それは大掃除から数日後の事だった。
 「救難信号?」
 発令室。
 「哨戒ポッド05が受信しました。位置はポイント000のすぐ近くです」
 モニターに映し出される情報の羅列から、要点だけをミリアは述べた。
 「……どうする、ビリー」
 グリュックにそう尋ねられ、ビリーは考え込む。
 「周辺に敵の反応は?」
 「ありません」
 ミリアの答えを聞き、ビリーは決断した。
 「よし。グリュック、小型潜水艇アクアノートで救助に向かってくれ。万が一に備えて、刃を同行させる」
 「了解だ」
 小型潜水艇アクアノートは、この前にエスタフィールド救助に向かったと希望達が使用したものである。
 そう言って出て行くグリュックを見送り、ビリーは時計に目をやった。
 翔一との訓練の時間である。
 「何か異変があったら、すぐに知らせてくれ」
 そう言い残し、ビリーは発令室を後にした。



 第9話「蒼の巫女、再び」



 「いいな。実戦のつもりでかかって来い」
 「了解!」
 シュミレータールーム。
 今ここでは、ビリーと翔一の模擬戦闘が行われようとしていた。
 対戦エリアは旧市街地。障害物の多いステージである。ACは、翔一は勿論ラー・ミリオン。ビリーのACは、漆黒の刺客の乗機・ヴェルフェラプターである。
 ギャラリーは結構多い。シュミレーションとはいえ、ビリーが戦うのは久し振りなのだ。そしてもちろん、ギャラリーの中には希望の姿もあった。
 「シュミレーション、開始!」
 その言葉と同時に、2機のACが動き出す。中央の巨大なモニターで、ギャラリーにも戦いが見えるのだ。
 ラー・ミリオンは即座にヴェルフェラプターのほうにダッシュをかけた。ビルの影に隠れながら、慎重に、だが素早く進んでいく。
 しかし次の瞬間、ラー・ミリオンのレーダーに異常が発生した。
 敵の反応が2つある。
 「これは……ダミーか!」
 さすがにパーツには詳しい翔一である。自立行動をするダミーがあることも知っていた。自立行動といっても単純な動きしかしないので、見るものが見ればダミーかそうでないかの区別はつく。そして翔一はそれを判別できるだけの眼力は持っていた。
 だが、その翔一もどちらがダミーか判別する事が出来なかった。ダミーの動きが複雑なのだ。
 「これは…本当にダミーなのか!?」
 このような動きができるダミーなど翔一は見たことがなかった。彼の叔父が勤めていた研究所でもそのようなものは無かった。
 それも当然である。
 ヴェルフェラプターの搭載しているダミーは、リット達オーフェンズのメカニックが開発した新型のもの。数は少ないが、自立行動だけでなく遠隔操作にも切り替えられる代物だ。ただし、一度に使える数は一つだけである。
 「どっちが本物なんだ…?」
 翔一はレーザーライフルを構える。ロックしてしまえばどちらが本物かわかる。ダミーはFCSに反応しないからだ。だが、翔一の予想はまたも覆された。
 敵は仕掛けてこない。翔一はラー・ミリオンをビルから飛び出させ、レーザーライフルを放った。
 爆発。だが、ACの爆発ではない。それはダミーの爆発だった。
 「何っ!?ダミーがどうしてロックされたんだ!?」
 ヴェルフェラプターのダミーはそこまで高性能だった。まさに実際に視覚するしか、本物のACと見分ける方法はないわけだ。
 次の瞬間、もう一つのレーダーの反応がラー・ミリオンのバックを取る。ロックオンされたことを示す警告がモニターに表示された。
 咄嗟に機体を横に滑らせ回避する……だが予想していた着弾はない。翔一が訝り機体の動きを止めた次の瞬間、今度こそ後方からの衝撃が翔一を襲った!
 「タイミングをずらした…!」
 こちらの回避行動を読まれたのだ。
 翔一は実感した。この人は強い。
 だが、負けるわけには行かない。多分この勝負は、希望も見ているだろう。これ以上彼女の前で情けないところを見せられない。
 守ると言ったのに。
 4年前にビリーも同じような事を考えていた事は、翔一は知らなかった。
 「負けるかっ!」
 すぐにビルを背にし、背後を取られないよう気を配る。ロックオンの警告は消えない。まだ自分は敵の手の内だ…
 翔一はそのままブースターに点火、上昇しビルの屋上に降り立った。勿論、それは危険な行為である。敵に狙撃されやすくなるのだから。
 案の定、ビルの影から再びツインレーザーキャノンが放たれる。だが、今度は翔一もそれを予測していた。何とか回避し、砲撃の来た方向にレーザーライフルを放つ。しかし、その時にはヴェルフェラプターは既にその漆黒の巨躯をビルの影に戻していた。キャノンの反動があったにも関わらず。
 翔一は今度はマルチミサイルをロックオン。ビルの屋上からさらに飛び上がり、発射した。
 超高高度からのミサイル攻撃!俗に言うメテオアタックという戦法だ。ACは基本的に横より縦の攻撃に弱いのだ。
 翔一がシュミレーターで会得していた技術である。
 対するヴェルフェラプターは、ビルの合間を縫うように右に高速移動し、ミサイルを引き付け急速に左に方向転換。紙一重の差でミサイルを全て回避した。
 「くそっ!」
 予想はしていたが、やはり通じなかった。だが実際にその現実に直面すると悔しいものだ。ラボのテストパイロットにはこのメテオアタックを完全に回避した者はいなかった。
 やはり井の中の蛙だったのである。
 「まだだっ!」
 翔一はもう一度マルチミサイルを発射した。だが今度は、一呼吸送れてラー・ミリオン自身も落下していく。ブレード攻撃を敢行するつもりだ。
 ほとんど頭上からの多弾頭ミサイル、そしてレーザーブレードの二段攻撃。確かにそこらのパイロットではよけるのは難しかっただろう。だが、相手が悪かった。
 ヴェルフェラプターは今度はミサイルを回避しようとはしなかった。若干後退しながら上空のミサイル目掛けてツインレーザーキャノンを放つ。分裂前のミサイルは絶大な破壊力を持つ光球に飲み込まれ、消滅した。そしてレーザーはそのままラー・ミリオンに向かってくる。
 「うわっ!」
 慌てて回避しようとする翔一だが、自由落下させていたためブースターは切っている。咄嗟の方向転換は無理だった。
 何とか直撃は免れたが、ラー・ミリオンの右腕が吹き飛んだ。これでもうレーザーライフルは使用不能だ。翔一が空中で何とか体勢を立て直した時には、ヴェルフェラプターが目の前に迫っていた。
 斬られる!
 そう思った翔一はすぐにブレードを振るった。咄嗟の判断が幸いした。ラー・ミリオンのブレードはヴェルフェラプターのブレードを何とか受け止めている。
 ブレードがブレードとぶつかり合い火花が散る。互いの機体が押し戻された。
 翔一はヴェルフェラプターが再び両肩のキャノンを放とうとしているのを見て、即座にラー・ミリオンのOBを発動。ヴェルフェラプターに空中で体当たりした!
 捨て身の行動である。ビリーもさすがに予想していなかっただろう。
 バランスを崩した2機はそのまま落下していく。このままでは墜落してしまう。
 「巫護、ブースターはどうした!」
 ビリーの声。
 翔一はブースターで高度を保とうとするが、ほとんど反応しない。どうやら度重なる衝撃で壊れてしまったようだ。
 「動けっ!くそっ!」
 「ガルド、シュミレーション終了だ!」
 ビリーはラー・ミリオンのトラブルを見て取り、すぐさまシュミレーターを管理しているであろうガルドに指示を出した。
 次の瞬間、翔一とビリーのモニターが無機質な黒い画面に戻った。シュミレーションが強制終了されたのだ。
 翔一は肩を落とした。まるで歯が立たなかった。これでは先が思いやられる。
 シュミレーターが開く。そこから顔を見せたのは、希望だった。
 「お疲れ様、巫護君」
 そう言って、彼女はタオルとスポーツドリンクを差し出してきた。
 「あ、ああ。サンキュー…」
 翔一は浮かない顔だった。
 無理もない。
 つい先日、彼女の前で大見得を切ったばかりだ。それが、この様である。
 「おいおい、お前なんか勘違いしてるんじゃないのか?」
 希望の横に現れたのはガルドだ。
 「勘違い?」
 「いきなりビリーに勝てるとでも思ってたのか?お前はまだまだヒヨッコだ。だからこれから頑張って強くなろうって話だろうが」
 確かに、ガルドの言う通りだった。それは分かっている。
 だが、やはりまたしても希望の見ている前で負けたというのが、彼にとってはショックだった。
 「負けた事気にしてるの?そんなの、気にしなくてもいいんじゃないの?だってビリーさんって、凄く強いんでしょ?」
 希望がそう言って慰めるので、翔一はますます情けなくなってしまった。
 「巫護」
 翔一が自己嫌悪していると、ビリーがやって来た。
 呼び捨てにしているのは翔一本人の要望である。
 「何ですか?」
 「取りあえず安心した。ACの操縦なんて、素質のない奴はいくら鍛えたって結局は二流止まりなんだが…君に関してはその心配はないようだ。君は強くなる。決して、気休めを言っているわけじゃないぞ」
 そう言ってぽんぽんと翔一の肩を叩くビリー。
 「はい…これからお願いします」
 「ああ、分かっている」
 その時、シュミレータールームにピー、ピーという電子音が鳴り響いた。
 「どうやら、グリュックが帰ってきたようだな…」
 ビリーが言った。その電子音は、アクアノートの帰港を知らせるものだった。




