ARMORED CORE EXTENSION BEFORE
空色に響くララバイ
「新しい被験体だ。存分に使え」
人を見下したような瞳の輝きを持つ男が、白衣を着たいかにも『研究者』といういでたちの男達に向かって、連れていた少女を見せる。怯える少女に向けられる視線は、『人』を見るものではなく、『物』を見るものであった。
「毎回毎回、よくも見つけて来てくれるものだな。しかし、何故女を選んだ?」
「裏切り者のブラックゲイルの娘だ。奴の娘なのだからな、潜在能力に期待はできよう。それに――」
男の口の端がつり上がる。
「言ってみれば、裏切りの代償というところだ」
そう、俺達を裏切った代償だ。最愛の者を奪われた苦しみを味わうがいい。
男は笑みを浮かべる。見るものをぞっとさせるような、凄惨な、そして邪悪な笑みを。
「なるほどな……。では、さっそく始めよう。既に予定は組み終えている」
「そうしてくれ」
彼らの会話は終わる。そして、少女にとっての地獄の時間の始まり……。
簡単なベッドと便器があるだけ、そして鉄格子のある『牢獄』等と呼んだ方がよい部屋に彼女はいた。窓は、小さなはめ込み式のがひとつきり。短い廊下の先には、さらに鍵のかかった扉がある。
「う……えぐっ……ぐす……」
少女は泣く。強化手術の痛みに耐えかねて、そして、離れ離れになってしまった、家族を思って泣く。
あたしは見捨てられたのだ。父さんに、母さんに、姉さんに。信じていたのに、ずっと一緒にいられると、信じていたのに!
少女は、見捨てられたことを恨み、見捨てた彼らを憎んだ。
「でも……会いたいよ……皆に」
恨み、憎み、それでもなお彼らとの再会を望む。彼らのことが、本当に大好きだったから。だから、彼らを思って泣く。しかし、その泣き声を遮るものがあった。それは、子守唄。下手くそではあったが、それは確かに子守唄。少女の母親も歌ってくれたことがある、なんら特別なところがない子守唄。
「誰……?」
少女は、か細い声で問う。一時ではあるが、痛みを忘れて、泣くのも忘れて、唄の主を。
「ん、ようやく泣き止んでくれたかな」
その声は、壁をはさんだ隣から聞こえてくる。声の調子と高さから、ちょっと年上の少年だろう。
「痛くて眠りにくいだろうけど、無理矢理にでも寝といた方がいい。そうじゃないと明日からがもたないからな」
少年らしき声は、そう言った。
「でも、こんなのが毎日続くなんて、耐えられないよ……」
こんな痛みを受け続けるなんて嫌だ。毎日続くくらいなら、死んで早く終わらせてしまいたい。
少女の心は、既に絶望色に染まりつつあった。
「会いたい人達がいるんだろ?
いつか会えると信じて我慢しないと、会えるものも会えなくなっちまうぞ」
「でも……でも……」
泣きそうな少女声に、少年は優しく言葉を続ける。
「とにかく、もう寝とけ。寝るまで唄、唄ってやるからさ」
そして、また唄いだす。少女は、不思議とその唄を心地よく感じながら、1日の強化手術の疲れと泣いた疲れからか、酷い痛みの中瞼が下がっていくのを止めることはできなかった。
「ねぇ……君の……名前は?」
眠りに落ちていきながら、少女は少年に名を問う。
「俺の名前は、ソラ」
「そう……あたしは……シーファ」
互いに名前を心に刻む。そして、少女は、シーファは眠りに就いた。
翌日からも、地獄は続く。強化手術とその性能チェック、或いは何らかの訓練。それだけで、一日が過ぎていく。彼らに、わずかな自由が許された時間は、夜更けの寝る時間のみであった。そのわずかな時間で、二人は語りあう。ある夜は家族の話を、またある夜はこの場所に来たときの話を。
「俺には、家族らしい家族はいなかったな」
いたのは、クソ親父だけだ。あんな奴は、家族とは言えない。
ソラは、父親のことを思い出して、顔を顰める。
「母親なんて、どこのどいつかもわからないし、そもそも親父も、俺をペットかなんかだと思ってたみたいだ。知識や技能は教えてくれたが、まるで、犬の躾でもするような態度だったしな」
苦笑しながら、あっけらかんとした口調で続ける。彼は父親に売られたという。レイヴンである彼の父親が、仕事中の失敗で多額の借金を作った。そんな状況で、愛情も特に抱かない子供を実験台として譲って欲しいという提案は、彼の父親にとっては、渡りに船だった。飽きた玩具が捨てられるように、ソラは父親に『物』として売られたのだ。
「じゃあ、どうしてこんな毎日に耐えられるの?」
シーファは疑問を口にする。何を支えに自分を保ち、そして耐えることができるのか。
