ARMORED CORE 〜Another World〜別世界というより混合世界

第一話


 薄暗い場所で何かが動く。
 烏色のソレは目前に出現した出来損ないの腕なし二足歩行ロボットまで一気に加速し、左腕から青い光を出して斬り裂いた。
 背部のブースターとスラスタを作動させてその場から離脱。直後に爆発音が辺りに響き、炎が闇を切り裂く。
 と、ソレの前にライトの光が当たった。
 ソレは、AC<アーマードコア>と呼ばれる兵器のようだった。俗に二足歩行中量級とランクされているものだ。
「レイヴン!? 助けてくれ、頼む!」
 ライトの発光元であるトレーラーに乗った人物が通信を呼びかける。
 烏色に塗られたACは右手に持った見たこともないライフルをトレーラーのコクピットブロックへと向けけ返答した。
「頼むのなら依頼主に頼みな」
「まっ――」
 何かを言おうとしていたらしいが有無を言わさずにACのパイロットはトリガーを引き、トレーラーを破壊した。
「こちらパーソナルネーム:クエス。ミッションコンプリートだ。金は指定した口座に振り込め、後で回収する」
『確認した。流石はイリーガルレイヴンの中でも上位ランクに入っているだけはあるな』
 ALSと呼ばれるものの空間投影ウィンドウには『SOUND ONLY』の赤い文字。そこから低い男の声が聞こえる。
「どうでもいいが、俺はイリーガルじゃない。クエスというパーソナルを持ったイリーガルだ」
『ふん、それは失礼したな』
 嘲るようなその声を最後にALSのウィンドウが閉じた。
「ちっ、ツイてないな」
 ACのパイロットらしき人物は左右の水平になっているスティックを力強く押した。
 機体はブースターを点火してどこかへと消えてゆく。


 一時間後、男はあるガレージに居た。
 目前には烏色の機体が固定されている。それを何の感慨もなく見つめている。
「よぉ、アレス。何してんだ?」
 このガレージの整備班長であり彼の専属メカニックであるアルバート=ブラウンが声をかける。
「別に何もしていない」
 サングラスのズレを元に戻し、両手をロングコートのポケットに突っ込む。
「そうか。んで、お前そろそろヤバイぞ、D+。各アクチュエーターの劣化が激しすぎる。部品も滅多に手に入らないもので入手困難なんだが…それよりも問題なのは明らかにお前の腕についていけねえんだ」
 アルバートが白髪混じりの髪をぽりぽりと掻きながらALSのウィンドウを眺める。
「やっぱ正規のレイヴンになった方がいいんじゃねえのか? こんなヤバイ物よりゃまともなモン買える。まあ、なんか理由があってイリーガルやってるんだったら別だが」
「俺には理由なんてないさ…その提案なんだが無理だな。コイツでダメならもうACは乗れない」
「……どういう意味だ?」
 訝しげな顔でアルバートが問う。
「このD+はデュアル社の次期新型MTでな。ある理由でこの試作機一機だけ作って廃棄したんだ」
 元々は極大出力ジェネレーターを試験的に搭載したMTだったが、それだけで上は納得しなかった。
 そこで余りに余っている領域<キャパシティ>に載せられるだけの装甲、重火器搭載。
 すると速度低下。んじゃ超大出力スラスタ設置。するとどーだ、速度数値が既存MTはおろかACすらも超えて0が2桁ぐらい増えた。
 結果的に中量級の重量と防御力だが速度と火力はACの枠を超えた。
 んじゃそれにあわせたFCS入れてみよう。わお、攻撃精度が急カーブで上昇していく。
 で、ロールアウト。責任者が「なんか特徴を説明してくれんかね?」といったら開発者は「単独でAC大隊潰せます」と答えたわけだ。
 すると責任者は怪しがってテストしてみようと言い出した。
 レイヴンやら一般テストパイロットやらを雇ってテスト。結果は100人殺し。全員骨折るわ圧死するわ恐怖で発狂するわect...
 それでついた名前がハンドレットキラーという大変不名誉な名前。
 アホらし。何考えているんだ、デュアル社もそんなやつ作ってどうする?
 そういった過去があるのがコイツDNMT−D+、ACモドキのMTだった。
 とアレスはアルバートに説明した。
「なんつー無茶な発想で生まれたんだよ」
「だろ?」
 アルバートの苦笑まじりの同意に答えるアレス。
「しかし、これがMTだったとはなぁ…てっきりACだと思って今まで勘違いしてたぜ」
「だから都合がいい。イリーガルだとは思われにくい」
 そういうとアレスはゆっくりとガレージを出て行った。


