真・地下都市的戦闘戯曲

OPERATION No.1

-夏の恐怖-


「あつぅ〜い…」
短髪の女性が、だらしなく床に寝そべっていた。
「我慢しろよ…エアコンぶっ壊したの、お前だろ…」
長い髪を(前髪ごと)後ろで結んだ、男も、喋ることすら面倒くさそうに言う。
「何よ!リモコンをあんな場所に置いておくのが悪いんでしょお!?」
「リモコン床に落としたのも!コケて踏み壊したのも、お前だろうがぁッ!」
男が叫びながら立ちあが…らずに、その場に座り込んだ。
「はぁやめだやめ…暑いしな。さて、今日の当番はお前だろ。飯作れ。」
「え、あたしだっけ?」
「そうだよ。そうめんかなんかがいいな。」
「このくそ暑いのにあたしにそうめんなんか茹でろっての?」
「そんなの知るかよ…俺、ガレージで涼んでくる。」
「あ、逃げるな!」

男が家を出て、あまりの暑さにフラッと倒れそうになるのを抑えて歩き出した。
とは言っても、すぐ横にある大型の車庫に行くだけだが。
ガレージの前に着き、手袋を付けて入り口のシャッターを上げる。案の定、取っ手はかなりの熱を帯びていた。
「ふぅっ、ここは風通しが良くて気分いいぜ…」
男は手袋を外してその辺に放り投げると、ふと何かを思いつき…そのガレージの面積の大半を占めている物体に向かって歩き出した。
その物体は…男の所有するアーマード・コア、中量2脚タイプに分類される【ベルネイル】である。
男は軽い身のこなしでベルネイルに飛び乗ると、コアのハッチを開けてコクピットに乗り込んだ。
ハッチをキッチリ閉め、メイン電源を入れ…中のエアコンをガンガンに効かせ始めた。
「はぁ〜…極楽極楽…」
恍惚の表情で冷気を全身に浴びていると、その気分を台無しにするメールの着信音が耳に飛び込んできた。
「あんだ?依頼か…」
その依頼は…目を疑うような内容であった。

 

レイヴン撃破
前払報酬:0C
成功報酬:100000C
作戦領域:アイザックシティ・ビアス・アリーナ
  敵戦力:AC×1
成功条件:敵ACの撃破
あるレイヴンと戦って欲しい。
場所はアイザックシティの郊外、ビアス氏の個人運営アリーナの戦闘場だ。
そのレイヴンは真夜中、日付の変更と同時に現れる、それを撃破してくれ。
報酬は十分の筈だ。では、よろしく頼む。

 

「じゅ…100000C!?」
慌てて、報酬金額の桁を数え直す。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん…間違いない、100000Cだ…」
迷い無く、男はキーを叩いて【契約】した。
同時に、そのアリーナの位置を示すシティのブロック座標が送信されてくる。
「ククククク…100000もありゃあ、アレが買えるな…」
男は、満足げに呟いて、喜びのダンスを踊るべくACの外へと出た。
女の呼び声が聞こえてきたのは、ちょうどその時だった。
「銀次、ゴハンできたよー!銀次ー!」
「その名前で呼ぶなっつってんだろうがぁぁぁッ!!!」
男…柳川銀次はACから飛び降りると、逃げる女を追った。

銀次が仏頂面でそうめんを貪っていると、ちゃぶ台テーブルを挟んで向かいに座る女性…エレン・ヴェンタが唐突に言った。
「そういやさ、あんたのランキングが繰り上げで20位になったよ。」
「あ?」
「なんかさ、7位の…なんとかベックっていうレイヴンがアリーナで事故死したらしくってね。
8位以下のランキングは一人ずつ繰り上げ。」
「ふ〜ん…」
銀次がちゅるんとそうめんをすすると、つゆがはねてエレンの顔についた。
「うわ、汚ね!」
エレンは、さも嫌そうな顔をして顔にかかったつゆを拭った。
「そんなに汚くないだろ…」
「うっさい!」
銀次は自分の分のそうめんを平らげると、乱暴に立ち上がった。
「今日は夜に依頼があるから…今から寝溜めしとく。」
「せめて片付けぐらい手伝いなさいよ、せめて。」
銀次はそれを無視して寝室へと向かい、エレンは文句を言いながらも皿を流し台まで運び、慣れた手つきでてきぱきと洗い始めた。

