均衡のとれた幸福感のある世界の秩序を創り出すことを目指して
-ジオ・マトリクスの2人-
前編
〜浮き足立つっていう言葉を知っていますか?〜
登場人物
リオン(18)
ジオマトリクス社のエンジニア兼テストパイロット。根暗。オタク。特技はAC操縦と現実逃避。
ヘレン(21)
ジオマトリクス社の技術開発課課長兼現場監督(?)で、リオンの上司。年下好き。2年前に、細腕を細胞と読み間違えて大恥をかく。
僕の名はリオン。ジオマトリクス社のエンジニアやってる。
最近、僕は忙しい。
最近、本社の方で新パーツ開発を急がせてるらしく、本社研究施設から送られてきた試作パーツ完成のために僕ら技術者はこの研究所に全員カンヅメ。
しかもそのパーツが前代未聞の粗悪品で、動作面で安定性がもう「やれやれだぜ」な程不安定極まりなく、
やれ動作チェックやらやれ姿勢制御テストだとかでもうクタクタだ。
完成さえすればかなりの高機能が実現できるんだけどな…
ま、と言うわけで僕は残り少ない休憩時間を有効利用するために、取り敢えず缶コーヒーを買いに休憩所へ向かった。
休憩所に着き、不気味に蠢き時折動いて虫を捕食する観葉食虫植物を横目で見ながら、自動販売機の前へ足を進めた。
そして、お気に入りの銘柄のコーヒーが売り切れでないことを確認し、財布から硬貨を取り出す。
そこで僕は重大なことに気が付いた。
「小銭が足りない…」
僕の財布の中には、今全部入れた小銭の他には1000C札が1枚しか入っていない。
僕はこの千コーム札を崩すと、絶対釣り銭をどっかでを無意味に使ってしまうタイプの人間なので、隣の両替機を使うと言う案は否決。
コーヒーを諦める…ここで諦められるかッ!で、否決。
「う〜〜〜〜〜ん…」
僕が無い脳細胞を全力稼働させて唸っていると、背後から声を掛けられた。
「リオン君、どうしたの?」
通路側から書類の束を持ってこちらを見ているのは、上司のヘレンさん(21・独身)だった。
彼女には入社してからお世話になりっぱなしで、いつか恩を返そうと思ってはや1年。
度の厚いメガネの奥で一体何を考えているのか!?…という感じの女性だ。
「いえ、コーヒー買おうと思ったら小銭が…」
「あら、じゃあ私が奢ってあげようか?」
「え、悪いですよ、そんな!」
「いいのよ別に。たかがコーヒー代奢るのが苦しいほど貧乏じゃないし。」
僕もコーヒー代払うのが苦しいほど貧乏じゃないんだが。
「確か…君が好きなのはコレでしょ?」
チャリンチャリン…ピッ、ゴトッ。
「あ…」
「ほら、冷めるわよ」
そう簡単には冷めないと思う。
「あ…ありがとうございます。」
「いいのよ別に。それより、もうすぐ休憩時間終わるわよ。」
彼女はそう言って、反対側の通路に消えた。
冷静な思考とは裏腹に、今僕の顔は真っ赤になっているだろう。
ツノをつければ通常の3倍のスピードで動けると思う。動かないけど。
とりあえず、僕は渡された缶のフタを開けると、一気に飲み干した。
何故かコーンスープだった。(しかも冷えてる)
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「ほらほら、次は姿勢制御ブースターの調整だよ!のんびりやってる暇はないからね!」
ヘレンさんが檄を飛ばす。
僕は、テストパーツの最終調整に参加していた。
取り敢えず、テスト用ACの胴体部分の調整をしていた。(新パーツは脚部なので)
テスト用機体の左腕、ブレード接続部分をチェックしているとき、館内放送が入った、
『第5開発課所属のリオンさん、直ちに所長室までお越し下さい…次いで連絡があります、休憩室の自動販売機を破壊した勤務員は直ちに自首して下さい…』
所長室?なんか用なのかな?
「おーい、呼ばれたから行くけど、オーバードブースト機構の最終チェックがまだ終わってないんだけど…」
「あ、私がやっときますから。」
新入社員の1人に継ぎを頼み、僕は所長室へと向かった。
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「失礼します」
「やぁ、リオン君」
「何かご用でしょうか?」
「いやいや…ちょっと聞きたいことがあってね」
「何か?」
そう言うと、額の後退が著しい中年の上司は、臭い息を吹きかけながら訪ねてきた。
「ヘレン課長には、恋人はいるのかな?」
「は?」
「いや…だからね…恋人がいるのかどうか知らないかね?」
馬鹿馬鹿しい、そんなくだらんことで作業を中断させるな!