 救難信号を出していたのは一人の女性だった。黒い髪に緑の瞳。紺色基調の服装。
 年齢は20代後半だろうか?
 「スミス・ランフォート。アルマゲイツで技術開発をしていたが敵対勢力に消されそうになり逃げていたが、飛行機が墜落して海上を1日漂流していた…間違いは?」
 「……ありません」
 ここはビリーの執務室。
 グリュックが救助してきた女性から事情を聞いているところである。
 部屋にいるのはビリーとグリュック。そして、スミスと名乗るその女性だった。
 「君は、オーフェンズについてどう聞いている?」
 今度はビリーが尋ねる。
 「無秩序なテロ集団……そう、聞いています」
 スミスは躊躇いがちにそう答える。つい先程、目の前の人物がそのオーフェンズの総帥だと聞かされたばかりである。
 「そうか。まあ、アルマゲイツの人間ならそう聞かされていて当然だな」
 ビリーは怒るでもなく、納得しただけだった。
 それにしても、スミスはどこか実年齢以上の雰囲気を漂わせた、落ち着いた女性だった。片手には小型のノートパソコンを抱えている。自分の開発した様々な技術のデータが入っているらしい。
 「それで、君はどうしたいんだ?」
 「もう、アルマゲイツには戻れませんし…派閥争いにも嫌気が差しました。ハーネスト社に行っても恐らく同じでしょうし、できればここに置いていただけませんか?」
 俯いたままスミスはそう申し出た。
 「ふむ…技術開発者が増えれば何かと助かるが…オーフェンズは無秩序なテロ集団なのだろう?しかも君が今までいたアルマゲイツとは敵だ。いいのか?」
 ビリーの言うことはもっともだった。確かにオーフェンズの世間一般での認識はテロリストだ。翔一や希望もそう聞いていた。
 「構いません…とても無秩序なテロには見えませんし…私の力がお役に立つのなら」
 「わかった。グリュック、ポイント000を案内してやってくれ」
 「ああ、わかった。さあ」
 「はい…ありがとうございます」
 スミスはノートパソコンを抱え、グリュックの後を追って執務室を後にした。
 「……」
 一人残ったビリーは一瞬何かを考え込んでいたようだったが、すぐに頭を振りその考えを追い出した。
 「……まさかな…」




 ガレージ。
 ポイント000でも、メギドアークのドッグの次に大きな施設である。収容可能なACの数は30体。広大な空間になっており、左右の壁にACが階段状に配置されている。
 エナ・コーターは一人、愛機シュメッターリングの整備をしていた。シールドを装備している左腕の調子が少し悪いのだ。大した事ではないので、メカニック達には言わずに一人で点検をしているのである。ただでさえ、ACの数が多くメカニックは忙しいのだ。
 そんな折、グリュックがスミスを案内してガレージにやって来た。
 「ここがガレージだ。ACを30体まで格納できる」
 「すごいですね…海の底なのに」
 ACの左腕に乗っていたエナは、グリュックの声を聞いて身体を起こした。見ればガレージの入口に、知らない女性と立っている。
 「グリュックさ〜ん!」
 エナは大声でグリュックを呼んだ。彼女の師匠であるグリュックに見てもらおうと思ったのだ。実際、彼女のシュメッターリングはグリュックがかつて乗っていたAC、グリュックス・ゲッティンに機体構成が酷似している。2脚でシールドとガトリングガンを装備しているところは同じだ。エナに戦術を教えたのはグリュックなのだから、当然といえば当然だが。
 「どうした?」
 グリュックはスミスにちょっと待っていてくれと告げ、教え子のところにやって来る。
 「シュメッターリングの左腕がなんだか調子悪くて…グリュックさんも見てくれませんか?」
 「ああ…すまんが今ちょっと忙しいんだ。彼女を案内しないといけないからな」
 「そうですか…」
 エナは明らかにがっかりした様子だ。だが、当のグリュックはその事には全く気付いていないようだ。
 「また後でな」
 グリュックはそう言い残し、スミスのところに戻る。
 「いいんですか?彼女を放っておいて」
 スミスはエナの失望に気付いていたのか、彼女のほうに目をやって心配そうにそう言った。
 「何でもかんでも俺に頼っていては駄目だ」
 そう言って、歩いていくグリュックだが……
 その後姿を見ながらスミスは呟いた。
 「わかってないのね……」
 



 一方、メディカルルームである。
 「君には感謝しているよ」
 と、ベッドの上に身体を起こした顔色の悪い男が言う。ラスコリーニコフだ。
 その言葉は無論、甲斐甲斐しく彼の看病をしていたソーニャに向けられたものである。
 彼が数日前に出撃後倒れてから、ずっとソーニャはラスコリーニコフの世話をしていたのである。
 「もう、戦うのはやめてください」
 ソーニャはそれには答えずに、嘆願するようにそう言った。
 「それはできない…必要な、ことだ」
 何が必要なのか。
 それは彼の歪んだ価値観に起因していた。
 その時扉が開き、グリュックとスミスの二人が入ってきた。何か言おうとしていたソーニャは、そのまま口を噤んでしまう。
 「ここがメディカルルームだ」
 スミスはぱっと室内を見回し、ベッドの上のラスコリーニコフに目を留めた。
 「……」
 彼女は一瞬ラスコリーニコフを見ていたが、すぐに視線を外した。
 「さて、では次に行こうか」
 グリュックはここには特筆すべき事もないのか、すぐに部屋を出て行く。スミスももうラスコリーニコフには何の興味も抱いていないようだ。
 二人が出ていった後、ラスコリーニコフはしばらく閉じられた入口の扉を睨んでいた。
 「……?」
 ソーニャがそれに気付き、不思議そうな顔をする。
 それに気付いたラスコリーニコフは、鋭い視線を扉に向けたままソーニャに言った。
 「……いや、あの女……妙だな…」
 その時、緊急事態発生の警報が鳴り響いた。




