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2013年04月18日

 ■ 「全てが朽ち果ててしまう前に」

全てが朽ち果ててしまう前に

 どだいバナナが好きじゃなかった。生ぬるくて、真ん中で斜めに両断されていて、断面が茶色く変色しかけたあのバナナがだ。
 胸騒ぎに駆られて私が訪れたとき、かつて幼少の一時期を過ごした小学校は、廃墟と化していた――知らなかった、のだ。この学校がこんな有様になっていたなんて、ことは。

 それは高速道路を飛ばしていたときのことだった。遠方での面倒な仕事が片付き、私は帰路についていた。思ったよりも早く終わったおかげで、時間には若干の余裕があった。これをどう有意義に使おうかと、私はアクセルを踏みしめながら楽しく悩んでいたのだ。
 そんなとき、ふと、緑色をしたインターチェンジの看板が目に留まった。
 見覚えのある地名だった。最後にここを訪れたのは、もうどれほど前になるだろう。小学生のころ、私はここに住んでいた。この、山と緑と谷間の小川しかない、斜面にへばりついて生きているような小さな町にだ。
 ちょうど悪いタイミング。ちょうど悪い気まぐれ。
 私はなんとはなしにウィンカーを出し、速度を落としてインターチェンジに降りていったのだ。

 春の若芽は青々として、私には目にいたいくらいだった。力強く葉を広げた桜も、嬌声を挙げて戯れているような菜の花も、道ばたの碧い雑草すらも、堂々と歓びに満ちて町を彩っている。それに引き替え人間の様子と来たらどうだ。人影はほとんど見られず、家々も、道路も、まるで自然の無邪気な繁茂に圧倒されるように、身を縮めて静かにうずくまっている。
 昔私が住んでいた――はずの場所を通りかかったが、本当にそこに住んでいたのかも、よく分からない。というのが、私が住んでいた家はどうやら取り壊されたらしく、そこは草が好き放題に伸びた空き地となっていたのだ。
 昔の面影は、ある。だが昔の痕跡は、何もない。
 私はいたたまれなくなって、車を進めた。

 もう引き返そうかと、自分の気まぐれを後悔しはじめた時のことだった。
 見えてきたのだ。懐かしい、小学校の校舎が。
 私は校門の手前に車を止めた。
 朽ちかけたスチールの門は雑に閉鎖され、その角に、「きけん たちいりきんし」の札が、ぼろぼろに劣化したビニールひもでぶら下がっている。だからなんだというのだ。私は周囲をざっと見回し、コンクリートブロックの壁が崩れた場所を見つけると、何個かのブロックをひょいと跨いで、容易く校庭に潜り込んだ。
 グラウンドの土は、栄養分が非常に乏しい。それゆえ、ちょっとやそっとでは草木は育たない。にも関わらず雑草はここにもちらほらと見られた。グラウンドの端の方は、もう完全に草むらと化している。あの草むらは、毎年大量の日光を吸収し、絶え間なく養分を生み出し、朽ちてグラウンドの土に混ざり込んでいくのだろう。それを繰り返し、端から少しずつ草むらは広がり、やがてはグラウンド全体を覆い尽くしてしまうに違いない。その頃まで、この場所がこのまま残っていれば、だが――
 私は少し躊躇って、校舎の中に足を踏み入れた。
 古い鉄筋コンクリートの長方形。教室も、廊下も、記憶はおぼろげで、私は思いの外湧いてこない感慨に愕然としていた。
 覚えていなかったのだ。どんな友達がいたか。何をして遊んだか。どんな楽しいことがあったか。何も……
 少しずつ、私は奥へ歩みを進める。と、広い部屋に出くわした。タイル貼りで他とは少し趣が違う。
 その瞬間、私は痛烈に思い出した。
 そうだ、ここは食堂。ここで食べたんだ。給食を。
 あの、まずい、バナナを。

 私は車に戻り、アクセルを踏む。
 何も覚えていない。楽しいこと。良かったこと。
 でもただ一つだけ。
 どだい、バナナが好きじゃなかったのだ。あの頃。

THE END.

お題:春の小説の書き方 必須要素:バナナ 制限時間:30分

投稿者 darkcrow : 2013年04月18日 00:55

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