「ふぅー」
エレンはエプロンの裾で額の汗を拭うと、それを脱ぎ捨てた。
さらにテーブルの上にあったマネーカードを手に取り、そのまま寝室のドアを開ける。
「銀次ー、私買い物行くけど、なんか夕食のリクエストある!?」
「………」
耳を澄ますと、規則的な寝息が聞こえてくる。どうやら、熟睡しているようだ。
「ったく…5分足らずで熟睡とは…」
エレンは痛む頭を抑えながら、サンダルを履いて外へ出て鍵を閉め、のんびりと歩き出した。

─30分後─

「よいしょっと」
エレンは、帰るとすぐに冷蔵庫に買ってきた食料品をしまい込んだ。
「あ〜あ…銀次はまだ寝てるか。」
やることも別にないので、エレンはテレビのスイッチを入れて寝転んだ。
勿論、右手には今さっき買ってきた煎餅の袋が握られている。

余談だが、彼女は最近1.5キロ太ったらしい。余談であった。

『さぁて、始まりましたアイザック・マスター・アリーナ第3戦、今回のカードは[ミラージュ]の[サンドストーカー]対…』
ピッ
『今週の期待の新製品は!あのジオ・マトリクス社の新型フロート…』
ピッ
『わぁ、助けてよドラゑもん、ヂャイアンがいじめるんだ!』
『しょうがないなぁのう゛ぃ太くんは。(ゴソゴソ)カ〜ラ〜サ〜ワ〜マ〜ク2〜!
これはね、威力・弾数・連射力全てにおいて優れたレーザーライフルなんだよ。ヂャイアンごとき一撃で木っ端微塵さ!』
『そりゃやばいって!その前にこれ重くて持てないよ!』
『う〜ん、仕方ない、あきらめよう!』
ピッ

左手のリモコンで、適当にチャンネルを変えていくが…どれも彼女の興味を引くものではなかった。
『では、続いて先日起こったアリーナでの謎の爆発事故についての速報です。』
仕方なくニュースにチャンネルを合わせたところ、ようやく面白そうなものを見つけた。
『アイザック有数の富豪ビアス氏の運営する個人アリーナのチャンピオンが先日、
試合中の謎の機体爆発事故によって命を落としました。
この選手はマスターアリーナでも十分通用すると言われるその圧倒的な実力で3年間連続でリーグ戦を勝ち抜いていたため、
それを妬んだ他のレイヴンによる犯行ではないかという見解も強まっています。なお、アイザック・ガード側では…』
「ああ、こいつの事か。普通のアリーナでも上位につけてたのか…強いわけだ。」
バリバリ。
エレンは煎餅を噛み砕くと、テレビを消して…座布団を3枚並べて床に敷き、タオルケットをかけて昼寝を開始した。

余談だが、彼女は最近1.5キロ太ったらしい。余談であった。


アリーナのドーム中央に、1機の軽量2脚型ACが立っていた。
『ウィーベック!聞こえるか、ウィーベック!』
「おう、聞こえるぞ!今日の【センダック】の仕上がりはバッチリだ、心配はいらない!」
『ウィーベック、試合は終わったんだ…センダックをハンガーに戻せ!』
「終わった?なに寝ぼけてやがるんだ、試合はまだ始まってもいないぜ!?」
『センダックを戻すんだ…これは命令だぞ!』
「戦う前に戻れだと、いくらなんでも聞けないぜ!顔を洗って出直してこい!…っと、あれが今日の対戦相手か!」
ドームの反対側に、中量2脚AC【ベルネイル】がリフトで運ばれてくる。

「おっと…お前が100000Cのタネってわけだな。」
「あん?なにワケのわからねぇこと言ってやがるんだ、そろそろ試合開始だぜ!」
「試合…?まぁどうでもいい、この柳川に勝てると思ってるのかよ!」
「ケッ!俺のAPを3桁以上減らしたらウィーベック様と呼ぶことを許可してやるよ。」

READY GO!!

