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2015年05月25日
お題:オチはわずらい 必須要素:文豪 制限時間:30分
「斬新すぎる結末」
文豪がいた。
彼の文才が並外れていたことは議論の余地もなかったが、殊にその多作ぶりでは他の追随を許さなかった。ふつうの作家が一作仕上げる間に13作はものにできたし、ここ二十年ほどにわたって、ベストセラーランキングの半分は彼の著作が占め続けている。その物語は非常に面白いばかりか、バリエーションにも富んでいて、これほど多数の作品を発表していながら、ひとつとして似たような話はなかったのである。
だが、そんな彼にもとうとう才能が枯渇するときがやってきた。結末が思いつかなくなったのである。この世で考えられるようなありとあらゆるオチは、既にどこかで書いてしまった。そのため、もはや斬新なアイディアはこれっぽっちも残ってはいなかったのだ。
別に、ひとつくらい同じような結末があってもいいじゃないか。長い付き合いの担当編集者は言った。だいいち、読者はキミの作品を全部読んでるわけじゃないし、よしんば読んでいたとしても、その全てを記憶してるわけじゃあるまい。友だちの作家はそう言って笑った。
それで納得できるようなら、文豪になんかなっていない。
ずいぶん長いこと思いわずらい、作家人生ではじめて締め切りを延ばしてもらうために頭を下げ、それでも彼は考え続けた。
そしてついに、思いついたのである。全く斬新であるだけでなく、途方もなく面白くて、そのうえ、一度読んだら二度と忘れられなくなるほど素晴らしい結末を。
文豪が自信を持って送り出した最新作は、またたくまに世界中で読みつくされた。最終的には42の言語に翻訳され、その累計発行部数は電子書籍版まで含めて135億冊を突破した。世界人類全員が平均2冊ずつ購入した計算になる。文豪は満足した。これぞ作家人生の集大成。自分の最高傑作であると。
ところが、しばらくして妙なことが起きた。世界の人口が徐々に減少を始めたのである。
これは奇妙なことだった。信頼できる研究によれば、少なくともむこう数十年の間、人間の数は増えこそすれ減るはずがなかったのだ。この奇妙な現象は数年にわたって続いた。人口は一千万、二千万と小刻みに減少したかとおもうと、一気に数十億も急落し、とうとう100年前の水準にまで戻ってしまった。
文豪は愕然とした。この異常な現象の責任は、どうやら自分にあるらしかったからである。
目撃証言によると、いなくなってしまった人間はみな、文豪の最新作を読んでいたとき、誰もが目をはなした一瞬に、忽然と消えてしまったのだそうだ。そんなことがあるわけがない。文豪は真っ青になりながら、ふとんを頭からかぶり、責任逃れの呪文を唱え続けた。
誰かが無神経に冗談を言った。「あんまり面白すぎるから、物語の世界から帰ってこれなくなったのさ」
実際のところ、その冗談は正しかった。問題点は、文豪が考え出した、あの斬新な結末にあった。その結末はあまりにも斬新すぎたために、この世のほとんどの人間には、それが結末であると認識できなかった。そのため、物語の終わりを認識できなくなった読者たちは、永遠に物語の中から出てこられなくなってしまったのである。
「そんなばかな。あの結末が理解できないだと。そんなばかな」
文豪は、5歳のころ以来、流したこともなかった涙を流した。
そんな彼を元気付けようと、編集者(彼は誰よりも文豪の作品を愛するファンであったので、結末をきちんと理解できたため、この世界に生き残っていたのだ)がこう勧めた。
「いま世界に残っている人間は、みんなキミの斬新な表現を理解できるものたちなんだ。彼ら彼女らに向けて、あたらしい作品を書いてみたらどうだい?」
そこで文豪は書き始めた。世界に残った6億人に向けて、渾身の力を込めて、第二の最高傑作を書き上げた。この物語の結末は、第一の最高傑作と比べても78倍はすばらしい出来栄えで、斬新も斬新、史上の誰も、神でさえも見たことのないほど目新しいしろものだった。
人々はこぞってそれを読んだ。
さらに5億8000万人が消えた。
十年余りのときが過ぎた。彼が今書いているこれは、いったい何作目の最高傑作になるだろう? またしても、とてつもなく斬新な結末が書きあがろうとしている。
しかし、もはやこれを読むものは、彼一人しかいない。最後まで残っていた編集者も、前の作品でついに消えてしまった。
最後の最高傑作が、書けた。
翌日、この世に人類は、もはやだれひとり残っていなかった。
THE END.
投稿者 darkcrow : 2015年05月25日 00:28
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