「ったく…どこ行ってたんだ!」
 ガルドはかんかんである。
 ユーミルとリットはささっと、ルカの後ろに隠れた。
 「すいません。連れまわしたのは私です」
 ルカが申し訳無さそうに謝る。
 「……あんた…吟遊詩人のルカか?」
 「ええ。久し振りですね、ガルド」
 ガルドはルカを見て、驚いたようだった。
 「あれ?ガルド、知り合い?」
 ユーミルがきょとんとしている。
 「ああ、吟遊詩人のルカといえば、エルスティアでも有名だぜ。それに、こいつは見かけに寄らず強いからな。前、一緒に戦ったことがある」
 「見かけに寄らずって、どういう意味ですか」
 「見た目はただの優男じゃねえか」
 「ひどいですねえ」
 2人の会話を遮って、黒髪の少女が言った。ガルドと同じ円卓騎士のイルムだ。
 「陛下がお待ちのはずですよ。もう6,7時間ほどは」
 淡々とそう告げる。
 「あ…やべえ」
 ガルドが時計を見た。
 「って…待ってたんですか?陛下は」
 ルカが意外そうに聞いた。
 「ああ…よっぽどユーミルの力が必要なんだろ…」
 そういうガルドの言葉には、苦い響きがあった。



 第19話「昔話」



 「そういえばガルド、なにその格好?劇でもやるの?」
 廊下を歩きながら、ユーミルが尋ねる。
 ガルドは、いつもの服ではなくまるで中世の貴族でも着ていそうな服を着ていたのだ。
 はっきり言わなくても、似合っていない。
 「これは円卓の騎士の正装だよ…はっきり言って、うざったくてあんまり好きじゃねえんだが…ああ、お前の巫女の正装もあるぞ。イルム、やっぱり着替えさせたほうが良いか?」
 ガルドは傍らを歩いていたイルムにそう聞いた。彼女も、ガルドと同じような服を着ている。こちらは着慣れているのか、あまり不自然さは感じさせなかったが。
 「その服装で謁見はあまり薦められません」
 イルムがそういうのも無理はない。ユーミルとリットはずいぶんと軽い格好だ。
 少なくとも仮にも一国の国王と謁見するような服装ではない。
 「だよな…イルム、悪いけどユーミルを着替えさせてやってくれ。リットは…ビリーが部屋で休んでるから、お前も休んでるか?」
 リットにしてみれば、国王との謁見などただ息苦しいだけだろう。
 「じゃ、わたしも」
 どうやらユーミルも同じだったようだ。無理もないといえば無理もないが。
 「馬鹿野郎!お前がいないと話が始まんないだろうが!さっさと着替えてこい!」
 「ええ〜〜〜〜〜〜」
 不満そうな表情のユーミル。
 「ええ〜〜〜〜〜〜じゃねえだろ…ほら、気が進まんのは分からんでもないが…いいから着替えて来い」
 「こちらへどうぞ」
 イルムがそう言ってさっさと歩き出してしまった。
 ユーミルもあたふたとその後をついていく。
 「さてと…ルカ、お前はどうする?」
 ガルドは自分の後ろを歩いていた吟遊詩人に尋ねる。
 「そうですね…私も今日はここにとどまりましょうか…」
 なにやら意味ありげにルカが答える。ガルドもそれに気付き、いぶかしげに聞き返した。
 「ほう?どういうことだ?」
 「いえね、ちょっと気になることがありまして」
 「まあ、いいけどよ。じゃあ、適当にその辺ぶらついててくれや」
 ガルドはそう言って謁見の間のほうへと歩いていった。
 それを見送りながら、ルカが笑顔のまま、呟く。
 「まだ、役者が揃っていませんからねえ」
 