「すみませんが、急ぎの仕事があるんで失礼します。」
「あ、待ちたまえ!」
僕は聞こえないふりをして部屋のドアを閉め、早足で歩き出した。
「あら?リオン君。所長のお話はどうしたの?」
前から、ヘレンさんが歩いてきた。
「あ、もう終わりました。そちらは?」
「私は、メインコンピュータルームに用があるの。」
「僕…私は、新パーツと既存テストボディの組み合わせ作業があるので…」
「あ、呼び止めちゃって悪かったね。じゃ!」
そう言うと、ヘレンさんは年に似合わないが手を振って去っていった。
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【ジオブレイブ 起動】
低い駆動音と共に、新パーツのテスト機体「ジオブレイブ」が起動した。
「起動状態良好、続けて通常モードテストに移行する」
『了解。』
【通常モード 起動】
機械音が響くと、ジオブレイブが静かに浮き上がった。
新型の脚部はフローティングタイプ、名前はまだ決まっていないらしい。
そのまま、実験場を縦横無尽に動き回る。
ACらしい動きのためのテストを終えると、フロートタイプの特長を生かした動作テストに移る。
浮遊移動、着地硬直解除ブースト、ブースト後の慣性移動など…
「全動作、全く異常なし。」
『了解…あがっていいですよ、リオンさん』
ピピッ
わずかなハム音を残し、通信が切れた。
「さ〜て、最終動作テスト終了。これでしばらくは休めるなぁ」
僕はう〜んと伸びをすると、シートにドサッと座り、かったるそうにペダルを踏んづけて前進させた。
コレを格納庫にしまえば晴れて有給休暇が取れる。2週間後には社員旅行もあるし。
なんでも、このフローティングタイプレッグは、前評判からしてかなりの人気で、
ジオ社はかなりの収益が見込めると踏んでいるらしいのだ。
捕らぬ狸の皮算用という言葉を知っているのか疑問だが…
ま、いいや。
その時、警報が鳴り響いた。
『警告!研究所内にエムロード社のACが侵入!防御シャッターを破壊して、第3実験場に向かっています!』
「第3実験場って…ココじゃないか!」
僕は慌てて手元のスイッチを押した。
【戦闘システム 起動】
モニターに、ロックオンサイトやジェネレータの容量を示すゲージ、レーダーなどが映る。
レーダーに反応、近いのは北東からの1機!
その後すぐに、ここへと続く最後のシャッターが破壊され、エムロード社のACが姿を見せた。
『リオン君!聞こえる!?』
「その声はヘレンさん!?丁度いい、どうします…逃げますか?ブッ壊しましょうか?」
僕には自信があった。
それもそのはず、ジオブレイブはテスト機のため完全な基準違反機で、普通のレイヴンが見たら鼻血を出しそうなほど凶悪な改造が施されている。
その辺の安物ACにはそもそも負ける方が難しいのだ。
『当然、破壊して!そのパーツの情報は最優先で守ること!』
「了解、足なんか無くっても100%の性能を発揮できます!足なんて飾りです!」
そう言うと僕は、足下のペダルを踏み、オーバードブーストで敵ACに詰め寄った。
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オーバードブースト中に思った。
そう言えば…武器が無い!
あるものといえば…最近、ジオ社との技術提携の契約を結んだバレーナ社、そこから挨拶代わりに貰ったブレード…それしか無い。
今から戻って取りに行ったら損害が大きくなるな…やるしかない!
オーバードブースト中に少し浮き上がり、オーバードブーストを切って慣性移動に移行する。
そのまま敵ACに斬りかかるが、敵は真上に飛び上がってそれを避けた。
標的に攻撃が当たらずそのままスルスルとバカみたいに地表を滑っていったジオブレイブを振り向かせ、
敵機をモニターの中央に来るように機体を上に向かせ、トリガーを引く。
カチッ。
ライフルは…無いんだった。
バカやってる間に、敵機がジャンプしながら放った垂直ミサイルがこっちに迫ってくる。
4発中2発が天井に当たって爆破されてるので、こっちに来てるのは2発だ。
脚部に装備されたブースターを逆噴射して後退、ミサイルを引きつけつつ
真横にオーバードブーストで急速移動してミサイルを避けた。
…まではいいんだが、ジオブレイブはそのまま慣性の法則に逆らえず鉄柱に激突した。
衝撃で機体がかなり揺れ、僕はコンソールにしたたか頭をぶつけた。ベルトをしてなかったら死んでたかもしれない。
その証拠に、さっきまで青かったバンダナが赤くなっている。かわりに、顔が青くなってるがまあご愛敬。
『リオン君!第4番リフトにライフルを搬出したから、受け取って!』
「了解!」
兎に角、武装が無くては始まらない。
第4リフトの方向に機体を向け三度目のオーバードブースト起動をすると、横からなんか飛んできた。
グレネードランチャーだし!
慌ててブーストする方向を変え、ランチャーの火弾から逃げる。
背後にあった建築物が消し炭になる。
あそこには研究員が…いなかった。いなかったね。僕がそう決めた。
とにかく第4リフトまで行かなくては…と思い、回避したままの体勢でリフトへ向かおうとした。
コア後部から凄まじいブースト噴射をし、ジオブレイブは第4リフトに向け一直線に進んだ。
見事着地に成功し、リフトに置かれていたライフルを右腕に装着する。
KARASAWA−MK2という、凄まじい出力を誇る大型エネルギーライフルだ。
その分重量もかさむが、先程も言ったようにこのジオブレイブは基準違反機なのだ。
と言うことで、重量過多も気にせずライフルを構えて、レーダーに目を移す。
前方に反応、追ってきている。
ジオブレイブを前進させ、追ってきた敵機に狙いを付けて、ロック・オンする。
十分に引きつけて、トリガーを引いた。
カチッ。
…さっきのオーバードブーストの時、チャージングしてた。
後編に続く