ARMORED CORE EXTENSION 外伝3
マーブル・フラメンコ
……唐突だが、女は窮地に立たされていた。
こういう状況は彼女にとって珍しいものではない。かつても、このような状況に立たされたことがある。ただし、その時は付き人がいたから何とかなったのだが──あいにく、今は一人だ。彼女一人でこの状況を打破するというのは、いささか難しい。
「……そんなに怯えんなよ、姉ちゃん。大人しくしてりゃ、乱暴はしねぇからよ」
彼女はごろつきどもに絡まれているのだった。しかも白昼堂々と。いくら人通りが少ない道だからといって、通行人がいないはずはない。……ということは、道行く者は皆関わり合いになるのを避けているのだろう。嗚呼、人間とはかくも薄情なものか。
「……」
自分の周囲を取り巻いている男たちの顔を一通り見渡した後、女はごそごそと自分の鞄の中を探った。……残念、護身用のガストガンを忘れてしまっている。困った。困ったと言う割には、女の表情は普段と変わらないのだが。
「……何をやっている?」
その様子を見て、ごろつきの一人が呆れたように言った。実は、女は別に怯えた表情をしているわけではない。元々顔に表情があまり現れないため、連中には恐ろしさで固まったという風に見られていたのであろう。しかし、完全に囲まれた状態で堂々と鞄の中の銃を探す、というのは並の肝っ玉ではできない。……というより、基本的に常人とは感覚がズレているようだ。
「いいか、暴れるんじゃねえぞ……」
そう言って、一人が彼女に掴みかかろうとした時。
「やめたまえ! 大の男が見苦しいぞ!」
お約束にも、彼女の前にヒーローが姿を現してくれたのだ。
ごろつきどもが振り返ると、二人の男が仁王立ちにこちらを睨んでいた。一人は背の高い、浅黒い肌をしたアラブ系の男。もう一人は──その男の相棒であろう──やや背の低いアジア系の男。……ああ、いくら世知辛い世の中でも、一銭の得にもならない『正義の味方』は存在するのか。
「なんだ、てめぇは!?」
「フッフッフッ……名乗るほどの者ではない。ただ、目の前で女性が困っているのを見捨て てはおけないお節介者でね」
褐色のヒーローはペキッぺキッと指を鳴らした。後ろで相棒が拳銃を渡そうとしているが、彼はそれを受け取ろうとはしない。
「不要だよ。この程度の連中、わたしのこの拳で十分だ。……さあ、かかってきたまえ!!」
「ンだと……やっちまえ!!」
ごろつきどもが殴りかかる。……しかし、男たちの誰を見ても、彼に敵うようには見えなかった。彼には何か、その辺にいる男とは違う『貫禄』がある。
「リアルファイトは久しぶりだが……」
と言いながら、早速一人を叩きのめす。相棒君の方はさほど強そうにも見えなかったが、それでもごろつき程度よりはよっぽど強かった。──ほんの少し痛めつけただけで、ごろつきどもは
「畜生!! 覚えてやがれ!!」
と、これまたお約束な捨て台詞を吐いて退散してしまった。ようやく女が安堵する──傍目には分からないが。
「……フン、他愛もない。ところでお嬢さん、怪我はなかったかね?」
「……」
女は無言でこくり、と頷いた。そして深々とお辞儀をする。
「いくら昼間でも、こんな道の一人歩きは危険だ。気をつけたま……え……?」
ここで彼ははっきりと女の顔を見た。……そして、止まった。妖女メデューサの顔を直視して石化したわけでもあるまいに。その様子を見て、女と相棒君がきょとんとする。
「……?」
「どうかしたんですか、ミラージュさん?」
それでも、このミラージュと呼ばれたアラブ系の男は止まったままだった。まるで、何も耳に入っていないかのようだ。……いや、『よう』ではなく現にそうだったのだが。
しばらくの間、ミラージュと女は見つめ合っていた。相棒君が目の前で手をヒラヒラとさせてみるが、一向にミラージュは動かない。そこで彼は、はぁ……とため息をつくと、大きく息を吸い込んだ。そしてミラージュの耳元で、
「ミラージュさんっ!!」
「おわぁっ!? な、何だねカンバービッチ君!? びっくりするじゃないか!!」
ミラージュは飛び上がって驚いた。相棒君──カンバービッチの大声で、ようやく石化が解けたようだ。女は、そんな二人のやり取りを相も変わらず無表情で見ていた。
「何固まってんですか! もういいでしょう、行きますよ」
「む……わ、分かった。それでは美しいお嬢さん、以後は気をつけたまえ」
そして、二人は女の前から姿を消した。それとほぼ入れ違いに、黒服の男が女の姿を認め、傍へ駆け寄ってくる。
「お嬢様! ここにいらしたのですか!?」
台詞から察するに、この女の付き人らしい。息を切らせているところを見ると、あちこちを走り回って女を捜していたのだろう。
「あれほど一人で外を出歩いてはならないと申し上げましたのに! 何かあったらどうなさるおつもりですか!?」
……いや、もう既に『何かあった』のだが、彼がそれを知る由もない。
「旦那様からもそうお聞きでしょう? よろしいですか!? 以後、くれぐれもこのようなことのないように……」
しかし、女の耳に黒服の説教は入っていない。女は二人が去って行った方向を見つめながら、まるで誰かに問いかけるかのようにつぶやいた。
「……『ミラージュ』……?」
そう、彼の名はミラージュ。しかしそれは本名ではない。『ミラージュ』というのは彼のレイヴンとしての通り名である。本当の名は長年の相棒であるカンバービッチですら知らない。
アラブ系というのはアイザックシティでは非常に稀な存在である。琥珀色の肌に彫りの深い目元、そして男らしい(敢えて『男前』とは呼ばない)黒々とした眉毛……という特徴的な顔はよく目立つ。しかし彼がレイヴンであること、そして彼こそがあの『マスターランカー』──世界に一握りしかいない、最高位の実力を持った者のみが登録されるマスターアリーナに名を連ねているレイヴン──であることは意外に知られていない。『名前』からなら聞く者を震え上がらせることは可能だろうが、少なくとも彼の『挙動』から彼をマスターランカーであると察することができる人間はなかなかいないのではないか。
そして常に彼に付き従っているのが、カンバービッチ。これも本名ではない。ミラージュに勝手につけられた、所謂渾名というやつだ。彼は容姿だけでなく性格的にも日本系な男であり、彼自身自分の日本人的な性格──優柔不断で、はっきりと物が言えないところ──を嫌っていた。ミラージュといると様々な場面でこき使われたり苛められたり(ミラージュにそのつもりは全くない……らしい)するのだが、それでもその性格のお陰で、彼はミラージュの付き人でい続けているのであった。
「いやーしかし美人でしたね、ミラージュさん」
カンバービッチがそう言うと、ミラージュはふと足を止めた。そして、くるぅりとゆっくり振り返る。
「……いいかねカンバービッチくぅん、わたしは別に下心があって彼女を助けたわけではないのだよ。困っている女性を助けるのは男の義務!! ……なのだからね」
と、バッチリポーズをつけながら言う。知らない人間が見たら確実に引くだろう。
──じゃあ、しつこくリンファさんにつきまとって困らせていたのは一体何だったんですか? ……とは、もう言わなかった。どうせ言ってもこの男は聞きはしないだろう。本人は、リンファのことはきっぱり諦めたと言ってはいるが、分かったものではない。
「……聞いているのかね!?」
「はいはい、聞いてますよ……」
長年この男と行動を共にしていると、彼をどう扱っていいかということはよく分かる。よって、それ以上は言わない方が得策。
「……んん?」
「どうしたんですか、ミラージュさん」
「んんんん……?」
急に、ミラージュが唸り出した。腹を抱えてうずくまる。そしてその額には脂汗。どうも様子がおかしい。
「まさか、さっきどこかやられたんですか!?」
「いや……違う、これは……」
見るからに苦しそうだ。それも尋常な苦しみようではない。ふとカンバービッチの頭に、『鬼の霍乱』という言葉が浮かんだ。
「腹が……痛い……」
「冷たいものの食べ過ぎですか、それともお腹出して寝てたんですか?」
「……カンバービッチ君、わたしは子供かね……?」
似たようなものだ。
しかし様子を見るに、どうやらこれ以上こちらの台詞にツッコミを入れる余裕もなさそうだ。ミラージュがここまで苦しそうにしているのは見たことがない。『何とか』は風邪を引かないはずだが……いやいや。
「病院に行ったほうがいいんじゃないですか?」
「び、病院だとぉ!? そ、それだけは絶対に断る……」
実は、ミラージュは極度の病院嫌いなのであった。曰く、『独特の匂いが嫌だ』『待合室の雰囲気が嫌だ』『注射が嫌だ』──この歳になって病院嫌いというのも、この男の始末に負えないところの一つだ。もっとも、病院などというところは、行かないに越したことはない場所ではあるが。
「な、なーに……一晩寝たら治るさ……。カンバービッチ君、肩を貸してくれたまえ……」
「はいはい……」
その夜。女は独り、自室でボーっと天井を見つめていた。時刻はとうに午前をまわっている。薄闇の中で、時を刻む針の音がやけに大きく聞こえた。
眠れない。ベッドに入ってから、かれこれもう二時間は経っていた。こういう時、羊を数えれば眠れると聞いたのだが……。しばらくそれを続けてはみたが、それは単なる迷信に過ぎない、ということが分かった。
──昼間の殿方……ミラージュというあの男性……。
羊がだんだんミラージュの姿に変わっていく。彼のことしか頭の中に浮かんでこない。こんな気持ちは初めてだ。一体何だというのだろう?
