ノアの日と呼ばれる大洪水から4年が過ぎた。
 人類はその大災害によって全人口の50%を失ったものの、再びその繁栄を取り戻そうとしていた。
 陸地の40%が水没した状況の中、人々は海上、あるいは海中に都市を建造し、その居住権を海へと移したのである。
 それによって、地球の勢力情勢も大きく変動した。
 地球最大の企業であるアルマゲイツ社は、社長が突如として失踪したため一時筆頭企業の座をハーネスト社に奪われていた。しかし、アルマゲイツ首脳は新たな社長を抜擢し、勢力を5分にまで回復させた。
 アルマゲイツの復興に力を貸したのは、「教皇府」と呼ばれる謎の組織であった。
 ノアの日以降に登場したこと以外は何も分からない「教皇府」は謎のAC集団「十字軍」という軍事力、そしてエルスティアの円卓騎士にも匹敵する謎の精鋭、「13使徒」を擁し、いまやその力は揺るぎないものとなっていた。
 教皇府の力を得たアルマゲイツ社は、ハーネスト社を潰しにかかった。
 その一方で多方面にその勢力を伸ばし、ハーネスト社を次第に押し返し始めている。
 だが、ここにまた新たな組織が登場した。
 「オーフェンズ」と名乗るその組織はアルマゲイツ社に対する徹底抗戦の構えを見せる。そして、そのオーフェンズのリーダーは、4年前から行方をくらましていた、あのビリー・フェリックスであった。
 
 そして、アルマゲイツの支配下にある海上都市、ブレンフィールド。
 新たな物語は、ここから始まる……



 第1話「初動」


 ブレンフィールドのハイスクール。
 そこでは今、物理の授業が行われていた。
 教室には30人ほどの少年少女が、あるものは教師の講義に真剣に耳を傾け、あるものは友人とのたわいもない雑談に興じ、あるものは机の上に突っ伏していた。
 教室といっても窓はない。黒板もない。
あるのは机とコンピューターだけだ。
「では、この問題に対する答えを入力するように」
教室の前面の大きな画面の前に立っている教師が言うと、生徒たちは一斉に自らのコンピューターに解答の入力を始めた。
ただ一人を除いて。
廊下の反対側の列の、一番後ろの席・・・昔なら窓側の列の一番後ろ、いわゆる不良の特等席といわれる座席である。その座席からは、キーボードに解答を打ち込む音が聞こえていなかった。
その座席に座っていた少年は、机の上に突っ伏していた。
「巫護(ふご)!またお前か!」
教師が声を大きくした。
もっとも、その声には既に諦めの色が含まれていたが。
現に巫護と呼ばれた少年は、一向に昼寝から目覚める気配がない。
教師は諦め、彼のことを無視して授業を再開しようとした。だが。
「こら!」
少年の隣の席に座っていた一人の少女が、一向に目覚めない彼の頭をべしっと叩いた。
これにはたまらず少年も目を覚ます。
「って!何すんだよ委員長!」
「巫護君!授業中よちゃんと起きて真面目に話し聞いてなきゃだめじゃない!」
教師さえも諦めた彼を叩き起こした勇敢な少女は、華僑 希望(かきょう のぞみ)といった。
このクラスの委員長である。真面目で成績優秀、おまけにかなり可愛い部類に入るだろう・・・だがかなり口うるさいのがたまに傷であった。彼女の髪は珍しい、銀色だった。
「だってよ、こんなつまんねえ授業起きてられるかってんだ。ACシュミレーターでもやってたほうが、将来のためになるに決まってる」
「つまらないと思うからつまらないのよ!」
「つまらないんだから仕方ないだろ!」
「だったらなんで学校来てるのよ!」
「だから仕方なくだ!おっさんが学校行かなきゃAC触らせないって言うからだ!」
「来てるんだったらちゃんとやりなさいよ!」
2人の言い争いはどんどんエスカレートしていった。
つまらない授業と自分の講義をあっさり切り捨てられた教師は、2人の舌戦をただ見ていることしかできなかった。



ハイスクールが終わった。
巫護は即座に学校を出ていく。
「じゃあなー、翔一!」
声をかけるクラスメートへの返事も急いで、彼は走った。
彼には両親がいない。彼が小さい頃に、事故で2人とも死んでしまったのだ。
今彼がお世話になっている叔父は、アルマゲイツのラボに勤務している。
