2013年04月12日
最初は、ほんの悪戯心だったんだ。
私は科学者だ。なんとも大雑把な自己紹介だと思うだろう? そう、大雑把なんだよ。私の専門分野は数学と物理学と化学と薬学、それに材料工学機械工学、流体力学に量子力学、情報工学とエネルギー工学、ついでに社会人類学と心理歴史学も少々。まあつまるところ天才なんだ。なんだってできると思ってもらいたい。
私のことは、尊敬を込めて、「ザ・プロフ」と呼ぶように。
まあつまり、ほんの悪戯心だった。道ばたで見つけたんだ、ランボルギーニを。かっこいいやつだった。カウンタックの最高にクールなやつだよ。私はこいつが好きだった。惚れたんだ。だがどうだ、この車は他人のものだ。どこの馬の骨とも知らない男が、好き勝手に蹂躙し乗り回しているんだ。それにみろ、あっちこっち細かい傷だらけ、ろくに手入れもしてないと見える。
ああ、私なら、この子をもっともっと可愛がってやるのに。愛してやるのに。
でも、物には所有権者が――
そのとき私は閃いた。
たとえば、この車を、人間の女性に置き換えてみたらどうか? 女性は物ではない。従って誰の所有物でもない。なぜか? 理由は簡単、彼女には意志があるからだ。意志は尊重されるべきであり、とどのつまり、男がなんといおうが、どれほど長く付き合っていようが、女が「嫌だ」と言えばその時点で男は何の権利も有さぬ赤の他人以下の存在に成り果てる(少なくとも社会通念的には……)のであって、女が「こっちの男がいい」と言えば、男としてはその意志を飲むしかないのである。
つまりだ。
このランボルギーニに意志を持たせてやればどうか?
ろくに手入れもしない馬鹿な男より、この私、とっても魅力的で誰よりも優しくしてやれる私に、なびいてくれるのではないか?
と、思ったときにはもう行動は終わっていた。みたまえ、私の体は私の物であって私の物ではないようだよ。閃きを言葉にする間に、体はとっくのむかしに行動を開始していたのだ。愛用の工具で、ちょっとした演算素子(いつも持ち歩いている)を取りつけるだけの簡単な仕事。これで、ランボルギーニは意志を持つランボルギーニとなった。
「やあ。おはよう。機嫌はどう」
ランボルのライトがちかちか応えた。昔、アメリカのドラマであったな、こんな車。あれはGMだったけど。
「私はプロフ。きみ可愛いね」
ぶおん、とエンジンが恥ずかしそうに唸った。もう一押し。
「もしきみさえ好ければ――いっしょに行かないか。とてもロマンティックな夜景を見に、とか」
ためらいが、少し。
私はそっと、ドアに手のひらを這わす。もちろん紳士的に優しく。でもエロティックな指つきで、誘うようにだ。
運転席のドアが跳ね上がるようにして開き、私を中に招き入れてくれた。素晴らしい。
18日後。
私は運転席のシートにあぐらを掻き、まるで座禅を組む高僧みたいになっていた。髭は伸ばし放題で実に5cmの長さに達していたし、目はうつろで、実際のところ悟りを開きかけていた。なにしろ、これほど天才的な頭脳を430時間以上に渡って一つのところにぼんやりさせていたら、うっかりと生命・宇宙・その他もろもろについての究極の答えさえ発見してしまいかねない。
そう。私はあれから、ずっとランボルに乗っている。
ランボルは――私を愛してしまった。
さすがはイタリア人(?)、情熱的だ。愛するにも命がけだ。幸い、今はドライブスルーというものが発達していて、車の中にずっといても、食べるものには事欠かない。排泄も携帯トイレというものがあるし、窓から適当に投げ捨てればよい。ううむ。
私は悩み、ランボルに話しかけた。
「実は、君に言いたいことがある」
ふう、と私は溜息を吐く。
「うちで軽4が待っているんだ」
そう言ったとたん、私は外になげだされた。例のドアが跳ね上がるように開き、いきなりランボルが急カーブして、遠心力で私を外に放り出したのだ。私はラグビーボールのように不規則な軌道を描いて道路に転がり、あちこちの擦り傷を抑えながらなんとか膝立ちになった。
怪我はしたが、致命傷はない。ああ、なんとかこれで解放された。彼女から。
と、思ったのもつかの間。
私を、刺すように強烈なハイビームが照らし出した。
ランボルが、エンジンをぶおんぶおん言わせながら、私をじっと睨んでいる。
冷や汗が全身から吹き出した。
情熱的。そう、とっても、情熱的。愛するときも。憎むときも。
さてさて、一体これをどうしたもんか。
一直線に私の胸へ飛び込んでくるランボルを茫然と見つめながら、私の天才的頭脳はかつてない忙しさで回り始めたのだ――生き残る方策を求めて。
THE END.
お題:情熱的な監禁 必須要素:ランボルギーニ 制限時間:30分
投稿者 darkcrow : 2013年04月12日 01:34
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL: