NULL エピローグ
西暦二〇三五年、十二月二十三日。
先週末に降った雪は、まだ梅田の街を薄く覆っている。快晴の空から降り注ぐ眩しい光が、雪を白く煌めかせている。クリスマス色が強くなってきた繁華街は、多くの人々でごったがえしている。カップルもいる。友人同士で遊び回っている者もいる。年末を控えて、いっそう仕事に精を出している人もいる。
駅前のロータリーに止まったバスから、三人の男女が降りてきた。背の高い男と、オーバーオールの男と、西欧貴族のお嬢様のような出で立ちの女。彼らの姿を見るなり、バス停の長椅子から腰を上げる男女もいる。一人はブランド物の黒いコートを羽織った男で、もう一人はメガネをかけた、金髪の女性だ。
五人は楽しそうに話ながら、どこかへ向かって歩き出した。ふと、バスから降りてきたほうの女が、まだ全員揃っていないことに気付いた。
「二人とも、はーやくーっ!」
元気のよい声が、冬の空に響き渡る。
それに応えるように、若者がバスのタラップを降りた。
若者は手を振って仲間たちに応えると、バスの入口の奥に、そっと、手を差し伸べる。
その手に、深い皺の刻まれた指が添えられた。
「雪が積もってるから、気を付けて」
若者が静かに声を掛ける。
指の主――齢七十に届こうかという老女は、彼の体を支えにして、ゆっくりとバスから降りた。滑りやすい道路の上を、弱った足で慎重に歩き、若者に寄り添うようにして、ほっと息を吐く。
若者と老女は見つめ合い――
そして、微笑み合った。
「さあ、行こう。ナル」
「ええ、ハジメ」
白い光に包まれる街へ。
二人は今、足を踏み出した。