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2006年05月30日

プロット 10

10)
 事故の後片付けをしているヘタレ。自分が事故の時何もできなかったことを悔しく思っている。が、むかつく先輩の顔を思い出して悔しさが怒りに。手に持っていた交換用の鉄パイプを曲げる。「ええい! とにかく、慣れだ慣れ! 絶対見返してやるっ!」
 と、門のところで揉めていることに気付く。監視カメラの映像にリンクしてみると、ファミ子が門番のオートマトンに止められているようだった。様子を見に行こうとするが、その前にふと気付いて、身につけていた線量計(ガイガーカウンター)をチェック。「よし。この線量なら問題ないな」

※他にもいくつか書いたんですけど、そっちはボツることに。

2006年05月28日

プロット4~8

4)
 炉心温度が上昇。原子炉二次冷却系で異常発生。配管内の圧力が低下している。上司、ヘタレに「初日からついているな、●●。実力を見せて貰おうか。この状況から何が推理できる?」「あ、え、ええと……圧が下がっているということは、二次冷却系のどこかが断裂した可能性が高いと思います。それも、圧力の低下が緩やかなので、恐らく小断裂……」「よろしい。その場合君ならどう対処する?」「漏れた分、冷却剤(ナトリウム)を追加しないといけませんが、配管内が高圧を保っていますので、容量の大きい低圧注入系が使えません。まずは低容量の高圧注入系で冷却剤を注入、二次冷却系の機能を回復させ、しかる後に断裂箇所の捜索、バイパス処理を……」だまって聞いていた先輩、口笛を吹く。上司も頷くが、表情は冷たいまま。「その通りだ。(先輩)、(ヘタレ)を連れて断裂箇所の捜索に向かえ」
5)
 二人並んで急ぎながら、先輩、「見た目よりやるじゃねーか。よくお勉強してあるな」「……このくらい、当然のことです」「まあ、そうだ」謙遜にあっさり頷く先輩に、ヘタレは少しアテが外れた様子。実際は自信があったようだ。「しかし、な……お前の推理は間違っちゃいないだろうが……」「何か?」「二次系の小断裂だけで、炉心温度がああも上がるかなと思ってね」「まさか。これ以上何があるって言うんです? 一時系以上は原子炉容器の中、最大級の安全装置が働いてるんですよ。異常なんか起きるわけないじゃないですか。第一、これ以外に警報は出てないし……変な言い掛かりはよしてください」先輩、頭を掻く。「いや、まことにもっともな言い分で……」
6)
 二次冷却系のパイプの断裂箇所まで辿り着いた二人。先輩、バルブを持って叫ぶ。「おーい! チャンネル4を開けて、チャンネル1を閉鎖しろー! 順番間違えんなよーっ!」「はーいっ、分かってますよっ! ……まったく……この僕が、バイパスより先に本線を閉めるわけないじゃないか。そんなことしたら爆発しちゃうくらい、小学生でも分かるさ。……終わりましたよー!」漏れ出ていたナトリウム、止まる。コレで終わりだ、と弛緩した雰囲気のヘタレ。
 が、「警報が止まらない!?」上司から通信が入る。『二人とも! 炉心温度なおも上昇中よ、何やってんの!』「そんな! まさか、他にも断裂が……」と慌てるヘタレのもとに、自分の作業を終えた先輩がやってくる。「いや。(上司)、二次系の警報は止まったな?」『ええ……圧力も正常値に戻りつつあるわ。でも……思ったほど温度が上昇していない……』「温度が上がらない? ということは……」「一次系から熱が伝わってないってこった」落ち着いて分析する先輩に、ヘタレは青ざめる(ような雰囲気)。「おい、ボサッとしてないで行くぞ」「ど、どこへ……」「何言ってんだ、原子炉容器に決まってんだろーが。せっかくだから、滅多に見られない炉心の見学としゃれ込もうぜ」
7)
