「久しぶりだな」
アルマは謁見の間にいた。
エルスティア国王、ラナカトール=ルイ=エルスティア17世に、そう言葉を投げつける。
「確かに…久しいな、アルマよ。昔は円卓騎士団長であったそなたがまさか攻め寄せて来ようとは…しかし、世はそれを責めることはできぬ。すべての責は余にある…」
この場にいるのは、国王、アルマ、そしてガルドの3人だけである。
「しかし…ディソーダーどもが再びこの国を乱しておる…それはすなわち、ナインボールが再び現れるのも時間の問題ということだ。余は…再び巫女を戦わせなければならぬ」
「………」
アルマは何の感慨も見せずに、それを聞いている。ガルドも無言だ。
「無力な王であると思うであろう…それでも、巫女一人の命で大勢の民草の命が助かるならと…そしてその罪は、余が負えばいい」
「調子に乗るな」
アルマが吐き捨てるように言った。
「一人の犠牲で大勢が助かればいい?そしてその罪は自分が負うだと?」
玉座に歩み寄りながら、アルマがラナカトールを非難する。
「貴様が罪を背負って何になる。偽善者の自己満足に過ぎん」
「アルマ…よせよ」
ガルドが間に入る。
「ガルド…貴様も巫女を戦わせようというのか」
「お前が怒るのはもっともだがな…他に道がないのも、わかってんだろ」
その時。
「あ、ガルドここにいたんだ」
突然の闖入者の、能天気な声が響き渡った。
言うまでもない、当の巫女本人…ユーミルである。
「お前…勝手に入ってくるなって言ってんだろ…」
ガルドがどっと疲れた顔で、うめいた。
第21話「優しい眼差し」
「北部にディソーダー?」
報告をうけたガルドが、ルークに聞き返した。
「ああ、そうらしい。他の円卓の騎士は各地に飛んでるし…しかも俺達の機体は昨日の戦闘でほとんどが中破、大破だしな…出られるのなんて、インフィニティアとエルディバイラスくらいだろうな」
その2機なら、ディソーダーが100体くらい出てきても何の問題もないだろう。
「でも、ディソーダーごときにユーミルを出撃させることはねえだろう」
ガルドのいうことはもっともだ。エルディバイラス一機で片はつく。
「あいつが一人で行ってくれると思うか?」
過去の、繋がりを知らないルークがそう言うのも無理はない。
「まあ、行くだろうさ…それより問題は、ユーミルがおとなしくしてるか…だな」
ガルドの不安は、適中することになる。
「心配いらないって!みんなが出られないんでしょ?わたし一人でもらくしょうだから♪」
不意に2人の背後から声が上がった。
「ユーミル…最近、忍者と化してねえか?」
ガルドが思わず後ずさりながら、そう突っ込む。
「だってガルド、最近よく内緒話してるし…やっぱ気になるでしょ♪」
「だからって気配もなく人の背後に忍び寄るんじゃねえよ…って、どこ行く気だ」
「どこって、ガレージに決まってるでしょ?出撃するんだから。そういうことだからこの手を放してよー」
「待て待て…今からアルマのとこ行って、あいつに何とかしてもらうからよ」
「アルマさん?でもあの人、いきなり襲ってきたし…行ってくれるの?まあ確かに、本当は結構優しい人っぽかったけど…」
昨日の謁見の間での出来事を思い出しながら、ユーミルが言った。
ガルドも、昨日のことを思い巡らす。
謁見の間に乱入したユーミルに、その後から入ってきた大臣が思わず怒鳴ったが、アルマが一睨みで大臣を黙らせ、その日の謁見を終わらせたのだった。
「いや、あれはお前が悪いだろ…」
びびって逃げ出す大臣の顔を思い出して、ガルドは大臣に同情した。
ガレージの前に来て、ルークが言った。
「じゃ、俺は機体の修理があるからここで。じゃあな」
「じゃ、わたしもインフィニティアの準備しておこっと」
「俺はアルマに会ってくる。ルーク、ユーミルを頼む。一人で勝手に出て行かないように見張っててくれ」
「という訳だ…出てくれるか?」
ガルドが、アルマに事情を説明した。
ここは円卓騎士団長の部屋…元はアルマの部屋である。
10年近く使われていなかったため、部屋は埃が溜まっていた。
「私が行かなければユーミルを出す気だろう…」
「まあな。何しろ誰かさんが攻めてきた所為で、ほとんどの機体は出撃不能なんでね」
「仕方あるまい…」
アルマはゆっくりと立ち上がった。
ガレージにアルマが着いたときには、既にユーミルは出撃準備を済ませていた。
「話が違うぞ、ガルド。ユーミルは出撃しないんじゃなかったのか?」
「いや…何というか、あいつが自分も行くって聞かねえんだ…まあ普通に戦う分には、そんな深刻な影響はねえだろ。たかがディソーダーなんだしな」
「しかし、いったい何故?」
「暇なんだろ」
アルマの問いに、ぼそっと答えるガルド。
「あー、来た来た!遅いよー」
ユーミルが2人に気付いて駆け寄ってくる。
「もー、せっかくたいくつしのぎになると思ったのに…」
「ほらな…」
「まあ、いい。行くぞ、ユーミル」
アルマは小さく笑いながら、エルディバイラスに乗り込んだ。
「行ったのか…」
一人、城の屋上で風に当たっていたガルドに、背後から声がかけられた。
「ビリーか…どうした?」
「ちょっと聞きたいことがある」
ビリーはそう言ってガルドの横に来る。
「聞きたいこと?」
「アルマの事だ」
ビリーのその言葉に、ガルドはやっぱり、という顔をした。