 「何事だ!」
 ビリーはすぐさま発令室に駆け込んだ。そこには既にガルド、ミリア、シェリーがいた。
 「アルマゲイツの潜水艦が接近中。数、1。真っ直ぐこちらに進んできます。ポイント000の場所が敵に判明している模様」
 ミリアが淡々と告げる。
 「しかし……どういうつもりだ?単艦で何が出来るというんだ…」
 ポイント000の外壁には、多数の魚雷発射口が存在している。それを掻い潜ってポイント000に到達するのは不可能だ。確かにポイント000にはメギドアーク、アクアノート以外にもう一つ潜水艦のドックがある。それでも到達しても隔壁を開かない限り中には入れないだろう。外部からの攻撃も不可能だ。
 「……ビリー、どうする?」
 「警告を出せ」
 ガルドの問いにビリーはモニターを睨みつけながら答えた。
 それにしても、何故ポイント000の位置がばれたのだ?
 「こちらの警告には答えません」
 ミリアが淡々と報告する。
 「止むを得ん………攻撃しろ!」
 ビリーの指示の元、火器統制のシェリーが魚雷攻撃を敢行する。
 否、しようとした。
 「魚雷攻撃が不可能……どうして?」
 ポイント000の火器統制装置はシェリーの指示に従わなくなっていた。
 「ドックの隔壁が開きます」
 ミリアがさらに衝撃的な事実を告げた。
 「………そうか……」
 ビリーはようやく思い当たった。
 スミスだ。
 「まさかたった一人の為にポイント000のシステムが乗っ取られるとはな…」
 最早、完全にコントロールは奪われていた。
 「誰かグリュックに連絡を取れ!彼女と一緒にいたはずだ!」
 そう言うなり、ビリーも発令室から飛び出していった。
 「第1ガレージの全ACも出撃不能になっています」
 「奴ら、すぐに乗り込んでくるぞ!全員白兵戦の準備だ!ガキどもをすぐに避難させろ!」
 ガルドが怒鳴る。
 ポイント000は今、かつてない危機に見舞われようとしていた。
 



 最初に潜水艦から姿を現したのは、ACだった。
 重装甲が長所のタンク型AC。右腕にはハンドロケット、左腕にはシールド。両肩ガトリングガン。
 アルマゲイツの傭兵ドルーヴァのACマッドドッグだ。
 各潜水艦ドックは、AC積み込みの為にガレージへの直結通路が存在している。勿論隔壁も存在しているのだが、今は何の役にも立たなかった。
 続いて、マシンガンで武装した戦闘員が続々と現れる。その数はおよそ30人。
 「さすが、見事な手並みだな」
 ノートパソコンを抱えたスミスは、潜水艦の内部で一人の男と対面していた。アルマゲイツのACパイロットの一人、キルと言う男だ。
 「キル…別に、これが仕事だから」
 誉められたにも関わらずスミスはさして何の感情も覚えなかったらしく、表情を変えない。どうやら、彼女はキルという男が嫌いのようだ。
 「堅い奴だな…では、俺も出撃してくるか」
 そう言ってキルはACガレージに向かった。
 「取りあえず、格納庫のACは2体を除いてシステムダウンさせてあるわ」
 スミスにその言葉に、訝しげな表情になるリール。
 「どういうことだ?」
 「1体はダイス。ガレージのシステムと接続されてなかったから。でも、たかがダイス1機、大した事無いと思って放っておいただけよ」
 「すると、もう1体は?」
 「未塗装の銀色の機体。桁外れにシステムのガードが固くて侵入できなかったわ」
 「ふむ…銀色の機体か。ガルドの機体…いや違うか」
 キルはガルドの真の乗機ベーゼンドルファを想像したが、どうやら違うようだ。ベーゼンドルファは未塗装なのではなく銀色に塗装されているのである。
 「武装もあまり見たことのないものばかりね」
 「つまり、そいつには要注意という事か?」
 スミスはそれ以上答えなかった。
 「まあいい。たかが1機、どうとでもなる」
 そう言って、キルはガレージのほうに向かっていった。
 スミスは手元のノートパソコンのデータを閲覧した。
 ディスプレイに映し出されているのは、未塗装の銀色の機体…つまりインフィバスターの簡単なデータである。そして彼女がキーを叩くと、インフィバスターの写真が表示された。恐らくエスタフィールドでとらえられた映像だろう。さらにキーを叩くと、エスタフィールドでのインフィバスターが撃墜したACの数、そして推定機体性能が表示される。
 「………」
 スミスは叩きだされたデータを凝視した。
 火力、装甲、機動力……どれを取っても高性能だ。
 「これはただのACじゃない……」
 



 戦闘員30名に加えACまでついているアルマゲイツの制圧部隊と、殆どが白兵戦に不慣れなオーフフェンズのメンバーとでは勝負にならなかった。
 「ガキどもは公園に集めてるのか!?」
 「ああ、刃達もそこにいる。その他の非戦闘員はメギドアークの方らしい!」
 ガルドを始めとした数名が発令室に立て篭もっていた。ガルドとディックが拳銃を持っていたが、シェリー、ミリアは銃を持っていない。そして、敵の戦闘員5人は全員マシンガンを所持しているのだ。
 「ビリーの奴は……ユーミルの所となると、やっぱり公園か。メギドアークのほうに連絡を取って行方不明の奴を確認しろ!」
 「グリュックさんが未だに行方不明。エナさんもグリュックさんを探しに出て行ってしまったそうです」
 ミリアの報告に愕然とするガルド。
 「あのバカ…何やってやがるんだ!」
 そう叫びながら発砲する。敵の一人がもんどりうって倒れた。後4人。
 