 原子炉容器内に入った瞬間、ひやりとする。(窒素が充填されているため。)さらに、猛烈な青白い光が炉心から放たれていて、ヘタレがその光の強さに驚く。「チェレンコフ光!! こんなに激しく!! ……明らかに反応度が異常だ。どうして警報が出なかったんだ!?」チェレンコフ光について軽く説明。「警報のことは後だ。(ヘタレ)、中の物をくまなくチェックしろ。どっかに異常があるはずだ!」「は……はいっ」ヘタレ、一次冷却系のメインポンプに異常を発見する。「せ……先輩! これを!」駆けつける先輩。「一次冷却系のポンプが停止(トリップ)しています!」先輩、他のポンプもチェック。「ちっ……仲良くポンプが全部停止(トリップ)か!」ヘタレ、「ポンプが冷却剤(ナトリウム)を循環させなければ、炉心も一次冷却系も温度上昇する一方。反応度異常が起きるわけだ! 二次系の断裂も、一次系の異常な高熱が伝わり、一時的に超高温になってしまったため……」はっと気付くヘタレ。「ポンプを再起動しなきゃ!」既に試みていた先輩、首を振る。「……ダメだ。起動システムがブロックされてる」「え……」「誰かがウィルスを流し込むか何かしたんだろ」「一体誰が!? いや、それよりも……」必死に対策を考えるヘタレ。このままでは原子炉が暴走してしまう。
 メインポンプの代わりに何らかの方法で冷却剤を流さなければならないが、予備の高圧注入系では容量が足りない。といってパイプに断裂はなく、温度も上昇しているため、異常な高圧になっており、低圧注入系ではパワーが足りない。
 いい案が浮かばない。「仕方がない……諦めましょう、(上司)さん! 原子炉を緊急停止(スクラム)させましょう!」『緊急停止(スクラム)ですって? しかし……』「これはもう処置なしですよ! 遅かれ速かれ反応度事故を引き起こします!」『分かったわ……原子炉を緊急停止……』「待てよ」と、落ち着いた調子で先輩が止める。「(へたれ)、お前の言うことはいちいちもっとも。最終的にはそれも止むなし。だが……」壁に装着されていた緊急用の手斧を剥ぎ取る先輩。「諦めるのは、ちょいと早いぜ!」一次冷却系のパイプに向かって斧を振り上げる先輩。ヘタレ、「な、何を!?」
 先輩は斧でパイプに穴を空けた。穴から高温の液体ナトリウムが吹き出し、先輩の左半身にかかる。その熱で表面の皮膚が焼けただれる先輩。上司驚き、『圧力が下がった!』ヘタレ、「……そ、そうか! 敢えてパイプを破壊して、冷却剤の逃げ道を作ったんだ! 圧力さえ下げれば、低圧注入系が使えるようになる!」炉心のチェレンコフ光が弱まっていく。炉心温度が下がっているのである。先輩、這うようにナトリウムの噴出から離れながら、「(ヘタレ)! バイパスを作れ! バルブを開くんだっ!」「了解!」ヘタレ、辺りを走り回ってバイパス処理をしていく。それに伴って、噴出していたナトリウムが治まる。
8)
 なんとか応急処置が終わった後、ヘタレは先輩の姿を見て愕然とする。ナトリウムと反応したために人工皮膚が融け、中のメカニックが剥き出しになっている。また、高熱で体があちこち焦げていて、まともに歩けない様子である。
「先輩……」
「あンだよ。そんな顔すんなって。見た目ほど大した怪我じゃねーんだ」
 ヘタレはその無惨な姿を見ながら、悔やんでいた。さっきはほとんど何の役にも立たなかった。原発の管理など誰にでもできる仕事、などと大口を叩いていながらだ。目の前で体をボロボロにしている先輩に、考えさせられることがあったのである。
「見ろよ」先輩、辛うじて動く右手で炉心を指さす。青白いチェレンコフの光が輝いている。ヘタレ、「きれいだ……さっきはあんなに乱暴に輝いてたのに……」「120年前の戦争で、あの光は30万もの人間を焼き尽くした。でも今では、あの光は人間の技術全てを支えてる。あの光はな……命の炎だ」「命の……炎?」「人を殺しもすれば、人を生かしもする。人間の手からはみ出しそうなほど大きな力。俺たちはそれを守ってる。俺はただの機械だが、あれを見てると……不思議と、生きてるって気がするんだ」沈黙するヘタレ。

プロット1~3

ディラックの海

●キャラクター(全員仮名)
先輩:オートマトン。男性30歳前後型。ディラック。
ヘタレ:オートマトン。男性18歳前後型。へたれ。だがプライドは高い。
ファミ子:人間。女性16歳。ファミレスのウェイトレス。
上司:人間。女性25歳。Aの上役、クールビューティ。
代議士:オートマトン。男性40歳前後型。アインシュタイン。AM初の国会議員。