「気づいたんだが…アルマはユーミルを見るときだけは、なぜかすごく優しい眼差しをしている…」
ガルドは黙って聞いている。彼も、それには気付いていた。そして、その理由も知っていた。
「それを見てから、僕はずっと思っていた…アルマは…ユーミルの父親じゃないのか?」
沈黙が2人の間に流れる。
その沈黙を破ったのはガルドのほうだった。
「ビリー…お前の思っている通り…」
ガルドは、厳しい表情で話している。
「アルマは、ユーミルの父親だ」
風が強くなっていた。
その風を受けながら、ビリーが言い返す。
「なら…なぜユーミルにそう伝えない?彼女はきっと喜ぶぞ」
ただでさえ、母親が死んでいたことを知らされたのだ。父親だけでも生きていることを知れば、ユーミルは喜ぶだろう。
「それとも、あとでびっくりさせる為に黙っている…のか?」
「違う、ビリー…アルマが父親だということは、ユーミルには告げないほうがいい」
「どういうことだ?」
ガルドの表情が一層険しくなった。
「一体どういう事だ?なぜそんなことを…」
ガルドはビリーの問いには答えず、逆に聞き返した。
「お前、アルマが何歳に見える」
「え?それが何の関係が…」
「いいから、何歳に見えるか言ってみろ」
「大体20代後半……え!?」
ビリーは、やっとガルドの言わんとした事が分かったようだ。
「ユーミルは今18だ…そしてその父親が20代後半。父親って年齢じゃねえだろ?俺たちの世界とエルスティアの間には時間軸の差は存在しない。だが、アルマはユーミルの父親に間違いない…つまり、どういう事か分かるか?」
「…有り得ないじゃないか…」
「まあ、そう思うのも無理はねえな。奴は…アルマは、死人なんだ」
ビリーが硬直した。
「死人…?」
「ああ。奴は既に死んだ人間なんだよ…」
「そんな馬鹿な!?死んだ人間がどうやって…」
「詳しいことは俺にも分からん。だがあいつは確かに死んだ、それでもああやって存在してる…それは確かだ」
「じゃあ…」
「いいか、絶対ユーミルには言うなよ。今自分の目の前にいる奴が実は自分の父親で、しかももう死んだ人間だなんて事は…な」
ビリーは何も言えなかった。
エルディバイラスとインフィニティアは平行して平原を駆け抜けていた。
「ねー、そろそろ休憩しなーい?外の空気吸わないと干からびちゃうよー」
ずっと走っていることに飽きたのか、ユーミルが訳のわからないことを言い出す。
「いくらなんでも干からびはしないよ」
苦笑して答えるアルマ。
「でもさ、少しくらい休んでもバチは当たらないと思うけどなあ…」
ユーミルは一度言い出したら聞かない。それは相手がアルマでも同じことだった。
「それでは、あそこの湖で休むとしようか」
前方には大きな湖があった。
2機はそのほとりに停止する。
早速ユーミルがコクピットから降りて、辺りを見回していた。
アルマもエルディバイラスから飛び降りる。
この辺りには町も無いらしく、静かだった。
聞こえてくるのは、風に揺れる木の葉の音、水鳥達のさえずりだけである。
「あまりはしゃぎすぎてはダメだよ」
アルマは、優しく言葉をかける。
ユーミルもふと何かを思ったのか、アルマにむきなおって言った。
「ねえアルマさん、なんかわたしにやけにやさしくない?」
「そうかな」
「そうだよー」
それ以上追求しようとは思わなかったのか、またあちこちを眺めているユーミル。
風に青い髪がなびく。
「アルマ…」
それを見たアルマの脳裏に、一瞬彼女の母親の面影が重なる。
そしてアルマは不覚にも声を漏らしてしまった。
「ユラ…シル…?」
それを聞きつけたユーミルが再びアルマに向き直る。
「えっ…?アルマさん…わたしのお母さんを知ってるの?」
アルマははっとして、口をふさいだ。
だがユーミルは既にアルマの目の前に移動してじっと彼を見ている。
その視線には期待が込められていた。
「ああ…昔会った事があるんだ。とても綺麗な人だったよ…」
「ふーん、そうなんだ…じゃあ、わたしのお父さんの事も知ってる?」
ぎくりとするアルマ。
ユーミルは更なる期待を込めた視線をアルマに向けている。
「悪いが…」
アルマはやさしく言った。
「私は君の父親の事は何も知らないんだ」
「そっか…」
明らかに残念そうな表情を浮かべるユーミル。
そして、次の瞬間。
大地が振動した。
「何だ?」
アルマが辺りを見回す。
「え…?何が起こったの?」
ユーミルも状況を理解できずにきょろきょろ辺りを見回している。
地面が割れる。
「ユーミル、ACに乗るんだ!」
そう言って、アルマも自分のACに飛び乗った。
地中から現れたのは、ディソーダ−だ。
ただし、大きさが半端ではない。
全高はおよそ100メートル、全長はおよそ200メートルはあるだろう。
「な、なにこれ!これもディソーダ−なの!?」
「そのようだ。こんな大きさのものは見たことが無いが…」
巨大ディソーダ−はゆっくりと移動を開始した。
「エルスティア王都に向かっている…引き返すぞ、ユーミル!」
「う、うん…」
2機はOBを発動し、反転していった。
後書き 第21話「優しい眼差し」
ユーミルの父親発覚しました。分かってた人がほとんどだと思いますけど(^^;
さて、いよいよ大詰めですね。
え?死人はやばい?
まあ…世界観についてはもう何も言うまい、です(ぉ