ここはアイザックシティ最大の病院。女はそこで医者をやっていた。人付き合いに少々問題があるが、医師としての能力は若いながら随一と評されている。患者ともほとんど話をしないのに、患者からの人気も高い。何故か。……それは、彼女に救いを求める患者だからこそ、彼女の真意が分かるからだ。普段から口数は少ないが、彼女の目を見れば何が言いたいのか良く分かる。治療を受けた患者は、皆口を揃えてこう言うのだ。『あの先生は、まるで聖母のようだ』と。
まだ独身。年齢的にももう適齢で、同僚に言い寄られることは多数あるが、全て無視。どうやら男に興味がないらしい。男医の間では、密かに『鉄壁の要塞』との二つ名が付けられているほどだ。
しかし、今日の彼女はいつもとは違っていた。いつもなら目が据わっているのだが、今日は目が泳いでいる。それに、朝からずっとため息ばかりついているのだ。同僚たちは陰でひそひそと噂話をしている。一体彼女に何があったのか、を。
「……次の方、どうぞ……」
診察が終わり、女は次の患者を呼ぶ。……しかし、その患者はなかなか診察室に入ってこない。どうしたというのだろうか。
「……?」
耳を澄ますと、部屋の外で何やら争うような──いや、争うと言うほど荒々しいわけではないが──会話が聞こえてきた。
「……や、やっぱり帰ろう。ここはわたしのいるべきところではない」
「なぁに言ってるんですか! もし重病だったらどうするんです!?」
どちらも聞き覚えのある声。しかもつい最近聞いた声だ。
「大体、この病院自体気に入らないのだ! 何だって患者をタライ回しにするような病院に来なければならないんだね!?」
「それは、それだけやばい症状だってことかもしれないじゃないですか!」
女は不思議に思い、診察室の外に出た。そして──その新しい患者の顔を見た時、滅多に表情を変えない彼女が目を丸くした。
「……ミラージュ……さん?」
「む? 君は……昨日の……!?」
腹を抱えて苦しげな表情をしている患者、それはミラージュだった。嗚呼、何という運命の導きだろうか。昨日の今日で、二人は再び巡り合ったのである。
「……」
女は改めて深々とお辞儀をした。ミラージュにしてみれば礼を言われるのは悪くないが、今はそれどころではない。カンバービッチがミラージュの背中を押す。
「ほら、ミラージュさん!」
「ぬぬ……わ、分かった。診察の方を頼む……」
── ──
「……盲腸、ですね……」
だから、ミラージュはタライ回し……もとい、内科の医者からこちら──即ち女がいる外科──に行くように勧められたのであろう。
「も、盲腸!?」
「正式には虫垂炎です。ミラージュさんのケースは……急性虫垂炎にあたります……」
それを聞いてミラージュの顔から血の気が引いた。──生まれてこの方大病にかかったことは一度も無い。それが自慢だったのに! ……待てよ、確か子供の頃麻疹にかかったんだったっけ……? いや、そんなことはともかく!
「まさか、手術とか入院とかしなければいけない、と言うのではなかろうね……?」
こくり。女は無慈悲にも頷いた。あくまで、『ミラージュにとって』無慈悲だったのだが。彼にしてみれば、『手術』や『入院』とは死刑を宣告されたのと何ら変わりがない。そのくらい筋金入りの病院嫌いなのだ。
「何とか、何とかならないのか!?」
「……盲腸ですから……放っておくと死に至ることもあります……」
「……」
止めを刺されてしまった。こうしてミラージュは手術及び入院を余儀なくされてしまったのだ。
「……オペは……私が担当いたします……」
「……そうかね」
ミラージュは盲腸についての詳しい話はよく知らなかったが(何せ生まれてこの方大病にかかったことはない『らしい』ので)、その『下準備』だけは噂に聞いていた。まあ、その下準備自体は看護婦か誰か別の人間がするものの、よりにもよってこの女性に自分の恥ずかしい姿を見られなければならないとは。最悪だった。
「他の医師では……ダメなのかね?」
そう言うと、女医は少し悲しげに目を伏せた。
「……私では……ご不満でしょうか……?」
「い、いや、決してそういうわけではない! そういうわけではないのだが……その……」
「どういうわけなんですか?」
と、意地悪そうにカンバービッチ。彼には大体察しがついていた。ミラージュが何故彼女の執刀を拒否しようとするのかを。と言っても、まだ予感の域を出てはいないが。
「ど!? いやどういうわけって、だっ、だからだね、その……」
しどろもどろになるミラージュ。さっきの予感を確認するのも面白いし、何よりカンバービッチにとっては滅多とない反撃のチャンスだ。
……と思ったが、甘かった。
ごすっ。
「いてっ!? 何するんですかっ!!」
「……調子に乗るんじゃない」
ミラージュの目が半分マジだった。この目はやばい。ミラージュがこの目になる時は、キレかけている時だ。これ以上挑発するのは死を意味する。
「あ、あの……」
女はおろおろしながら、二人を止めに入ろうとする……その時、診察室の奥の方から女医に向かって話しかける声がした。
「ドクター・セルバンテス、オペの予定は?」
その声を聞き、女はミラージュたちにすいません、と一言言って奥に入っていった。二人は取り残された形になるが、手術の準備なら致し方ないところだ。
「オペ……か。……斬られるのかな、カンバービッチ君?」
「『斬られる』って言わなくても、『切られる』でいいじゃないですか……」
普通は会話の中で文字の違いまで区別できない。
「切られるっていっても、麻酔するから大丈夫ですよ」
「どのくらい斬られるんだろう……このくらいかな、それともこのくらいかな……」
哀れ、ミラージュの顔はすっかり蒼ざめてしまっていた。カンバービッチの言葉は耳に入っていない。指で切られる長さや深さを想像してみている。その様子には、マスターランカーの風格は微塵もない。こんな姿をリンファに見られでもしたら、フラれるどころか(っていうかもうフラれてる)即絶交であろう──いや、『絶』つための『交』流自体今でもなかったりして……。
「ぬぅぅぅ……嫌だ嫌だ嫌だ!! 斬られるのは嫌だーッ!!」
カンバービッチはこれ以上呆れようがないほど呆れていたが、他にも病人がいるここでこんな恥ずかしい真似をされたのでは堪らない。何とかこの男を静めなければ。
「いい加減にしてくださいよ、ミラージュさん……大体、あんな美人の先生に手術してもらえるんだから、盲腸冥利に尽きますよ」
「……そ、そういうもんかね?」
「そういうもんですって。あー、僕もあんな先生のお世話になるんなら盲腸になればよかったなぁ」
実際盲腸なんかになりたくはないが、こうでも言わないとミラージュは安心しないだろう。我ながら馬鹿な台詞だ。カンバービッチは心底情けなかった。
「それに、ここからあの先生とのラブロマンスに発展したりして……」
ボッ。
まるで本当に音でもしたかのように、ミラージュが赤面する。これで予感は確信に変わった。間違いない、ミラージュはあの女医に惚れている。
「な、な、何を言うのだね、カンバービッチ君!?」
「……傍で見ていてバレバレですよ……」
リンファが彼の中でどうなっているのかは知らないが、少なくともこの女医にベクトルを変える方が『勝率』はいいはずだ。いい加減無駄な足掻きをやめて、然るべき相手と落ち着いてもらいたいものだ。『主人』がそうなってくれる方が、『付き人』にとっても都合がいい。
「(然るべき相手、か)」
自分でそう考えて、カンバービッチは思わず笑いそうになった。昨日からの彼女の言動を見るに、よっぽど育ちが良いということが分かる。ミラージュも確か育ちは良いはず(本人談)なのだが……果たして彼女とこのわがまま男とが釣り合うのかどうか。
「何て名前なんだろう……」
「何言ってるんですか。さっき看護婦さんが呼んでたじゃないですか、ドクター・セルバンテスって……」
……『セルバンテス』?
