ARMORED CORE EXTENSION 外伝
ブラッディ・カノン
深夜。二つの巨大な黒い影が、アイザックシティ郊外から都市部に向かって進んでいた。その正体は、AC。片方は軽量二足の機体、もう片方は重量二足の機体。二機とも装甲に多少なりとも傷がついているところを見ると、依頼の帰りであることが分かる。
『・・・しかし、楽な仕事だったぜ。なあ、ファットマン?』
軽量AC・アトミック1のパイロット・リトルボーイが、相棒に向かって―通信なのに「向かって」とは妙な表現だが―言う。無口な相棒からの返事はなかったが、それでも長い付き合い故か、彼―ファットマンが無言で自分の言葉に同意したのが分かる。彼らは、自分たちのコンビネーションは数多いレイヴンたちの中でもトップクラスである、と自負していた。事実、彼らには任務成功率92%以上という実績がある。アリーナには名を連ねず、ひたすら依頼の成功を追及してきた結果だ。
そろそろアイザックシティのゲートが見えてくるはずである。とその時、アトミック1のレーダーに動力点が浮かんだ。
『何だ?レーダーに反応があるぞ?』
光点はこちらに向かって近づいてくる。それもかなり速い。この速度はMTなどでは出せない。おそらくACだろう。二人に何の用があるのかは知らないが、だんだん接近してくる。
『止まれ!何者だ!?・・・返事をしないなら容赦なく撃たせてもらうぞ!!』
この世界では―即ち、レイヴンという仕事をやっている以上は、油断と情けは禁物である。はっきり言って、レイヴンには敵と味方の二通りの区別しかない。
・・・しかし、謎のACからの返事はない。それどころか、ますます加速したようだ。この時点で、二人はこのACが喧嘩を売っていると判断した。
『もしかして・・・これが噂の《通り魔AC》か?』
『・・・来るぞ!!』
ファットマンが低くうなる。同時に彼のAC・アトミック2がバズーカを構えた。その後ろでもアトミック1がスタンバイする。重装甲・重武装のアトミック2が盾代わりになって撃ち合い、その後ろで軽装のアトミック1が索敵及び死角への援護を担当する。いつも通りの戦闘態勢だ。
二人が構えると同時に、敵はパルスライフルを撃ってきた。パルスライフルは有効射程距離は長いが弾速はそう速くなく、いきなり撃ってこられても、この二人のように歴戦のレイヴンにとって避けるのはそう難しいことではない。二機はそろって、瞬時に横に動いてかわした。
『奴さん、やる気だぜ!遠慮するなファットマン!!』
『おう!!』
アトミック2が両肩のミサイルをロックオンする。そして、発射。白い煙の尾が八本たなびき、闇に消える。直後、爆炎が赤々と闇を照らし出した。だがそこに敵の姿はない。
『かわされたか!?』
リトルボーイが注意深くレーダーを見る。いつのまにか、今までそこに映っていた光点は消えていた。アトミック1に装備された肩部レーダーは高性能で、索敵範囲もかなり広い。今の一瞬のうちにこのレーダーの索敵範囲から出ることなど、物理的に不可能だ。
『な・・・どこに消えた!?』
『いないのか!?』
不可解な出来事にまごつく二人。その二人の隙をついて、どこからともなくグレネードの爆炎がニ体に襲いかかってきた!
『何ぃぃっ!?』
あまりにも突然のことだったため、避けられるはずもない。爆風が容赦なく二体の装甲を焦がした。グレネードはさらにニ射、三射と続いて放たれる。それも、一方向からではなく、二人を取り巻くようにほぼ全方位から撃ってくるのだ。
それだけではない。さっき消えた敵の動力反応がいつのまにか再び現れていたのだ。それがグレネードを撃っては消え、また別の場所に現れては撃つ―。まるで瞬間移動をしているかのようだ。だがしかし、当然ACにそんなことができるはずもない。一体何が起こっているのか、二人には見当すらつかない。その間にも謎のACの猛攻は続く。そして―。
『くっ・・・もうこれ以上は、機体がもたん!ぐおおおおお!?』
盾になっていたアトミック2がまず大破し、巨体が地面に突っ伏した。さしもの重装甲ACも、何度も何度もグレネードを食らい続ければ破壊されるのは必至。灰色と濃紺でカラーリングされた機体は、見るも無残に焼けただれている。ファットマンの生死は分からない。
『ファットマン!?畜生、よくも相棒をやりやがったな!!』
こうなったらもうやけくそである。アトミック1はめったやたらにライフルを撃ちまくるが、神出鬼没の相手に当たるわけがない。敵はその後しばらくアトミック1を翻弄するかのように現れたり消えたりしていたが、ついにはアトミック1の真後ろに現れた!