何処からともなく響いた試合開始の合図と同時に、2機がそれぞれ中央に向かってブーストで加速を開始した。

「これでも、食らえ!」
先に攻撃を行ったのは、ウィーベックの乗るセンダックだった。
センダックの両肩に装備されたミサイル・ポッドから6発のミサイルが煙の尾を引いて飛び出し、
弧を描いて銀次のベルネイルに向かって行った。
「ヘッ!こんなモンに当たるかよ!」
銀次はスティックを倒し、ベルネイルの進行方向を真横に変更する。
6発の内3発が床に当たって爆発し、残り3発はコアの迎撃機銃によって無力化した。

次の瞬間、銀次は我が目を疑った。
ミサイルの爆風が晴れると同時に、センダックが目の前に現れたのだ。
「貰ったぞ!」
叫び声と同時に、センダックの左腕が振り下ろされる。LS-99-MOONLIGHTの光の刃が、ベルネイルの装甲を灼き切った。
「ぐおおっ!」
銀次が、体にかかった予想以上の衝撃に呻いた。
ブレードの反動で、ベルネイルのボディは空中に浮き上がるほどの衝撃を受けたのだ。
「あの一瞬で接近して斬るとは…流石だな!」
「ケケケ、お前もなかなかやるじゃ無ぇか。」
センダックのコアが、少しだが歪んでいた。
ベルネイルは斬撃を受ける瞬間ライフルをコアに向けて撃ち、本当に僅かな反動で、だがブレードで食らう傷を浅くしたのだ。
再び、センダックはブーストを吹かしてベルネイルに接近した。

『あのレイヴンは…!?』
『知らん…しかし、あの距離で反撃をするか…やれるかも知れないな…』

「おっと、そう何度もブレードを食らって堪るか!」
ベルネイルのブースターが火を噴き、センダックから逃げるように背後へ向けて加速した。
「野郎、逃げるんじゃぁねぇ!」
センダックは、右腕のハンドガンを連射するが…距離を離しながら左右に移動するベルネイルには一発も当たらない。
かわりにベルネイルの左肩のミサイルポッドが開き、真後ろにミサイルが4発発射された。
「垂直ミサイル…!?そうか、バックダッシュの体制から撃ったのか!」
WM-SMSS24が、本来の垂直落下ではなく…角度の低い、やや上方からの水平弾道を描いてセンダックに襲いかかった。
センダックは前進を止め、ジャンプしてミサイルと同高度まで上昇すると、コア機銃でミサイルを全て叩き落とした。
すると…爆炎に紛れて、黒い機体が姿を現した。
「手前、俺と同じ事を!?」
「くたばれ!」
ベルネイルも、先程のセンダックと同じ…蒼い刃を発生させ、センダックを薙ぎ払った。
「ぐうっ!」
センダックの軽量級の機体は反動で地面に叩きつけられた。まさに、先程の接触の再現だ。
着地したベルネイルは、そのまま再びブレードを振り上げて追撃を行おうとしたが、その時。

ダンッ!ダンダンッ!

「何だ!?」
銀次は、自機にかかる衝撃に耐えながらもブースターを吹かし、真後ろに向かって移動した。
弾幕から逃れると、先程自分がいた場所をブレードが通り抜けていくのが見えた。
「成る程な…俺の追撃ブレードをハンドガンの反動で止め、さらに反撃まで…」
「避けたか…感のいい奴!」
ブレードが空を切ったことを確認したウィーベックは、その体勢からセンダックを再び飛び上がらせる。
ベルネイルもブースターを全開で吹かしてバックダッシュするが、軽量級と中量級、言うまでもなく見る見るうちに差が詰まっていった。
「やっぱ、一筋縄じゃあいかねぇか…」
銀次はスティックを握りなおし、挨拶代わりに一発だけライフルを放った。
センダックはそれを左側にダッシュして避け、そのまま浮き上がった。
「浮いた!?しまった、『固め』か!」
「その通り!」
再び3発散弾がベルネイルの機体を打ち付け、反動で地面に叩きつけていた。
空中からの攻撃のため、ブースターで逃れようにも上手く機体制御が効かない。
これは『固め』という、ハンドガン…特にHG-1というハンドガンを使うレイヴンによく見られるテクニックだ。
達人が使用すると、余程対策に気を使ったセッティングでない限り、一度食らってしまったら殆どの確率で最後まで技が決まってしまう。
勿論、銀次のベルネイルも例外ではなかった。
「このまま装甲を削って、斬り殺してやるぜ!」
センダックのコクピットモニタの隅、相手機体のAPには「2038」と表示されていた。
「頃合いか…死ね!」
「そうは…行くか!」
センダックが斬りかかろうとして落下してきた瞬間、ベルネイルは「安定射撃姿勢をとらずに」リニアガンを撃った。
2脚系ACはキャノン武器を発射するときは、その安定性の悪さ故に膝立ちの姿勢をとってから発射しなくてはならない。
当然…そのままの姿勢で撃てば、反動で大きく後ろに吹き飛ばされる。下手をすれば、転倒もあり得る。
しかし、銀次はその反動による吹っ飛びを『固め』脱出に利用したのだ。