 夜の街。ここアイビスシティはデュアルインダストリーの本拠地である。
 とはいえ、そんなに治安がいい所などではない。他の都市とほとんど変わらない。
 昼はともかく、夜に裏路地なんか歩いた日には身ぐるみ剥がされて殺されるのがオチだ。
 そんな中アレスはやや裏路地に近い道を歩いていた。
 彼自身がそんなところに住んでいるわけではない。ただ単に帰る道筋がここを通るだけだ。
 その時、ふいに彼の耳に物音と人の声が聞こえてきた。争っているらしい。
「ちっ……ツイてない」
 そういいながらもアレスはコートの裾に手を引っ込めて物音のする方向へと歩いていった。



 宇宙を突き進む大型宇宙船エイル―AL―。
 元は宇宙巡洋艦<スペースクルーザー>だったのだが、武装を近接火器以外全て外してその分格納庫を増やしている。
 この世の中、宇宙空間を航行する船で100ミリ電磁滑空砲<レールガン>を装備していない船などありはしない。
 スペースデブリから身を守るための火器は必要なのだ。もちろん、それ以外の『外敵』から身を守るためにも。
 まあ、エイルが就航以来使われたことは一度もないが。
 なにせ、スペースクルーザーには民間では本来使われない、軍用電子機器と重装甲がある。
 並みのデブリなら早期発見で針路変更、小さなものなら装甲で弾くことが可能だからだ。
 そんなエイルはなにをやっているかというと――――ACの大量輸送である。
 元々スペースクルーザー等、戦闘艦にはAC格納庫がある。
 なんと買い主はこの艦の武装を削った分、AC格納庫を増やしているのだ。
 隣の輸送船アス―AS―も似たような過去を持ち、こちらは一般電子機器を満載している。
「ふう〜、やっぱりコーヒーはキリマンジャロに限るのだよ」
 エイル船長のベンファナガンはカップの中に入っているコーヒーを飲み干して呟く。
「も〜、船長だけっすよ。そんなん飲んでんの」
 この船の操作を担当する航宙士のアレンは後ろを振り向いた。
 彼ら航宙士は稀にパイロットとも呼ばれている。
「うるせー、モカなんか飲めるかよ」
 筋肉質の体をのしのしと動かして、シートに座っているアレンを乱暴に小突いた。
「いてっ」
 アレンが声を上げるのと、ブリッジにやかましい警報が鳴り響くのは同時だった。
 電子機器を担当していたオペレーター、エイルクルーの中で紅一点のシュヴァルト=ヴューが声を張り上げる。
「前方に高エネルギー反応増大!……なにこれっ!?」
「どうしたっ!?」
「わ、分かりません、重力偏差増大、粒子・電子・放射線がぐちゃぐちゃでっ!」
 ベンファナガンの目の前にALS―エア・レーザー・スクリーン―が表示された。ワイヤーフレームで構成された空間がぐねぐね、ごちゃごちゃになっている。
「シュー! レールガン撃ってみろ」
「は、はいっ!」
 エイルの船体から複数の砲弾が前方に発射され、すぐさま砕け散った。
「だめです。あの空間は一種の異相空間断裂で…」
「ちっ、ガード出せるか!?」
『OKだぜ』
 通信先にガードMT指揮担当官が出て、赤く塗装された蜘蛛のようなガードMTが大量にエイルの船体に広がる。
「船長っ!? 重力波偏流増加…まるで…渦潮みたいで………」
 ワイヤーフレームが、渦潮のようにぐるぐる回っているのが分かる。
「渦潮? 重力波が?……まさかっ」