『何だと!?』
瞬時に反応して後ろを振り向く。しかし―敵の方が一瞬早かった。
『馬鹿な・・・、この・・・このACは!?』
リトルボーイが最後に見た光景。それは、自分に振り下ろされるレーザーブレードの刃と、その煌きが映し出した赤と黒の機体のACの姿だった・・・。
「・・・珍しいわね、あなたの方から食事に誘ってくれるなんて」
レイヴンズ・ネスト公式アリーナ会場。ここはその食堂。黒髪に黒い瞳、ついでに今日の服装は黒いベストにパンツ―と黒尽くしの女性は、開口一番に目の前の男にそう言った。彼女の名はリンファ。アジア系の美女だが、その腕は一流―そう、彼女はレイヴンなのだ。
そして、彼女をここに呼び出したのは、ヨシュアというひょろっと背の高い男。ぱっと見はやや貧相に見えるが、しかしよく見るとなかなかの男前である。リンファと同じくレイヴンをしており、やはりその腕はレイヴンたちの間に知れ渡っている。しかし―この暑いのに黒いコートを羽織っているのはどうにかして欲しい、とリンファは思った。自分は完全に夏用の、腕と足が完全に露出した―別に体に自信があるわけではないが―服を着ているというのに。見ているこっちが暑くなってくる。
「きょうはよしゅあくんのおごりなんですかぁ〜?」
そうそう、もう一人。リンファの相棒であるメカニック・エリィ。リンファとは三年前からの付き合いである。実年齢は定かではなく、一見すると謎めいた雰囲気の美女―という形容がしっくりくるが、その言動は容姿に似合わず非常に幼い。チャームポイントは三つ編みにした赤いロングヘアー。
「そうよ、エリィ。遠慮なくどんどん食べちゃって」
「こら」
たまらずヨシュアが言う。
「確かにこの間、まとまった金は入ったが!誰もおごってやるなんて言ってな・・・」
・・・抗議はちょっとばかり遅かったようだ。いつのまにか来ていたウェイトレスに、リンファとエリィは既に注文をしていた。特にエリィは・・・一体何人前を頼んだのだろうか。
「・・・お前ら・・・」
「いいじゃない。男の甲斐性よ」
男に馬鹿にされるのは極度に嫌うが、女であるという特権は最大に生かす。リンファはそういう性格なのだ。ヨシュアはあきらめて、自分も注文をした。
「ところで、何で呼んでくれたの、本当に?」
さっそく運ばれてきた料理を口に運びながら、リンファが問う。その横では鬼神の如き勢いで、エリィがエビフライをほおばって食べていた。
「何で、じゃない。依頼の打ち合わせに決まっているだろう」
「・・・は?依頼?」
打ち合わせ、ということはヨシュアとの共同任務なのだろう。しかし、そんなことは初耳である。
「最近話題の《通り魔AC》の件だ。ネストから直々に、僕と二人で調査しろって・・・まさか、聞いてないのか?」
「聞いてないわよ、そんな話。なんであなたの方にだけ連絡が行ってるの!?」
リンファが憮然とした表情をした。どうも自分が相手にされなかったような感じで、嫌な気分だ。しかし、実はこれはネストの勘違いなのである。何せレイヴンの間では、リンファとヨシュアがコンビを組んでいる、と信じられているのだから。実際はたまたま利害が一致したから一緒に任務を遂行していただけなのだが、それが何度も続くと本当にコンビを組んでいると思われても仕方がない。
「・・・で、僕の方だけに依頼文がきたってわけか・・・」
「何でそっちが代表なのよ」
「どっちだって同じだ。・・・そんなことより、まあ見ろ、これがその事件の一番最近の被害だ」
そう言って、ヨシュアが新聞を差し出す。日付は今日のものだ。第一面をでかでかと飾る写真と見出し。その写真というのが、大破したアトミック1・2なのだが。
「これって・・・あの核爆コンビの機体じゃない!?」
リトルボーイとファットマンのコンビは、レイヴンたちの間では有名な方だ。アリーナには出場しないので大衆の人気はほとんどないが、依頼主たちからの信頼は厚い。リンファも、直接会ったことはないが、凄腕だとの噂は耳にしている。その噂がガセでないならば、二人を痛めつけた通り魔ACのパイロットがよほどの強者だ、ということになる。
「・・・とりあえず、二人とも生きてはいるのね」
復帰にはしばらく時間がかかりそうだが、不幸中の幸いといったところだろう。・・・もっとも、リンファにとって他のレイヴンがどうなろうと知ったことではない。
「本当に見てもらいたいのはこの後だ。・・・読んでくれ」
「何々・・・意識が戻ったリトルボーイの証言によると、謎のACの正体は・・・ナインボール?」
一心不乱に食べていたエリィの手が止まった。聞いていないようで、ちゃんと聞いている。
―実は、被害にあったのはこの二人だけではない。最近話題の・・・とヨシュアが言ったように、同様の事件は何件も起こっている。しかし、今回に限ってこのように大々的に報道されたのは―このリトルボーイの証言のせいに他ならない。