●設定
◆タクシー(自動車)
 電気自動車。街の各所にマイクロウェーブ発信器が取り付けられていて、そこから電力が供給されている。マイクロウェーブが途絶えると、緊急用バッテリーの分しか走れなくなる。
 ラジオ放送はこの時代にもある。タクシーでは、運転手がテレビの画像に目を取られると危険なので、音だけの放送を聞いている。

●プロット
1)
 ファーストシーン。原発事故が起こる。母親らしき女性、半狂乱で原発に飛び込もうとしているが、警官に止められている。事故現場から傷だらけアインシュタインが登場、その腕の中に少女。母親、少女を抱きしめる。アインシュタイン、力尽きて倒れる。
2)
 30年後。タクシー(電気自動車)のラジオで、「ディラック事件」30周年記念番組をやっている。衆議院議員としてインタビューを受けているアインシュタイン。「暴走する世界初のオートマトン、ディラックの手から少女を救った英雄」と紹介される。アインシュタイン、現在のオートマトン政策を語る。タクシーの運転手、ラジオを聞いて、一人で若狭の原発を制御してしまうオートマトンは凄い、と客を褒める。
 客のヘタレ、むすっとして、「凄いのはアインシュタイン議員でしょ。僕は凄くなんかないですよ」ヘタレは本来希望した進路(アインシュタインのように議員になる道)を選ばせて貰えず、製造会社から電力会社に売られた。「発電所の制御だなんて……誰にでもできる仕事なんですよ」その言葉には、自分の力へのプライド、「誰にでもできる」仕事をさせられることへの不満がある。
3)
 貰っていたIDで原発に入るヘタレ。その途中、厳重なゲートの警備(戦闘B級オートマトンなどが配置されている)を描写。人やオートマトンの気配を探すが、静かで誰もいない。建物の中に入る。そこでファミ子とばったり出くわす。ヘタレ「か、かわいい……」と見とれるが、突如ファミ子、胸を押さえて、「うう! く、くーるーしーいー! ばたっ」と倒れる。ヘタレ慌てて近づくが、ファミ子余計に苦しむ。ヘタレ気付く。「まさか……被曝!? 僕のボディが汚染されていた!? まさか!?」「わたしのお腹には三ヶ月になる赤ちゃんがー」「妊婦! まずいぞ、胎児は100mSv程度の線量ですら影響を受ける……とにかく、救急車っ!」
 慌てて電話しようとするヘタレに、後ろから先輩が膝かっくんする。倒れるヘタレ。「こりゃ。落ち着け少年、そいつは仮病だ」ファミ子、元気よく立ち上がる。「よー! ●●ちゃん、こんちわっ!」「おー。今日も出前お疲れさん」「仕事っスから! それはそーと、そこの人。この建物に入るときは、線量計(カウンター)付けなきゃダメですよ? まんいち被曝してたら周りの人も大変なんだから」ファミ子、スカートの腰のところに付けた線量計をヘタレに見せる。鼻を押さえながら立ち上がるヘタレ。内心で(か、かわいくねー!)

シーン3、書き直しすること。
問題点1:先輩のキャラを描くつもりがいつのまにかファミ子のシーンになってる。(仕事っスから! はどこかに入れよう)
問題点2:ヘタレの思考がヘン。自分が汚染されていたと思うのは不自然、この状況なら施設の放射線漏れなどのほうが先に思いつくはず。