「あっ!?」
と、急にカンバービッチが声を上げた。
「あの女の先生、『あの』セルバンテスのご家族か何かですよ! あの、かつてのマスターランカーの!!」
「何だとカンバービッチ君!? それは本当かね!?」
「きっと間違いないです……アイザックシティでスパニッシュは珍しいですからね。それで『セルバンテス』なんて名前はもうあの人しかいませんよ!」
アイザックシティのレイヴンで、伝説の白騎士・セルバンテスの名を知らぬ者はまずいない。とうの昔に引退した彼が数年前急にアリーナに戻ってきた、そのことはミラージュ自身も覚えている。確かあの時は、難病の孫娘の治療費を稼ぐため──ということでアリーナ新聞の話題にも上っていたはず。
「……では、彼女は……」
しばらく、ミラージュは何も言うことができなかった。
負ける。
その一言を言ったら負けてしまう。
しかし、もう我慢ならない。言わずにはいられない──。
「……暇だ」
「はい、ミラージュさんの負け。これで僕の5戦5勝ですね」
「ぐ……」
勝負といっても大したものではない。ただ、『暇』と言った方が負けという単純なものだ。しかし、病室に拘束されているミラージュにとって、この無為な時間ほど苦痛なものはない。それ故に賭けになり得る。──しかし、そもそもこの賭けをしようと言い出したのはミラージュの方なのだが、言い出した当人が負けているのだから、何というか──間抜けだ。
「ええい、やめだやめ! 暇なのに暇だと言って何が悪い!」
逆ギレ。
しかし一方カンバービッチも、ミラージュがいないのでは何の仕事──もちろん、レイヴンとしての──もできないので、仕方なく毎日見舞いに来てやっている。二人とも相当暇なのだ。
「だからわたしは入院など嫌だと言ったのだ! こんなにピンピンしているのに、何故こんなところに閉じ込められていないと……」
……切っただけで盲腸が完治すれば世話はない。腕に点滴の管をつけたまま『ピンピン』もくそもないものだ。ただ──どう見ても、『殺しても死なない男』であることに変わりはないのだが。
「いい加減、駄々こねるの止めてくださいよ……」
そろそろこの男の相手をするのにも、いい加減疲れてきた。話すような話題もないし、このままここにいてもくたびれ儲けにしかならない。……その時、二人に光明が差した。
ぷー。
やけに情けない音が病室に響いた。扉の横についているブザーが鳴った音である。しかし、もうちょっとましな音はなかったものか。設計した人間の趣味を疑う。ともかく、来室者である。恐らく看護婦か誰かであろう。
「うむ、入るがいい」
……カンバービッチがコケた。
病院の者に対してもこの態度。一体、この男に患者という自覚があるのかどうか。おそらく、人に頭を下げるということをしたことがないのだろう。
「……失礼します……」
扉が開き、一人の女性が部屋の中に入ってきた。看護婦ではなく、白衣に身を包んだ長い黒髪の女医──そう、ドクター・セルバンテスことセリカ=セルバンテスである。その姿を見て、ミラージュは慌てた。カンバービッチも驚くには驚いたが、むしろそれに対するミラージュの反応の方が面白かった。
「な、何故おま……いや、君がここに?」
セリカははにかみながら、ぽそぽそと何かを言う。が、あまりに小さい声のため全然聞き取れない。
「何々……今日は非番のはずだったが、急なオペの予定が入った……ふむ、それは大変だったな。……何? で、そのついでに見舞いに……」
こちらが反復して向こうが頷いて、ようやく確認ができる。そのくらいセリカとの会話は難しいのだ。……しかし、会話になっただけで喜んでいてはいけなかった。彼女はミラージュにとってもっと大事なことを言っているのだ。
──見舞い……『見舞い』!?
「見舞いだと!? そのためにわざわざわたしのところへ来てくれたのか!? そ、それは……うむ、済まなかったな」
セリカがこくりと頷き、二人して顔を赤くする。──おやまあ、良い雰囲気じゃないですか。ミラージュさんの一方的な片想いかと思いきや、向こうもどうやらミラージュさんに気があるご様子。
カンバービッチはセリカに椅子を勧め、自分は席を立った。その背に向かってミラージュが声をかける。
「どこに行くのだね、カンバービッチ君?」
「……トイレですよ、トイレ!!」
少し不機嫌そうな返事をして、二人の方を振り返りもせずに病室の外へ出た。──人がせっかく気を利かせてやってるのに……何で気が付かないかなこの人は!? 鈍感にも程度があるってもんだ。これは、周りの方で応援してやらないと、この人の結婚なんて一生有り得ないだろうな……。
扉が静かに閉まり、男女がぽつんと部屋に残される。
「……」
「……えーと……」
沈黙。会話が見つからない。しかしそれは当然、何せ二人はまだ相手の顔と名前しか知らない、という段階なのだから。考えてみれば、この状態で既にお互いを気に入っている、という事実がものすごい。一目惚れとは恐ろしいものだ。
「……あの……」
「その、」
二人が同時に口を開く。
「……あ、あ……どうぞ、お先に……」
「い、いや、そちらこそ先に言いたまえ」
初々しいことこの上ない。セリカはともかく、ミラージュまでこうも純情だとは……。誰かがこの様子を見ていたらもどかしくてしょうがないことだろう。
しばらく沈黙が続いた。雰囲気が逆に重く二人にのしかかってくる。こんな時どういう会話をすればいいか、二人とも分からないのだ。
「(…………)」
「(カンバービッチ君……長いな。何をやってるんだ?)」
帰ってくるはずがない。カンバービッチは、廊下の少し離れたところから、ミラージュの病室を見張っていたのだ。──とりあえず、二人の会話が終わってセリカさんが出てきたら戻ろう。彼はそう考えていたのだ。そんな彼に、看護婦や他の患者が奇異の目を向けながら横を通り過ぎていく。本人は気付いていなかったり。
さて、ミラージュはもうこの沈黙に堪えられなくなっていた。……もしかしたら、そのプレッシャーで気が動転していたのかもしれない。ついに彼は、とんでもないことを口走ってしまったのだ。
「……な、なぁ……セリカ」
「……?」
セリカの方も新しい話に進んでホッとした様子で(と言っても、まだ二つ目の話題に過ぎないのだが)、ミラージュに訊き返すような表情を向ける。しかし──。
「……わ、わ……」
「?」
「わたしの、妻になれっ!!」
部屋からセリカが出てくるのを確認してから、カンバービッチはミラージュのところに戻った。心なしか、セリカは真っ赤な顔をしてそそくさと出ていったように見えたが、別段気にも留めなかった。
「どうですミラージュさん、おしゃべりができました……か……!?」
思わずカンバービッチが後ずさる。ミラージュは虚ろな瞳で、まるで人形のようにたたずんでいたのだ。
「ど、どうしたんですかっ!? 何があったんですか!?」
「かーんばーびーっちくぅーん……」
ミラージュの首がゆっくりと90度回転し、カンバービッチの方を向く。これを不気味と言わずして何と言う。大昔に『エクソシスト』というホラー映画があったらしいが、さもありなんといった感じだ。
「み……ミラージュさん……?」
『わたしの、妻になれっ!!』
直後、二人は固まった。最初セリカは何を言われたのか分からない、といった感じできょとんとしていたが──やがて、その意味を理解したようだ。
『え、あ、あの……その……』
顔から火を噴いて、思いきりうろたえだした。特に意味もなく手をじたばたとさせてみたり、顔をどこに向けていいのか分からない様子でキョロキョロしたりしている。
そのうちに、ミラージュが正気に戻った。はやり過ぎたか、と後悔しても遅い。それに、これは冗談ではないのだ。こうなったら、このまま勢いに乗って突き進むしかない。ミラージュは思い切ってセリカの両手を握った。
『いいいいや、へへへへ返事は今でなくてもよい! もちろん、こここういうことは君一人で決めるには難しいことだろう。だ、だが……どのみち最終的には君の決断が……いや、そうじゃなくて、その……だだだだから』
全然正気に戻ってなかった。かなり気が動転している。それはセリカも同じだったが──ようやく落ち着いたのか、セリカはミラージュの手を握り返し、そして言った。……消えそうな声で、だが。
『……その……今はまだはっきりとしたことは……で、でも……なるべく、良い返事を……』
そして、セリカは半ば逃げるようにして部屋を出ていった。男に対して免疫が全くない彼女は、この恥ずかしさに堪えられなかったのだ。しかし、ミラージュはセリカの最後の言葉をはっきりと記憶していた。
「ってことは……OKってことじゃないですか!!」
心配して損した気になった。あんな生気の抜けたような様子でいるから、真正面から玉砕したのかと思った。……もっとも、ああいう告白の仕方はどうかと思うが。
「……彼女、また時間があったら顔見せてくれるって……」
「へー、そりゃよかったですねぇ……っておいっ!?」
ぷしゅー、ぱた。
緊張の糸が切れたのだろう。ミラージュは頭から湯気を噴き出して(もちろん比喩だが)後ろに倒れた。ミラージュの方も──相手にもよるが──女性に対して免疫がなかったようである。
──やれやれ……どうなることやら……。
「最近やけに嬉しそうだな、セリカ」
大きな食卓に、セリカと向かい合って座っている白髪白髭の老人──セルバンテスは、孫娘に微笑みかけた。一見無表情に見えるセリカの感情を読み取れる──それも、当然彼女の患者たち以上に──のは、身内ならでは。
セルバンテスはもう80が近い歳である。しかし、がっしりした体躯や鋭い眼光はいまだ衰えていない。老けたところを敢えて挙げるとするならば、顔に皺が増えたぐらいか。笑うと余計顔がくしゃくしゃに見える。
「職場で好きな男でもできたか? お前もそろそろ、婿を貰ってもよい年頃だ」
と、セルバンテスは冗談のつもりで言ったのだった。しかしそれに対するセリカの反応は、というと──食事の手を止め、顔をほんのりと赤らめて俯いたのだ。
「な!?」
キィンッ、と乾いた金属音が部屋の静寂の中に鳴り響いた。セルバンテスがフォークを落とした音である。慌てて執事が拾い、替えのフォークを差し出す。しかしセルバンテスはそれを受け取ろうともせず、呆然としたままセリカを見つめている。口をパクパクとさせているが、声にはなっていない。……そしてしばらくして、やっとのことで言葉を吐き出す。
「そっ……それは本当か!? 誰だ!? 誰だ相手は!!」
席を立ち、普段からは想像もつかないような形相でセリカに詰め寄る。その祖父の取り乱した姿に、セリカはたじろいだ。
「旦那様!! 落ちつきになってください!!」
「これが落ちついていられるかぁっ!! セリカ、相手は一体どんな男だ!?」
もう執事も間に割って入りようがない。セリカのことになるとセルバンテスは目の色が変わるが、まさかこれほどまでとは誰も予想だにしなかった。
「……」
「……何、怒っているか、だと? いや、怒ってはおらぬ。怒ってはおらぬから、相手が誰か言ってみなさい」
祖父がようやく落ち着きを取り戻したのを見て、セリカはホッと息をついた。そして、一層顔を赤くして、ぽそり、と小さく言った。
「……ミラージュ……さん……」
「!!」
白い病室。飾り気も何もない殺風景な部屋。リンゴの皮を剥くカンバービッチの横で、ベッドに横たわった『病人』──ミラージュは窓の外を見ながら深い深いため息をついた。
「……一体何度目ですか、ミラージュさん」
「数えているわけないだろう。……はあ……」
重症だ。盲腸はいずれ治るだろうが、恋の病はすぐには治るまい。セリカがいる時間は天にも昇る心地だろうが、一旦彼女がいなくなってしまうと、まるで人生に疲れた中年のようにしょぼくれてしまう。単純な性格だ。
カンバービッチは、ふとミラージュがリンファにお熱だった頃を思い出した。確か初めて『真紅の華』タオ=リンファを見てからも、こんな調子で悶々と過ごしていたような気がする。そのくせ面と向かうと照れてしまって『いじめっ子的行動』──好きな相手に対して、想いとは裏腹にいじめてしまうというガキの行動──を取ってしまうのだから、素直じゃない。もっとも今回、セリカを目の前にしてもそういう行動に出ないということは、セリカとリンファが似ても似つかぬキャラだから、というよりも──。
「ミラージュさんも、成長しましたね〜」
「……何だね急に……」
よく分からないが笑顔を浮かべているカンバービッチを放っといて、ミラージュは窓側を向き、再び──いや、もう何度目かは分からない──ため息をついた。……その時、不意に病室のブザーが鳴った。相変わらず気の抜けるような間抜けな音だ。
「む? か、彼女か?」
「セリカさんは今日はオペが重なって忙しくなる、って昨日言ってたじゃないですか。忘れたんですか?」
恋は盲目とはよく言ったものだ。……使い方を間違っているような気もするが。
「きっと看護婦さんか誰かですよ。それかお見舞いの方かも」
と言っておきながら、カンバービッチはそれだけはないと思っていた。もちろんミラージュ自身も、見舞いに来るような人物の心当たりが全くない。リンファは100%……いや、200%有り得ないし、コバヤシコーポの人間も、面識こそあるがそれほど親しいわけでもない。何より連中が、自分が盲腸で入院しているなどとは夢にも思うまい。
「どうぞ……」
と、カンバービッチがドアを開けたとたん、彼の目の前にぬっと大きな人影が現れた。手には花束を持っている。おそるおそる目線を上げていくと……そこには白髪白髭のたくましい老紳士の顔が!!
「なっ!? あ、あ、あ、あなたは……」
「お初にお目にかかる、ミラージュ君、それにカンバービッチ君。私がミゲル=ド=セルバンテスだ」
「!!?? セ、セルバンテスだと……!?」
マスターランカー同士の生身の対峙。そうそう起こり得ることではない。ミラージュもカンバービッチも、予期せぬ見舞い客の来訪にどうしていいか分からず凍りついていた。それを気に留める様子もなく、セルバンテスはつかつかとベッドの傍まで歩み寄る。そして、ミラージュに持っていた花束を差し出した。
「これは心ばかりだが、私からの見舞いだ。受け取ってくれたまえ」
「む……これはお心遣い痛み入る。……カンバービッチ君、生けておいてくれ」
「え……は、はい」
カンバービッチは花を受け取りながら、ミラージュが『礼は言わんぞ』とか言い出すのではないかと内心びくびくしていたが、それはどうやら回避できたようだ。席に着くように促すが、セルバンテスは『立ったままでよい』とそれを断り、話を続けた。
「先日、セリカが危ないところを君に助けられたそうだな。改めて礼を言わせていただこう」
「何、男として当然のことをしたまでだ。礼を言われるほどのことではない」
言葉だけ聞くと普通の会話だが、静かな、しかし激しい眼光戦が始まっていた。相手の器を見定めようとするセルバンテス、それに負けじと返すミラージュ。……やがてセルバンテスがフッと笑うと、それを境に緊張の網が周囲から消えた。ようやくカンバービッチが息をつく──彼は二人の間に入ることができず、どうしようかとあたふたしていたのだ。
「……で、セルバンテス? わたしに何か話があるのではないのかね?」
ミラージュは気圧されないよう、自らを奮い立たせながら言った。流石のミラージュでも、セルバンテスから受けるプレッシャーは大きい。しかも、今回は『別の要因』までもが関わってきているのだから。
「ふむ……分かっていたか。ということは、どうやらそちらもまんざらではないということかね?」
セルバンテスが口の端を歪める。珍しく、今日のセルバンテスは意地悪げである。
「話は大体セリカから聞いている。……セリカももう適齢期、然るべき相手を婿に貰わねばならん。時にミラージュ君、君はセリカのことをどう思っている?」
「……フッ、愚問だな……」
そこでミラージュは一旦間を置いた。そして、堂々と言い放つ。
「わたしの妻になるべき女は、彼女しかいないっ!!」
──出た、いつものが。やっぱり全然成長してないんじゃないの? ……とカンバービッチは思った。大体、結婚を許してもらう方がそんなに高飛車でどうする!? いや、どうせあの人のことだから、『向こうが私に願い出て、セルバンテス家に来てもらおうとしているのだっ!』とでも思っているのだろう。
「ふっ……ふははははははは!!」
突然、セルバンテスが高々と笑った。
「面白い男だな、君は。それに、私を前にして猶その態度! ……気に入った。『セリカの婿になるべき男』は、どうやら君のようだ」
『婿』というところがいまだに引っかかるが、この際そんなことは言っていられない。これがミラージュにできる最大限の譲歩なのだ。
「では、わたしと彼女の結婚を……」
「ただぁし!!」
セルバンテスの迫力ある声が大気を振るわせ、ミラージュの言葉を遮った。勢いに押され、ミラージュは黙る他ない。──くそ、何てでかい声を出すんだ、このジジィは……。
「条件を加えさせてもらおうか」
「……条件、だと?」
「そうだ。アリーナで私と戦ってもらう!!」
「なっ……」
「何だとっ!?」
驚く二人をよそに、セルバンテスは続ける。
「君も私もレイヴン。ならば、勝負の中にこそお互いの真の姿が見えてこよう。その戦いを以って、君の器を見極めさせてもらうことにする。……異論はないかね?」
しばしの沈黙。再び始まる眼光戦。セルバンテスの顔を睨みつけるようにして見つめていたミラージュは、負けじと笑って言った。
「フン、よかろう! 『わたしの勝利を以って』、わたしの力を認めさせてくれよう!」
「よろしい。……では、アリーナでまた会おう、ミラージュ君。それまでゆっくり養生されよ」
その言葉を最後に、セルバンテスは病室を出ていった。扉が閉められ、足音が遠くに消えていくと、カンバービッチは青い顔をしてミラージュに詰め寄った。
「どっ、どうするんですか!? あんな約束をして!?」
「……それ以外に選択肢はない。それに、わたしが負けるとでも思っているのかね? んん?」
ちょっとムッとして返すミラージュ。
「前に、ワームウッドのヨシュアさんにボロ負けしたじゃないですか」
グサリ。ミラージュの泣き所をピンポイントで貫かれた。
「た、確かにあの時は不覚を取った! しかし、次にやれば必ずわたしが勝つ! このミラージュに二度の敗北はないっ!!」
「どうだか……」
「何か言ったかね!?」
「いーえ、別に……」
カンバービッチは半ば呆れていた。しかし、以前は勝手に自分の財産まで賭けの対象にされてしまったが、今回の勝負の結果によって彼自身が損害を被ることはない。──とはいっても、流石に不安だった。
「例え相手があの伝説の『白騎士』セルバンテスでも、わたしの敵ではない! そうだね!?」
「そういうことにしときましょうか……」
一人で盛り上がっているミラージュ。
「待っているがいいセルバンテス! 『愛の力』を見せてくれようっ!!」
「(うわぁ……くっさー……ん!?)」
台詞がクサイと思っていたら、本当に臭ってきた。気合を入れた台詞の際に、同時に腹に力が入ってしまったようだ。
「……ミラージュ、さん……?」
カンバービッチの非難の視線がミラージュに突き刺さった。もはやミラージュに言い逃れはできないほど確実に臭っている。
「あ……いや、その……オ、オホン……失敬」
とにかく、これで退院に一歩近づいた。
「ここに来るのも久しぶり……か」
部屋の中を見回しながら、感慨深そうに女は言った。肩にかかるかかからないかという程度の黒髪が僅かに揺れる。
扉を入るとすぐに目に入る巨大な画面は、試合観戦用のモニター。それに向かって並ぶ高級そうな椅子。隅にあるのは冷蔵庫だろうか。恐らく冷えたシャンパンとチーズあたりが入っているのであろう。流石はVIP用観戦席。
「俺とお前が最後に対決した時以来だから──もう6、7年にはなるか」
と、どすっと深く椅子に腰掛けながら、連れの金髪長身の男が言う。部屋の中だというのに、黒いコートを羽織ったままだ。──全く、相変わらずだ。女は呆れの混ざった笑みを浮かべた。
「そう言えばお前も、格好だけは昔のままだな」
「……他人の心を読まないでよ」
背中越しに、男が笑ったのが分かる。結婚して数年──正確には『配偶者』などという法的に面倒な関係ではないが(しかも、このご時世に法もくそもない)──お互いの考えていることは大体察することはできる。
最強のレイヴンコンビと噂される二人──『真紅の華』タオ=リンファと『ワームウッド』ヨシュア=オースティン。彼女ら二人は、コバヤシコーポレーション社長・シロウ=コバヤシに呼ばれ、ここアリーナに来ていたのだった。いや、呼ばれたのは彼らだけではない。アリーナの頂点に君臨するマスターランカー・ロレンスとその妹ジーナ。コバヤシコーポ専属のテストパイロット・宝条司とその妻アヤメ。もちろんコバヤシ社長その人の姿もある。そして──。
「突っ立ってないで、あなたも座ったら?」
既に一番モニターが見やすい席を陣取っていた赤毛の女──エリィが笑って手招きする。子どものようでいて、しかし成熟した大人のような笑み。そんな『元』相棒に微笑を返しながら、リンファは自分も席に向かった。
「よく来てくださいました、リンファさん、それにヨシュアさん」
リンファが椅子に座ると同時に、逆に座っていた椅子から立ち上がり、コバヤシは律儀に挨拶をする。
「『あいつ』に会う義理はないけど、もう片方には一応義理があるから……ね」
そう言うと、ヨシュアがくっくっと笑った。
「しかし──面白い対決だな」
とは、ロレンス。
「ここしばらく、血が騒ぐような対決を見ていなかったからな。新旧マスターランカー対決、果たしてどちらが勝つのか……」
「お兄様の試合もぉ、すぐに決着がついてしまいますもんねっ」
兄と同じく、ジーナもこの対決に興味津々である。意外にもこういう真剣勝負──下手をしたらどちらかが命を失うかもしれない程の──を見るのが好きなようだ。何せ、かつてはレイヴンになりたい、などと言っていた女性なのだから。冗談だったのか本気だったのかは、いまいちよく分からなかったが。
そしてここにも、この戦いに際して心躍らせている者がいる。司だ。コバヤシコーポのテストパイロットになって以来、AC同士の真剣勝負をした覚えがない──いや、司に覚えがないだけで、実際は依頼の途中で邪魔者と見えたことはちゃんとある。要はそのお相手が『相手にならな』かっただけのことだ。……とにかく、自分が真剣勝負をするのも、他人がしているのを見るのも、司にとってはえらく久しぶりだ、ということである。何ヶ月……いや、何年振りかにレイヴンの血がたぎる。アヤメもそれを察してか、ぎゅっと司の腕を握ったままモニターを注視している。
「確かに面白い対決だが……一体何故二人が戦うことになったんだ?」
開始が待ちきれない心の高鳴りを押さえるように、司がコバヤシに問うた。
「そうですね、それをお教えしなければいけません」
自分の席をくるりと回転させ、皆の顔が一望できるようにする。コバヤシの代名詞とも言えるアタッシュケースは、自分の膝の上に置かれたままだ。
「まず説明しておかなければならないのは、皆さんをお呼びしたのは、ミスター・セルバンテスのご意向だ、ということです。この対決を是非皆さんに観て頂きたい、とおっしゃられていました。そして──」
そこでコバヤシは一旦間を置き、指で眼鏡のズレを直した。
「この勝負に、ミラージュさんの『結婚』がかかっているそうです」
「ええ──っ!?」
「け、結婚って……」
「あいつ、リンファは諦めたのか……」
それなりに静かだった部屋に、いきなりどよめきが広がった。この驚愕の事実を聞いて表情を変えなかったのは、既知のコバヤシとエリィ以外ではアヤメだけであった。
「……ってことは、よ?」
リンファが恐る恐る口を開く。
「まさか、あいつの結婚相手って……」
その名がリンファの口から紡がれようとしたまさにその時。部屋の扉が開き、二人の人物が入ってきた。一人は黒服の男、そしてその男に付き添われている女性──セリカ=セルバンテス。純白のドレスに、長い黒髪がよく映える。女性としての生気に溢れた美しい肌。吸い込まれそうな輝きを持った深い瞳。かつての病弱な雰囲気はどこにもない。
「主賓のご登場のようですね」
珍しく、明らかな笑顔を浮かべながら、コバヤシが言った。
残念ながら、この場には彼女に心奪われる男性は一人もいない。しかしそれでも、彼らをして感嘆せしめるセリカの美しさ。僅かな間、誰も口を開くことができなかった。
「皆様……本日はお集まりくださいまして、誠にありがとうございます……祖父に代わりまして御礼申し上げます……」
静かに、静かにセリカの声が静寂を破った。
「こちらこそ。お招きいただいて光栄です、ミス・セルバンテス」
丁寧に挨拶するコバヤシに、セリカも深々と頭を下げる。そして、次にリンファの方を向いた。
「お久しぶりです、リンファさん……その節はお世話になりました……」
「え? ああ、もういいって。お礼ならもうしてもらったし、ね」
セリカの病気が完治した後、リンファとエリィの二人はセルバンテス家の食事に呼ばれたのであった。しかしそれも大分前の話、リンファがセリカに会うのは6、7年振りである。丁度リンファがここアリーナとご無沙汰していた期間と一致する。
「ところで……一つだけ訊いていい?」
どうぞ、とセリカが言ったので、リンファは思い切って尋ねた。
「ミラージュの……どこがいいの?」
……それは、誰もが気にしつつ禁句としていた質問だったはずなのかもしれない。しかしセリカは真っ赤になって俯き、そして手を口に当ててはにかみながら一言、消えそうな声で言った。
「……優しくて……男らしいところ……」
「……そ、そう……」
……いきなり惚気られても。
──実はセリカさんって、趣味悪いんじゃないの? とは、流石に言えなかった……。
「のう、ダルシネアよ」
愛機ドン=キホーテのコックピットで、セルバンテスは独りつぶやいた。手には小さな銀色のロケット。その中には、まだ若きセルバンテスと幼いセリカ、そしてもう一人……女性が写った写真が入っていた。
「お前はどう思う、あの男を」
今は亡き彼の妻──ダルシネアは、写真の中で静かな笑みをたたえたまま。ふと、セルバンテスはフッと笑った。
「似ているとは思わんか……若い頃の私に」
セルバンテスがレイヴンになったばかりの頃。思えば、あの頃は無茶をした。没落しかけたセルバンテス家を復興するため、躍起になっていた頃だった。何度となく命を危険にさらし、それでもがむしゃらにレイヴンを続け──いつしか『白騎士』などと呼ばれるようになっていた。そして、そんな自分を常に支え続けてくれたのが、彼の妻ダルシネアその人であった。ひょんなことで知り合った二人は、奇しくもお互い一目惚れだった。そう、まさにミラージュとセリカと同じように。
「私のことを一番よく知っているのはお前だ。……どう思う、あの男を──」
『すぐに分かりますわ、あの方がセリカに相応しいかどうか……もしくは、セリカがあの方に相応しいかどうか、が』
「……」
写真の中の妻の顔が、一層笑った気がした。
そろそろ時間だ。セルバンテスはロケットをパチン、と閉めた。──ダルシネアよ……お前も見届けるのだ、この戦いを!
ここはミラージュサイドのガレージ。既にコックピットで戦いの刻を静かに待つミラージュ、そして砂色の機体サンドストーカーを心配そうに見つめるカンバービッチ。愛機も、そして愛用のレーザーライフルも整備は完璧。後はミラージュの戦い方次第──カンバービッチには、それが一番気がかりだった。
「頑張ってくださいね、ミラージュさん」
「当然だ。それに、フィールドはわたしの得意とする砂漠。負ける要素はどこにもない!」
……その自信が一体どこから来るのか、カンバービッチには相変わらず分からなかった。しかし逆に弱気であっても戦いに勝てはしないだろう。弱気になっているミラージュというのも、想像しにくいのだが。
「さて、時間のようだ。行ってくるよ、カンバービッチ君」
砂漠の狩人が動き出した。彼の獲物は白騎士ではない。本当の獲物は──白騎士に護られた美しき姫!
「サンドストーカー、出るっ!!」
広大な砂の海。どこまでも続く黄色と青の世界。黒い点のように見えるのは、砂から突き出た岩塊であろう。歪んだ地平線が、地球が球体をしているということを改めて教えてくれる。そんな砂の海に、二体のACが姿を現した。
「ふむ……えらく遠くに放り出されたものだ」
セルバンテスはレーダーを見ながら独りごちた。今日のドン=キホーテは、右肩の追加弾倉を高性能レーダーに換装している。そのレーダーの探査範囲ほぼギリギリのところに、敵を表す赤い光点が浮かんでいた。丁度自機の延長線上真正面から、こちらに向かって動いてきている。
「さて、ACに乗るのは久しぶりだが、果たして腕の方はどこまで落ちていることやら……」
僅かに口の端を歪めながら、セルバンテスは操縦桿を倒した。馬にまたがり馬上槍を構えた白騎士が地を駆ける。しばらく前に移動したところで、ドン=キホーテはその足を止めた。塗装のせいで目視しにくいが、彼方にうっすらと見える影がどうやらミラージュのACのようだ。
「相手の位置、スピード……ふむ、このくらいでよいか」
レーダーと計器を交互に見ながら、セルバンテスは操縦桿のボタンを一回、押した。
『何だって、こんな遠くに配置されたんでしょうねー』
「ここは元々こういうフィールドだよ、カンバービッチ君」
砂塵を巻き上げながら、砂漠の狩人は疾駆する。砂漠戦用にカスタマイズされているせいで、ここではサンドストーカーの戦闘能力は相対的に増す。塗装はもちろんのこと、駆動音は大幅に消されており、隠密性は高い──もっとも、アリーナでの対戦においてはあまり意味がないかもしれない。しかし、機体全体に施された防塵処理、そして何より機体の放熱及び冷却性能が高いのはかなり有利であろう。仮に長時間の戦闘になっても、コックピットが涼しければその分パイロットの疲れも抑えられるからだ。
「ご老体なら、ここに出ただけで汗だくなのではないかな?」
余裕を見せながら、機体を真っ直ぐ進ませる。こちらからもドン=キホーテが目で確認できる距離には入っていた。そろそろライフルを構えておく必要がある。ミラージュがレバーを動かし、サンドストーカーの右手が動く。機体が少し揺れた。
ビッ。
不意に、衝撃が機体に走った。驚いてACを止めるミラージュ。
「何だ? 今の衝撃は一体……!?」
ミラージュは、機体の異常箇所を映すモニターを見て唖然とした。左腕の肘から下が無い。慌ててカメラで足元を捉えると、見慣れた愛機の腕が砂の上に転がっていた。
『みっ、ミラージュさんっ!?』
「か、カンバービッチ君っ!?」
二人は同時に声を上げた。
「い、今何が起こったのかねっ!?」
『レーザーですよ! 相手が攻撃してきたんです!!』
適温のコックピットにいるはずのミラージュの額を、汗が一筋伝った。
──馬鹿な。いくら相手のレーザーライフルが長距離戦も可能だからといって、狙撃用でもないあのライフルで、これだけ距離の離れた相手を狙うなど……不可能に近い。しかし、奴は正確に腕を破壊してのけたのだ!
これにはVIP室の者たちも驚愕した。ノーロックでの射撃を得意とするリンファも、超長距離狙撃可能なレーザーライフルを愛用するロレンスも、このようなことはできないだろう。というより、そういうことをやろうとは考えまい。
「冗談のつもりで撃ったのがまぐれで当たったか、それとも……」
流石のロレンスもここから先を言う気にはなれなかった。
「……セルバンテスって、こんな無茶する人だったっけ?」
「どこかの誰かさん並だな」
リンファのつぶやきに、皮肉たっぷりに答えるヨシュア。しかし彼もまた、その神業を目の当たりにして武者震いを起こしていたのだ。──流石は、親父のライバルだっただけある男。この歳になっても、腕は衰えていないというのか……!?
「……外したか。頭を狙ったのだが、逸れてしまったようだな」
猶もサンドストーカーが向かってくるのを見て、セルバンテスは再びドン=キホーテを進ませた。──まあよい。この程度で倒されるようならセリカの婿はおろか、マスターランカーとも名乗れまい。さて、それでは本気を見せてもらおうか!
「おのれセルバンテスめ……味な真似を!!」
このまま戦いのイニシアティヴを取られるわけにはいかない。しかし、ここで気持ちを乱せばますます不利になるのは目に見えている。
『落ち着いてください、ミラージュさん! 怒るとますます……』
「向こうの思う壺だ、と言うのだろう? ……分かっている、まっかせたまえ!」
『え? ……は、はいっ……』
予想していなかったミラージュの反応に、カンバービッチは耳を疑った。今までのミラージュなら、頭に血が上って周囲が見えなくなっていたはずなのだ。──まさか、ミラージュさんは……本当に変わってきている!?
「今のも、どうせまぐれに過ぎん! ブレードが使えないというハンデがあるぐらいが、ご老体には丁度いいのだよ!!」
そしてついに両雄相見えた。既に、撃てば確実に当たるという距離まで詰めている。そして二人は同時にレーザーライフルを放った。蒼い光条が交差する。
「くっ!?」
『ぬぅっ!!』
双方紙一重でかわす。マスターランカー同士の戦いともなると、一瞬の判断ミスが即敗北に繋がることも珍しくない。特にお互いの持つライフルは高威力故、当たり所によっては一発で致命傷になる。そうやすやすと食らうわけにはいかない。
二機は円を描くようにして一旦間合いを離した。着地の後に間髪入れず、サンドストーカーが大きく飛ぶ。
「(……速い!)」
司が唸った。
「これならどうだっ!!」
地上のドン=キホーテに向かって、ライフルを連射する。上からの攻撃は避けにくいと判断しての行動だ。しかし敵も然る者、ブースターの出力を調整しつつ止めて吹かしてを繰り返し、瞬発力だけをうまく利用して、微妙な動きで攻撃を避けきった。
『今度は……こちらの番だな!』
ドン=キホーテはそのままの動きで旋回する。そうした方が普通に旋回するよりも何倍も速い。そして、今や降下中のサンドストーカーの後ろを取った。着地際を狙うつもりだ。
『もらったぞ、ミラージュ君!!』
ACの着地時には、ともすれば隙が生まれやすい。狙い撃ちには絶好のチャンスだと言える。このタイミングだと、着地と同時に命中する!
『ミラージュさんっ!?』
「……今だ!!」
ミラージュは一瞬、思いきりブースターを吹かした。ブースターエネルギーの残りギリギリを使っての噴射。セルバンテスが放った光の矢がサンドストーカーに突き刺さる寸前で、矢は巻き上がった砂の壁に阻まれ、その勢いを失った。
「あれは!! あたしがミラージュと戦った時の!!」
思わず声を上げるリンファ。そう、あの戦法は克明に覚えている。リンファとミラージュが戦場で見えた時、リンファがミラージュのレーザーライフルをかわすために取った戦法なのである。まさかそれを、見よう見真似でやってのけるとは。よりにもよってあいつに真似されるとは少し癪だが、ミラージュも伊達にマスターランカーではないということか。
『ほぅ! 面白いかわし方をするな。今まで数え切れない程のレイヴンと戦ってきたが、このようなことをする相手は初めてだ!!』
「フフフ、わたしの経験の賜物だよっ!!」
……嘘は言っていない。が、リンファはどうも釈然としなかった。
サンドストーカーの背のミサイルが口を開けた。そこから次々に飛び出すVLS弾頭。四発のミサイルが大きく上空に舞い上がり、一気に相手目掛けて飛来する。しかし、歴戦のレイヴンにとってミサイル単独での攻撃をかわすことなど容易い。冷静に引き付けてから、横に動いて難なく避ける。先程までドン=キホーテがいた場所で爆炎と砂埃が上がっただけ──かに見えた。
『まさかこれで終わりでは……ないようだな』
レーダーに映る新たな四つの光点。VLSミサイルの第二射である。回避を終えた白騎士に向かい、再び上空から襲い掛かる。ミラージュの手はそれだけではない。今の爆煙でセルバンテスは完全に視界を塞がれている。それはミラージュからもサンドストーカーが見えないということでもあるが、しかし──今放たれたミサイルが確実に相手の機体を追尾している! つまり、ミサイルの飛ぶ方向に相手がいるということだ!
「そこだあっ!!」
ミサイルと併せて、レーザーライフルを放つサンドストーカー。──上と横から同時に迫り来る攻撃、例え伝説の白騎士でもかわせはしない!
「……ワームウッドよ……」
目の前に迫り来る攻撃。その時、セルバンテスがぼそりとつぶやいた。
「ば……馬鹿な!?」
ミラージュは我が目を疑った。いつか見た青い蜘蛛の舞。それが再び目の前に現れたのだ。ミラージュが『リンファ式』レーザー回避を行ったのと同様、セルバンテスは『ワームウッド式』回避を再現してみせたのである。
『どうしたね? そんなに驚くことはなかろう……私とて、かつてアリーナの頂点に立った男だ、このくらいのことはやってみせるさ!』
とはいえ、悠然と立つ白騎士の脚には、僅かにミサイルが当たった痕がついていた。この程度の被害なら移動にほぼ影響はないだろうが……。──やはり、『本元』には敵わなかったか。のう、ワームウッド……。
「(……成程な。俺ができて、親父ができて──セルバンテスができない道理が無い、か)」
実力的には今のヨシュアの方が上かもしれない。しかし、もう80前という歳まで自分の力を維持できる、ということの方が恐ろしい。──さっきの超長距離射撃といい、とんでもない男とライバルだったものだな、親父……。
ヨシュアは半ば呆れに近い笑みを浮かべた。
『さて、どうやらこれを使わないといけなくなったか……』
ドン=キホーテの左肩に装備された拡散ミサイル。今まで一度も使われなかったそれが、ついにサンドストーカーに向けて放たれた。一発のミサイルが四発に分裂し、縦横から包み込むように迫る!
「お祖父様が……ミサイルを……?」
セリカは祖父の戦いを幾度となく見ているが、ミサイルを使ったところは見たことがない。よほどのことがない限り、ライフルとブレードだけで相手を倒してきたのだ。それはつまり、セルバンテス自身が相当追い込まれているということに違いない。
「くっ……避けきれるかっ!?」
ミラージュの台詞は第一射に対してのものではない。次に放たれるであろう拡散ミサイルの第二射に対してである。案の定、サンドストーカーが避けた方向に、再び四発のミサイルが襲いかかる。今度のは際どい!
『どうした? あのワームウッドなら、この程度の攻撃は凌いでみせたぞ!』
ピクッ。
今の台詞が、ミラージュを『何か』に目覚めさせた。もっともセルバンテスは、ヨシュアのことではなく先代のワームウッドのことを言ったつもりなのだが、ミラージュがそれに気付くはずもない。
「わぁたしは決して……」
サンドストーカーが着地する。そこに容赦なく迫り来るミサイル。しかしサンドストーカーは避けるどころか、怯むことなく自らその弾幕の中に突っ込んでいったのだ!