「・・・ねえ、ヨシュア」
「何だ」
「ナインボールって誰?」
「は!?」
一瞬、時が止まった。しばらく経って、呆れ果てたヨシュアがやっとのことで口を開く。
「・・・本気で、言ってるのか・・・?」
リンファはこくりと頷く。―こいつ、本当にレイヴンなのか!?ナインボールの名を知らないレイヴンがどこにいる!!ヨシュアは心の中でそう叫んだ。しかし、現に目の前にいるのだから―如何ともしがたい。
数年前、アリーナのトップにはハスラーワンというレイヴンが立っていた。彼の駆るACは、赤と黒のツートンカラーと肩のグレネードが特徴の機体―そう、彼のACこそが、「ナインボール」なのだ。そしてそれは、全てのレイヴンにとって憧れと恐怖の象徴とも言えるACだった。ハスラーワンはそれほどまでに強かったのだ。
しかし、それはあくまで過去の話。ナインボールはある一人のレイヴンに破れた。そのレイヴンの本名や素性は今となっては知る由もない。たった一つだけ分かっているのは、彼はネスト関係者から「ドリット」というコードネームで呼ばれていた、ということだけだ。
さらにドリットはマスターアリーナにも挑み、王者ナポレオン―おそらく、ハスラーワンに比肩、もしくはそれ以上の実力を持ったレイヴン―をも打ち破り、そこでも頂点を極めた。しかし突然ドリットは失踪する。行方を知るものは誰一人としていない。
話が多少逸れたが―ドリットによって、ナインボールは倒された。そして、ハスラーワンという人物は実は存在しないということと、そしてナインボールは実はネストが作り出した「世界の秩序を守るもの」として―即ち、ネストの意義そのものを具現した存在…ということが明るみに出てしまったのだ。強大な力を持ってしまったドリットによって、秩序は崩壊してしまうのかと思われた。
しかし、彼は失踪し、その後ネストはその機能を回復。結局、何一つ以前と比べて変わっていない、というのが現在だ。
「ちなみに、厳密に言うとナインボールはACじゃなく、ACそっくりに作られたネスト製のロボットだ。・・・大体、こんなもんで分かったか?」
「解説ありがとう、ヨシュア。・・・で、じゃあこの通り魔ACはナインボールの亡霊じゃないかってことなの?」
ヨシュアは肩をすくめて見せた。
「非科学的だな、亡霊だなんて。・・・ただ、実際そういう噂になってしまっている。ネストとしては、今更ナインボールのことを蒸し返されるのは困るんだろう。だから、ネスト直々の依頼なのさ」
「おかねもい〜っぱいもらえますねぇ〜あははは」
エリィは料理をあらかた平らげてしまい、デザートのパフェを食べようとしていたところだった。なのに、ヨシュアが持っている依頼文をしっかり見ている。
「報酬5万COAMって・・・ネスト直々の依頼なら普通じゃない?」
「一人当たり、だぞ」
「一人当たり!?」
リンファが目を丸くした。ということは普通に考えると10万COAM。破格だ。そんじょそこらの依頼とはわけが違う。
「いい仕事じゃない。で、どうするの?今晩にでも出かける?」
「そうしたいのはやまやまだが・・・どこに奴が出てくるのか分かるか?」
言われてみればそうだ。いつ何時ナインボールが出てくるのかがはっきり分かれば、ネストとしてもはっきりした対応が取れるだろうが、それができないからリンファたちレイヴンに依頼をしているのだ。機能は回復したとはいえ―弱体化したネストの能力では、それすらつきとめるのも困難なようだ。
「・・・簡単よ」
不意に、エリィが口を開く。「科学者モード」で、だ。驚いて二人はエリィの方を見る。が、次の瞬間にはもうエリィはいつもの「へらへらモード」に戻っていた。
「このわたしがつくった『ダウジングくんα』があればだいじょうぶで〜っす」
「は・・・?」
「何それ・・・?」
エリィの説明によると、統計ソフトの原理でデータを採取し、ある物事が次に起こる可能性を計算する・・・という感じのソフトのようだ。今回の場合、今まで通り魔事件が起こった日時・場所・その他もろもろのデータを入れると、次にナインボールが現れるであろう場所が想定できる・・・らしい。まるで、この事件が起こるのを予想していたかのような手際の良さだ。
「それがあれば分かるんだな?」
「そーですねぇ、いままではずれたことはありませ〜ん。えへへへ」
ということで、お代は全部ヨシュア持ちで、三人は家(ねぐら!?)へと戻った。
―で、夜。『ダウジングくんα』で割り出したナインボール出現予想ポイントへ、二人は向かっていた。ペンユウはわざと目立つよう音を立てて、ワームウッドは少し離れて、なるべく駆動音を消しながら。つまり、ペンユウが囮になったわけだ。機体色も赤で、ワームウッドよりも目視しやすいことではあるし。
「来るかしら・・・」
『さあな・・・』