2006年05月27日

由美子

『電脳シスデータリンク実験 日曜日にやります
 実験凍空いたヨ ラッキー!! byきょうじゅ』
 ……教授だな、これ書いたの……
 由美子はボリボリと頭を掻きながら、研究室のコルクボードに貼られたメモ書きを剥ぎ取った。実験機材と各種機械、そして無数の本や書類に埋め尽くされたデスクを掻き分ける。ようやくできた猫の額のような隙間で、由美子はメモ書きの修正にとりかかった。
 凍じゃない。棟だ。
 教授にまで上り詰めるとなると、これはもう並大抵の才能ではないわけで……そういう人は、どこか別の部分が致命的に欠けているもんなのだろうか。宮田教授の場合には、それが文章能力であるらしい。
 画鋲で修正したメモを貼り付けていると、ポケットの中で電話がけたたましく鳴り響いた。手早く画鋲を突き刺してしまうと、由美子は嫌そうに通話ボタンを押した。彼女は実のところ、電話が好きではない。理由は……説明せずとも分かる人には分かるだろうし、分からない人には説明したところで理解できまい。
「もしもし?」
『あ、ユーミー? あたしあたし、洋子よーん。今いい?』
「うん、いいけど」
『よかったー。今度の日曜なんだけどさー、コンパやんのよ。最近顔見てないしー、女の子たんないしー、良かったらどーおー?』
「あ、うん! 行こっかな……」
 研究室勤めになってからすっかり疎遠になってしまった、大学時代の友人。由美子は電話が嫌いなことも忘れて、胸を弾ませながら前髪を指でクルクルと回転させていた。が、ふと、さっき自分で貼ったばかりのメモ書きが目に入る。
「……って、ダメじゃん……ごめん、日曜、実験だわ」
『えマージー? 日曜なのにサーイーアークー。大変ねー、ユーミー』
 確かにその通り、大変だ。でも、先手を打ってこう言われてしまうと、自分の中にあった不満が流し清められていくのだ。洋子はそういう不思議な才能を持った子だった。人の怒り、悲しみ、嫉妬や不満、といったドロドロした感情を、綺麗に洗い流してしまう特別な才能。
 由美子は、たっぷりと他愛もない話に興じてから、名残惜しそうに電話を切った。
 大学の研究員なんていうのは、友人と会うことも出来ない、昼夜逆転のヤクザな仕事である。しかし今度の実験は、自分だって待望していた、画期的なものだ。自分の望みを叶えるためにどうしても必要な実験。
 がんばるぞ、由美子。
 気合いを入れ直すと、由美子は急に声を張り上げた。
「ウィル、起きてる?」
 やがて研究室の奥の方で、ヴヴン……という、ブラウン管が起動するときのような低い音が響いた。どうやら起きていたらしい。由美子は思わず笑顔を浮かべながら、音のした衝立の後ろを覗き込んだ。
『おはようございます、由美子さん。あ、時間的にはもう夕方かな』
 美しい――
 夕日に横顔を照らす青年を見つめ、由美子は呼吸さえ忘れた。中性的なほっそりした顔つき。知性煌めく瞳。唇は薄く、微かに震えているのは、何事か伝えようとしているのか、あるいは由美子を誘っているのか……
 由美子ははっとして、急に自分の身なりを顧みた。ヨレヨレのトレーナーの上から、シミのある白衣を羽織り、もう夕方で髪のセットも乱れがちになり、お化粧に至っては……ああ、顔面崩壊。
『いいんですよ、由美子さん。乱れた姿は、一日頑張って働いたという、勲章のようなものです。僕は好きです』
「お世辞言って!」
『本心です』
 頭の中を見透かしたかのように青年が――ウィルが言う。かあっと顔が熱くなり、由美子は嬉しさを押し隠そうと努力しながら、デスクの上に腰を下ろした。無性にウィルに触れたかった。由美子の手がそっと伸びて――
 ウィルの体を、僅かな抵抗すらなく突き抜けた。
 途端に現実が由美子を襲う。そう。美しい恋人は幻。何もない虚空が現実……
 ウィルは人間ではない。オートマトン……もっと正確に言えば、一個の電脳、電子頭脳である。だから、由美子の目の前にいる彼は実在のボディではない。ホログラフとして自分のイメージを投影しているに過ぎないのだ。
『ね……シスリンクの実験、日曜に出来るんでしょう?』
「そうみたい。今晩は徹夜かもね。教授と打ち合わせで」
『そっか……そうなんだ! 由美子さん、実験が成功したら、僕……!』
 ゆっくりと、だが確信を込めて、由美子は首を縦に振った。
「うん。きっと……有機ボディを作ることができるよ」
 有機ボディ。それこそが、この研究室が十数年に渡って研究し続けてきた、最大のテーマなのだった。
 通常のオートマトンは機械の延長であり、ボディの素材は基本的に金属。有機プラスティックや結晶などは、部分的に用いられるに過ぎない。だがこの研究室が作ろうとしているのは、その常識を覆す全く新型のボディ。人間と全く同じ、タンパク質を主構成要素とする有機体のボディを持つオートマトンなのである。
 ウィルはその為に作られた実験電脳だった。有機体のボディにリンクする前提で作られたため、通常のオートマトンのボディとは接続できず、ずっと頭脳だけの状態にされていたのだ。
『そっかあ……ようやく僕も感じられるんだ。みんなが見ているという世界……聞いているという音……太陽の温もり、風の手触り、人の肌の繊細さ……
 どんな感じなんだろう。きっと、僕が機械の眼や耳で感じた感覚とは、全然違うんでしょうね? 「リアル」って、すごく暖かいもののような気がするんです!』
 ホログラフの眼をきらきらと輝かせて、ウィルは言った。彼の胸の中に……いや、頭の中にはどれだけの憧れが詰まっているのだろう。開発の過程で、ウィルは自分自身の終着点……研究のゴールについて、何度となく聞かされてきたはずだ。教授や助教授たちが、自分の情熱を込めて語ったに違いない。
 その反動なのか、ウィルは機械の自分が感じているものは全て「幻想」で、生身の体で感じるものだけが「現実」だと信じ込んでいる。その盲信は、ひょっとしたら、近い将来、五月病に似た大きな失望感を彼に与えるかもしれない。そのことだけが由美子は気がかりだった。
 しかし……それよりも、今は。
「絶対、あたしがボディを作ってあげるから。ね、ウィル」
『お願いします、由美子さん!
 それでその、僕……』
「ん?」
 ウィルは僅かにはにかんで、
『僕、ボディを手に入れたら、一番最初に由美子さんに触りたいんです。触らせてください』
 率直な、あまりにも率直な気持ちを言葉にして、幻想の恋人は由美子に擦り寄った。由美子はたまらなくなって、瞼を閉じながら大きく腕を広げた。由美子には分かる。自分の胸の中に、ウィルが飛び込んでくるのが。ウィルの腕が、華奢な外見には似合わない力強さで、自分を抱いているのが。
 心が通じ合えば、幻想さえ現実になる……
「うん……触ってね、ウィル」
 夕日の差し込む研究室の片隅で、二人は心ゆくまで互いの温もりを味わっていた。