翔一は小さい頃から叔父の家でACシュミレーターなどで遊び、今ではすっかりAC好きになっていた。
今日は、そのラボで新型のACがロールアウトする日なのだ。しかも、叔父はそれを自分に見せてくれるという。叔父はラボの中でも1,2を争う権力者なのだ。
彼は学校裏に止めてあるエアバイクに乗り込むと(ちなみに校則ではエアバイクでの登校は禁止されている)、ラボに向けて発進した。
いや、しようとした。
「こら!」
もっとも聞きたくなかったその声に、翔一はびくっと硬直する。
「校則第19条。エアバイク、または車での登校は原則として禁止とする…まあ巫護君の場合、違反とか言う以前にその校則すら覚えてなさそうだけどね」
希望だった。彼をつけていたらしい。
「ああ、その通りだ」
「そこで開き直ってどうすんのよっ!」
「また説教かよ?今日は急いでるんだ、勘弁してくれよ…」
「だめよ。先生方はもう諦めてるみたいだけど、私は違いますからね!学級委員たるもの、クラスの落ちこぼれもちゃんと世話しなきゃ」
希望は、かなりの世話焼き・・・いやお節介だった。
「そりゃあどうも。じゃあまた暇なときに頼みますわ委員長」
「そりゃあどうもじゃなあいっ!」
そう言って翔一の手をつかむ希望だが、その時既に彼はエアバイクを発進させていた。
「あっばか、危ない!」
「え?」
次の瞬間エアバイクはものすごいスピードで発進していた。
「うわっと…ほら、つかまれ!」
「きゃあああああああーー!」
なんとか希望はエアバイクの後部に座ることができた。
「ふう…」
「巫護君!あのね、あんたって人は!」
「時間無いんだ。このまま飛ばすぜ」
「ちょっと!飛ばすってどこに!」
「ラボだよ、ラボ。新型のAC見にな」
「なんで私まで!私はACなんか興味無いわよっ!」
「飛ばせば15分くらいで着くな…いやー、楽しみだな新型」
「聞いてるの巫護君!こらー!」
聞いていなかった。



かくして、2人を乗せたエアバイクはアルマゲイツのラボに到着した。
「エアバイク、最高だったろ?」
「死ぬかと思ったわよ…」
ジト目で翔一をにらむ希望。
「な、なんだよ…」
「何よあの運転!あれじゃあ命がいくつあっても足りないわよ!」
翔一の運転はむちゃくちゃだった。
ここに来るまでに、5,6回は事故を起こしかけている。
「まあまあ。AC見たら機嫌も直るぜ」
「直るかっ!」
翔一はそう言いながらゲートをくぐった。
警備員も何も言わない。ここでは翔一は既に顔パスなのだ。
現に、彼のAC操作技術はなかなかのもので、ここのテストパイロット達の間でもその腕前を認められている。
翔一は真っ先にAC格納庫に向かった。
途中すれ違ったAC整備員が、2人に声をかける。
「よう翔一。その子は誰だい?お前のこれか?」
「ちが…」
「違いますっ!!」
翔一が違うというより早く希望が大声で否定した。
「はっはっは、そうかい。結構お似合いに見えたんだがなあ」
その整備員は笑いながら去っていった。
「どこをどう見たらそう見えるのかしら…信じられないわ」
「ほら、着いたぜ!」
2人はガレージの扉の前に立っていた。
「まったくもう…なんで私がこんなところに来なきゃいけないのよ…」
「いいからいいから。さあて、ご対面〜」
ガレージの扉がゆっくり開いていく。
そこにあったのは、2機のACだった。
片方は軽量2脚タイプだ。ただ、その武装は軽量ACとは思えないほど詰め込まれている。右腕にはレーザーライフル、左腕にはレーザーブレード、右肩にはマルチミサイル、左肩には見たことの無い武装が装備されていた。しかも、カラーリングはなんと金色だった。
もう片方は中量2脚ACだ。ただ、その脚部は異様にごつごつしている。武装は、右腕にWA−Finger…いわゆる指マシンガンを装備しており、左腕はレーザーブレード。そして肩には、これまた見たことの無い両肩武装を装備している。カラーリングは純白。
「すっげえ…」
翔一が、まるで有名な芸術品でも見るような目で、2機の新型ACを眺めていた。
「おお、翔一か」
2人の背後から声がかかる。そこにいたのは、翔一の叔父でありこのラボの責任者でもある辰宮洋司(たつみや ようじ)がいた。
「おー、おっさん」
「こ、こんにちは」
よお、と手を上げる翔一と、慌てて挨拶する希望。
「ん?その子は?」
「あ、私は巫護君のクラスの委員長で、華僑希望といいます。今日は巫護君に無理矢理連れてこられました」
希望は結構はっきりものをいう性格のようだ。
「それはすまなかったね。まあ、せっかく来たんだ。ゆっくり見学していくといい。ただ、一応ここで見たものをあんまり言いふらさないでくれよ。一応企業秘密だからね」
洋司は穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。
「は、はい!わかりました」
本当は別に見たくも無いしすぐ帰りたかったが、せっかくそう言ってくれた洋司を立ててここは素直に見ていくことにした。
「そうそう。ゆっくり見学してけよ」
翔一がにやにやしながら言う。
「あのね!」
そこまで言って、希望はふと気付いた。
なぜそんな企業秘密のものを、翔一は自分に見せようとしたのだろう?
洋次は一応企業秘密と言っていたが、新型ACともなれば一応どころかトップシークレットとなってもおかしくないはずだ。
それをなぜ・・・
(そういえば、よく自分の熱中してるものについて他人に熱く語るオタクがいるわよね。それだわ)
希望は面倒だったのでそう決め付けた。
「なあおっさん、ACの説明してくれよ」
「ああ。こっちの金色のやつは、ラー・ミリオン。スピードと攻撃力を重視している。装甲も中量AC並みにあるぞ」
「あの左肩の武装、何?」
「あれはな、魚雷ポッドだ」
「魚雷?トーピードミサイル?」
「違う違う。水中の敵を攻撃するための魚雷だよ」
「まじ!?どうやって?」
「ポッドを水中に投下して、遠隔操作で魚雷攻撃を行うのさ」
地表の40%が水没して4年。
水陸両用ACはいまだに開発されていないものの、水陸両用MTや水中用MTはすでに一部で量産されている。それらに対抗するための兵器というわけだ。
なお、海上でのAC運用にはホバーボードというサポート兵器が用いられるのが一般的である。また、フロートタイプのACは海上でもホバーボードなしで運用可能なため、次第にその数が多くなってきていた。
「で、こっちの白いやつは?」
「こっちはルミナス・レイ。こいつにはある画期的なシステムが組み込まれているんだ。さあ、何だと思う?」
洋司の質問に、翔一は腕を組んで考え始めた。
(両肩のあれが関係あるのか?足がやけにごつごつなのも気になるな…)
その修一の様子を見ていた希望が声をかける。
「ふーん。授業のときとは随分態度が違うわね」
「見たか。これが俺の本当の姿だ!」
「ほう、翔一、学校ではこうじゃないのかい?」
洋司がじろりと翔一を見る。
「ぎくっ」
「そうなんです、聞いてください!巫護君は先生方からも諦められてるんですよ」
「こら!余計な事言うな!」
 洋司の表情が厳しくなった。
 「翔一」
 打って変わって厳しい声になる。
 「学校は真面目にやっておけ…いつもそう言っていたはずだが?」
 「うっ…いや、あまりに授業が退屈だからな…それに、こうやって新型ACの解説聞いてた方が実際ためになるだろ?」
 「だからと言って、学校の勉強も必要ないわけじゃない。すまんな華僑さん、悪いがこいつをしっかりしごいてやってくれ。どうやらこいつは、君の事が気に入っているようだからな」
 「え?」
 いきなりの言葉に希望は目を丸くした。
 「いや、翔一が女の子を連れてくるなんて初めてだからな。ACにしか興味が無かったのに、そうかそうか」
 なにやら1人で納得してうなづく洋司。
 希望は慌てて弁解した。
 「べ、別に私はそういうつもりじゃありません!今日だって無理やり連れて来られたんであって…」
 「いや、勝手にすまない。だがまあ、今言ったことは事実だ。そう思っていてくれ」
 見れば翔一はそ知らぬ振りをしてACを眺めている。
 まるで小さな子供だ。
 「あのね、巫護君…」
 希望が彼に向けて口を開いたその時。
 「おい、ルミナス・レイに乗っているのは誰だ!すぐに降りるんだ!」
 整備員の声が響き渡った!
 そして、彼の言葉を証明するように、ルミナス・レイの目が力強く光った。次の瞬間、周りの器具を吹き飛ばし一歩踏み出す。
 「馬鹿な!誰だ、ルミナス・レイに乗っているのは!すぐに降りろ!」
 洋司が慌てて叫ぶ。
 だが、それに対する答えは誰も予想してないものだった。
 「この機体は我々オーフェンズが奪取した。研究員はただちに全員降伏しろ。ラー・ミリオンも引き渡してもらう」
 少年の声だった。
 まだ希望や翔一と同じくらいだろう。
 しかも、オーフェンズ!
 「オーフェンズって…アルマゲイツ社に対するテロ行為を行っている謎の組織!?」
 希望は学校で教えられたことをそのまま口にした。
 しかし、ルミナス・レイを奪取した少年の要求はとても信じがたいものだった。
 いくら新型ACでも、この研究所は無数の無人MT、そして量産型ACダイスを保有している。
 「くそっ!」
 翔一はそう言って、ラー・ミリオンの方に走っていく。
 「お、おい!どうするつもりだ、翔一!」
 洋司が慌てて翔一を引きとめるが、遅かった。
 希望は彼が何をしているのか、一瞬分からなかったが・・・すぐにその答えに辿り着いた。
 翔一は、ラー・ミリオンでルミナス・レイと戦うつもりなのだ。
 ラー・ミリオンの金色の巨躯が動き出したのを見て、ルミナス・レイはガレージの扉をレーザーブレードで薙ぎ払った。
 そこには研究所の外に通じている通路がある。
 ルミナス・レイは一気にそこを駆け抜けた。
 「逃げる気か!?待てっ!」
 ラー・ミリオンをそちらに向ける翔一。
 「巫護君、ACなんて乗れるんですか!?」
 「いちおう、操縦はできるが…しかし、実戦は初めてだ。相手の強さは分からないが…」
 「声は…私たちと同じくらいの男の子でしたよね?」
 「ああ…」
 ラー・ミリオンもルミナス・レイを追って外へ飛び出した。
 残された希望は、金色の機体が消えていったほうをいつまでも不安そうに眺めていた。



 「くそっ…あいつ、何だってんだ…」
 ラー・ミリオンのコクピットの中で、翔一がうめいた。
 シュミレーターなら何度もやった。
 しかし、実際に乗るのとではやはり違うのだ。
 そして何より、これは実戦だ。
 シュミレーターには無い、死の恐怖がある。
 外に出た。
 だが、ルミナス・レイの姿は無い。
 「どこ行った!?」
 次の瞬間、ロックオンされたことを示す警告音がコクピット内に鳴り響く。真上だ!