今のところレーダーには反応はない。あるといえば、ワームウッドを示す光点が浮かんでいるだけだ。ペンユウの駆動音しか聞こえてこないほど静かである―そう、あくまでも『今のところ』は。
[所属不明AC接近。戦闘モード起動]
ペンユウのコンピューターが敵が来たことを告げる。同じく、ワームウッドも。二機のレーダーに現れた光点は、恐ろしいスピードでこちらに向かって近づいてくる。間違いない、例のナインボールだ。
「来たわね・・・」
ペンユウがマシンガンを構えた。敵は無謀にも真正面から突っ込んできている。そして、ついにマシンガンの射程距離内に入った!・・・だが、ペンユウのFCSは敵をロックオンしない。
「!?どーしてよっ!!」
レーダー上では、ナインボールは明らかにペンユウの真正面にいるはずなのに、FCSがオートロックオンをしないのだ。慌ててモニターを確認するが、機体に異常箇所は全くない。オールグリーン(異常なし)の文字が何事もないかのように表示されている。
「こーなったら!!」
ダイレクトレスポンスモードに切り替え、マシンガンを放とうとしたその時・・・。
『ダミーだ、リンファ!!』
岩の陰からワームウッドが飛び出し、ペンユウの背後に向かってガトリングガンを撃つ!手応えが合った。
「え、何・・・?」
その直後、よく分からないが、何かがペンユウにぶつかったような感覚がした。硬いものではない、ふわふわしたようなもの―それは、風船で作ったダミー人形であった。暗がりではよく見えなかったが、光を当ててみるとよく分かる。通りでロックオンできなかったわけだ。ナインボールはその隙に、ペンユウを背後から狙ったというわけだが―ヨシュアの読みが見事に当たり、ペンユウを攻撃するには至らなかった。ナインボールはそのまま闇に紛れて姿をくらましたようだ。
『今、手応えはあった。しかし―』
ヨシュアは舌打ちした。いくらリンファを助けるためだとはいえ―まだナインボールの謎を解いてもいないのに、出てきてしまったからだ。今の攻撃で仕留められたとは思えない。
「・・・ありがとう、ヨシュア。借りができたわね」
『礼なら依頼が終わってからにしてくれ。それより・・・来るぞ』
ペンユウとワームウッドは互いに背を向け合って身構えた。ナインボールは闇に消えたままだが、いつ攻撃を仕掛けてくるか分かったものではない。
「ところで、よく私の後ろにいるって分かったわね」
『いや・・・ただの勘だ』
「勘、ね・・・」
不気味な静寂が辺りを包む。ナインボールの恐ろしさはここからだ。神出鬼没でグレネードを撃ち、相手を叩きのめす。今まで通り魔被害に遭ったACは、皆この手口でやられているのだ。
前・・・後ろ・・・横・・・どこからも気配を感じられない。まさか今のヨシュアの一撃で逃げ帰ったわけはないだろう。なんてことを考えていると、突如として闇の中から爆炎がこちらをめがけて飛んできた!ちょうど二機の真横だ。
「くっ!?」
何とか飛んでかわした。しかし、第二射は先読みをしていたかのように、真正面から正確にペンユウを狙う!!
「嘘ぉ!?」
直撃を食らうのはまずい。瞬時にブースターを逆噴射させ、少しでもグレネードの衝撃を逃がすようにする。・・・爆発。
『リンファ!?』
ペンユウは吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。グレネードそのもののダメージは最小限に押さえたが、それでも叩きつけのダメージは軽くない。一時的に動力回路がいかれ、機体が動かなくなっている。
それを知ってか知らずか、今度はナインボールはワームウッドに目標を変えた。ペンユウを無視して、執拗にワームウッドに向かってグレネードを放つ。
『甘い、その程度の攻撃!』
流石に機動力の高い四脚AC。爆炎はかすりもしない。だが、ヨシュアとしても相手の位置が掴めず、攻めに転じることができない。
そのうち、はたと敵の攻撃が止んでしまった。辺りは再び静寂に包まれる。
『何だ?何を企んでいる・・・!?』
訝しがるヨシュア。その一瞬。ヨシュアが周囲を目視で見渡そうとしたそのほんの一瞬に、再び爆炎が襲ってきた。それも、ワームウッドを前後左右から包み込むように!
『何だとっ!?』
同時に四発放たれたグレネード。それらを全てかわせる場所は―上しかない!そう瞬時に判断したヨシュアは、すぐさまブーストを噴かせた。宙に舞うワームウッド。直後、四発のグレネードが、さっきまでワームウッドがいた場所へ着弾。四発分の爆風はすさまじく、ワームウッドをさらに上空へと巻き上げた。
『くっ・・・何とかかわせたか・・・しかし、四方から同時にだと!?』
しかし、ナインボールの攻撃はそれだけに留まらなかった。いきなりレーダーに動力点が映る。敵は目の前にいた!?
『!!』
ワームウッドが上に飛ぶのを読んでいたのだ。ヨシュアの目の前に光の刃が閃く。この間合いでは・・・かわせない!!
ドゴオオオオオン!!
