりしているのだ。
 ずきり、と脳の横が痛んだ。
 あれは――神との邂逅は、夢だったのだろうか。
「死んでたら面白かったのによー」
 誰かが言った。
 そのとき、突如としてボクの脳裏に神の言葉が蘇った。
『君にないのは目的ではない。手段だ』
 ボクは試した。
 神から授かったボクの能力。
 ボクは奴の腕に手を触れた。
 瞬間――

 ボクに無神経な言葉を叩きつけたそいつの腕の、ボクに掴まれた部分から、白い何かがはいのぼり、一瞬にして、そいつは、そいつは、変わった。
 人の形をした塩の塊へと。
 そして砕けた。乾いた塩化ナトリウムの粉となって。

 しん、と辺りが静まりかえった。
 誰も状況を理解できていないようだった。分かっていたのはボクだけだ。ボクは全てを理解した。この世の全てを、とさえ思えた。全能感! 神はいた。ボクは神に会った。そして神がボクに与えた。手に触れた憎い相手を、完膚無きまでに殺す能力。
 有機物(せいめい)を、無機物(したい)に変える力。
 ボクは叫ぶように笑った。笑いながら他の奴らに躍りかかり、手当たり次第にその肌に触れた。塩の塊が一つ、二つ、三つ! 積み重なるうち、残った連中が事の次第に気付く。悲鳴が挙がる。だが遅い。ボクは奴らに躍りかかり、その生命の痕跡をこの世界から抹消した。
 全てが終わった後、ボクはただ一人、塩の海の上に立っていた。
 再び音が戻ってくる。
 事故現場の喧騒の中、ボクは狂ったように笑い続けた。
 さあ、この力を使って、ボクは何をしよう?

 翌朝、ボクは普通に登校した。笑えるくらいにあたりまえの日常が帰ってきた。
 もちろん、昨日、ボクがやつらを塩に変える様子を見ていた人だっていた。人通りの多い交差点でのことだったし、なんといってもあの時は大きな交通事故の直後で、物見遊山の見物人はごまんといたのだ。中には慌てて警察に通報したものいたらしい。ボクは病院に運ばれ、無傷だという診断が出るや、すぐさま警察官の取り調べをうけた。
 無能な警察官の、間が抜けたことといったら。彼らは訊いてきた。
「君が人を塩の塊に変えたという証言がある。実際、現場には異常な量の塩が積もっていた。そして行方の分からない子が何人もいる――みんな君のクラスメイトだ」
「私たちも混乱している。みんなそうだ。なにがなにやら、誰も理解できていない。君は、少なくともその場にいたんだろう? 一体、何が起きたんだ?」
 ボクは答えた。
『人が塩に変わりました』
「どうして?」
『神が奇跡でも起こしたんじゃないですか』
「どちらかと言えば悪魔だなァ」
『どっちでも同じでしょ』
 ボクはそう言って、にこりと微笑んだのだ。
 それから、どうなったと思う? ボクは無罪放免、だ。容疑者? 一体何の? 殺人? 人が手を触れただけで人を塩に変えて殺した、なんてことが、合理的にあり得る?
 つまり今回の件は警察組織の「常識」を遥かに超えており、常識を越えた出来事に対して彼らが選んだ対応は「保留」だった。
 なんだかよく分からないから、とりあえず我々の管轄ではないだろう、ということだ。
 笑わせてくれる。
 そういうわけで、ボクはいつも通り家に帰り、いつも通り食事して、いつも通り眠って、いつも通り学校に来たのだ。
 ただ一つ、いつもと違っていたのは――ボクに集まる周囲の視線。
 昨日の出来事は、わずか一晩で学校中に知れ渡ったらしい。みんなツイッターもラインもやってるもんな。しかもこれは単なる怪異の噂ではない。ひょっとしたらボクが奴らを塩に変える瞬間の写真や、動画さえ出回っているかもしれない。そのうえ、実際、何人もが忽然と姿を消したのだ。
 なんていい気分なんだろう。
 ボクはこれまで一度として注目されたことなどなかった。そこにいてもいないも同然に扱われ、たまに出しゃばってみれば嫌な顔をされ――自然と、人を避ける暮らしが板に付いていった。だが今、ボクはみんなの真ん中にいる。ボクの一挙手一投足に、世界全てが注目している。
 と、ボクは正門のあたりで、反対側からやってきた一人の女子と出くわした。クラスの女の子。細くて、背が高くて、凛々しくて、笑顔が誰よりも可愛い、シャルロット・ゲンズブール似の女の子だ。この形容でもう分かると思うが、ボクにとっては憧れの人だった。
 話したこともないけど。どころか、認識されたことさえ、ほとんどないけど。
『おはよう』
 ボクが声を掛けると、彼女はびくりと肩を震わせ、次いで、にっこりと微笑んだ。
「おはよう」
『ねえ』
 自分の行動に、自分でも驚いた。ボクが彼女に声を掛けた。そのうえ、挨拶より先に会話を進めようとしている。昨日までのボクでは考えられない積極性だった。
 話しかけても上手く話せない。相手が焦れる。苛ついて酷いことを言ってくる。ボクは縮こまる。相手は呆れて去っていく。それが、ボクにとっての会話の全てで。
 だから、会話など、必要ないと思っていたのに。
『今日、放課後、何か用事ある?』
 今、ボクはこんなことさえ言えている。
「えっ!? あの、別に……ないけど」
 と言いながら彼女がふっと顔を逸らした。照れているのだろうか。困惑した顔さえ美しかった。
『なら、ボクとアーケイド行かない? もしよかったら、でいいけど』
「あの……」
 公衆の面前での、いきなりの誘い。失敗しただろうか。彼女を困らせてしまっただろうか。ボクは少し反省していた。最初は、普通に言葉を交わすくらいで良かったかもしれない。少しずつ仲良くなってからのほうが、デートの誘いも上手く行くのかもしれない。なにしろ試したことがなかったから――だが、彼女は長いためらいの後に、消え入りそうな声でこう答えた。
「……はい。じゃ、あとで……」
 そして、校舎の中に駆け込んでいってしまった。
 ボクは呆気にとられてその背中を見送った。なんだろう。これって、つまり、OKってこと?
 ボクは笑った。
 なんだ、うまくいったじゃないか。
 簡単なもんだ。