 公園にはまだ敵は来ていなかった。だが、敵が近づいてきているのは間違いない。
 ビリーは迷っていた。このままでは子供たちを戦闘に巻き込んでしまう。一番安全なのは、メギドアークまで逃げることだ。だが、逃げ道がない。公園からメギドアークまで行くには、どうしてもガレージを通らなければならない。ガレージには敵ACがいるだろう。
 かと言って、このまま待っていては確実に敵はやって来る。
 オーフェンズの孤児は200人近い。この全てを引率して、敵ACのいるガレージを通れるのか?そんなことは不可能に近かった。だが…このままここにいれば100%、子供たちは殺される。
 「よし……やむを得ない。メギドアークに移動する!」
 そう言ってビリーは拳銃を手に、先頭を歩き始めた。それを確認して刃も拳銃を抜く。さらに、翔一にも拳銃を手渡した。
 「……」
 無言で刃を見る翔一。刃の差し出す黒い鉄の塊を受け取るべきか、迷っている。
 だが、翔一が悩んだのは一瞬だった。
 無言で翔一は拳銃を受け取る。希望が一瞬、不安そうな表情で翔一を見るが、それだけだ。
 彼女の表情は、明らかに「いいの?」と言っている。
 翔一は首を振った。
 希望は既に、子供を守るためにその細い手を血で染めている。その彼女を守るためなら、例え自分の手が血にまみれる事になるとしても、翔一は拒まなかった。
 ビリーも一瞬表情を曇らせたが、今はそのようなことを言っていられる状況ではない。
 「すまないな…こういう事になってしまって」
 彼には、謝る事しか出来なかった。
 「何で、ビリーが謝ってるの〜?」
 ビリーの後ろのユーミルが、きょとんとした表情で聞く。
 「別にビリーさんのせいじゃないですよ」
 笑える状況ではなかったが、希望は無理に笑顔を作って首を振る。
 今するべきことは、無事に子供たちを逃がす事だ。ビリーを責める事ではない。
 「すまない…では、急ごう」
 やがて彼らはガレージの入口に辿り着いた。メギドアークのドックへと通じる道までの距離は、およそ50メートル。幸いなのは、戦闘員の姿が見えない事だった。しかし、その代わりドックには2機のACがいる。片方はドルーヴァのマッドドッグ。こちらはまだいい。ビリーは彼のことを知っている。ドルーヴァは強き敵と戦う事を生きがいとする武人だ。間違っても子供たちを攻撃するような事は無いだろう。
 「問題はあちらか…」
 ビリーはもう1機のACに目をやった。アルマゲイツのレイヴン、キル。中量2脚のACだ。武装はマシンガンと大型ロケット。オーバーキルスタイルで知られるレイヴンだ。恐らく、子供たちにマシンガンの銃弾を浴びせる事も全く厭わないだろう。
 「……よし、刃。あちらの通路まで行ってくれ。そして子供たちに合図を出すんだ。刃の合図で5人ずつ、あちらの通路まで走るんだ。いいな?」
 「了解」
 刃はそう答えると、即座に走り出した。さすがに兵士として鍛え上げられている刃である。50メートルの距離は、彼には何の障害でもなかった。全く発見される事なく、向かいの通路に辿り着く。
 「よし。僕が敵の気を引く。急げ」
 「敵の気を引くって…ACは使えないんじゃ?」
 訝しげに聞く翔一。ACがシステムダウンさせられている事は、彼も聞いていた。どうやって敵を引き付けると言うのだ?
 「まさか……」
 「そのまさかさ。長く持たせる自信がない。急いでくれ」
 そう言うなり、ビリーは拳銃を手に走り出した!
 「!!」
 絶句する翔一と希望。何の躊躇いも無く、拳銃一丁でAC2機に向かっていくとは信じられなかった。死ぬのが怖くないのだろうか?
 「……凄い人だ…」
 翔一は呟いた。ACの操縦だけではない。人間としてのビリーの凄さを、翔一は思い知った。
 ビリーはキルのAC目掛けて発砲した。
 「?何だ……あいつは」
 キルは一瞬自分の目を疑った。生身の人間が、拳銃で自分のACを撃っているのだ。
 「……あいつは…ビリー・フェリックス!」
 馬鹿な奴だ。敵の総帥が死にに来てくれたのだ。
 ビリーはキルがこちらに気付いたのを確認すると、すぐに走り出した。キルは迷わず、マシンガンのトリガーを引く。生身の人間をACで射殺するなど、彼にとっては責めるべき行為ではない。
 ビリーは手近にあったケイオス・マルスの影に滑り込んだ。真紅の巨躯をマシンガンの銃弾が叩く。
 敵の攻撃の隙間を縫い、ビリーは再び走り出した。
 「野郎、ちょこまかと…」
 今度は大型ロケットを放つ。だがそれは、またしても意志の無い立ち尽すだけの巨人に遮られた。
 キルの注意は完全にビリーに向かっている。刃が合図を出した。
 「さ、走って!」
 希望が子供たちの背中を押す。子供たちは必死で走った。5人ずつ、少しずつだが確実に子供たちは向かいの通路へ移動していく。
 だが、200人もの人数がいるのである。わずかな時間で全員移動できるものではない。
 そして、その場にいるACはキルだけではないのだ。ドルーヴァはビリーの意図を読み取った。
 (生身で向かって来て勝ち目のない事は分かっているはずだ…やけになったとも思えん…となると、囮か)
 ドルーヴァはくまなく辺りを見回した。すると案の定、子供たちがガレージの隅を走っていくではないか。
 (成る程、子供たちを逃がそうというのか…)
 見つけはしたものの、子供たちをACで踏み潰すなどという事は彼には考えられなかった。
 (敵ながらあっぱれな奴よ。だが、こちらにも立場というものがあるのでな…)
 ドルーヴァはマッドドックをビリーのほうに向けた。
 「ビリー、もう観念せよ」
 外部音声で話し掛ける。ビリーは一瞬ちらりと彼のほうを見たが、すぐに別のACの影に隠れた。一瞬後に彼のいた場所をキルの放ったマシンガンの銃弾が薙いでいく。
 「ちいっ、ちょこまかと…この野郎!」
 キルの苛立ちは頂点に達しようとしていた。そしてその時、間の悪い事に走っていた子供の一人が転んでしまった!
 それを見ていたビリーの動きが一瞬止まる。もしドルーヴァがこのとき発砲していたらビリーの命はそこで尽きていただろう。だがドルーヴァはそれを良しとしなかった。そして、キルは絶好のチャンスにも関わらず撃たなかった。ビリーの視線で、転んでいる子供に気付いてしまったからである。
 「ははあ…成る程な。そういうわけか…」
