ARMORED CORE 炎-FEUER-
エピローグ 明日へ -Hop into the NEXT-
降り注ぐ光を浴びて、真紅の装甲が輝き放つ。
賑やかに人々が駆け回る大通りの上を、ペンユウは一直線に飛び越えた。その太い右腕には、重たそうな建材がごっそり一束、抱えられている。なにぶん、空を飛ぶのもビルに登るのも自由自在の便利な機械である。こうして戦争がなくなれば、工事現場に駆り出されるのは必然と言えた。
ついでに言えば、斬られたペンユウの右腕は、前に回収したラ・イールの部品で補っている。おかげで左右ちぐはぐなのだが、それもまた、味というものだろう。と、少なくともフォイエは納得している。
「えーっと……これは市庁舎ビルの一番上、と……」
モニタの表示を確認しながら、フォイエはうえっ、と顔をしかめた。
「……あたしが壊したとこだわ……」
あれから、はや半月。
フォイエとカジュは、シングの店をたたみ、正式にキャルビン専属のリンクスとなった。とはいえ、あれからというものオーメル社もすっかりなりをひそめ、他の企業もまた、オーメルの切り札を下したフォイエに恐れをなしたか、今のところは大人しくしている。
で、仕事のない二人は、こうして街の復興を手伝いつつ、手の空いた時には臨時の粥屋台をやったりしている。これがなかなかどうして、街中で評判の味、わざわざシングの常連が食べに来るというから驚きだ。
「……お!」
デューイは、建材を配り終えて戻ってくるペンユウを眺めながら、ぽんっと手を打った。
「いっそインスタント食品にして売り出すか?」
「抜け目ないね……」
デューイの足下で、うんざりしてるんだか感心してるんだかも分からない、いつものぼやついた声を挙げたのは、言うまでもなくカジュである。彼女は小さな体に厚手の作業着を纏い、頭にはヘルメット、手には青写真を抱え、工事現場の様子をつぶさに監督していた。なんでも、建築士の免許もあるとか、なんとか。万能少女もいいとこである。
と、そんな二人の目の前に、ペンユウの巨体が降り立った。コックピットハッチが開き、脳天気なフォイエが顔を出す。
「ねー! 次どこー?」
「次はそっちの山をドームの……」
言いかけたデューイの耳に、裏返った声が聞こえてきた。
「し……市長ォー! 大変ですっ!」
ぴくり。
カジュの眉が動いた。
――このパターンは……
――やっぱり。
カジュはぼんやりと、目の前に倒れた一人の男を見下ろしていた。見るからに貧相で、服はボロボロ、あっちこっちに乾いた血の染みまで見える。どうやら、余所のコロニーから流れ着いた難民らしい。
となれば、次に起こることは決まっている。
フォイエが真っ先に男を抱き上げ、あれやこれやと、熱心に介抱するわけだ。
「大丈夫? あんた……どこから来たの?」
「アーミテジ……シティ……」
もうすっかり流れを読み切っていたカジュは、フォイエが首を回して質問するより先に答えた。さすが、二人は一人である。
「西の方のコロニーだよ。人口は……なんか、前にも言ったね、こんなこと……」
「ローゼンタールが……侵攻を……うっ!」
「ほらね……」
ぽりぽり頭を掻いてるカジュの姿も、フォイエにはどーせ見えちゃいまい。案の定、フォイエは目に炎なんぞ燃やしつつ、
「分かったわ! すぐ救援に行ってあげる。あたしに任せときなさいっ!」
「はいはい……そーくると思ったよ。んじゃ、行こか……」
「ちょっと待った!」
が、以前と違うところが一つ。
それは、以前難民役をやっていたデューイその人が、今はピンピンしてフォイエの後ろに立っていることである。
「おいお前! そーゆー手でウチの傭兵をタダ働きさせようったって、そうはいかん」
「ちょっとちょっと、デューイ……」
「だいたいその血も本物かどうか怪しいもんだ。カジュ、舐めてみろ!」
「うん……」
言われるままに、赤い染みに指を這わせて、ぺろり。
びびびっ、とカジュの脳天に電流が奔った。
「……豆板醤だね……」
「ほら見たことか。だいたいフォイエ、お前はお人好しすぎるんだ!」
「あんた自分の行動さしおいてそーゆーこと言う?」
「俺はいいんだよ、最初だから。だが二番煎じはいかん」
「見事な正当化だね……ほれぼれするよ……」
「とにかく、そこのお前!」
フォイエを押し退け、デューイが難民もどきに詰め寄った。さっきまで倒れて苦しそうに呻いていた男が、その気迫に押されたか、震え上がりながら飛び起きて、たじたじと後ずさる。
「アーミテジシティといえば、ウランの採掘で有名な街だ。長年のエネルギー産業で溜め込んだ財産は相当なものだと聞く」
「あ、はあ……」
「はあ、じゃないだろ? ああん?」
「あっ! は! はい! その!」
頭をぐりぐり押さえつけるデューイに、すっかり男は怯えてしまったらしい。あの苦しみようが嘘のようにピンと背筋を伸ばして、
「に、に、に、2000テラジュールほどで!」
「フォイエ」
「なに?」
「ペンユウで踏み潰そう」
「ひー!? さ、3000!」
「8000」
「せめて5000!」
「8000」
「6000……」
「8000。」
……………。
「8000でいいです……」
「よし、勝った」
「まるで喋るネクストのようだね……」
今度はフォイエが頭を掻く番だった。とりあえず、話はまとまったようである。フォイエとしては、別に報酬がどうこうとかはどうでもいいのだが、キャルビン専属となった今ではそうもいくまい。頼りになる交渉役も、いるようだし。
「そんじゃ、ぱっと行って、ぱぱっと片付けてくるわ」
「おう。死ぬなよ」
見送るデューイに、親指立ててウィンク一つ。
カジュと二人、すっくと力強く立ち上がる。
「行くわよ、カジュ!」
「うんっ」
太陽の下、二人を乗せて、真紅の巨人が舞い上がった。
(終)