 考えるよりも早く機体を右に滑らせ回避。だが間に合わず、フィンガーマシンガンから放たれた強烈な弾丸の雨がラー・ミリオンを襲った。
 機体に衝撃が走る。
 「くそっ!」
 黙っていてはやられる。相手はシュミレーションの仮想敵ではない。本物の敵なのだ。
 レーザーライフルで相手をサイトに捉えようとする。だが、ルミナス・レイは既にラー・ミリオンの後ろだ。次の瞬間先程よりも大きな衝撃が機体に走る。
 レーザーブレードの一撃を喰らったようだ。
 機体損耗率、35%。ダイス程度ならすでに撃破されている。
 敵は強かった。実戦慣れしている、プロだ。
 その時、翔一への救いの手が差し伸べられた。
 ダイス3機と、無人MT10機が増援に現れたのだ。
 無人MTが一斉に機関砲で攻撃する。
 だがルミナス・レイはそれらを軽くかわす。そしてMTの群れに接近し、上からフィンガーマシンガンを浴びせ掛けた。
 降り注ぐ5本の破壊の奔流に耐え切れず、MTは次々と炎に包まれ破壊されていく。
 ダイスがロケット、マシンガンを撃つが、それでも当たらない。
 ブレードの一閃。ダイスが爆音とともに上半身と下半身を2つに分かたれ、倒された。
 「くそおっ!」
 ラー・ミリオンがその隙にマルチミサイルをロックオン、間髪いれず発射する。
 目標に接近後、4発に分離する多弾頭ミサイル。
 ルミナス・レイはそれに気付くと、手近なダイスの後ろにまわりこんだ。
 「しまった!」
 翔一が悔やんでも遅い。分離したミサイルの4発の内3発がダイスに直撃した。当たり所がよかったためか爆発はしなかったがその一撃で戦闘不能になり倒れこむ。
 残るはダイス1機、MT3機。
 翔一はようやく気付いた。
 ルミナス・レイは逃げようとしたのではない。狭いガレージではなく、広い研究所の外を戦闘場所に選んだのだ。
 研究所の周りには民間の建物も無い。格好のバトルフィールドだった。
 「このままやられてたまるかよ!」
 ラー・ミリオンがレーザーライフルをロックオン、放つ。
 しかし2発放った時には、既にルミナス・レイはサイトの外へと消えていた。
 冗談抜きに、強かった。
 シュミレーションでも、こんな敵は戦った事が無い。
 そうしている間にも残ったダイスとMTも倒され、再び一騎打ちの状況に戻ってしまった。



 その状況は、モニターで戦いの状況を見守っていた希望と洋司からも見えた。
 「まずいな…敵のほうが圧倒的に技量が上だ。このままでは…」
 洋司の表情にも焦りが見える。
 やはり翔一を出したのは失敗だった。多少の敵なら、彼でも充分戦えると思ったのだが、あれは常に戦いの中に身を置いているとしか思えない動きだ。
 まだ、少年の声だったのに。
 「このままじゃ、巫護君がやられちゃうわ!なんとかならないんですか!?」
 希望が洋司に聞いた。その表情は必死だ。
 「何とかといっても…今は彼を信じるしかない」
 「でも、全然勝ち目無さそうじゃないですか!他にACはないんですか!?」
 「君も出ようというのか?無理だ。シュミレーションすらした事が無い君が、ACに乗れるわけが無いだろう…」
 「でも!黙って見てろって言うんですか!?」 
 「しかし…」
 その時だった。
 希望は何かの存在を”感じ取った”のは。
 「…どうした?」
 彼女の異変に気付いた洋司が声をかける。
 「……あの奥…ACがある?」
 希望はルミナス・レイとラー・ミリオンのあった所の、さらに奥を指差した。
 「なに!?」
 洋司は驚愕した。
 確かにその奥にはACがあったからだ。
 ただのACではない。
 4年前にとある場所のガレージで発見され、改修された機体。
 蒼のユーミルが乗っていたインフィニティア・バスターの改良版。
 インフィバスター。
 しかし、壁に偽装された扉を見抜き、その奥にACが隠されていることを看破したと言うのか?