その時だった。目の前のナインボールがいきなり爆炎を上げた。ブレードは空を切り、ナインボールは下に落下していく。地上から、ようやく動けるようになったペンユウがレーザーキャノンを撃ったのだった。
『・・・ふう・・・』
安堵のため息が漏れる。歴戦のヨシュアとはいえ、今のは流石に冷やっとした。―ワームウッドの四本足が地面を力強く踏みしめた。
「借りは返したわよ、ヨシュア」
所々装甲がへこんだペンユウがそばにやってくる。ヨシュアはもう一度息を吐いた。
『・・・ったく、どっちが囮か分からないな』
朝日がナインボールの残骸を照らし出している。上空からの落下のダメージはすさまじく、間接部が千切れたり装甲に穴が空いたりしている。ナインボールの象徴でもある肩のグレネードは砲塔がねじ曲がり、一種哀れな印象を与えた。
「ほぼ完全な形だな・・・よかった」
「よかったって?」
「持って帰って調べてもらう。こいつの謎を解くには、それが一番いい」
二人はACから降りて、ナインボールを調べていた。もはやこれを亡霊だなんて評する者はいないだろう。手で触れる亡霊なんて、聞いたことが無い。
「そうね、じゃあエリィを呼ぶわ」
と、リンファが通信でエリィと話をしている間、ヨシュアはナインボールのコア部分を調べていた。ペンユウのレーザーキャノンの直撃を食らったが、もう機体は冷えており、素手で触っても熱くはない。
「これは・・・やはりな」
コックピットに当たる部分が開かない。そもそも、外部操作でハッチを開ける装置がついていないのだ。ということは、やはりこのナインボールは無人機だということになる。ナインボールを遠隔操作できるのは、ネストか、それとも―。
「エリィ、もうすぐ来るって」
リンファがナインボールに近寄りながら言う。・・・これが、かつて恐れられたナインボール。赤と黒で色分けされた機体。今はぼろぼろになってしまったその姿は、まるで血塗られているかのようであった。
―男は、夢を見ていた。
そこはとある研究所だった。だが、その様子はいつもと違う。辺りじゅうに響く、警報と悲鳴。白衣を着た逃げ惑う者たち。そして、その者たちをを無慈悲に撃ち殺し、あるいは踏み潰してゆく巨人。
その巨人は血塗られたかのような赤と黒色をしていた。男はこの惨状を目の当たりにし、巨人の前で立ちすくんでいた。
「何故、こんなことに・・・私たちが、一体何をしたというんだ!?」
『お前たちは・・・力を持ちすぎた』
巨人は男とも女ともつかない無機質な声で喋った。―次は自分だ。それを察し、男は必死に逃げた。巨人は施設を破壊しながらも男を追ってくる。逃げられるはずがなかった。
『力を持ちすぎたもの・・・秩序を破壊するもの・・・排除されねばならない』
「来るな・・・来るな、来るなああぁぁぁ!!」
ついに追い詰められた。巨人は左腕から光の刃を出し、そして高々と振りかざす。
『お前を・・・排除する』
「・・・・・・!!」
そこで男は目が覚めた。体中から汗が噴き出している。・・・また、あの時の夢だ。汗のせいか、それとも悪夢のせいか、体がゾクゾクする。男は服を着替えると、格納庫らしきところへ足を運んだ。
誰も知らない、自分一人だけの住処。まるで「秘密基地」だ。子どもの頃心を躍らせた言葉が、今現実になっている。格納庫の両側には、赤と黒で塗られた巨人が整然と並んでいる。その間を抜けて、男は奥へと進んだ。そこには、別の巨人がいた。他の巨人とは明らかに違うが、しかしどこか似た雰囲気。他の巨人が「血塗られた鬼神」なら、この巨人は「血塗られた天使」だ。
「ついに手に入れた・・・この『力』。これさえあれば・・・何も怖くは無い」
男はぐっと拳を握った。瞳に狂気の色が浮かぶ。
「だが・・・ネストの前に、まずはあいつらだ!!私の人形を壊した、あいつらから血祭りに上げてやる!!」
赤黒い天使の目が光る。そして、自らの主人を受け入れるべく、天使は男の前にひざまづいた。
「この、ナインボールを使ってな!!」
一斉に、巨人達の目が光った。
「どうなの?」
エリィが格納庫から出てくるのとほぼ同時に、リンファが待ちきれない様子で尋ねる。ヨシュアはばねの壊れたソファに座り、リンファが入れたコーヒーをすすっていた。
「・・・あれは確かにナインボールね。どのACの規格にも合わない。でも、コンピューターは搭載されていなかった。完全に遠隔操作専用の機体よ」
科学者モードで、エリィが言った。眼鏡の奥の瞳の輝きは鋭い。
「機体には、ステルス処理が施されてあったわ。それが分かった今、ナインボールの神出鬼没の謎は解けたも同然よ。・・・私の予想が正しければ」
「詳しく教えてくんない?」
リンファがソファに座り、ヨシュアもコーヒーカップを置く。エリィも椅子に座り、話の準備はできた。
「つまり、こういうこと。ナインボールは、一体じゃなかった。数体のナインボールを遠隔操作し、かつステルス機能をオン・オフすることによって、あたかも一体のナインボールが消えたり現れたりしているように見せかけたの。四発のグレネードを同時に放ち、間髪入れずに上空でワームウッドを待ち受けるということができるためには―最低でも五機はいると見て間違い無いでしょうね」
「もっとも、そのうちの一機は私たちで倒したけど」
「でも、この事件の黒幕が、まだナインボールを残していないとも限らない。数については、まだはっきりとしたことは言えないわね。少なくとも、昨晩は五機はいた、というだけで」
「・・・なるほどな・・・それで、ダミーを併用することによって、ロックオンまで惑わせようとしていたわけか」
エリィが頷く。
「ステルス対策は私が何とかするわ。後は・・・複数のナインボールを相手に、あなたたちがどこまで頑張れるか、ね」
そう言い残して、エリィは再び格納庫に戻っていった。そしてヨシュアも立ちあがり、背を向けて歩き出す。
「・・・そちらの準備ができ次第、出撃する。また連絡を入れてくれ」
「分かったわ」
・・・なるほど、この二人はもうすっかりコンビのようなものだ。
一日後。再び『ダウジングくんα』で出没場所を特定し、二人は郊外へ向かっていた。ただし、今回はエリィも一緒だ。トラックの荷台に何やら得体の知れない装置を積んでいるが、これがエリィの言う『対ステルス用妨害電波発信装置』らしい。今回はまともなネーミングだ。これを作るのがどれほどの大仕事だったのかはリンファには分からないが、結構大きい装置だということを考えると、これを一日で作ったエリィはやはり天才であろう。
「二度もうまく遭遇できるのかしら・・・」
『さあな、そこはエリィのソフトを信じるしかない。しかし・・・奴らのうちの一体を倒したんだ、意趣返しに向こうもこっちを探している可能性もある・・・』
とヨシュアが言ったとたん、闇の彼方から赤い光が飛んできた。グレネードの光弾だ!!
「・・・ビンゴね」
『言ってるそばから出会えるとはな・・・』
難なくかわす二人。向こうとしても威嚇射撃のつもりだったのだろうか、続けて撃っては来ない。その隙にエリィのトラックが少し離れた岩陰に退避する。ここなら流れ弾も飛んでくる可能性は低い。
「エリィ、頼むわよ!」
『はいは〜い、ぼうがいでんぱスイッチON!』
ブンッ。何となく、辺りの空気が重くなったような感じがした。直後、今まで何も映っていなかったレーダーに、複数の動力反応が浮かぶ。敵のステルス装置を完全に無効化したのだ。二人は戦闘態勢をとった。各個撃破が最良の策だ、そう判断したペンユウとワームウッドは素早く散開した。
レーダーにいきなり点が増えた。ダミーが射出されたのだろう。だが、今やそれは関係無い。FCSがオートロックオンしてくれるのが『本物』なのだ。今回ペンユウのダイレクトレスポンスモードは必要無い。
敵の方もリンファたちの反応を見て、どうやらステルス作戦がばれたことに気づいたようだ。もうまどろっこしい戦い方をする必要は無い。多勢の利を生かし、波状攻撃をするだけだ。辺りには轟音が響き渡り、至るところで爆炎が上がる。
「いくら数が多くてもっ!!」
一体、ペンユウのブレードを受けて倒れる。
『プログラム通りの戦い方しかできん奴など!』
また一体、ワームウッドのガトリングの前に沈黙する。射出されたダミーも、いつのまにか流れ弾に当たって消えていた。残る本物はあと四体。それが倒されるのももはや時間の問題だった。
―そして、ついに全てのナインボールが地に伏した。ダミーの数はいざ知らず、本物だけで八体。先日倒したのを含めると、合計九体にもなる。
『時間はかかったな』
コックピットで額の汗を拭いながら、ヨシュアがつぶやく。多少はこちらもダメージを食らったが、大したことはない。これで終わりだとすると、単なるストレス解消だ。
「そうね・・・あ、でも!こいつらを操っていた奴は?」
『見たところ、こいつらの中にリーダー的な動きをしていた奴はいなかった。となると、まだ別のところにいるわけか…?』
『これだけいっぱいのナインボール、どこにおいてたんですかねぇ〜?』
そう、エリィの言う通り、それも問題だ。全てのナインボールを収納し、さらにステルス機能をつけることができる設備のある、大規模な工場か何か。おそらくそれが黒幕の秘密基地として、どこかに存在しているはずだ。
だかしかし、その黒幕。並の人間ではあるまい。追加装備として機体にステルス機能をつける兵器は存在するが、初めから機体に効果を付与する・・・となると今だ実用化には至っていない。しかし現に、ナインボールは標準でステルス処理が施されていた。それだけの頭脳を持った人間が、これらを操っているのだろう。
[敵の増援を確認。所属不明機高速接近中。機数1]
「!!」
コンピューターが新たな敵の接近を告げる。レーダーを見ると、探索範囲ぎりぎりのところに動力反応があった。そしてそれは、以前のナインボールよりももっと速いスピードで接近してきた。航空機並のスピードだ。未確認機は、あっという間に二人の前に姿を現した。
『(これは・・・この機体は、まさか!?)』
エリィが絶句する。リンファもヨシュアも見たことがない機体。しかし、エリィは昔、噂でこれと似たようなACの話を聞いたことがあった。頭部には角、全体的に細身の体に、不釣合いなほど大きな、まるで翼のようなブースター。角張ったフォルムやひょろっと伸びた腕のせいで、一見するとかつてのクローム社製ACのようにも見える。だが、その正体は―。
『・・・よくも、私の人形たちを』
通信回線に無理やり割り込んで、男の声が聞こえてきた。台詞だけ聞くと怒っているようだが、口調から感情は読み取れない。
「あんたが黒幕ね!?」
ペンユウが謎のACの前に仁王立ちになった。AC同士のにらみ合いが始まる。
『そうだ。・・・リンファのペンユウに、ヨシュアのワームウッドだな。一応私も名乗っておこうか。私の名はJ.W.イワノビッチ』
それを聞いて、再びエリィが驚愕した。
『まさか・・・Dr.イワノビッチ!?』
『ほう・・・私をご存知かね』
『今はもう存在しない企業・・・【ドナウインダストリィ】の開発部主任があなたでしたね』
その名前―【ドナウインダストリィ】が出てきて、ヨシュアはようやく分かってきた。・・・リンファはまだよく分かっていないようだが。
数年前、三つの大企業が分立する中で、ドナウインダストリィは兵器開発系企業の中堅として、それら三社に次ぐ勢力を誇っていた。イワノビッチはそこの兵器開発部主任を務めており、ACにステルス機能を付加する研究をしていた。しかし、ある日突然社は解体を余儀なくされる。ドナウインダストリィは企業の天下取りレースから脱落し、研究していたステルスのノウハウもまた、他社の肥やしになってしまった。イワノビッチは、そのごたごたの際に姿をくらましたと聞いていたが―。
『・・・で、そのドクターが、何故通り魔などをやっている?』
ヨシュアが言った。イワノビッチは答えなかったが、しばらくして通信機から、笑いとも怒りともとれるうめきが聞こえてきた。
『クッ、クク・・・貴様らには分かるまい。私の憎しみが・・・そして、強大な力を手に入れたこの恍惚感が!!』
イワノビッチのACが、翼を広げた。巨大なブースターに見えたそれは、実はミサイルまで内蔵していた。そしてそれが一斉に放たれる・・・!!