(終)

2006年05月25日

サンダーバード 3

 ざわめきが――吸い込まれていく。
 超音速の亜空間に飛び込んだのでもない。それはどころか、まだスタートさえしていない。なのに、周囲はこぢんまりとした、しかし堅牢なシェルターに包まれていた。圧縮され、減衰し、ついには虚無の中へと潰え去る、ありとあらゆる音。
 この静寂の中に、奴とただ二人。
「よぉ。相変わらず愛想のねえ奴だな、カメラに手くらい振ってやれよ」
「遅い者には何の価値もない。価値のない者に気を遣う義理もない」
 サンダーバードの軽口に、八咫鴉は淡々と応えた。
「私にとって価値があるのは……サンダーバード。貴様だけだ」
 ふっ、とサンダーバードは鼻で笑う。これじゃあまるで愛の告白じゃないか。しかしよくよく考えてみれば、自分も似たようなものかもしれない。八咫鴉の眼は、この勝負に勝つこと以外の何にも向くことがない。そう、自分と同じだ。自分はただ……八咫鴉よりちょっとばかり人間が好きというだけのこと。
 お互いに。
 この時のためだけに、生まれてきたのだ。
「嬉しくって涙が出らァ」
 心底嬉しそうに言いながら、サンダーバードはスタート・ポールの上に立ち上がった。
「今日こそてめえに勝つ!」
「私の台詞だ!」
 瞬間、音が弾けて二人だけの世界は砕け散った。蘇ったざわめきに身を晒し、二人の戦士は真っ直ぐ前だけを見つめて立ち尽くす。出走準備は一通り終わったようだ。目の前のビルの中で、赤い光の眼が爛々とこちらを睨んでいる。あれが緑に変わったとき、勝負の幕が切って落とされるのだ。
『それではレッドライドを開始します! 発進3秒前……』
 ひぃん……
 無数のCIエンジンが、美しい旋律を奏でる。ジェットブースターに火が点り、脚部のフロートシャフトが唸りを上げ、オートマトンたちの放つ熱気が陽炎の中に景色を融かす。
『2……』
 サンダーバードは身を屈め、八咫鴉は大きく翼を開き、
『1……!』
 大空へ、
『GO!!』
 どごがぁぁああん!!
 いきなり爆発するスタート地点。
「うおわあああああ!?」
「ぬええええええっ!?」
 情けない悲鳴を挙げながら、その場にいた全てのオートマトンが爆風に吹き飛ばされて、地面やらビルやらに叩きつけられる。サンダーバードも鼻先から思いっきり地面に墜落し、しばらく痙攣しながら悶えていたが、やがてがばっと体を起こした。
「なっ……なんだ!?」
 ……と。
『ゴォールッ! 優勝は、ゼッケン3番ワームウッドさんでーすっ!!』
 ……………。
 しばし呆然と虚空を見上げていたが、ようやくサンダーバードはアナウンスの意味を理解した。
「なっ!?」
「何だとおぉぉぉぉっ!?」
 サンダーバードを押し退けながら絶叫したのは、他でもない八咫鴉である。奴もサンダーバードと同じく吹っ飛ばされたらしく、全身泥だらけの満身創痍。無理に軽量化したボディにあの爆発は効いたのか、サンダーバードの肩を掴んだその腕が、耳を塞ぎたくなるような嫌ーな音と共にもげてしまった。
「うお!? 八咫鴉お前、腕! 腕!」
「そんなことはどーでもいい! 一体コレは……」
『タイムは3秒47!』
「うそつけえっ!? それワープかなんかしてんじゃねーのか!?」
『瞬間最高時速はマッハ15! いやー凄いですねワームウッドさん、今のご気分は?』
『最高です!』
 ……最悪だ。
 サンダーバードは、まるでCIエンジンが止まってしまったかのように、力なくその場にへたり込んだ。もう立っていることはおろか、指一本動かすことも、瞬き一つすることさえもできそうになかった。
「わ……わ……私が……」
 サンダーバードの隣で生ける屍と化した八咫鴉が、かすれた声を挙げる。
「私が今で全てを捧げてきたのは……何だったんだあーっ……」
 ぴしっ。
 ……またしても、嫌な音。
 八咫鴉の全身に稲妻のようなひび割れが走り、次の瞬間彼のボディはガラガラと音を立てて砕け散った。やばい! と思うが早いか、サンダーバードは残った力の全てを使い、八咫鴉の頭部をキャッチする。
 ま……気持ちは分かる。今は好きなだけ砕けさせておいてやろう……どうせ、電脳さえ生きていればボディはどうとでもなるのだ。
 今度こそ全ての力を使い果たしたサンダーバードは、お腹に憎たらしい八咫鴉の頭を抱え、ばたりと仰向けに倒れ込んだのだった。

