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2013年04月24日
運命は重荷、でも
「既に妊娠から16週を越えています。今からの人工中絶はお勧めできません」
たぶんみんな、テンパってたんだろう。私はベッドに仰向けになって、ぼんやりと医師の言うことを聞いていた。両親は、ことに母は、医師に掴みかかって皮膚をえぐり取ってしまいそうな勢いだった。二人にそうして詰め寄られては、医師が、ひょっとしたら本人に聞こえているかもしれないという配慮を一瞬忘れてしまったとしても責められまい。
そう、一瞬。医師の声が高くなったのは本当にその一瞬だけで、そこから後の話は私には聞き取れなかった。ただ遠いざわめき、喧騒として届くだけだ。私はじっと天井を見つめ、一つ一つ、その格子目の数を数える。
望まないセックス。その果てに押しつけられた途方もない重荷。誰も代わりに背負ってはくれない――背負うことは、できない。
涙はとうに流し尽くしていた――あの時に。
今は、これからどうするかを考えねばならない。考えるというか、決めねばならない。罪によって生まれた罪のない命を産み落とすか。自分の体に危険があるのを承知で彼/彼女を殺すか。どっちに転んでも酷い話だ。私には、リスクとコストしかない。
両親と医師とのやりとりは、どんどんヒートアップしているようだった。相談は口論になり、口論は罵倒になり……聞くに堪えない言葉が刺すように互いに投げかけられていた。私は目を閉じた。聞き漏らさないために。私を巡ってみんながどんな気持ちになっているかを、全て把握しておくために。
「なんてこと! なんてひどい! どうして助けてくれないの!」
「ですから、母体への負担が大きすぎるんです」
「そんなのあの子の責任じゃないわよ!」
「やめなさい、そんなことを言っても始まらん」
「じゃああなたはどうしろっていうの!? あの歳で、あんな損害を押しつけられて! あの子のお腹には罪の塊がいるのよ!」
「まず落ち着きなさい! いいか、あれが邪魔なのはわかる。だが中絶だけが道じゃないだろう? 生ませてからどこか余所に預けるという手もある」
「それじゃああの子学校にも行けないじゃないの!!」
私は、目を開いた。
そして立ち上がった。
静かに――
静かに体が燃えていた。
冷たい病院のフロアタイルを踏むたびに、自分の体の火照りが分かる。握りしめた拳に痛みを覚えるたびに、自分の体の力が分かる。私は今、内側から湧いてくる謎のエネルギーに突き動かされ、鬼のように、女神のように、ただ一匹の獣のように、乾いた病室のカーテンを食い破るように薙ぎ払った。
「父さん母さん」
面食らう父と、滂沱の母に、私は短く一喝した。
「私産む!」
それから私は、走り回った。
本屋へ行った。図書館へ行った。ネットを漁り尽くした。母になるための心得。子供のためになすべきこと。見て分からないことは誰かに聞く。母は取り乱してあてにならないから、祖母に聞き、あるいは初産の母親向けのセミナーにも参加した。学校? そんなもの不要。代わりにバイトをはじめた。しばらくはまだ働ける。金が要る。今――というより、この子を産んだ後に雇ってくれるアテがいる。
事情を話し、仕事ぶりを見てからと言質を取って、あとはただ、死力を尽くすのみ。
いよいよお腹が膨らんできて、働けなくなった頃、社長が私にくれたのは心からの慈しみの笑顔と、
「必ず戻っておいで。働きやすいように便宜をはかるから」
私の欲しかった、唯一の報酬。
準備を万端整えて――この子はついに産まれた。
私は初めてこの子を抱き、思う。
君が私を、母親にしてくれたんだ。
THE END.
お題:燃える母性 必須要素:○ックス 制限時間:30分
投稿者 darkcrow : 2013年04月24日 01:00
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