 キルはゆっくりとACをその子供のほうに向き直らせた。転んだままの子供は、恐怖で立ち上がる事も出来ない。
 「だめ、逃げて!」
 希望が叫ぶが、それでも子供は立ち上がれない。事態はさらに悪くなった。希望の叫び声で、彼女たちもキルに気付かれてしまったのである。
 「まだいたのか……」 
 キルはマシンガンの残弾数を確認した。821発。充分だ。
 「さて……誰から行くか…」
 キルはゆっくりと無防備な獲物を見回した。転んでいる子供。銀髪の少女。子供たちを助けようと生身で自分に向かってきた馬鹿な男。
 「面倒だ、まずはお前だ!」
 転んでいる子供は逃げる気配もない。まずは、あの女からだ…
 「させるか!」
 それより早く、翔一が飛び出した。彼の手には拳銃がある。
 一発撃ち、希望達から離れた方に走り出す。
 「巫護君、だめっ!」
 「この坊主、やろうってのか!」
 キルは翔一のほうに機体を向ける。
 翔一は必死で走り、ACの影に飛び込んだ。
 だが、彼にはビリーほどの技術はない。このままではすぐに殺されてしまうだろう。
 「………巫護君…」
 このままでは殺されてしまう。
 そう思った希望は、わずかな迷いもなく走り出した。未塗装の鈍い銀色の機体、インフィバスターの方へ。動くかどうかはわからなかったが、このまま翔一が殺されるのを黙って見ているなど、とてもできなかった。
 「お願い、動いて…」
 インフィバスターのコクピットに飛び込み、起動させる。希望の声に答えて、銀色の巨人の双眸に光が灯った。スミスのハッキング技術をもってしてもシステムダウンさせる事が出来なかった、脅威のシステムが希望の命令を全身に伝える。
 「ん……キル。ACが動き出したぞ」
 それに気付いたドルーヴァが、キルに告げる。生身の人間をACで追い掛け回すのを止めさせるためだ。
 「何!?あのACは……スミスの言っていた銀色の奴か。面白い」
 キルは銀色のAC…インフィバスターに向けて、マシンガンを放った。だが、重量級であるインフィバスターに、マシンガンの銃弾は殆ど通用しなかった。
 「インフィバスター……彼女が動かしているのか!?」
 ビリーが驚愕する。あれだけのショックを受けていながら、また自らACに乗ったのか。誰かを守るために…
 だが、いくらインフィバスターでも現状は不利だった。まず第一にオーバードライブライフルは当然ガレージ内では使えない。
 そして、敵はベテランのレイヴン二人だ。対して希望はいくら巫女とは言っても実戦経験が少なすぎる。冷静に判断して、このままでは勝ち目は薄い。
 インフィバスターがガトリングガンを放つ。だが、ガレージといっても広さはある。キルは、あっさりとそれを回避してしまった。
 ドルーヴァがまだ積極的に攻撃を仕掛けていないため、まだ持っているがドルーヴァが動けば希望が危ない。
 ビリーは状況を打開する為に、何か無いか探した。すると、ガレージの隅にダイスがある。鹵獲したもので、練習用として保管されていた。ダイスはガレージの管理システムに接続されていない。もしかしたら動くかもしれないのだ。ダイスはマシンガンと中型ロケット、ブレードで武装したもっともメジャーな量産型ACだ。勿論性能は低いのだが、無いよりましである。
 だが、ビリーがダイスの方に走り出した次の瞬間、何とダイスが動き出してしまった!
 「動いた…?誰が乗っているんだ!?」
 刃は通路にいる。翔一はACの影。希望はインフィバスター。この場に、他にACに乗れる人物などいないはずだ。
 いや。
 一人、いる。
 「まさか…」
 キルがインフィバスターに向けて大型ロケットを放つ。いくらインフィバスターといえど、直撃すればただでは済まされない。だが、ロケット弾はインフィバスターに直撃するより早く、ダイスの放ったマシンガンにより撃ち落された。
 「な、何だと!?」
 キルが驚愕する。目視で、ロケット弾を迎撃するなど彼は今まで見た事が無い。そんなことが出来る相手など信じられなかった。
 ドルーヴァもすぐに謎のパイロットに警戒態勢を取る。彼も、敵の技量に驚きを隠せなかった。
 「注意しろ…そのダイスのパイロット、尋常な腕ではないぞ」
 キルにそう警告する。
 ダイスは中型ロケットをキルに放った。正確な射撃だ。だがキルとてベテランのレイヴン、どうにかそれを回避する。しかしその間にダイスはキルに接近していた。
 「させるか!」
 ブレードを振るうが、既にダイスは頭上に飛び上がっていた。ダイスのレーザーブレードでは出力が負けていることを知っているのだ。
 そのままキルを踏みつけ、背後に回る。
 「なめやがって!」
 キルは振り返りざま大型ロケットを放つ。だがそこにいたのはダイスではなく、ドルーヴァだ!
 「何をしている!」
 シールドを展開し、何とかロケット弾を受け止めるドルーヴァ。ダイスは再びキルの背後に回っている。衝撃が走った。キルがモニターを見ると、ブースターが破壊されている。
 それを見ていたビリーは確信した。
 ダイスに乗っているのは……
 「子供たちを撃とうとするなんて最低!最悪!おに!あくま!」
 間違いなく、ユーミルだった。
 「……ああ?」
 唖然とするキル。ダイスから聞こえてきたのは、子供じみた娘の声だった。
 本当にこんな小娘があんな動きをしたのか?
 しかし、ユーミルにあった事のあるドルーヴァは戦慄した。
 「キル、そいつは蒼のユーミルだ!勝ち目は無いぞ!」
 4年前に彼は敵としてユーミルと戦った事がある。いや、戦ったとは言えないだろう。何しろ彼とリールは一瞬で戦闘不能に追い込まれてしまったのだから。
 だが、キルはユーミルの名前は聞いていたものの、実際の強さなど知らなかった。
 「伝説のレイヴンだか知らないが…ダイスで何が出来る!」
 キルはこの時、インフィバスターの存在を完全に忘れてしまっていた。インフィバスターのビットが、キルのACを撃ち抜くまでは。
 「ぐっ!?」
 動きが止まったその瞬間、ダイスのブレードがキルのACのコアを貫いていた。
 「ドルーヴァ、聞こえる?すぐに撤退して」
 次の瞬間、ドルーヴァにスミスからの連絡が入る。その判断は正しかった。これで1対2である。勝ち目は薄かった。ドルーヴァのマッドドッグは、ゆっくりと撤退していった。
 