「親父も、ここの連中も、俺を『道具』としてしか見ていない。俺を『ソラ』という人間として、必要としてくれたことなんてない。『道具』として優秀でないと、捨てられるだけ……だから、俺は必要とされるために、優秀であるしかないんだ。例え、『道具として』であってもそれしかないんだよ、俺には」
「でも、そんなの寂しいよ」
シーファの言葉が、ソラの心に響く。
確かに、彼も寂しいとは思っている。だが、どうしようもない。待っている人などいないのだから……。しかし、そこに投げかけられた言葉は、一筋の希望の光。
「だから……あたしが、ずっとソラと一緒にいてあげる。ずっとソラを必要としてあげる」
シーファは、初めて強化された日に慰めてくれた、そして今まで、支えになってくれていたソラに、少しずつ惹かれていた。そして今度は、彼の支えになってあげたいと思った。
「ありがとう……でも、シーファには帰る場所があるだろ? 俺なんかのこと気にしないで、その場所へ帰ることだけを考えてろよ」
シーファの言葉は、とても魅力的だった。しかし、ソラもまた、シーファに惹かれ始めていた。だからこそ、彼女の幸せを願う。自分なんかといるよりも、家族といるほうが、幸せに決まっている。そう思っているから、受け入れられない。受け入れてはいけないのだ。だが――
「ソラもあたし達の家族になればいいんだよ。父さんも母さんも姉さんも皆、ソラのこと、好きになってくれるよ。だから、ずっと一緒にいようよ」
シーファは、更に言葉を重ねる。彼が本当は、望んで止まない言葉を。
『家族』、その甘美な響きの言葉は、ソラの目から涙を溢れさせる。産まれてから一度も与えられなかった優しさに、初めて『ソラ』を必要としてもらえたことに。彼は、初めて心からの笑みを浮かべつつ涙する。
「本当に……本当に、俺なんかが一緒にいて、いいのか?」
ソラの問いに返されるのは、希望の言葉。
「あたしは、ソラと一緒にいたいんだよ」
その言葉でソラの心も決まる。
「じゃあ、俺はシーファと一緒にいよう。ずっとずっと、一緒に……約束だ」
それは、約束という名の誓い。
「うん、約束」
鉄格子ごしにされる指切り。灯されたのは、小さな、だが明るい希望。
月日は過ぎる。シーファが連れてこられた日から、既に10年が経った。彼らは、その間耐え続けていた。苦しい日も、成された約束が二人の心を保ってくれた。だが……運命は、残酷にも牙を剥く。悪夢がその幕を開ける。
「『ジュステーム・ゲシュタルト』、今ある被験体の中で、こいつの核に適合する可能性があるのは、二つ」
「どちらが、より適しているのだ?」
白衣の男の言葉に、オズワルドは、シーファを連れてきた男は、そう尋ねる。
「S−203の方が多少、適合確率は高いが……その他の能力については、S−187の方が優れているようだ。問題は、二つとも反抗的な態度をとることがあって、このまま使うのは危険だ、ということだ」
「反抗するほど人間性が、残っているのか……しかし、何故だ?」
この段階まで強化された被験体は、機械のように命令に忠実になるか、或いは狂ってしまうかのどちらかが、ほとんどだ。
「調べる必要がありそうだな、監視記録を見せてもらう」
「なるほどな……あいつらが正気を保ってられるのは、二人でいるからか」
さて、どうするか。あいつらの心を折るのは、骨が折れそうだ。
オズワルドの思考は、突然遮られる。
「簡単よ、どっちか片方壊しちゃえばいいんだから」
オズワルドが振り返ると、いつの間にか、金髪の女性が一人。
「ナターシャか……。しかし、それではいささか勿体無いのではないか?」
強化人間の強化というものは、膨大な費用がかかる。それを使い捨てるのはあまりにも、惜しい。
「でもこのままだと、使い物になるまで、どのくらい時間がかかるかしら? 時間がかかれば、結局費用は嵩むわよ?」
確かにそうだ。調整に時間をかけ過ぎれば、結局は同じこと……。
「うまくやれるのだろうな?」
オズワルドは確認する。
「もちろんよ」
そう言って、ナターシャが浮かべる笑みは、無邪気に虫の足を引き千切る、子供の笑みに似ていた。
「本当に……力を貸してくれるのか?」
ソラは不信を隠そうともせずに尋ねる。
明かりが消えた訓練場。だが、強化された視力は、相手の姿をはっきり捉えている。
「手を貸す、ことしかしないけどね。後は、あなた次第よ」