 夕暮れ時、ボクは浮かれて彼女と二人、駅前のアーケイドをうろついていた。彼女は従順にボクの後をついてきた。なんてことはなかった。店を見て回って。ちょっとしたものを買って食べて。あとはただ、話す。ボクが笑う。彼女も笑う。ただそれだけ。
 でも、ボクにとっては初めての時間。
『嬉しいなあ。君とこんなふうに話せるなんて』
「そう?」
『ずっと好きだったんだ』
 彼女がまた、朝と同じように肩を震わせるのが分かった。
 きっとこれは、彼女なりの嬉しさの表現なんだろう。朝だってそうだった。だから、
『ねえ、ボクのこと、どう思う?』
「どうって」
『好きかどうか』
 ボクは恐れずどんどん踏み込んだ。もう怖がることなど何もない。ボクには力が与えられた。ボクはただのつまらない人間じゃない。
 彼女のような美人とだって、充分つり合いうる人間なんだ。何を遠慮することがある?
 それが証拠に、彼女は答える。
「……好き、よ……」」
 だからボクは、さり気なく、彼女を導いていった。
 人目に付かない、寂れた裏路地の方へ――

 そう――もっともっと、考えてみるべきだったのに――

「いやあっ!」
 ボクが体を寄せると、彼女は悲鳴を挙げて身を引いた。だが彼女の背後は建物の壁で、背中はすぐに打ちっ放しコンクリートにぶつかって、彼女は逃げ場を失い、すがるような目でこちらを見た。
『どうして嫌がるの?』
 不可解な彼女の反応に、ボクは眉をひそめた。不快だったとか、苛ついたとか、そういうのではない。ただ分からなかっただけだ。さっきまでの彼女の行動と、今の彼女の怯えが繋がらないのだ。
「いや……」
『好きだって言ったじゃないか』
 ボクが一歩前に出る。彼女が悲鳴を挙げる。身をすくめる。涙を零す。そして彼女はついに叫んだ。
「私を殺さないで!!」
 ――何?
 理解できずにいるボクに、彼女は、跪いて哀願した。
「あなたが殺したんでしょ!? 塩にして……お願い! 何でもする……なんだってするからっ……殺さないで……私に触らないでえっ!!」
 ――なんだと?
 ボクは、唐突に理解した。
 彼女は怯えていただけだった。ボクが好きなのでも、誘いを受け入れたのでもなかった。ただボクが怖くて、殺されたくなくて、ボクの機嫌を損ねまいと必死になっていただけだった。ボクはそんな彼女に微笑んだ。本音を見せた。好きだなんて恥ずかしいことを言った。彼女もそれに応えた。なのに、なのに、なのに、なのに、彼女の、彼女の答えは、言葉は、全部嘘だったのだ!!
 そのとき、ボクの嗜虐心が爆発した。
 ボクは彼女の腕を掴み、強引に彼女を立ち上がらせて、コンクリートの壁に彼女の背を押しつけた。体全体を万力のように使って彼女を押し潰し、嫌がり泣きじゃくる彼女の顎を抑え、むりやりにキスをした。ぞっとするような暗い征服感が背筋を駆けめぐっていく。ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!
 お前はおれのものだ!!

 興奮は数秒で絶頂に達し――舌先に絡んだ塩の味が、ボクを我に返らせた。