 その頃エナは、グリュックを探して一人彷徨っていた。
 「グリュックさん…無事でいるといいんだけど…」
 その顔には不安そうな表情が張り付いている。
 先程から、全く人影を見ていない。アルマゲイツの戦闘員が侵入しているらしいのだが、エナにはそんな事を気にとめている余裕は無かった。グリュックが案内していたスミスは敵だった。そして、誰もその後のグリュックを見ていないのだ。
 彼に何が起こったのか…そう考えるとエナは居ても立ってもいられなかった。勿論、エナは拳銃など所持していない。もしアルマゲイツの戦闘員と出くわしたら、彼女の命は無いだろう。
 その時、前のほうから物音がした。
 「グリュックさん?」
 エナはそちらの方に歩き出す…が、すぐにその足が止まった。足音は複数だった。
 エナは身を強張らせた。アルマゲイツの戦闘員。
 見つかったら、殺される。
 慌てて隠れる場所を探すが、ここは通路である。そんな場所など見つからない。
 逃げようと身を翻すが、足をもつれさせて転んでしまう。
 「むっ?」
 背後からの声。聞いたことの無い声だった。アルマゲイツの戦闘員だ…
 殺される!
 いや…こんなところで、死にたくない!
 エナの生に対する執着が、彼女に行動させた。転げ上がるように立ち上がり、ろくに相手すら見ずに体当たりする。意表を付かれた戦闘員の一人がもろに体当たりを喰らい、倒れこんだ。
 「こいつ!」
 横にいた2人がエナにマシンガンの銃口を向ける。だが、それより早く銃声が響き、その2人はマシンガンの引き金を引くことなく倒れた。そして再度の銃声が、エナの体当たりにより倒れた男の命を奪う。
 「……?」
 呆然と、倒れた男たちを見ているエナ。その彼女に、背後から声がかけられた。
 「エナ、こんなところで何をしている!?」
 赤毛の隻腕の男。グリュックだった。
 「グリュックさん、頭…血が…!」
 グリュックは頭から血を流していた。大した量ではないのだが、それがエナをパニックに陥らせる。
 「かすり傷だ。それより、武器も持たずに何をしている?」
 「え……グリュックさんがいなかったから…捜して…」
 そう言っていて、エナは自分が情けなくなってしまった。
 何をやっているんだろう?
 結局助けられたのは自分のほうだった…
 エナはそれ以上言葉を紡ぐ事が出来なくなり、そのまま暗い表情で俯いてしまう。
 「それで丸腰で来たのか?……お前はたまに信じられない行動に出るな」
 エナが何故そこまでの無茶な行動に出たのか…その理由を、グリュックは考えつかなかった。
 「まあいい。どうやら、敵は撤退を始めたようだ。皆と合流するぞ」
 「はい…」
 