ソラの手の中には、彼が訓練で使用していたACの自爆装置の解除、そして緊急停止信号の無効化を行うディスクがある。それを渡したのは、ナターシャ。強化と訓練の終わりに呼び出され、そして渡されたものは、彼がこの施設から、逃げ出す手段となり得るものだった。
しかし、ソラはナターシャから言い知れぬ何かを感じ取っていた。この女は危険だ、信用できない。だが、これがあれば逃げられるかもしれない。この終わりの見えない地獄から、シーファと共に……。
「それをどうするかは、あなたが決めること。使うのも、破棄するのもあなたの自由」
それは、悪魔のささやき。破滅への道標。ソラは、確かにそれを感じながらも、捨てることはできなかった。
「俺は……ここから出たい。だが、何故俺に力を貸す?」
不可解だ。強化人間の逃亡は、不都合こそあれども利益などないはず。
「物事は、面白い方がいいわ。もし、その気があるのなら……今日の0時、地下第1格納庫に呼び出しをしてあげる。そのときが機会」
ソラは心を決めた。利用されているとしても、それを跳ね除けてしまえばいい。それだけの力はあるはずだ。彼の心は、そう結論付ける。
「……頼む」
「決まりね」
悪魔が微笑む。そして、悪魔との契約は交わされる。それが、悲劇の始まりと知らずに。
そして0時。ソラは、地下第1格納庫に呼び出され、いや、連行される。施設でもっとも下の階層にある格納庫。そこで彼は、戒めを外され、監視役も戻っていく。強化された感覚をフルに使い、辺りの人の気配を探る。
「至れり尽くせり……だな」
ナターシャが手を回したのだろうか、そこには誰もいなかった。罠を警戒しつつ、慎重に愛機に近づき、そして火を入れる。渡されたディスクを挿入、全ての制限項目を解除。強化人間としての接続を開始する。感覚がACのセンサーと同化していく。
「行くか……幸せを掴むために!」
彼の思いを受けたACが、唸りを上げて動き始める。
シーファは不安を感じていた。ソラが呼び出されたとき、ソラの横顔に何かの決意が伺えたから。悪いことなど起きはしない。ソラはすぐに戻ってくる。そう信じようとするが、不安は逆に大きくなる。
そして――
照明が非常事態を示す赤い色に変わる。遅れて爆発の振動。全ての職員に向けて緊急放送が入る。
『暴走AC1、最下層より侵攻中。第一種戦闘配備に移行。非戦闘員は退避せよ』
そして、シーファの前には、オズワルドが現れる。
「緊急事態だ。開発中の、新型制御機械を搭載したACが暴走して、施設を破壊しながら侵攻している。お前は、第12格納庫でACに乗り、これを迎撃しろ」
シーファは、拒否の言葉を発しようとしたが、先を越される。
「そういえば、この部屋の隣にいたあいつも、ACが向かっている場所にいるようだな」
その言葉に、シーファは目を見開く。このままでは、ソラが死んでしまう!
「わかりました。直ちに迎撃に向かいます!」
戦うのは、例え相手が機械であっても嫌だ。しかし、戦わねばソラが死ぬかもしれない。それはもっと嫌だ!
シーファは走る。ソラを守ろうとして。敵がソラであることを知らずに……。
「くそ! 次から次へ湧いてきやがってぇ!」
ソラは抵抗を排除しつつ、シーファのいる階層、そして施設の外を目指す。時間をかければかけるほど不利になる。今は無人の防衛メカが主だが、長引くと、施設の専属レイヴンが出てくる可能性もある。最短ルートを辿り、抵抗を排除して、ACの演習場に到達する。そこには――
シーファは、ACの演習場で待つ。予測進路から、ここを通るのは確実。そして、ACの演習を目的としたここならば、威力の高い武器の使用も可能。迎撃ポイントとして最適な場所だった。ここで封鎖してしまえば、ACの兵装といえど、簡単には突破できない。つまりは、自分が倒されるまでは、突破される心配は無いのだ。
「ここからは、通さない。ソラを死なせはしない!」
2体のACが演習場で、相対する。距離を置いて、まるで荒野の決闘であるかのように。そして、静寂は破られ、2体は同時に動き出す。譲れない思いを抱いて。
ソラは最大加速で、相手に近づく。相手も全速で近づいてくる。ソラの機体の右腕には、スナイパーライフル。既に射程内であるにもかかわらず、トリガーを引かない。
「まだ早い……まだ早い……まだ早い……今!」
灼熱の弾丸が放たれる。それと同時に右に横滑りで回避機動。彼の最も得意とする戦法。だが、当たると思われた弾丸は、空を裂く。相手は、ほぼ同じタイミングでレーザーライフルを放ち、そして、自分とは逆方向に回避していたのだ。
こいつは……強い!