 ベンファナガンは昔軍に居た頃聞いた話が頭をかすめた。
「まさか………いや、そんなはずはっ!!」
「重力波集束! そのほかも中心に集束していきますっ!!」
「やはりHDブーストかっ!」
 ベンファナガンはシートの肘掛けに拳を叩きつける。
「HDブースト? 何ですそれ」
 アレンがエイルを急速後退させながら問いただす。
「俺も詳しい事は知らんっ! 大昔…何でも大破壊とか呼ばれる以前の世界で使われていた空間航法らしい。どこかの遺跡で見つけたのをそっくりそのままコピーして数隻の戦艦に載せたらしいって噂と、出現…ブーストアウト時に重力波が渦潮状になるのが特徴ってことだけだ!!」
「じゃ、軍なんすか!?」
「知らんといってるだろ!」
「中心に何かが具現化しますっ!」
 シュヴァルトが言い合っている二人へと、悲鳴に近い声を出す。
 それまで言い合っていた二人もぴたりと声を出すのをやめ、前方に視線を集める。
 おそらく、船内のほかの乗員たちも、アスの乗員たちも視線を集中させているだろう。
 多数の視線の中、青白い光とともにソレは出現した。
「ば…バカな…ACがHDブーストだと…」
 震える声でベンファナガン。
 他の人は声も出ない。
 はっと意識を取り戻し、ベンファナガンが誰へともなく叫ぶ。
「対空砲撃ちまくれ、ガードMTもだ!!」
 その言葉に従い、エイルに搭載されたレールガンが、MTに装備された小口径高速機関砲が、一斉に火を吹く。
 一瞬遅れで、アスのMTとレールガンも火を吹く。
 数百、数千の砲弾が出現したACに向かって突き進む。漆黒のACはまだ動かない。
 これならばすぐにカタがつく、とベンファナガンは思った。
 そして、ACに砲弾が命中する瞬間、ようやくACは動き始めた。
「今ごろ動いてもムダ……なにっ!??」
 信じられない速度で加速したACは、雨あられと降り注ぐ砲弾全てを完全に回避しながらこちらへと向かってくる。
 ACが両脇に一つずつ抱えていた、長いライフル…いやカノン砲をアスへと向け――
 発砲。
 ――閃光。
「…あ、アス撃沈されました。対空能力50%低下……」
 呆然としながらも、シュヴァルトは報告する。
「たったニ発で、大型輸送船を撃沈だと……ヤツは化け物か…」
 そうしている間にも、正体不明のACに向けて砲弾が発射されるが、いまだ命中弾は一つもない。
『く、くくくくく…くははははは………』
 ブリッジのスピーカーから、ACのパイロットのものと思われる低い声が聞こえる。
 間違いなく、相手は笑っている。
『もっと楽しませてくれよ。くはははははは』
 一発一発、まるで相手に恐怖を刻み込むように、エイルには傷つけずにMTだけを打ち抜いていく。
「悪魔め!」
「せめて艦砲があれば…」
 アレンが毒づき、ベンファナガンはエイルに積まれていた大出力レーザー砲さえあれば、と悔しがる。
 ついに、ACは左右のカノン砲を一つずつ発砲した。
 その二つの砲弾はエイルの重装甲をものともせず、正確にエンジンブロックとブリッジを撃ち抜いた。
『ふはははははははははははは!!!』
 空気の流出するブリッジの中、観客の居ない中でスピーカーはACのパイロットの笑い声を伝えていた。
 ジオフロントインダストリー<GFI>所属大型輸送船エイル、アス、地球―火星間往還ルート上で正体不明機の攻撃を受け沈没が確認されたのは1時間後だった。



 アレスが裏路地を歩くと、薄暗い小屋の中に人の気配を感じた。
 多数の息づかい。
 そっと中を覗いてみると、女性が男たちに組み敷かれている。
「そこまでだ」
 アレスが声をかけると同時に、彼は隠し持っていたハンドガンを発砲した。
 女性の上に居た一人を射殺し、すぐさま別の男に向けて発砲。
 頭部や心臓を正確に撃ち抜いて殺していく。
 最後の一人はアレスの初弾を回避し、長さ40cmぐらいのナイフのようなものをアレス叩きつける。
 それをアレスは左腕でガードし、にやりと笑う男の心臓部に銃口を突きつけて三点射<スリーショットバースト>。
 男は吹き飛び、壁にぶつかった。
 アレスは男が取り落としたナイフを手に持ち、
「GFIの電磁スタンナイフか。古い型だがいい物を持っているな」
 グリップにスイッチを軽く押し込むと刀身が赤く発光した。
「な…なぜだ。このペストをハンドガン程度で打ち抜く…など…ごほっ…」
 アレスは男をやや呆れたような顔で見つめ、
「プラスか…レイヴン崩れというべきか本当のレイヴンというべきか……」
「なんでソイツをくらって生きている…リミッターカットしたんだぞ…」
 呆れた表情がさらに増した。
「プラスにしては素人だな。いいだろう、答えてやる。一つ目、こいつの弾は9mmAPFSDS<翼安定式装弾筒付徹甲弾>の強装弾<ホットロード>だ。元々対人殺傷能力を主眼に開発されたものではない。貫通力重視でな、ストッピングパワーはないが、防弾ベストだろうがなんだろうが貫く」
「そうか…よっ!!」
 男は隠し持っていたハンドガンをアレスに向けて撃とうとし――――アレスの放った銃弾に掌ごと銃を破壊された。
「がっ…!!!」
「二つ目、俺の着ているコートは特殊でな、防弾・防刃・耐爆・耐圧・耐熱・絶縁処理されている。ついでに電磁シールドもされていた気がするな。その代わり少々重いがな」
 少々なんてものではない。実際は10kg近い重量がある。
「あと、反応が遅い」
「がはぁっ!」
 隠し持っていたナイフでアレスを刺そうとし、動いた直後に肩を打ち抜かれた男は絶叫を上げる。
「ば…ばかな…俺はプラスだぞ!? 人間の反応速度で捉えられるはずがない! お前もプラスか!??!」
 アレスはため息をつくと言った。
「いや、人間さ。クエスという少々変わった人間さ」
「く、クエス!? あの史上最速の反応速度のAC乗り…IrregularOfIrregular…」
 大声でわめき散らす男の目の前に、ハンドガンを突きつけ、
「おしゃべりが過ぎたな…」
「まっ……」
 銃声。
 アレスの頬に血が一、二滴付着する。
「…ふん…」
 彼は軽く鼻を鳴らして踵を返し去ろうとした。
 そこで彼の目に女性の姿が入った。どうやら気絶しているらしい。多分、あの男の電磁スタンナイフでやられたのだろう。
 軽く頬を叩いてみるが反応なし。
 アレスは彼女を観察してみた。暗くてよく分からないが、黒っぽい髪、肌は所々泥で汚れている。ぼろぼろの衣類。たぶん、元は病院の患者に着せるような物だったのだろう。どうやら、ここの住人のようではなさそうだ。
 もし、ここの住人なら今ごろここには居ないだろう。
 アレスは思案する。どうするべきか? 放って置けばまた襲われるだろう。そういうところだ、ここは。
 別に無視してもいいが、それでは何処となく後味が悪い。
 だが、助ける義理もないはずだ。
「…ちっ。ツイてない」
 アレスは一言そういうと、女性を背中に担いで歩き出そうとした。
 …カラン……
 何かが落ちた音がする。アレスがその音の発生元を見ると、
(ほお…。ツイれないわけじゃないか。しばらく楽しめそうだ)
 彼女の『落とし物』を拾い上げ、アレスは歩き出した。
 裏路地を出て、右を曲がり、左を曲がり、また右を曲がり……そうこうして15分ばかり歩くと、二階建てのアパートにたどり着き、自分の部屋のカードキーを取り出し……ため息をつく。
 そして隣の部屋のドアを叩く。
「フォル…いるんだろう? 開けてくれ」
 しばらくすると、ドアがスライドし見事な銀髪をショートカットにした30代の女性があらわれた。
「アレス、あんたね…いいかげんに横の端末使いなさいよ」
 呆れたような声で女性。
「…努力はする」
 心なしか、アレスの額に脂汗が少し浮かんでいるようにも見える。
「で、何のよう…って、おやまぁ」
 彼女はアレスの背後にいる女性に目を向けて驚く。
「ついにアンタにも春が〜ってんなわけないか」
「彼女にまともなもの、着せてやってくれ」
 フォリアという女性に向けて背中の女性を少し乱暴に押し付け、足早に自分の部屋に入っていく。
 決してフォリアのからかいを無視したかったのではない…と思う。
「…さて、どうするか」
(どうせフォルのことだ、着替えだけでは済まんな)
 そう思いつつもアレスはシャワーを浴びるべく歩いていった。



 シャワーを浴びて遅めの夕食を調理しているとアレスのすぐ横にALSが展開された。
 来客を知らせている。フォルだ。
 一瞬鍋に注目し、すぐさま玄関のドアへと向かってロックを解除する。
「あ、でたか。ほいアレス、お姫様のご到着だよ」
「すまない………!?」
 いまだに気絶している女性を受け取り目を向けた瞬間、アレスはやや驚いた。
「あ、驚いた?」
「……ああ」
 先ほどまでの女性と違うところ。それは髪の色だ。
 アレスが預けたときは茶色っぽかったが、今の彼女の髪の色は蒼銀色だ。
「なんかひどい汚れててさ、洗ってみたらこんないい色してるんだよ。一体なにやってたんだか…ま、あとは任せるよ」
 軽く説明しながらフォリアはアレスの部屋を去る。彼女が自室のドアに差し掛かったとき、漸くアレスは返事が出来た。
「……ああ」
 フォリアにはもう聞こえていない。この部屋は狭いが防音だけは優れている。たとえ銃声がしたって隣人は気付かないだろう。
 アレスはしばらくそのまま立っていたが、女性を自分が使っているベッドに寝かせて再び調理を再開する。

 ――人は嫌い。
 ―何故……。
 ――だって人は……私を拘束するから。
 ――私は自由に、自由に生きたい。
 ――人がいると…寒い。冷たい。
 ――ココロが…寒い。
 ――でも…今は、暖かい。

「起きたか」
 声のする方向を向いてみるとそこには男性の後姿。
 何かをしている。とりあえずは自分に危害を加えるつもりはないらしい。
 ふと違和感を感じた。
 いつもより身体に掛かる負担が少ない。
 それに気付くと飛び起きて探そうとした。
「落とし物は、そこだ」
 指を指して教えてくれる。確かにそこには私の装備がすべておいてあった。
「聞きたい事がある」
 そう言って、両手に何かを持って私へと近づいてくる。
 反射的に後ろへと動く。
「そう怯えるな」
 そこで、違和感の正体に気付いた。
 装備がなかったことではない。彼が近くにいるというのに……ココロが寒くない。むしろ暖かい。

 ――――――何故。

 アレスが調理をしていると後ろで僅かに動く気配がした。
「起きたか」
 声をかけてみる。返事はないが彼は自分に突き刺さる視線を感じ、苦笑した。
 もう少しで料理が完成するところで彼女が急に大きく動いた。
 アレスは一瞬、何故そこまで慌てる? と考えたがすぐに理由が思いついた。
「落とし物は、そこだ」
 まだ目を離すわけには行かないので彼は右手でテーブルを指差す。
 すぐに安堵したような気配が伝わる。
「聞きたい事がある」
 たった今完成した料理を持って、テーブルへと歩く。
 彼の目の前では女性が身構えて後ろへと逃げるのが見えた。
「そう怯えるな」
 鍋をテーブルへと置き、食器を二人分取り出して並べる。
「聞きたいことというのはそれだ。ずいぶんな荷物だな。少なくとも普通の女が持つようなもんじゃない」
 彼の目線は彼女の落とし物…GFIの最新型軍用電磁スタンナイフにHVTナイフ、同じくGFIの新型ハンドガンと予備の弾倉と弾薬へと向いている。
 彼女が俯いたのを見てアレスは深皿に入れたスープを彼女側においた。
「別に何もしない。ただ興味がわいただけだ」
 アレスは自分の皿にもスープを入れながらいい、食べ始めた。
 女性はそんなアレスを見て首をかしげ、次にスープを眺める。
 首をかしげて不思議そうにスープを眺める女性にアレスは言った。
「ボルシチという昔の食べ物だ。味は保証する。食べないのか?」
 しばらくアレスとボルシチを交互に眺めていたが、女性はゆっくりと料理を一口食べた。
 今まで硬かった表情が少しだけ和らいだ。
 しばらく二人は無言で食事を続けた。
 アレスが先に食べ終わる。彼は肘をテーブルにつけて、ひたすら料理を食べる女性を見つめる。
「そんなにうまいか? 確かに料理自体の味はいいんだが、俺が作ったもんだ。それほど上手いものじゃないはずなんだが」
 そういうと女性はこくこくと何度も頷いた。
「……まあ、人それぞれだしな」
 アレスは天井を見上げた。どうやら彼は料理の腕の自信はなかったようだ。