 偶然・・・ではないだろう。もしや・・・
 洋司はただちに結論を出した。
 「……確かにあそこにはACがある。そして…恐らく君なら動かすことができるだろう」
 インフィニティア回路、そしてインフィニティア回路のレプリカを搭載したACは通常の人間には動かすことは出来ない。それを動かすことができるのは巫女だけ。それを、彼はとある理由により知っていた。
 恐らく、機体が巫女を呼んだのだ。そう考えるのが一番妥当だった。
 「行って、翔一を助けてやってくれ」
 意外なその言葉に、希望は一瞬戸惑っていたが、すぐに
 「わかりました!」
 と言い残し、隠されたガレージへと走っていった。
 その後姿を見ながら、洋司が呟く。
 「兄さん…やはり翔一の前に巫女は現れた…これも全て運命(さだめ)だというのかい…?」
 だが、その問いに答える声は無かった・・・



 ラー・ミリオンは押されていた。
 反撃の糸口がつかめない。
 しかも敵はこちらを破壊しようとしていない。ただ戦闘不能にしようとしているだけだ。
 つまり手加減しているのである。
 それでも翔一は歯が立たなかった。
 機体損耗率は50%。弾薬も半分以上を使い果たしているものの、いまだに敵への直撃弾は無かった。
 「はあ…はあ…」
 翔一は既に限界だった。
 その時、敵パイロットから通信が入る。
 「ラー・ミリオンのパイロット。降伏しろ」
 敵は恐らく機体を破壊したくないのだろう。
 「ふざけんなっ!まだ、勝負はついてねえっ!」
 「そうよ!」
 翔一の後を継いだのは、2人が予想していなかった声だった。
 いつの間にか、ACが一機姿を現していた。
 「ま、まさか…委員長が乗ってるのか!?」
 翔一が驚きのあまりコクピット内だということも忘れて腰を浮かし、天井に頭をぶつけた。
 そのACは銀色だった。
 未塗装なのである。重量2脚なのだが、ごつごつしい感じはしない。鈍重そうな印象も無い。むしろ、流れるようなボディは無骨さよりむしろ高貴さを感じさせる。
 武装は、右腕に見た事の無い大きなライフルとキャノンを合わせたような武器。そして左腕には二又に分かれたレーザーブレード。
 肩にはガトリングガン、そしてビット。普通のビットではなく、パイロットが直接操作するタイプのものだ。
 「委員長…お前AC乗れたのか?」
 「よく分からないけど、動くみたいよ!」
 冗談ではない。
 シュミレーションもやったことが無いのに、いきなりACを動かすなど。しかも見た事もない機体である。
 「無茶だ!ここは俺に任せて、委員長は安全な所にいろ!」
 「大丈夫よ!この機体ならやれるわ、そんな気がする。それに、巫護君の叔父さんも太鼓判を押してくれたわ」
 「な、何だってえ!?何考えてんだよ!」
 「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ!」
 「委員長、危ない!」
 「えっ?きゃああっ!」
 いきなり目の前にルミナス・レイが迫っていた。
 慌ててガトリングガンを撃つ希望だが、かすりもしない。
 フィンガーマシンガンがインフィバスターの装甲を襲った。
 衝撃が走る。
 実戦はおろか、シュミレーションすらした事の無い希望はそれでパニック状態になってしまった。無理も無い。こう言った世界とは全く別の所にいた、普通の少女なのだから。
 「な、なに!?なんなのよっ!?」
 ロックオンしていないにも関わらず、ガトリングガンを連射する。もちろん当たるわけは無かった。
 「くそっ言わんこっちゃない!」
 ラー・ミリオンがレーザーライフルを放つ。牽制だ。
 ルミナス・レイがインフィバスターから距離をとった。
 「落ち着け、委員長!いいか、俺が敵に突っ込むから、お前は戻れ!」
 翔一が言う。しかしその言葉が、かえって希望にいつもの世話焼き癖を思い出させた。
 「なっ、ふざけないでよ!もうボロボロのくせに何言ってるの!見てなさいよ…私だってやればできるんだから!」