「なっ!?」
『くそっ!!』
周囲に弾幕が張られる。ペンユウとワームウッドはミサイルを迎撃しながら、いったん間合いをとった。
『ふははは、どうだ、この圧倒的な力!私はこの力を手に入れた。究極のAC、ナインボール・セラフを!!』
『(!やっぱり!!)』
エリィの予想通りだった。ナインボール・セラフ。それこそが全てのナインボールをコントロールする、旧ネストの正体そのもの。ドリットに敗れ、完全に破壊されたはずのセラフを、どのようにしてこの男が手に入れたのだろうか。
『私はこれを使ってネストに復讐する。手に入れた力というものは使ってみたくなるものだ…こんな風にな!!』
イワノビッチの言葉に呼応するかのように、ミサイルが続けざまに発射される。同時に、セラフは右腕内臓のマシンガンを構え、二人に向かって乱射した。腕は悪くない。しかし、リンファたちのようなエース級のレイヴンには及ばない。リンファたちから見れば、隙はいくらでもある。
「セラフだか素面だか知らないけど、性能差だけで勝てると思わないで!!」
セラフの攻撃を難なくかわしつつ、ペンユウがマシンガンを撃つ。同時に、背後を取ったワームウッドもガトリングを浴びせた。二体の攻撃がセラフに集中する―が。
ドドドドドドド・・・・・・カチッ。
『な…?』
カチカチッ。
「まさか・・・!?」
集中射撃は五秒と続かなかった。先ほどのナインボールとの戦いで、弾をほぼ使い切っていたのだ。そして、今ので完全に弾切れ。しかもセラフにはほとんど損害はない。
『見事に策にはまってくれたな。これからじわじわと嬲り殺してくれる』
恐ろしいまでのスピードで、セラフが突進してきた。一体どんなブースターを使えばこれほどのスピードが出せるのだろう。少なくとも、現行のブースターでは不可能だ。これだけだと操縦者にかかる負担も大きいはず。それを乗りこなしているのだから、やはりイワノビッチはただの博士ではない。先程リンファに隙を見せたのは、弾切れを誘う演技だったのか。
セラフはワームウッドを目標に定めた。両腕の先からレーザーブレードを出し、勢いに乗って斬りかかる!
『(速いっ!?)』
当たる寸前で身をかわした―と思った。しかし、ドスンと言う音がし、腕のガトリングガンの砲塔が地面に落ちた。斬られていたのだ。
「ヨシュアっ!?」
リンファは援護のため肩のキャノンを構えようとしたが―やめた。幸いにもキャノンの弾はまだ残っているが、相手にあれだけ速く動き回られたらかわされてしまうだろう。最悪、ワームウッドに当たる可能性もある。となると、こちらもブレードで応戦するしかない。
『調子に・・・乗るな!!』
セラフの猛攻をなんとかかわしながら、ワームウッドがレーザーキャノンを撃つ。こちらの方も、弾は後少し残っている。その残りを使い切る覚悟で、至近距離から渾身の射撃!
ドドドドドドドド!!
爆煙が広がった。この距離からなら一たまりもないだろう。・・・だが。
『なっ・・・?』
青い光がワームウッドに向かって飛んできた。一瞬、ヨシュアには何が起こったのか分からなかった。気がつくと、青い足が二本、千切れて飛んでいた。―何だ・・・?まさか、僕の足なのか!?