 彼女はボクの腕の中で、今や、無機質な塩の塊へと帰していたのだった。

 ボクは、走った。
 逃げ惑った。遁走した。怖くて震えが止まらなかった。自分がしてしまったこと。しでかしたこと。ボクは彼女を塩にした。殺した。完全にこの世から消し去った。血のような汗が肌の奥から溢れてくる。やってしまった。ボクは、取り返しの付かないことをしてしまった。
 自宅に逃げ込み、部屋に逃げ込み、とにかくドアを閉め、鍵を掛け、ボクはドアに背を付け、大きく肩を上下させた。呼吸が整わない。鼓動が収まらない。
『ボクはやってしまった」
 認識すれば落ち着くかもしれない、そう一縷の望みを託して声にした。なのに自分の呟きは、ボクを落ち着かせるどころか、ますます焦燥を高めていくばかりだった。
 彼女のことは仕方がない。死んでしまったものはどうにもならない。どのみち警察はボクを捕まえることなどできないだろう。まずいのはそこじゃない……ボクには彼女を塩にしようなんて意図はなかった。
 なのに彼女は塩になったのだ。
 部屋の中を見回す。そういえば、窓際に起きっぱなしにしてあるマリモの瓶がある。ボクはそれに駆けより、蓋を開けて、中の緑色の塊に指を触れた。一瞬にしてマリモは真っ白な塩の塊に変わり、水の中にカゲロウを漂わせながら溶け始める。やはりそうだ。いくらなんでも、ボクがマリモに恨みなんか持ってるはずがない。
 憎い相手を塩にする能力、のはずだった。
 違う。違うのだ。ボクが得た能力は、手に触れた生命を全て塩に変えてしまう能力だった。
 つまり、ボクは、これから、生涯、生き物に一切触れることが出来ないのだ――相手を殺したいのでない限り!
『どうしてこんなことに……」
 ボクはその場に膝を突いた。こんなはずじゃなかった。こんな力が欲しいんじゃなかったのに!
 殺すのは、下らないやつ、気に入らないやつだけで良かったのに!
 と、そのとき誰かがボクの部屋をノックした。ボクは蒼白になった顔を辛うじて持ちあげた。
「ねえ、どうしたの?」
 聞こえたのは母の声。
「下に警察の人が来てるのよ。あなた、何やったの!? ちょっと、鍵を開けて!」
 ボクは愕然とした……
 警察。なぜ今さら? 違ったのか? 状況もボクの力も認識できず、間抜けにボクを解放したのではなかったのか? わざとボクを放置した? ボクに何ができるのか調べようとした? まさか……今日のボクの動きを、ずっと奴らは見ていたのか!?
「ねえ! 何もしてないわよね?
 あなた、悪いことなんてするはずないわよね!?
 早く開けてよ!
 こんなのおかしいでしょ?
 あなたはそんな子じゃないはずよ。
 私が知ってるあなたはそうじゃない!
 開けなさい。
 あなたは優しい子、真面目な子、人のためを思って行動できる子でしょ!
 警察の人にそれを証明するだけよ!
 出てきなさい!
 私はあなたをそんな風に育ててないわ!
 本当のあなたは悪い子なんかじゃ……!」
『どいつもこいつもっ……」
 ボクの――
『うるっさいんだよおおおおおおおおおおおッ!!」
 ボクの憎悪が溢れ出す。