「奴より格下ではないぃぃっ!!」
ミサイルとミサイルの僅かな隙間、ミラージュはそこを潜り抜けようとしていた。しかし、その隙間はACにはあまりにも小さすぎる。避けきれなかった一発が、今や目の前に!
「役に立たぬ左腕など、くれてやるっ!!」
サンドストーカーが、肘から上だけの左腕でミサイルを打ち払った。その小爆発をも意に介さず、そのままの勢いでドン=キホーテに接近する。
『何とっ!?』
流石にこれにはセルバンテスも焦った。この距離ではライフルは間に合わない。慌ててブレードで迎撃しようとするが、サンドストーカーが放ったレーザーが、一瞬早くドン=キホーテの左腕を撃ち抜いた。これで双方の武装は、右腕のライフルだけということになる。
『ほぅ……まさか、ミサイルの中を突っ切って私に一撃を加えるとは……』
額に冷や汗を感じながら、しかしセルバンテスは冷静な口調で言った。このミサイルを使ったのは、あのワームウッドとアリーナで戦った時以来である。その時も、今のようにミサイルの隙間を抜けるという荒業の前に敗北し──伝説の白騎士はアリーナから引退した。
『さあ、ここまできたら! 見事、この私を負かせてみせよっ!!』
「言われるまでもないっ!!」
二機は距離を取って仕切り直した。現在の時点で、サンドストーカーの被害は左腕全壊、ミサイルの爆風による各所装甲の破損。ドン=キホーテの被害は同じく左腕全壊、右後脚部にミサイル一発を被弾。機体の被害状況だけ見れば、二人の実力はほぼ互角と言えよう。戦いの行方は本当に分からない。観客は元より、VIP室の強者たちから見ても。
ミラージュの強さを直に知っているのは、ヨシュアとリンファ。特にヨシュアはセルバンテスの実力も、父親の腕前から推して知ることができる。しかし──眼下の戦いを見るに、ミラージュはもうヨシュアと戦った頃のミラージュではない。
「もしかすると……もしかするぞ」
表情を変えないまま、ロレンスがつぶやいた。事前にはセルバンテス有利かと思われたこの戦い、もはや誰にも予想がつかないところまで来ているのだ。
ふと、リンファはセリカに目を遣った。両手を胸の前で組み、祈るような姿で二人の戦いを凝視している。
「……っ!」
レーザーが二機の間を交差する度、その肩がビクッと震える。その表情はいかにも悲痛そうだ。無理もない。どちらを応援すべきなのか分からないのだ。
「セリカさん……」
リンファがセリカの肩に手を置く。ゆっくりと顔を上げるセリカ。リンファは、安心させるようににっこりと笑ってみせた。
二人を信じて見守るしかない。今の彼女らには、それしかできないのだから。
もう何度戦場を光条が飛び交っただろうか。何度ミサイルの爆発が起こっただろうか。何度機体と機体が接近し、離れただろうか──。白騎士と砂漠の狩人の死闘も、大詰めに近付いていた。
「む……マズいな……」
目の前数10センチを横切る光の矢をバックブーストでかわしながら、サンドストーカーは大きく距離を取った。
『どうしたんですか、ミラージュさん?』
「弾切れしそうだ……もう残弾数があまりないのだよ」
セルバンテスに聞こえないよう通信を切って、ミラージュはつぶやいた。モニターには右腕武器の残弾数を示す数字が出ている──残り、4発。ミサイルはとうに弾切れしている。無駄撃ちを気にしながら戦っていた──もっとも、セルバンテスの腕のおかげでほとんどをかわされ続けているのだが──せいで、かなりの長期戦となった。おそらく向こうも、こちらほどではないにせよ残弾は少なくなっているはず。ならば、そろそろ勝負をかけに来るだろう。勝機はその時以外にない。
「この私が、ここまでかわされるとは……な」
セルバンテスもまた、ミラージュに聞こえないように通信を切っていた。これが聞こえでもしたら、向こうの戦意を上げてしまう。
彼はブレードも得意だが、それ以上に精密射撃の名手として、アリーナにその名を轟かせていたのだ。それが、こちらの攻撃がサンドストーカーにはほとんど当たっていない。流石は『砂漠のミラージュ』、噂以上の手強さである。──ふふ、それでこそセルバンテス家の婿に相応しい!
お互いがライフルを撃たなくなった。先程までの激しい戦いが嘘のような、不気味な静けさが辺りを包む。次が最後の交差になるかもしれない。観客一同が息を飲む。
『行くぞっ!!』
先に動いたのはセルバンテス。離れたところから一気に高速前進し、間合いを詰める。予想以上の加速に、ミラージュの放ったレーザーの狙いが僅かに逸れた。
「飛んだっ!?」
レーザーをかわしつつ、ドン=キホーテは大きく飛び上がった。四脚とは思えない程の瞬発力。ミラージュでも目で追うのがやっとだ。そしてドン=キホーテは、高高度からサンドストーカーに覆い被さるようにして降下してきた。
「何を考えている……セルバンテス!?」
「あれでは、的になるだけだぞ!?」
VIP室の者たちはもう総立ちになっている。思わず言葉が口をついて出る程、彼らの興奮は頂点に達していた。
──こんなことをわざわざするということは、何か企んでいるに違いない。しかし、こちらにとっても好機! ならば、相手が次の行動に移る前に勝負を決めてくれるっ!!
機体を少し後ろに下げ、上空にいるドン=キホーテをサイトに捉える。ドン=キホーテの降下スピードは速いものの、完全に無防備な状態だ。チャンスは今しかない!
「もらったぁっ!!」
最後の3発のレーザーが白騎士に突き刺さる──しかしその直前、ドン=キホーテは体をひねり、3発全てを脚部に当てさせたのだ!!
「何ぃっ!?」
なまじ避けるのではなく、脚を犠牲にして致命傷を避け──と言っても、もう脚部は使い物にならないだろうが──相手の弾切れを誘ってから勝負をつけようとしたのだ。そしてサンドストーカーのライフルの残弾は、セルバンテスの計算よりも遥かに少なかった。
『「肉を斬らせて骨を断つ」というやつだよ、ミラージュ君!!』
ビィッ!!
ドン=キホーテの放った一撃が、寸分の狂いもなくサンドストーカーの右腕とコアの間接部に命中した。ライフルもろとも右腕が宙を舞う。
『ミラージュさんっ!?』
カンバービッチの悲鳴。
「勝負あったかっ!!」
マスターランカーたちの叫び。
「ミラージュ……さんっ……!」
セリカの……祈り。
──わたしは……負けるのか……?
──わたしは──。
──わたしは……負けん!!
衝撃で浮いたサンドストーカーが、急にブースターを噴射させて体勢を立て直した。ドン=キホーテは脚をやられ、しかも着地の衝撃のせいで動けない。そのドン=キホーテに向かって、サンドストーカーが突進する!!
「こぉのミラージュ一世一代の大勝負、負けるわけにはいかんのだあぁあっ!!」
『何とっ!?』
ゴッ。
鈍い音と共に、二つの金属塊が飛んだ。サンドストーカーの頭部と、ドン=キホーテの頭部。……機体の両腕をもがれたミラージュ最後の悪あがきとは、『頭突き』をすることだったのだ。そのままの勢いで、サンドストーカーはドン=キホーテの上に『着地』する。そして、二体のACはもつれ合ったまま動きを止めた。
「引き分け……ね……」
エリィの一言で、皆ようやく椅子に腰を落とした。
一同はロビーに集まっていた。不思議と喋る者は誰もいない。そこへ、左右から同時に3人が現れた。ミラージュとカンバービッチ、そしてセルバンテス。一般の観客たちもいて決して静かとは言えないロビーに、三人の靴音が不思議と大きく響く。
「……」
「……」
ミラージュとセルバンテスは他の者には目もくれず、無言のまま輪の中央で互いに睨み合った。一同の間に緊張が走る。誰も彼らに声をかけることはできない──例え、セリカであっても。彼女は落ち着かない表情で、絶えず二人の顔を交互にチラチラと見ていた。……この沈黙を破ったのは、ミラージュ。
「再戦を申し込む」
セルバンテスは顔色を変えない。まるで、この台詞を予想していたかのように。
「……それで、どうする?」
「知れたこと! きっちりと決着をつける! ……このミラージュに、二度の敗北はない。今日の戦いで決着がつかなくとも、次にやれば必ずわたしが勝つ!!」
少々大袈裟な身振りを加えながら、ミラージュは言い放った。セルバンテスの白い眉がピクリ、と動く。気付いた者はいたのだろうか。
「……その前に一つ訊こう。君は何故『レイヴン』をやっているのかね?」
「何故か、だと?」
ミラージュがレイヴンである理由。それは長年の相棒であるカンバービッチですら知らない、彼の最大の秘密であると言ってもいい。いや、彼に限らず全てのレイヴンにとって、だ。普通、こういうことは他人にペラペラ喋らないもの。それ故か、ミラージュはすぐには答えなかった。富や名声が欲しいなどという、レイヴンとしてはいささか陳腐な理由なのだろうか、それとも人に語るのが憚られるような?