 料理もなくなり、落ち着いてからアレスは女性へといくつかの質問をした。
「とりあえず、名前を教えて欲しいんだが」
「………」
 無言のままだ。
「…喋れないのか? 先ほどから一言も口にしないが」
「……」
 ぶんぶんと激しく首を振って否定するが、どう見ても話せないとしか受け取れない。
「…話せないとしか思えんが」
「…………………話して…いいの?」
 か細い声。
「ああ、というか、話してもらわなければ意味が通じん。名前は?」
「L−Unit」
「Lユニットってあれか? 局地戦で軍の役目する生体兵器だろ?」
「違う。それは局地戦闘用のアドヴァンスドL−Unit」
「アドヴァンスト? じゃ、お前は?」
「オリジナル。開発目的は戦術生体戦闘攻撃型の究極性。元は……誰かの子供だったらしい」
 その言葉を聞いたアレスは苦々しげな顔をする。
 彼女はそれに反応して暗い表情になってしまう。
「あ、いや…お前が落ち込む必要はない。しかし…Lユニットか…パーソナルネームかなんかないか? 今のままじゃ呼びにくい」
 俯いていた彼女が顔をあげ、しばらく考える。
「昔の名前…忘れたから……ごめんなさい」
 どうやら他に名前はないらしい。すまなそうにしている。
 それを見ていたアレスがふと思いついたような表情をする。
「いい。俺がつけてやる。レナリア・シュトルヒ・ナイツ・レーヴァン…略してレナ。それでいいだろ?」
「………うん…」
 それを聞いた彼女はぎこちなく笑みを浮かべた。
 つられてアレスも笑みを浮かべる。
「もう、聞くことはなくなった。全て理解したからな」
「…じゃあ……じゃあ…私が聞いていい?」
 小さく、それでいて期待を込めた声。
 彼女の顔ははじめてその年相応の女性の普段の顔になっている。
「ああ」
「名前」
「あ?」
「名前、教えて」
 しまった、という風な表情をアレスはした。
 そして自分の額をばしっと叩く。
「すまない、言ってなかったな。俺はアレス=ハルトマンだ」
「アレス、ハルトマン…」
 ゆっくりと自分の頭に覚えようと復唱する。
「アレスでいい」
 そんなレナを見て、アレスは苦笑しながらいった。
 どうやら話すことに関しては問題ないが精神面では幼い子供なみらしい。
 まあ、兵器として会話さえ出来れば問題ないので仕方ないのだろうが。
「今日はもう遅い。寝な」
 ベッドへと指差してアレスは毛布を取り出した。
 と、アレスの腕をくいくいとレナが引っ張る。
「なんだ?」
「アレスは?」
「俺は床にでも寝るさ」
 すると彼女はふるふると首を振ってアレスをベッドの方へぐいぐい押し付ける。
 その小柄な身体には似合わない力で彼はベッドの方向へと運ばれてゆく。
 抵抗しようにもそんな余裕すら与えてはくれない。
「おい、何するんだ」
「アレスがそこで寝て。私はそこでいい」
「あのな…」
「慣れてる。問題ない」
 一瞬力が抜けたのをチャンスとみてアレスはレナを抱え上げてベッドへと寝かしつける。
「あのな…お前がそこで寝ないと俺も寝にくい。分かったか?」
「……やだ」
「をい…」
「…うん」
 漸く抵抗しなくなったと思って振り返って落とした毛布を取りに行こうとする。
 ぐいっ
 右腕をレナが引っ張っている。
「今度はなんだ?」
「……一緒に寝れば問題解決だと判断した」
「ぉぃ……」
 その後何度か言い争っていたが、結局は一緒にねるという案が可決されてしまったようだ。




「………寝れん……」
「……♪」
 アレスは寝れないようだが、レナ本人は大変幸せそうだ。

第一話 Misstion Over


※APFSDS<翼安定式装弾筒付徹甲弾>
弾丸に特殊な加工をしてより弾丸の速度を上昇させた弾丸。貫通性能については実体弾の中でほぼ最高性能を誇る。
ただし、パーツが分離してしまうので、9ミリとはいうが実質5ミリ以下である。
※強装弾<ホットロード>
銃弾は薬莢内部の火薬を燃焼させてそのガス圧で飛ばすものだが、これは薬莢内の火薬を増やしたりより高性能なものにした物をさす。
威力は上昇するものの、反動や銃自体に掛かる負担は増大する。
※HVTナイフ
高振動粒子を特殊環境下で圧縮して形成した刃に高周波を流すことにより超振動をおこして対象物に原子単位で干渉し切断するもの。
稼動方式はバッテリー。振動によって発生する熱で焼ききることも可能な便利な品物。
一応ACの装甲も切断できるので加工用に使われていたりもする。取り扱いには資格の取得が必要。