 その瞬間ボクが触れていたのは、床のカーペット。
 ボクは息を飲んだ。恐怖が喉の奥から沸き上がってきた。ボクは叫んだ。悲鳴を挙げた。ボクの手が触れたカーペットが、白く、白く、骨のように白く、変わっていく、塩になって、風化して、崩れていく!!
 ボクの力は、無生物さえも塩に変えはじめたというのか!?
 ボクの足下が脆い塩に変わり、見る見る塩の描く円は広がっていき、ボクが這いつくばっていた場所にぼこりと陥没ができた。床が崩れる。ボクはその中に埋もれながら落下する。2階から1階へ、ボクは落下た。落下した先のダイニングで、フローリングとテーブルに強かに体を打ち付けた。そこからまた発生する塩。床へ、壁へ、家中へ、塩は悪魔の手のように伸びていく。もう止まらない。人間相手のときもそうだった。一ヶ所から塩は広がって、やがて全体が塩と化す。
 家全体が塩となり、やがて崩壊する。
 ボクは狂ったように叫びながら家の外へ逃げ出した。それが最悪の判断であったことに、ボクはその時気付かなかった。ダイニングのガラス戸を開け、そこから庭に飛び出したのだ。庭に出たボクが踏みつけたもの。
 それは地面。
 地球、そのもの。
 その時ボクは、確かに聞いた。
 長い長い命の果てに、地球という一個の生命が、自らの死を感じ取って――どくり、と悲しげに身震いしたのを。
 塩が。
 広がっていく。
「う……ぅぅぅううぅぁぁあぁあああああああああああああッ!?」
 死を望むのも、世界に絶望するのも。
 みんな生きていたいから。
 ボクは泣き叫びながら、世界が死んでいくのを、ただ見守り続けるしかできなかったのだ――

 あっというまの事だった。
 気が付けば、ボクは――どこまでも、見わたす限り広がる真っ白な塩の海の上に、ただ一人、跪いていた。
 もう、この世界には、誰もいない。
 なぜあの時、もっと考えてみなかったんだろう。
 なぜあの時、なぜあの時、なぜあの時――
 零した涙が塩に落ちる。塩が僅かに水に溶け、しかし、すぐに乾いて固まった。
 もう、どれほど涙を零しても、それを見てくれる相手もいないのだ――

 ――いや。
 一体どれほどの間、一人でうずくまって泣いていただろうか。
 ボクは不意に立ち上がった。
 本当に、もう誰もいないのか? どうしてそう言い切れる?
 世界の全てを、その目で見たわけでもあるまいに。
 ボクは拳で涙を拭った。ボクの手についた涙は、染みて、乾いて、蒸発して、水としてどこかへ行ってしまった。
「どこにいるのか分からないけど――
 ほんとうにいるのか分からないけど――」
 ボクは囁く。願いを込めて。
「ここからボクは探しに行く。
 ここにはまだ、ボクがいる」

THE END.

お題:複雑な殺人犯 必須要素:塩 制限時間:30分
※この作品は、制限時間内に書ききれなかったものを、時間外で書きたして完結させたものです。ご了承ください。

投稿者 darkcrow : 2013年03月14日 03:25

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