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2013年04月11日

 ■ 「緑色の未来」

 “みどり”はいいもんで、“あか”はわるもんだ。そんなの常識だ。
 だってそうだろう? “みどり”って名前のつくものは、だいたいいいもんだ。緑を守ろうとか。緑の溢れる街作りとか。大自然の緑に包まれて、とか。安全を保証してくれる非常口だって緑だし。緑は私を守ってくれる。緑なら環境を守ってるって気がする。
 でも“あか”は駄目。赤は血の色。争いの色。レッドパージ。赤土の荒野。アニメの敵ロボットだっていつも赤い。赤は私を攻撃する。赤は地球を攻撃する――
 だから私は緑が好き。
 服も緑。
 カラコンも緑。
 チークも緑。
 血液だって緑。

「きみのヘモシアニン血球は新人類のために合成された特別なものだ」
 先生はそう言って私に説明してくれたっけ。あれはそう、私が生まれた病院でのことだ。その病院は海抜マイナス258mにあり、大陸棚の底にへばりつくように広がっていた。まず理解しとかなきゃいけないのは、プラスワールドは――海抜0m以上の世界は――もはや地面を持たないってこと。私たちを受け入れてくれる母なる大地は、もう、1平方メートル残らず、海の底に沈んでしまったんだってこと。
 文字通りの水の星。水以外に何もない星。それが私たちの地球なんだ。
「きみの脇腹にあるスリットはエラだ。きみのために作られたこの特別な水着は……」
「えろい」
 私は樹脂製の布きれをびよんと広げながら茶々を入れた。ほっぺたが火照ってくる。なにしろこの水着は胸の下から下腹部にかけてが大胆に露出されていて、私くらいのサイズだと、おっぱいの下の方がちょっぴりはみ出してしまう感じになるのだ。
 だが先生は――彼も立派な男であるにもかかわらず――私の冗談に耳も貸さなかった。あるいは、同様していたけど、表にはださない、いわゆるムッツリ系であったのか。
「エラの動作を妨げない。エラから吸収される酸素は空気中にくらべれば遥かに微量だ。しかしヘモシアニン血球は、赤血球に比較して酸素運搬効率が低いものの、少量の酸素を確実に運搬する性能に関しては遥かに秀でている」
「つまり?」
「この体で、きみは新しい世界を生きていくんだ。納得したら、ここにサインを」
 といって先生はボールペンを差し出した。私が不思議がっていると、彼もまた不思議そうに言う。
「この期に及んで、大人の国際組織は、手続きを踏むのと予防線を張るのに余念がないのさ。人類が滅亡しようかっていうときにね」

 私は、海の世界に放り出された。それが祖先から受け継いだ新世界なんだそうだ。
 いったい誰が世界をこんなふうにしてしまったのか、いったいなんの権利があって私をこんなふうにしてしまったのか、私は知らないけれど。
 本当の私はたぶん、過去の何者かに殺されて、歴史の狭間に消えてしまったんだ――
 そう思いながら、今日も私は泳ぐ。

お題:緑の殺人 必須要素:ボールペン 制限時間:30分

投稿者 darkcrow : 2013年04月11日 00:42

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