 20分後、ユーミルとガルドは謁見を果たしていた。
 「ガルファード=ナウル=ニコライよ。その者が蒼の巫女、ユーミルか?」
 国王、ラナカトール=ルイ=エルスティア17世の隣にいる大臣がそう聞いた。
 「はっ。インフィニティアも乗りこなしています」
 いつものガルドからは想像も出来ないような丁寧な口調で、そう答えた。だが…
 ユーミルは、居心地が悪そうだ。
 無理もない、彼女は巫女服である。ファンタジーゲームかなにかで出てきそうなそれを、ユーミルは着ていた。
 「それより、円卓の騎士はどうしたんです?ルークとイルムしかいないようですが…」
 「うむ、それなのだが…実は最近東部地域にて、ディソーダーが出現するようになったのだ」
 「ディソーダーが!?」
 「といっても、現れるのは小型のものばかりで、数もそれほど多くはない。だが頻繁に現れるのでな、あの2人以外の円卓騎士をディソーダー掃討に向かわせたのだ」
 「ふむ…」
 国王が口を開いた。
 「ユーミルよ」
 「え?あ、はい」
 どうやら話を聞いていなかったようだ。
 「ディソーダーの出現は、滅びの先駆け。もしも九球の熾天使が現れれば、太刀打ちできるものはお前だけだ。お前の力を、民草のために使ってもらいたい」
 国王は、民草のためにという部分を強調して言った。
 「…………ねえガルド、たみくさって何?」
 一瞬の沈黙の後、ユーミルが横のガルドにそう聞いた。
 「あのな…民草ってのはこの国の奴ら全員の事だよ…」
 「そっか…うん、いいよ!」
 またしても2つ返事でOKするユーミルだった。
 「うむ。では部屋を用意する。戦いに備えてゆるりと休むが良かろう」
 大臣がそう言うと、イルムが再び現れた。
 「こちらへどうぞ」
 相変わらずの抑揚のない声で、ユーミルを招く。
 「あれ?ガルドは?」
 ユーミルが謁見の間を出ようとして、振り返った。ガルドはまだ残っていたからだ。
 「ああ、俺はもう少し用がある。お前はビリーやリットの所に顔出してやれ」
 「おっけー」
 ユーミルはぶんぶん手を振り、謁見の間から出て行った。大臣も、国王に命じられ部屋を出る。
 残ったのはガルドと国王だけである。
 「……奴も帰ってくる」
 ガルドが唐突にそう言った。先ほどまでの敬語は消えている。
 「仕方あるまい…」
 国王も、うなづいた。
 「俺たちが通ったゲートはこちらからロックしたとはいえ…インフィニティアの覚醒で現存する全てのゲートが開いた可能性を考えると…」
 「この町の外れにもゲートがある。ロックをしたとはいえ…無駄かもしれん」
 「なぜ?」
 ガルドの問いに、国王ラナカトールは達観したような表情で答えた。
 「宿命なのだよ…所詮我々全ては見捨てられたものだからな…元より滅びる事が決まっていた」
 「………」
 「ただ、滅びを先送りにしているだけなのかもしれん…巫女の命を犠牲にしてな」
 「そして…アルマはそんな俺たちが許せない…奴は来る。絶対に」
 




 「エルスティアへのゲートを確保したか…」
 暗い部屋。
 立ち並ぶ培養層。その中に浮かぶ人間の脳髄。
 「状態は良好だ。問題はない。これより侵攻を開始する」
 部屋の巨大なモニターには、アルマが映し出されていた。
 「戦力はどうなっているのだ?」
 「先の戦闘で、傭兵2人のACが大破したが、問題はない。修理はほぼ完了している。ダイス50体も到着した」
 アルマが答えた。
 「エルスティア…枝の分際で小癪なものよ。貴様らに繁栄の権利はないのだ」
 「枝は幹に属するべきもの…」
 「アルマよ、必ずや手中に収めよ。エルスティア、そしてインフィニティアを」
 それを最後にモニターからアルマの顔が消える。
 



 ユーミルは1人、城の屋上で夜風に当たっていた。
 「眠れないのか?」
 不意に後ろから声がかかる。
 「ガルド…」
 現れたのはガルドだった。
 「う〜ん。なんていうか、だって色んな事があったんだよ。なんか変な感じ。あ、そうだ」
 ユーミルがふと、ガルドに向き直った。
 「なんだ?」
 「ガルドって、わたしのお母さんの事、知ってるんでしょ?わたし、なんか昔の事良く覚えてなくて…ねえ、お母さんの事話してよ」
 「ああ、いいぜ」
 ガルドはふと、本当にユーミルを戦わせていいのか…という考えを、頭の中によぎらせた。
 愚問だ。
 ユーミルが…巫女が戦わなければ、待っているのは滅びだけだ。
 ガルドはすぐにその考えを振り払った。
 「お前の母さんは…名前をユラシルと言ってな…お前と同じ青い髪の、きれいな女性だった。性格はあんまり似てないがな…彼女は真面目で頭も回った」
 「……それ、どーいう意味?」
 ユーミルがガルドを睨む。
 「まあ、あまり深く考えるな」
 「む〜〜〜…」
 「彼女は巫女としての自分の運命を受け止めて、戦おうとしていた。エルスティアの人々のために…だが、彼女の戦いは日増しに厳しくなっていった。俺たち円卓の騎士もユラシルを助けて戦ったが…そして遂に最後の戦いのときが来た。九球の熾天使との戦いだ。最後まで彼女についていたのは俺だけだった…」