 「よっと」
 ダイスから降りてきたユーミルを、ビリー達が出迎えた。
 「ユーミル…元に戻ったのか……」
 複雑な表情でユーミルを見つめるビリーを、きょとんと見上げるユーミル。
 「………えっと…ああ、そっか……なんか…ま、いっか」
 ユーミルはなにやら一人でぶつぶつ言っていたが、勝手に自己完結してしまった。
 「……は?」
 訳がわからないといった顔のビリー。
 「えっと……のぞみちゃんにしょーちくんだっけ?まあ、そういう訳だから、これからよろしくね〜」
 今度は、希望と翔一に手を振るユーミル。
 「翔一!俺の名前はしょ・う・い・ち!」
 「え?あ、そっかそっか。まあ細かい事は気にしないとして…」
 滅茶苦茶な事を言っているユーミル。
 「こ、この人があの伝説のユーミルなのか…」
 翔一は自分の想像とのギャップを隠せなかった。最初に会った時は、精神が幼児化しているからだと思っていたが…
 「それで……これから、どうするんですか?」
 希望がビリーに尋ねる。
 敵は撤退したとはいえ、この基地の場所は既に知られてしまったのだ。ビリーは決断を迫られた。
 「恐らく、我々のACを無傷で確保したくて、あのような手段をとったのだろう。それが失敗したとなると、今度は大戦力で来るはずだ…やむを得ない。ポイント000は封鎖する。刃、すぐに皆を集めてくれ」
 「了解」
 走り去る刃の後姿を見ながら、ビリーは漠然と思案にふけっていた。
 恐らく、子供たちが危機に陥っているのを見て、ユーミルは戻ってきたのだろう。だが、どうしてこの基地の場所がばれたのだ?
 恐らくスミスは我々が拾い上げるのを前提にあの周辺で救難信号を出したのだろう。つまり彼女は最初から基地の場所を知っていたのだ。
 エスタフィールドに出現した海賊自体が罠であった事を、ビリーは知らなかった。
 