 正座して話を聞いていた椎也は、顔中からダラダラと汗を垂れ流していた。ボディ内部の冷却循環系だけでは電脳の加熱を処理しきれず、ついに外にまで冷却液を放出し始めたのである。
 いかん。まづい。どうする。
 どうするもこうするもない!
 椎也はやおらがばりと土下座した。
「し、知らぬこととはいえ、その節はなんとも失礼を……」
「あー。いーっていーって。別にお前を責めたってしょーがねえだろうが」
 半分うんざりした口調で言いながら、サンダーバードはパタパタ手を振った。……まあ、鬼のシゴキをやってるときの半分くらいは「テメーあの時はよくも!」とか思っていたのも事実だが、それはナイショにしておいて。
 そんなサンダーバードの心情も知らず、恐る恐る顔を上げながら、恐る恐る椎也は聞いた。
「あの……それから、どうなったんですか?」
「アホらしくなったわい!」
 サンダーバードは腕を組み、コンクリートの壁に背中を預けると、
「ワームウッドのヤロウは、それまでの最高タイムを30分の1に縮めちまったんだ。散々苦労してコンマ何秒を競うなんざ、もう馬鹿馬鹿しくってやってられねえよ。
 ……ま、でもな。悪いことばかりでもないんだぜ」
 と言うと、サンダーバードは左腕を動かして見せた。彼の左腕は異形のハイパワーアーム……人間に似せることを無視した代わりに、通常の腕部とは比較にならないパワーを出すことが出来る腕である。
「おかげで俺は速さ以外のことにも目が向くようになった。ひたすらピーキーに速さを高めていくんじゃなく、今持っている速さをもっと有効に使うにはどうすりゃいいか、ってことに考えが回るようになったのさ」
「それが……その腕なんですか」
「おうよ。軍でも災害救助でも警察でも、早く現場に駆けつけりゃいいってもんでもない。助けなきゃいけない人が瓦礫の下にいたら? 道が塞がれてたら? 役に立ちそうだろ。
 他にも色々やったぜ。視力上げてみたり、慣れねえ勉強やってみたり……そういう意味じゃあ」
 サンダーバードの左手が椎也の頭を撫でた。その肌触りは固い。だが……
「感謝してるって言ってもいい」
 やけに温かかった。