だが、これだけでは終わらせない。狙いを適当のままに、スナイパーライフルのトリガーを引く。同時に肩のミサイルに切り替え、飛び上がりながらロックオン。そして、破壊の意思を秘めた、がらがら蛇を解き放ち、空になったランチャーをパージする。しかし、それらも迎撃あるいは、回避される。反撃の光が、装甲を焼く。狙いも正確、油断したらこちらがやられる。
「仕方がない。悪いが……本気でやらせてもらう!」
彼の瞳が、一瞬後の未来を捉え始める。
シーファのもとに、突然通信が入る。
『目標の制御機械は、コクピット部分に搭載されている。そこを破壊すれば、奴は止まるはずだ。不良品処分も目的となる。よって、コクピットは必ず破壊しろ』
オズワルドの声。気に入らない声。だが、言われるまでもない。
シーファは、相手をモニター越しに睨み付ける。相手は、ソラがいつも乗っていた機体と全く同じ構成。しかも、ソラと同じ動きをする。まるで、本当のソラが乗っているかのように、寸分違わぬ動き。なぜだかそれが、とても腹立たしい。機械ごときが、ソラの真似をしているのが、許せない。ミサイルの回避をしつつ、反撃の光の矢を放つ。
「壊してやる……欠片も残さず壊してやる!」
少しずつ蝕まれていた心から、破壊の衝動が湧いてくる。
しかし、彼女の機体を、魔弾が襲う。
ソラの機体の動きが変わる。凄まじい勢いで左から回り込み、スナイパーライフルを乱射するように撃ち続けながら、飛び上がる。狙いが甘いはずなのに、シーファはそれを避けられない。横手から撃ち込まれた弾丸が、右肩に搭載されたランチャーに直撃し、誘爆する前にパージされる。上から放たれた弾丸により、左肩のエネルギーキャノンは、接合部を撃ち抜かれて脱落する。回避はしているはずなのに、それすら読んでいるように、正確な射撃は装甲を抉る。反撃の光の矢は、全てトリガーを引く瞬間にかわされ、空を灼く。そして、ソラの機体の着地と同時にまた、一時の静寂が訪れる。
「退く気は無い……か。これだけ力の差を見せつけられたら、普通のレイヴンなら、逃げ出すと思うんだけどな」
「まだ、ライフルとブレードがある!」
静寂の中呟いた二人の言葉。それは、互いに届かない。そして、再び動き出す。ソラが近づき、シーファはそれを迎え撃つ。光の矢がソラの機体をかすめるが、ものともせずに突進する。シーファがブレードを発生させようとしたときには、左腕のブレード発振機を撃ち抜かれ、レーザーライフルが切り裂かれていた。シーファの機体は、武装を全て失った。そこに、とどめとばかりに肩からの体当たりがぶちかまされる。
「はぁ……はぁ……」
ソラの呼吸は荒い。彼は本当の意味で、一瞬後の未来を『視る』ことができる。それが彼の隠していた能力。だが、その代償として、凄まじい消耗が彼を襲う。長くは戦っていられない。しかし、それでも彼が相手の武装を狙って、戦闘力のみ奪おうとしていたのは、彼の優しさゆえ。彼は、人殺しなどしたくはないのだ。だからこそ、敵であっても完全破壊や、コクピットを狙うことができなかった。しかし、武装を失ったはずの敵ACは、それでもまだ立ち上がる。その姿からは、まだ戦意が消えていない。これ以上、ここで足止めされるわけにはいかない。ソラは決意する。敵ACのパイロットを殺すことを。
「邪魔すんじゃねぇ!」
シーファの機体は、武装を全て失っている。だが、彼女は、負けるわけにはいかなかった。愛する者を守りたいが故に、傷だらけの機体を立ち上がらせ、そして敵の前に立ちふさがる。
「ここは――通さないんだから!」
二人の機体が、真っ向からぶつかり合おうとする。
「例え、人を殺すことになろうとも!」
「例え、この身が砕けようとも!」
コクピットの中で、ソラが、シーファが思いを叫ぶ。
「シーファと共に幸せを、掴むために!」
「大好きなソラを、守るために!」
ソラの機体が、ブレードを発生し、シーファの機体は、その右腕を振りかぶる。
『負けるわけには、いかない!!』
そして、二人の思いは、2体のACは、交差する。