 



 「駄目だったみたいですね、スミス」
 スミスのノートパソコンに映し出されているのは、人の良さそうな青年。
 「はい、社長」
 社長と呼ばれた人物。それは、エルスティアの吟遊詩人ルカだった。
 「まあ、仕方ありませんね。でも、あなたの計画は成功したようですね」
 ルカのその言葉に、スミスが身を強張らせる。
 「……何の……事ですか」
 「キルがあなたを育ててくれたレイヴンの仇だという事、私はちゃんと知っていましたよ」
 つまり、スミスはインフィバスターの性能を知りながら、キルにはそれを黙っていたのである。彼女は、キルが敵に殺されるのを狙っていたのだ。
 「まあ、いいでしょう。これであなたも心置きなく働いてくれますね」
 ルカのその言葉にスミスは驚きを隠せなかった。
 「……処罰はないと?」
 「キルなどどうせ使い捨ての駒です。性格的にも能力的にも…スミス、あなたの方が必要な人材ですよ」
 そう言って微笑むルカ。その笑顔は、人の良い隣のお兄さんにしか見えなかった。
 「これより総攻撃をかけますが…あなたには手回しだけしてもらいます。それが済んだらゆっくり休んでください」
 「わかりました…」
 その言葉を最後に通信は切れた。
 スミスは、知らぬ間に滲んでいた手の汗を拭った。大切な人の仇を取った事すら、小さな事に思えてくる。
 「ルカ……底が知れない人……」
 スミスは小さな声で、そう呟いた。




 後書き 第9話「蒼の巫女、再び」

 やたらと長くなりました。なんでこんなに長くなったんでしょう。詰め込みすぎ?
 今回は久々に戦闘する二人がいます。ビリーがヴェルフェラプターで戦ってますが、久し振りなので本気だしてるようです。翔一相手に。大人気ないですね(笑
 そしてユーミル。どうもインフィニティアの性能があまりにもいいせいか、ユーミルの強さって機体性能のせいだというイメージがあるので、復活第1戦はダイスで戦わせました。今後は機体性能よりも、技術で強いという面もどんどん出していきたいと思います。というわけで次の話ではユーミルは色々な戦法を使います(笑
 新キャラスミス。Zさんの投稿キャラです。仇を討つエピソードは本来過去形のものだったのですが、現在進行形にしました。
 あと、エナとグリュックが微妙だったりします。ちなみに次の話まで引っ張ります。
 一応次の10話でオーフェンズ編が一区切り。現在ちょっと出番少ないキャラにも出番がきます。