 インフィバスターがビットを発射した。
 4基のオービットがルミナス・レイの四方を取り囲み攻撃を仕掛けた。ルミナス・レイは四方からの攻撃を回避しつつ、ビットをフィンガーマシンガンで撃墜していく。
 そこにラー・ミリオンがレーザーライフルで攻撃。回避するルミナス・レイ。だが一瞬レーザーライフルに気を取られた次の瞬間、ビットのレーザーがルミナス・レイを直撃した。
 初めての直撃弾である。
 「ほらねっ!」
 「俺のおかげだろうが!」
 インフィバスターとラー・ミリオンはゆっくりとルミナス・レイを囲んだ。


 
 「機体損耗率、8%。許容範囲…」
 ルミナス・レイのコクピット。
 そこにいたのはやはり少年だった。まだ翔一や希望と同じくらいの年だろう。
 「こちら刃(じん)。ラー・ミリオンは中破。アンノウンはデータ解析により、インフィニティアR回路搭載のACと判明。指示を請う…」
 彼はどこかへと通信していた。
 「任務、了解。一時撤退し、その後巫女を保護する」
 彼は通信を切った。
 


 ルミナス・レイは一気に飛び上がると、そのままオーバーブーストを起動した。
 「え、なに?」
 「オーバーブースト!今度こそ逃げる気か!」
 翔一はすぐに追おうとした。
 だが。
 「翔一!追うな!」
 通信が入った。洋司だ。
 「もうそれだけで充分だ。よくやってくれた。基地内に戻ってくれ。華僑さんも、ご苦労だった」
 そして通信は切れた。
 それを機に、2人の緊張の糸は切れた。
 「ふう…やれやれ、いきなり実戦は参ったぜ…」
 さすがの翔一も疲れ果て、コクピット内でへたっていた。
 そして少しして、希望が一言も喋らなくなったのに気付く。
 「あれ?委員長、どうした?」
 メインモニターの映像を、インフィバスターのコクピットとつなぐ。
 そこに映し出されたのはぼーっと宙を見つめる希望の姿だった。
 「おーい、委員長ー。どーしたー?」
 「いや…腰抜けちゃった…」
 「なんだよ、だっせえなあ」
 「何よ!」
 むっとして言い返す希望。
 しかし無理も無いといえばやはり無理も無かった。
 いきなりのAC操縦にいきなりの実戦である。
 翔一もそう思い、それ以上言うのをやめた。
 「まあ、ACなんてもう乗ることは無いだろうよ。貴重な体験したと思っとけよ。ほら、戻るぞ」
 「別に体験したくなかったわよ!」
 


 「インフィバスターが…動いた?」
 「はっ。動かしたのはハイスクールに通う普通の少女だとか」
 研究所の一室。
 先ほどガレージにいた整備員の一人が、モニターに映し出されている女性と話していた。
 その女性は大体23か、4といった所か。慈愛に満ちた笑みを浮かべている。彼女は、シスターの制服を纏っていた。
 教皇府の人間だ。
 「それで……シスター・ヘレナ。処置はいかが致しますか?」
 「そうね…」
 シスター・ヘレナと呼ばれた女性は一瞬考え込む仕草をした後、笑みを崩さぬまま言った。
 「巫女はただちにこちらのラボへ。詳しく調べます」
 「それと、巫女のクラスメートの少年がいるのですが…」
 「邪魔する様なら、処分しなさい」
 「かしこまりました」
 そして、通信は終わった。



 
 後書き 第1話「初動」
 遂に第2部がスタートしました。
 今までとはだいぶ世界観が違っているかもしれません。いきなり高校生ですから。
 しかしその内、第1部のキャラや皆さんの投稿キャラなども登場してきます。
 そして今回の試みは、メインキャラの翔一と希望が一般人だということです。
 レイヴンではないのです。
 当然実戦なんてした事が無い。希望にいたってはACに触ったことすらありません。敵が出てきたから倒す、というわけにはいかないのです。
 まあその辺の、主人公たちとレイヴンとの違いを描ききれているかは謎ですが。
 これからも頑張りますので、皆さん生暖かい目で見守ってやってください…