2体のACは、組み合うかのような体勢で止まっている。シーファの機体は、頭部を斬り飛ばされ、そして、ソラの機体は……コクピットをシーファの機体の右腕に叩き潰されていた。
「どうして……?」
シーファは、理解できなかった。自分は死んだと思った。なぜなら、相手のブレードの方が速かったから。狙いも正確にコアを切り裂くはずだった。だが、突然軌道を変えたブレードは、頭部を斬り飛ばしたのみ……。機械が、相手を殺すことを躊躇するとでも言うのか? 考えを遮るように、通信が入る――
ソラは交差の瞬間、言い知れぬ何かを感じた。第6感の命じるままに、彼は反射的に操縦桿を倒す。そして、迫る相手の右腕を見たとき、ソラの脳裏に、シーファの姿が閃く。そして理解する。ナターシャの狙いは、自分達が戦うこと。そして、どちらかが死ぬこと。結局自分は、奴の掌の上で踊っていたに過ぎなかったのだ。悪魔との契約、その代償は、彼の命だった。
――ずっと一緒にいるって約束したのに、守れなくなっちゃったな。ごめん、シーファ……。
シーファの乗る機体の右腕が突き刺さり、コクピットと共に彼の身体は押し潰された。
『念のため、目標の破壊を確認しろ』
オズワルドの声。根拠の無い不安を感じながら、ACの、動きの鈍い左手で、叩き潰されたコクピットの装甲板を引っぺがす。シーファは、モニター越しに、中を覗き込み、そして目を見開く。そこには、ぐしゃぐしゃに押し潰された人間の肉体。頭部は、奇跡的に原形を保っている。そして、それは――血に塗れたそれは――確かに少し前まで、ソラだったもの。
「そ……んな……嘘……でしょ……?」
『どう? 愛する者を、自分の手で殺した感想は?』
通信機から響く、ナターシャの声。
『なかなか感動的な舞台だったでしょ? 守るために戦った相手が、守るべき人だったなんて!』
心底面白そうに笑う、ナターシャ。シーファには、まだ目の前にあるものが信じられない。
『間違いなく、あなたが殺したのよ』
残酷な宣告。その言葉が、引き金となった。
「私が……ソラを……うっうあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
なんで、大切な人達は、あたしの前から消えていくの? なんで、誰もあたしを助けてくれないの? なんで、誰もソラを助けてくれなかったんだよぉぉぉぉぉぉぉ!
徐々に悲しみの、怒りの矛先は、変わっていく。
「うっ……く……くっくっく……あっはっはっは!」
みんな……みんな、あたしを裏切るんだ。いて欲しい人はみんな、あたしの前からいなくなっていく……ソラだって……約束したのに! 期待しても、裏切られるだけなら……こんなくだらない世界なんていらない! ……殺してやる、あたしを見捨てた奴、あたし達を助けてくれなかった奴、みんな殺してやる! この世界全てを、破壊しつくしてやる!
慟哭は、絶望色の笑い声に変わる。涙しながらも、狂ったように笑い続ける。彼女は、世界の全てに絶望し、全てを憎む『闇の王』となる。
――5年後――
――どうして
――どうして、あたしは負けたの
「理由なんて……ない」
「あんたとあたしじゃ格が違う。それだけよ」
『闇の王』は、彼女の姉に敗北する。そこには、狂気を持った、絶望はもういない。ただ、純真な少女が一人、自分の心をさらけだしている。それだけだった。取り戻したのだ。本当の自分を、死の間際で。そして――シーファという少女の前に、手が差し伸べられる。
――どうして、あなたがここにいるの?
『ずっと一緒にいようって……約束しただろ?』
それは、ただの幻覚なのかもしれない。
――でも、あたしは、あなたを……殺したんだよ?
『それでも、俺はシーファと一緒にいたい。だから一緒にいこう、シーファ』
だが、幻覚であってもよかった。彼女が、一番会いたかった人だから。
――ありがとう、ソラ……。
差し伸べられた、その手をとる。そして、世界から旅立つ。最後は、幸せな記憶と共に……。
THE END.