反動で後ろに吹き飛んだ物の運良く転倒を免れたベルネイルは、武器をライフルに切り替える。
「今度は、俺の番だな!」
「しまった!」
斬る対象を見失って、ブースターで落下速度を緩和するのも忘れてそのままの状態で着地してしまったセンダックは、
脚部に非常に強い圧力がかかってしまい…一瞬、硬直した。

その一瞬は、ベルネイルのライフルが装甲を削り、止めのブレードが振り下ろされるまでの時間にするならば…充分だった。

 

アリーナの壁に、煙を噴いたACが寄りかかるようにして立っていた。
「正気かよ、お前…」
銀次のベルネイルへ、ウィーベックからの通信が入った。
声に混じって、アーマーロウ時のピーピーという警告音が聞こえてくる。
「さーね、勝てたからいいのさ!」
銀次は、声高らかに笑った。

ボンッ!

その時、センダックの左腕が爆発と共に床に落ちた。
「おっと、笑ってる場合じゃねぇな。お前がどこのレイヴンかは知らないが、とっとと戻って修理しろよ。
しかし、その機体の修理費、いくらかかるかなぁ?俺はお前を倒した賞金が出るから万々歳だけどな。ひゃははははははは!」
「修理はいい…」
「あ?」
銀次は、ウィーベックの声が変わったのを感じた。
先程までの、戦うことが本当に嬉しそうな声…自分によく似た声、とは違う。
現実感のない、乾いた声…
「俺のセンダックを直せる修理屋なんていねぇのさ」
「何言ってやがるんだ?」
「鈍い野郎だな…それともニュース見てないのか?」
「だからさっきから何言ってんだよ。ホラ、腕のいい修理屋知ってるからそこ行くか?」
「本当に目出度い野郎だ…最後に戦ったのがお前だなんて、情けなくて涙が…出る…」

フッ

「な…!?」
センダックは、突如その姿を消した。
見間違いなどではない…その場から、本当に「消えた」のだ。
「な、な、な!?」
銀次は、ウィーベックの言葉を混乱しつつある頭で整理していた。
ついでに、エレンが言った事も…さらには今日ここに来る途中に聞いたラジオの内容も…

 

『ニュース見てないのか』
『7位のレイヴンが死んで、ランキング繰り上げに』
『ビアス・アリーナのチャンピオンが事故死、その選手はアイザックアリーナでも上位にランクインしており…』

 

そこまでを理解した柳川銀次の脳裏には、ある漢字一文字が浮かび上がってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っぎゃあああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」

 

 

アイザックアリーナ所属のレイヴン柳川銀次は、生前のウィーベックのアリーナ・サポート・スタッフ達の手によって保護された。
発見時の報告によると、「うしろのしょうめんだぁれって、うしろのまえにいるやつっていったらじぶんのことじゃねぇかよなにいってやがるんだ」
等と意味不明の言葉を繰り返し繰り返し口走っていたらしい。

彼は、この事件から数ヶ月…アリーナへの出場と、暗いところでの依頼を極力避けたとの事だ。

THE END


書いた人:カプリッケ
Copyright(C)1994-2001 FromSoftware<Japan>,Inc. All rights reserved