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2015年08月06日
お題:ぐちゃぐちゃの姉妹 必須要素:右の上履き 制限時間:30
ひとつ
彼女らは、理屈の上では別々の人間であったはずだが、今となってはそれすらあやしいものだ。
双子として生まれた姉妹は、満足するということを知らなかった。先に生まれた妹と、後から生まれた姉。それがまずお互い気に入らなかった。妹は身体壮健にして活発な性格、運動をさせれば誰にも負けはしない。一方の姉は物静かな情熱家、文才があり詩と戯曲に才能を発揮した。妹が学園の女子たちの憧れの的となれば、姉はひとまわりも年上の男と大人の恋をする。さながら太陽と月。常に対照的な、それぞれに恵まれた人生を歩み続けたふたりは、しかし、自分の持つものに決して満足はしなかったのだ。
すぐそばに、自分の持ってないものばかりを備えた、双子の姉妹がいたからだ。
姉は、妹の輝くような魅力をうらやんだ。
妹は、姉のあふれ出る知性を欲しがった。
にもかかわらず、相手は、自分と同じ顔、同じからだをしているのだ。あまりにも似すぎているがために、かえってその差が浮き彫りになるようであった。
時に彼女らは、互いの持ち物をこっそりと盗み、我が物とした。そうすることで、相手のちからを自分のものとできるような気がした。たあいもないおまじない、呪術というにも幼稚なやりようではあったが、その行為が多少なりともふたりの心を慰めたのは間違いない。左に自分の、右に相手の上履きをはき、そのことに自分と姉妹以外だれも気づかない、そんなちょっとした秘密を持つことも、思春期の浅はかな自尊心を満たす役にはたった。
「お姉ちゃんとわたし、混ぜてはんぶんこできればよかったのにね」
と、妹が彼女らしい無邪気さで言うと、姉は微笑する。
「半分なのよ。あなたが表。わたしが裏」
あるとき、彼女は目覚めた。
目覚めた場所はおぼろに白い角ばった部屋の中央で――ちらかった意識を手繰り寄せるように整理していくと、徐々にその場の異様な光景が理解できるようになっていった。青白く輝くライト。彼女を義務的に乗せる頼りないベッド。自分のからだからのびた何十本もの管。突然鳴き始める謎の計測機械、不思議なダークグリーンのグラフ映像……
「目覚めましたね」
と、声をかけてきたのは医者だった。彼女が視線をやると、マスクとぼうしの隙間から、医者は嬉しそうに目だけで笑ってみせる。
「びょういん……」
「はい。もうだいじょうぶ」
「わたし、死んだの」
「九死に一生でした。つまり生きています。ただ問題もあって」
医者は一瞬、言葉につまり、
「あなたが誰だか分からない」
その一言で、彼女の意識は一気に呼び覚まされた。
そうだ。あの日。姉妹そろってでかけ。ショッピングモールで事故に巻き込まれた。崩落する天井。押し潰されるからだ。姉妹の悲鳴が、お互いを励ましあう声が、耳の奥に今も残る。やがてその声すらか細く潰え……
「顔も同じ。血液型も。DNAだっていっしょだ。これは医療の限界です。あなたをあなたと規定する物質的要件は、残念ながら、我々には観測できかねます。頼りはあなたの記憶……」
「わたしはだれ」
「肉体的には、ふたりともです。かけてしまった臓器を、互いのパーツで補い……」
「わたしはだれ!!」
答えるものは、もう誰も無い。
彼女たちは、ひとつとなった。
それが誰だかは、これから誰かが決めることだ。
THE END.
投稿者 darkcrow : 2015年08月06日 01:35
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