 インフィニティアのポジトロンライフルが、敵に叩き込まれる。
 通常のACの倍近い大きさの赤と黒のAC。
 九球の熾天使、ナインボール・セラフ。
 ナインボール・セラフの両腕からガトリング・フィンガーが発射される。
 だがそれはインフィニティアを包む蒼い光によって、全てインフィニティアに届くことなく消滅した。ナインボール・セラフは変形し、飛行形態になり空中からミサイルを次々と発射する。
 インフィニティアも飛び上がった。レーザーがミサイルを迎撃し、インフィニティアは恐るべき機動力でナインボール・セラフに肉迫する。
 そしてブレードを一閃、だがナインボール・セラフは瞬時に人間形態に戻りブレードでそれを受け止めた。
 失速し高度を下げる2機。
 ベーゼンドルファがグレネードライフルで援護する。
 ナインボール・セラフはその一撃を難なくかわすと、ガルドにブレード光波を放った。
 「ちっ!」
 機体を滑らせ、かわしたがパルスキャノンの連射がベーゼンドルファを襲った。
 「くそっ!」
 右腕が吹っ飛ぶ。
 インフィニティアのユラシルが、プラズマキャノンを発射した。
 ナインボール・セラフがインフィニティアに向き直る。
 「ガルド、もう充分です!戦域を離脱してください!」
 ユラシルからの通信に、ガルドが怒鳴り返す。
 「何言ってやがる!1人でどうする気だ!」
 「これ以上敵を進める事は出来ません。もう、町はすぐ後ろなんです!ここで何としても奴を撃破しなくては…」
 「待て、まさかユラシル…魂を吸わせる気か!馬鹿野郎!ユーミルはどうなるんだ!ユラシルっ!」
 ガルドが叫ぶ。
 「すみません…ユーミルの事…頼みます」
 そして通信は切れた。
 インフィニティアの動きが止まる。その全身からは蒼いオーラがにじみ出ている。
 「さあ、インフィニティア……私の魂を、吸いなさい!」
 次の瞬間、まばゆい光が辺りを包んだ。
 蒼い、光が。
 「!」
 ガルドが思わず目を覆う。
 それはユラシルの魂の輝き。
 ユラシルの魂を吸った、インフィニティアの放つ輝きだった。
 ナインボール・セラフが、おびえた様に後退する。
 インフィニティアのオーラが収束し、ナインボール・セラフを貫いた。
 爆音。
 一瞬でナインボール・セラフは消し飛んだ。
 だが……
 動かなくなったインフィニティアのコクピット。
 そこには、ユラシルの姿はなかった。



 「と、いうわけさ……」
 「お母さんも、みんなのために戦って…それで……」
 ユーミルはそのまま俯いたかと思えば、今度は上を見上げた。
 エルスティアの夜空は美しかった。
 「星がきれいだね♪」
 明るい声で言うユーミル。
 (けっ、泣きたいくせに無理しやがって……)
 ガルドには、もろバレだったようだ。普通分かるが…
 「とにかく、これだけは知っておけ…インフィニティアは諸刃の剣だ。アレに頼りすぎると…いつか悲惨な事になるぞ。今まで何人もの巫女があれに魂を吸われて死んだ…いや、消滅した。お前がそうならない保証は、何処にもない…怖いんならやめてもいいんだぜ。俺はお前を責めねえからな」
 「そりゃ…こわいよ。あたりまえじゃない」
 一瞬の沈黙の後、押し殺したような声が、帰って来た。
 「こわいよ。こわいけど…みんなを守る為だもん。わたし、戦うよ」
 「そうか……」
 予想はしていた。
 ユーミルは戦うだろう。
 単純でお人よしなのがユーミルだ。
 「そういえば…」
 ふと思い出したように、ユーミルが口を開く。
 「今度はなんだ?」
 「わたしのお父さんって、どんな人なんだろ?」
 ユーミルの何気ないその問いに、ガルドが表情をこわばらせる。
 だが、ユーミルはそれに気付くはずも無かった。ガルドはすぐにその表情を引っ込めたからだ。
 「さあ…それは俺も知らねえな」
 そういうのがやっとだった。
 「ふうん、そっか…」
 ちょっと残念そうな顔をするユーミル。
 「まあ……あんまり夜更かしするなよ。俺は色々と用事があるから、もう行くぜ」
 「うん…おやすみ」
 「ああ、おやすみ。子供はさっさと寝ろよ」
 「むっかー…また子ども扱いして〜!」
 ぶんぶん腕を振ってユーミルが抗議した。
 「そのほうがユーミルらしいぜ。じゃあな」
 ガルドはそう言い残し、立ち去った。
 



 ユーミルはいつしか、柱にもたれかかって寝ていた。
 やってきた人影が、それを見て苦笑する。
 ビリーだ。
 「やれやれ……こんな所で寝て風邪でも引いたらどうするのやら」
 そう言って、自分の上着を彼女にかけてやるビリー。
 その無垢な寝顔を見ながら、ビリーは考えていた。
 自分を助けてくれたこの少女のために、自分は何ができるのだろう?
 とりあえず、できることは…
 「いくらなんでもこんな所に寝かして置けないな…」
 ビリーは彼女を背負って、歩き出した。
 「ん〜…お母さん…」
 ユーミルの寝言に、ビリーはやるせない気持ちになる。
 母親がいなかったのは自分も同じだ。父親は自分が殺した。
 「……」
 ビリーは決意した。
 彼女は……ユーミルは、自分が守る。




 後書き 第19話 「昔話」
 戦闘は回想シーンのみですね。
 いろいろと秘密が明かされたり(?)しています。
 そろそろ第1部のクライマックスに向かっていくでしょう。
 ユーミルの父親は?ルカの正体は?
 分かる人は分かるか…