皆真剣な面持ちで、睨み合う二人を見つめている。再び訪れる沈黙。……やがて、ミラージュはフッと笑って口を開いた。
「昔のことは忘れたよ。だが──もしセリカを娶ったならば、わたしは胸を張ってその理由を語れよう」
何も言わず、セルバンテスは静かに話に耳を傾けている。
「わたしは常に強くなければならないのだ。マスターランカーたるため、そしてセリカを護るために! そしてわたしは、その強さを求めるためレイヴンを続けていく。……分かるかね、セルバンテス? わたしにレイヴンである理由を与えてくれるのは、他ならぬセリカなのだよ!!」
そうミラージュが叫ぶと、傍目にはっきりと分かる程、セリカの頬が朱に染まった。
『ミゲル様……』
不意に抱き締められ、ダルシネアは戸惑いを隠せなかった。目の前の男性が、まさかこんな大胆なことをする人だったとは。……しかし、嫌ではなかった。この人に抱き締められると、安心する。この世の何よりも力強く、何よりも頼れる存在。それが──ミゲル=ド=セルバンテス。
ミゲルは一旦離れ、その両肩に手を置いたままダルシネアの瞳を見つめた。彼女の黒曜石のような黒い瞳は、微かに潤んでいる。
『ダルシネア……』
ミゲルがそう優しく囁く。普段の、少し荒々しいミゲルの声とは思えない。ダルシネアと二人きりの時だけに見せる、紳士のミゲルが持つ声。
『──私と結婚してほしい』
『……』
何も言えなかった。返答に困っているわけではない。嬉しさのあまり、声が出ないのだ。それを知ってか知らずか、ミゲルは言葉を続ける。
『私は──セルバンテス家を復興させるためにレイヴンになった。それは知っているな?』
こくり、とダルシネアが頷く。
『今までいろいろ無茶をしてきた……そんな中で、レイヴンを辞めたいと思ったこともあった。「家」なんてどうでもいいと思ったこともあった。……なのに、私がレイヴンを続けられたのは、お前のお陰だ。私の後ろには常にお前がいて、私を支えてくれた』
そこで、再びミゲルはダルシネアを抱き締めた。さっきよりもずっと強く。ダルシネアもまた彼の背に手を回した。
『私がレイヴンである理由は、もはや「家」のためだけではない。……私は強くなければならないのだ。「家」を護るため、そして何よりお前を護るために! そして私は、その強さを求めるためレイヴンを続けていく。私にレイヴンである理由を与えてくれるのは、他ならぬお前なのだよ!!』
どっ、とダルシネアの瞳から堪えていた涙が溢れた。ずっとずっと待っていたのだ。彼のプロポーズの言葉を。
『もう一度言う。──私の、妻になれ』
……声にならない言葉を、ダルシネアはようやく搾り出した。
『……喜んで』
セリカは祖父と向き合った。その頬は恥じらいに紅く、さりとてその瞳は毅然として、真っ直ぐに祖父を見据えている。
「私からもお願いします……どうか、再戦を」
「……受けてやったら? そうじゃないと、こいつしつこく言い続けるわよ」
ミラージュは驚いた。あのリンファまでもが、こっちの望む方向に話を持っていこうとしている。リンファだけではない、他の者たちも──口では言わないが、セルバンテスを見つめる目は明らかに再戦を訴えている。しかし──。
「……その必要はない」
「何だとっ!?」
大方の予想を裏切って、セルバンテスは首を縦には振らなかった。セリカが肩を落とし、ミラージュは行き場のない感情を、拳を握り締めることで抑えている。──『引き分け』は『負け』と同じだと言うのか。それとも最後の悪あがきが、『騎士』であるセルバンテスの気に食わなかったのだろうか。
思わずセルバンテスを睨み付けるミラージュ。だが──セルバンテスは笑っていた。
「君の覚悟、確かに見せてもらった。その覚悟があるなら、安心してセリカを任せられるというものだ」
そう言って、ポカンとしている皆の顔を見渡す。案の定、ミラージュはまだよく状況が飲み込めていない。
「し、しかし……それでは、こちらも納得がいかん! どういうつもりか説明してくれ!!」
……妙なところで律儀な男である。そんなミラージュに、セルバンテスはおどけて肩を竦めてみせた。
「よく思い出してみたまえ。私が条件に『私との勝負に勝つこと』などと言ったかね?」
「そう言えば……」
セルバンテスが見舞いに来た時、熱くなっていたミラージュはあまり深く考えていなかっただろうが、カンバービッチは覚えている。『戦いの中で、ミラージュの器を見極めさせてもらう』、セルバンテスはそう言ったのだ。つまり、最初から勝敗は関係無かったということになる。
「と、いうことは……」
老騎士の顔が一層くしゃっとなった。
「認めよう、君の器を。今この瞬間から、君はセリカの夫だ!!」
「……!!」
パチッという音がし、皆が一斉にその方向を向く。輪の一番外側にいたコバヤシから、音は続けて起こった。拍手をしているのだ、コバヤシは。
「どうしました、皆さん? 祝ってあげましょう、新たなカップルの誕生を」
誰ともなく、コバヤシに倣い始める。そして拍手はだんだん大きくなり──ついにはミラージュとセリカの二人を包み込んでいった。
「おめでとうございます……ミラージュさん」
「(……まあ、今回ぐらいはな)」
「ふん……今回だけだからね!」
「ほらほら、拍手拍手!」
「……(無言で拍手)」
「……(ぎゅっ)」
「久しぶりに、良いものを見せてもらったな」
「お二人とも、お幸せにぃ」
今回の件で今まで何度も赤面してきたセリカだが、今の彼女の赤面ぶりは今までの比ではない。手を触れると火傷でもしそうな勢いである。セリカはこの状況下でどうしていいか分からない様子で、しばらく俯いたままだったが──ついに、思い切ってミラージュの胸に飛び込んだ。
「っ!? せ、セリカ……」
すると慌てたのがミラージュ。このまま彼女を抱き締めてしまっていいものか。こういう時、根が純情だと本当に困る。──ええい、何をやっているミラージュ!! 今こそ悲願成就の時ではないか。このままセリカに恥をかかせては、このミラージュの名が廃る! ……さんざん考えた挙句──ついにセリカの背に手を回し、力強く彼女を抱き締めた。周囲からおおっ、と声が上がった。
「ミラージュ……さん……」
「セリカ……」
まるで祖父に対してするように、セリカは顔をぎゅっとミラージュの胸に埋める。それを見て、セルバンテスも感無量といったご様子。ハンカチを目に当てながら、しきりと頷いている。しかし、誰よりもこの状況に感激しているのは──そう、ミラージュその人であった。
──嗚呼、我が人生に一片の悔い無し──。
「……お別れですね、ミラージュさん」
ミラージュの背に向かって、カンバービッチはつぶやくように言った。
「いろいろあったけど……ミラージュさんとお仕事ができてよかったです。ミラージュさんのことは、一生忘れません」
……忘れようにも忘れられないキャラだ。高慢で、自分勝手で、負けず嫌いで、無鉄砲で、どこか抜けていて──こんなキャラは他にはいない。
彼に対して言いたいことは山ほどある。しかしそれももうどうでもいい。ミラージュはセルバンテス家に婿入りする。これで、この妙な主従関係も終わりだ。
「それでは、お元気で。……セリカさんとお幸せに」
そう言い残して、カンバービッチは踵を返し、歩き始めた。これからはカンバービッチではない、自分の本名──コウジ=ナベシマとして生きるのだ。そのうち誰か『然るべき』人と結婚して、裕福でないにしろ、平凡な生活が送れればいい。それが自分らしい生き方だ──。
「どこに行くと言うのだね、カンバービッチくぅん?」
今まで黙っていたミラージュがくるりと振り返る。そのまま、足を止めたカンバービッチに歩み寄り、ポンと肩を叩いた。
「君も来るのだよ」
「えっ!? で、でも……」
ミラージュがわざとらしく咳払いをする。これは、ミラージュが話し難いことを言う時に決まってやる癖だ。
「先程は言い忘れていたが──私がレイヴンたるためには、もう一つ重要なものがある」
「……何ですか?」
「君の存在だよ。君は私をサポートしてくれる、大切な『親友』だ。君がいてくれて、私は初めてマスターランカー・『ミラージュ』たり得るのだよ」
驚いた。今まで、人の好意を至極当然のことのようにしか受け取っていなかった──だからこそ、『カンバービッチ』などという嬉しくない渾名をつけた──はずの彼が、実は自分のことをそんな風に思っていたなんて。
ミラージュと一緒にいて、ロクなことがなかった。良いことがあったためしがない。しかし、彼と別れたとて行く宛がないのは事実だし、彼のいないレイヴン稼業も想像がつかなかった。一緒にいる時を考えた悩みや不安が半分、別れた時を考えた寂しさが半分。この二律背反した感情が、結局ミラージュとの友情の証なのかもしれない──。
「……本当にいいんですか? 僕は……『カンバービッチ』ですよ?」
「今更何を言うんだね? 君がいないと始まらないのだよ、カンバービッチ君!!」
ミラージュの、褐色の大きな手が目の前に伸びた。その手を握り返すことがどういうことか──いや、もう躊躇うことはない。
「……これからもよろしくお願いします、ミラージュさん」
今までの恨みを帳消しにするかのように、思いっきり力を込めて握ってやった。……もっとも、当人には全然効いていないようだが。
「うむ! さぁカンバービッチ君、一生私についてきたまえっ!!」
「はいっ!!」
……ふと、カンバービッチは思った。ミラージュはもう問題はないのだが、自分はミラージュに──即ち、セルバンテス家に──仕えていて、果たして結婚できるチャンスに巡り合えるのだろうか?
「……」
しかも、レイヴンという非常に不安定な職のままで?
「…………」
仮に素敵な女性と出会えたとして、まさかミラージュに邪魔をされはしないだろうか!?
「………………」
前言撤回。8:2で不安が大きくなった。
END.