煙りが徐々に収まる。左腕が吹っ飛び、機体各所がボロボロになったセラフが、なおもブレードを構えて立っていた。ブレードの刃を、直接飛び道具として放ったのだ。セラフの目が不気味に光る。
『・・・やるではないか・・・だが、ここまでだ』
「させるかーっ!!」
今を機とばかり、ペンユウがセラフに向かってブーストダッシュ。それに気づいたセラフが、右腕を振るう。ブレード勝負だ。光と光が交差し―ペンユウの右腕が落ちた。
「きゃあっ!?」
体勢を崩したペンユウはもんどりうって倒れた。・・・斬られたのが右腕だったのは幸いだった。キャノンもブレードも左に装備されているので、まだ使える。もっともキャノンは、使って当てられるかどうか、ということは別だが。
『チッ・・・万事休すか・・・』
ワームウッドは地面にうずくまるようにしている。足をやられ、もう動けないのだ。ペンユウが_リンファが戦っているのを見守るほか、ヨシュアには何もしてやれない。
「・・・まだよ・・・まだ、終わってない」
ゆっくりと、片手だけで起き上がるペンユウ。リンファの中の闘志はまだ消えてはいない。
『しぶといな・・・』
「お互い様よ」
憎まれ口をたたきながら、リンファは時間稼ぎをしていた。今の交差で分かったことがある。ブレードの長さが、向こうの方が長いのだ。普通に斬り合っては向こうに分がある。そうでなくても、向こうはブレード光波が使える。何か・・・何か策は!?
『時間稼ぎをしているのだろう?』
イワノビッチが意地悪く言う。見破られていたようだ。
『無駄だ、貴様に打つ手は無い。・・・これで終わりにしてや』
・・・イワノビッチの言葉は最後まで続かなかった。爆音がいきなり聞こえた。そして、急にセラフが燃え始めたように見えた。一体今何が起こったのか―その場の誰にも分からなかった。
『ぐおおお!?何だとぉっ!?』
「何・・・?」
『何だ・・・?』
いつのまにか、レーダーにセラフではない別の反応が現れていた。そして、コンピューターがその正体を告げる―。
[ランカーACを確認。AC名、ナインボール]
『何だ・・・と・・・!?ナインボール・・・?』
その場の三人―いや、エリィも含めて四人が振り返る。そこにあったのは、確かに赤と黒の機体―ナインボール。高台に上り、セラフを―イワノビッチを見下ろしている。
『力を持ちすぎたもの・・・世界の秩序を破壊するもの・・・』
『な・・・き、貴様は・・・あの時の・・・あの時の!!』
男とも女ともつかない、無機質な声―。そして、ナインボールは再びグレネードを構えた。
『お前を・・・排除する』
次の瞬間、セラフが爆炎の中に消えた。
「・・・ねえ、ヨシュア?」
「何だ・・・?」
「亡霊とか幽霊って・・・信じる?」
「・・・今日に限って」
夜も明け、三人はセラフの残骸を見ながらその場にたたずんでいた。
あの時、セラフを襲った爆炎は、あのナインボールのグレネード。そしてそのナインボールは、リンファたちにはまるで無関心といった様子で―消えた。去って行ったのではない、『消えた』のだ。・・・三人の目の前で。
「よのなかにはかがくではわからないこともいっぱいありますからねぇ〜」
と、へらへらモードでいるエリィも、内心は穏やかならざるものがあるだろう。
「結局、ネストには何て報告するの?」
「・・・あっちだ」
ヨシュアが指を指す。その方向とは、セラフが現れた方向。単純に考えて、そこにイワノビッチの秘密基地があるはず。
「そこを全て調べろ、とでも言っておこう。今の僕たちじゃ、そこまではできない」
大きくリンファが欠伸をした。
「そうね・・・ところで、ワームウッドどうやって持って帰るの?」
「・・・・・・しまった・・・」
事の顛末はおそらくこうだ、とエリィが言った。あくまで推測の域を出ないが・・・と付け加えてから、エリィは二人に話し始めた。
まず、ドナウインダストリィが解体した理由。それは、当時ネストが禁じた兵器を極秘で開発しようとしていたせいだった。今となってはそれがどのようなものだったのかは不明だが、とにかくそのせいで、ドナウインダストリィはネスト直々に―つまり、ナインボールによって粛清されたのだ。
その後、ドリットによりネストの機能が一時停止。セラフを含め全てのナインボールが彼の手によって破壊された。その際、アイザックシティ郊外に『ナインボール製造工場』が存在したという事実が露見している。
イワノビッチは、何かの際にそれを見つけ、自分の秘密基地にした。そして、自社を潰したナインボール即ちネストに復讐するため、手始めに手近なレイヴンたちを襲ったのではないか―。
「ナインボールを憎んでいるのに、自らもナインボールを使って?」
「私は心理学は詳しくないけど―自分の前に現れたナインボールに、絶対的な恐怖を植え付けられた。そして同時にその強大な力への、倒錯したともとれる憧れを持つようになったんじゃないか…と思うの」
「力力、って連呼していたもんな、あいつは」
「でも・・・『秩序を破壊するもの』ねえ・・・力を持ちすぎたら、それだけでナインボールに狙われるの?・・・亡霊になってまで・・・」
「多分な」
ヨシュアがそっけなく答える。
「・・・別に、『力』とか何だとか、私はそんなことに興味はないわ。とりあえずレイヴンやってお金貰えて、その日が暮らせれば」
「違いない」
三人は顔を見合わせて、笑った。
レイヴンとは、所詮そんなもの―。
THE END.